kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2015年02月24日

貴重な資料の山に埋もれていたとてつもなく貴重な資料が発掘され、「もうひとつの国」の個人的物語が語り直される。

米アカデミー賞の司会者は、エドワード・スノーデンについてtreasonという言葉をネタにして笑いを取りにいった(のだがつまらないと批判された)。授賞式後のRedditのAMAでは本人がそのことについてしゃべっている

アメリカってのは、「機密の暴露」に関連してtreasonなどの言葉がぽんぽん飛び出すお国柄なんだ(←イヤミ半分)ということがわかったのは2010年、ウィキリークスがアフガニスタン戦争とイラク戦争のログに続き、外交公電という大型リークをしたときのことだった。Treasonだのespionageだのといった言葉が飛び交うのを見て、「冷戦期じゃあるまいし」というのが率直な感想だった。

というわけで23日付のBBCの記事。本当に「冷戦期」のスパイ活動について、超貴重なものが今回発掘されたというお話。

The forgotten interview with Cambridge spy Guy Burgess
http://www.bbc.com/news/uk-31588063


ガイ・バージェスは、映画『アナザー・カントリー』のガイ・ベネットのモデルになったといわれる実在の人物のひとりだが、すっかり忘れ去られていたその彼のインタビュー映像が見つかった。

映像は、1959年1月にモスクワで彼がパートナーと一緒に暮らしていたフラットで撮影されたもので、バージェスはイートン校のネクタイとキャメルのコートという姿で画面に現れるという。これを「まさにイングランドの上流階級の洒落者の姿」だとBBCは書いている。

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エドワード・スノーデンの「暴露」についてのドキュメンタリー映画が、英アカデミー賞に続き米アカデミー賞もとった。

日本時間で23日、朝から昼過ぎまでソーシャル・ネットの話題はずーっと「アカデミー賞」(というか、「アメリカのアカデミー賞」、通称「オスカーズ」)だった。個人的に、今年は例年通り関心が持てずにいたのだが、長編ドキュメンタリー部門は気になっていた。エドワード・スノーデンの「暴露」についてのドキュメンタリー映画、Citizenfourがノミネートされていたからだ。

長編ドキュメンタリー部門は、昨年もずしりと来るような作品が並んでいたが、今年も死後になって作品が見つかり高く評価されている女性写真家や、ヴェトナム戦争の終わりや、コンゴの野生のゴリラの保護や、そして何より、あのヴィム・ヴェンダースがあのセバスチャン・サルガドを追った「文化系セレブ大作」としか言いようのない作品が並んでいて、Citizenfourは一足早く、「英アカデミー賞(BAFTA)」をとっていたが、米アカデミー賞は、(特に根拠なく)ヴェンダースだろうなと思っていた(これは夏に日本公開されるらしいのでそのときに見れたらなあと思ってはいる)。

が、結果は




ここには、基本的に、私の見ているTwitterの画面に流れてきた「やったー」という声やブーイングを集めてある(ブーイングといっても私がふつうに見てる範囲に流れてきたものなので、すっきりとしたものだ。検索結果の画面にはネオコンが頭爆発してるのも流れてきたけれど)。

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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