フィヌケン事件については、先ほどNI FAQのほうに書きました。といってもほとんどがここの過去記事(2007年の)の再掲で、その後のアップデートが少しと、パット・フィヌケンについてのウィキペディアのページのだいたいの訳。
http://nofrills-nifaq.seesaa.net/article/114128411.html
さて、20年目のベルファストから、フィヌケン弁護士追悼集会のことが伝えられています。
Finucane death marked 20 years on
Page last updated at 08:24 GMT, Thursday, 12 February 2009
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7884923.stm
北ベルファスト(パット・フィヌケンの家のあるエリア)で行なわれた追悼集会(ヴィジル)には、家族・親戚のほか、シン・フェインのマーティン・マクギネスが出席していたそうです。
また、アムネスティ・インターナショナル(この組織は北アイルランド紛争の根本原因にコミットしてきた組織です。設立者のひとりのマクブライドは北アイルランドのカトリック差別に取り組んだアイルランド人だし)が、フィヌケン事件について「完全に独立したインクワイアリー a fully independent inquiry」を求めるキャンペーンをスタートさせるそうです。
そうなった経緯についても、BBC記事に淡々と書かれています。いわく、2004年にコーリー判事(カナダ人)が、パット・フィヌケン、ローズマリー・ネルソン(両名はカトリックの弁護士でIRAメンバーなどをクライアントに抱えていた)、ロバート・ハミル(カトリックの一般人)という3人の「ロイヤリストに殺されたカトリックのシヴィリアン(=武装組織メンバーでない人々)」の事件についてと、メイズ刑務所内で射たれるという衝撃的な事件で殺されたロイヤリスト超過激派LVFのリーダー、ビリー・ライトの事件についての真相解明のインクワイアリーの実施を勧告し、フィヌケン事件以外の3件については現在インクワイアリーが進行中であるが(それと、BBCには書かれていませんが、アイルランド共和国警察がIRAに情報を流していた事件2件についても、コーリー判事の勧告により、共和国でインクワイアリーが行なわれています)、フィヌケン事件については、英国政府が提案した「インクワイアリー法(2005年)」(<これは、英国政府が極めて恣意的にあれこれできちゃう、という内容の法律)に基づいたインクワイアリーというものに家族らが反対しており、いまだフィヌケン・インクワイアリーは開かれていない。
家族らが求めているのは「完全に公開されたインクワイアリー」で、AIが行なうキャンペーンもそれと同じ。
追悼集会では、フィヌケン弁護士の息子さんで、お父さんがめちゃくちゃに撃たれるのを目撃したジョン・フィヌケンさんは、次のように語っているとか。
"Twenty years on, I'm overwhelmed by the amount of people who have come out to remember him and support us as a family in what we've been trying to achieve."
「20年経過していますが、今日追悼のために、そして私たち家族の取り組みをサポートするために来てくださった方がこんなにも多いことに感無量です。」
それから北アイルランドについてもう一件。下記、Consultive Group on the Pastの「イームズ&ブラッドレーの報告書」の続報。
2009年01月24日 政治的暴力と平和/和平のあいだに 3
http://nofrills.seesaa.net/article/113075567.html
この件については、正直記事を読むだけできつくて(特にオンラインで何年間も一方的にフォローしてきた人たちがこれについて書いてることを読むのはきつい)、ブクマするのがやっとなのだけれど:
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/EamesBradley/
Slugger O'Tooleの人たちがこのための特別のサイトを立ち上げて、イームズ&ブラッドレーの報告書(190ページ!)を丁寧に読むという取り組みを始めておられるので、どうかそれをご参照ください。
http://www.consultationonthepast.org/
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