kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2009年03月11日

「だって私たちがそうなることを望んでいないのだから」――ベルファスト、紛争を知らない子供たちの声

水曜日の午後1時、ベルファスト、デリー、ニューリーの3都市で、各労組による暴力に対する沈黙の抗議行動が予定されている。(日本時間では水曜日の午後10時からとなるので、報道があるのは日付が変わる頃だろう。)2005年7月7日の直後に、ロンドンのトラファルガー・スクエアで行なわれたような、「暴力の否定」の集会となるのだろう。

土曜から月曜の3日間で、3人が殺された。いずれの死についても、「あの時代」から命脈を保ち続けている小規模な武装組織が犯行を認めている。「あの時代」と違うのは、それがごく一部、ごく少数の間でしか共有されていないということだ。それが社会全体に響き渡るような前提条件は、今はない。「カトリック」が「公民権」を求めてデモをしたり、「当局」が「カトリック」を拘束したり、「カトリック」の「襲撃」に備えて「プロテスタント」が「自警」の活動をしたり、といった状況はない。「大義」のために(と考えて、あるいはそういう口実で)アーマライトを手にするという行動は、もはや、「普通の若者」にとって現実的な選択肢ではない。

という状況が、ベルファストの街角から報じられている。ガーディアンの記事:

'We are scared' - Good Friday generation fears return of the gun
Esther Addley in Belfast
The Guardian, Wednesday 11 March 2009
http://www.guardian.co.uk/uk/2009/mar/11/northern-ireland-violence-fear

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posted by nofrills at 19:45 | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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