kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2015年02月19日

悪名と恐怖を轟かせることが目的の集団……「チェルシー・ヘッドハンターズ」および「コンバット18」などについてのメモ(リンク集)

「差別ではなく区別だ」と言えば《差別》ではなくなるかのような言説が日本ではまかり通ると思っている人もいるようだということがごく最近もはっきりと示されたばかりだが、下記は1998年時点での英国の極右中の極右、非常に暴力的で、議会制民主主義まで否定した集団のリーダーの言葉である。
"We don't want to live with Africans and Pakis, we want to live with our own people - don't we?"

In their view, cultures should not mix - except white Europeans, of course: "We're all the fucking same, ain't we? What the fucking hell's the difference between a Norman and a Saxon in 1066?" Yet they admit admiration for "the Jews and Asians" for maintaining strong communities.

「アフリカ人やパキスタン人と一緒に暮らしたくはない。自分らと同じ民族の人と暮らしたい。そういうもんでしょう」。「彼らの考えでは、文化と文化は交わってはならない。ただし白人の欧州人は別だ。『だって白人は、みんな同じじゃないっすか。1066年にノルマン人とサクソン人にどんな違いがあったと?』と言う。一方で『ユダヤ人やエイジアン(英国では南アジア人のこと)』が強い地域社会を維持していることには感心しているという」。この発言主について、詳細は後述する。

さて、パリで英国人の集団がすさまじい「人種差別」を見せ付けたことがNHKでもニュースになっているし、当方がそれについて書いたものも閲覧数が多いようなので、少し補足的に資料集的なものを書いておこうというのが本エントリだ。

以下はリンク集なので、それぞれのリンク先の記事を読んでいただきたい。そうでなければ意味はないので。

まず、「チェルシーのサポーター」についての基本情報。
http://en.wikipedia.org/wiki/Chelsea_F.C.#Support
During the 1970s and 1980s in particular, Chelsea supporters were associated with football hooliganism. The club's "football firm", originally known as the Chelsea Shed Boys, and subsequently as the Chelsea Headhunters, were nationally notorious for football violence, alongside hooligan firms from other clubs such as West Ham United's Inter City Firm and Millwall's Bushwackers, before, during and after matches. The increase of hooligan incidents in the 1980s led chairman Ken Bates to propose erecting an electric fence to deter them from invading the pitch, a proposal that the Greater London Council rejected.


「チェルシー・ヘッドハンターズ」(元はチェルシー・シェッド・ボーイズ)
http://en.wikipedia.org/wiki/Chelsea_Headhunters
There was widespread racism amongst the gang and links to various white supremacist organisations, such as Combat 18 and the National Front. The gang also became affiliated with Northern Irish loyalist paramilitary organisations, such as the Ulster Defence Association and Ulster Volunteer Force.


チェルシーとC18の関連の例。2011年1月にベルファストで撮影された写真。
Who would vote for these idiots?

※この下は少し刺激が強くなります。ネオナチに慣れていない方はご注意ください。

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posted by nofrills at 20:00 | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「パパは黒人だから、ああいう目にあったんだよなんて子供に言えますか?」「同じ英国人として、あのチェルシーFCの観客たちの行動が恥ずかしい」

パリでチェルサポ(と自称する集団)がやらかした件。フランス当局は捜査するとしており、英警察も当該人物の特定などで協力するということで、少なくとも裁判にはなるだろう。

被害者(乗り込もうとして小突かれ、罵倒された人。33歳のスレイマン・Sさん)が "These people, these English fans... should be locked up." (ああいう人たちは出てこられないようにすべき)とフランスのメディアに語っていることをBBCなどが報じている。
In the interview with Le Parisien, Souleymane S said he had not been particularly surprised by the abuse because he "lives with racism".

The father of three, a French-Mauritanian born in Paris, said he had not understood what the fans were saying but that he knew he was being targeted because of the colour of his skin.

スレイマン・Sさんはモーリタニア系の人でパリ生まれ。「レイシズムは常について回っていた」ことで特に驚きはしなかったと言うが、それ自体が残念で悲しいことだ。あの連中の言っていることはわからなかったが、肌の色ゆえに標的にされているということはわかったと語っている。

記事はこの先がつらい。いわく、「駅員が来たが、単に喧嘩にならないようにするだけだった」といい、撮影されていることには気づいておらず、ああいうことがあったとは誰にも言わずにいた。スレイマンさんには3人の子供がいて、その子供たちに何て言ったらいいかわからないと彼は言う。「パパは黒人だから、地下鉄で小突かれたんだよなんて言えますか?」。しかしああいうことがあったことが公にされた現在、警察に訴える自信がついたともいう。「ああいうことをして、誰も罰されないなんてことがあってはなりません」……ということは、メディアで騒ぎになっていなければ、この人はこの体験をぐっと飲み込んでこらえていたということだ。

(日本では「フランスではヘイトスピーチは即逮捕」だの「逮捕実刑」だのといったことがまことしやかにささやかれているようだが、根拠など特にない話なのでご注意を。)

また、現場を記録した人が、そのときの状況などを複数のメディアで語っている。撮影者はパリ在住の英国人、ポール・ノーランさん。

Why I filmed Chelsea fans on the Paris Métro
http://www.theguardian.com/world/2015/feb/18/why-filmed-chelsea-fans-paris-metro


この記事は、ガーディアンのハルーン・シディク記者がノーランさんに話を聞いてまとめたものだ。

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posted by nofrills at 19:01 | TrackBack(1) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Zenbackのコードを外しました。

Zenbackさんのサービスをずいぶん長く使わせていただいていた。いつコードを貼ったのかは記録をしていないが、2010年12月に via @zenback でツイートしているので、4年以上使ってきたことは確かだ。

Zenbackは、コードを設置するだけで「TwitterやFacebookなどのソーシャルボタン」「関連した内容の自分の記事」「関連した内容の他のZenbackユーザーの記事」「その記事についての最新のTwitterのつぶやき」などを表示してくれる便利なウィジェットで、精度もけっこう高く、ありがたく使わせていただいていた。こういうサービスがあれば、2003年にブログがどかーんと流行ったときに大注目された新機能である「トラックバック」は廃れるよなあ、という思いもした。

しかし、最近どうにも様子が変わってきた。

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posted by nofrills at 12:00 | TrackBack(0) | ブログ関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

元祖「ISISクソコラ」のネタにされてた人が、「指導者」から表に出るなと言われたらしいので、それについて書くことにした。

ハッシュタグで「ISISクソコラグランプリ」ってのが流行ってたとき、私は横目で見た程度、具体的には英語化された情報で言及されていたものを見た程度だったが(「ネット民のお遊び」を見てる暇などないということはご理解いただけますよね)、人々があまりにきぃきぃ言っていたので、"ISISの人々のような方々は、「日本でネット民が何か言ってます」程度のことで「挑発」されたりはしないと思います。その「挑発」がprovocationという意味ならば" ということは発言したし、"「ネット民がISISを挑発しています」なんていうお手軽な世界観は、ネットだけにしとけ" とも発言した。

それには一応根拠があったのだが(例えばBuzzFeedは2014年12月半ばにYouTubeにアップされたISISパロディ・ビデオ集というお手軽記事をアップしている)、そんなどうでもいいことの説明はする必要を感じなかったし、今もそれを説明する必要があるとは思っていない。

が、今朝こんな話が出ていた。ツイート主のHala Jaberさんは、私は何度も言及しているが、英サンデー・タイムズの記者で長く中東を扱っている(拠点はベイルートで、ここは多くのジャーナリストが拠点としている都市である)。




#ISISMediaBlackoutのため写真は非表示にしておくが、別にショッキングなものではない。武装勢力の男が武器の脇に座っているだけだ。これまで「イスラム国」を自称する勢力(ネットスラングで「イスイス団」、本稿では「ISIS」と表記)のプロパガンダの写真などで第一線に立ってきたこの人物が写真に出てくることを、バグダディ本人が禁止したという。「ISISは割れている」という話が2月に入って表面化してきたが、本当に割れているのだろう。

ともあれ、ハラ・ジャベールさんが「私たちの間で大人気のISISの人」と呼んでいることからもわかる通り、この人物はその印象的な風貌ゆえだろうが、一部で「ネタ」にされてきた。「ISISクソコラ」などというものは、別に「日本人が始めた」ものではないのだ。(日本語圏ではとにかく「海外では〜」の無根拠情報が多く、「イスラムをバカにすると殺される」とかいった大雑把すぎるヒステリーとしか言いようのないものが支配的なのかもしれないが、Four Lionsって映画知ってる?)

というわけで、少しだけ見ておくことにしよう。なお、彼の前にも「ISISクソコラ」のネタにされた人はいたかもしれないが、そこまではこだわらないことにする。

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posted by nofrills at 10:31 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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