「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2009年02月08日

ビリー・ライト・インクワイアリー進行中

ビリー・ライト殺害事件(1997年12月27日)の真相究明のインクワイアリ(ダウン州バンブリッジ)のヒアリングが、2009年2月に入って再開された(2008年12月に行なわれたあと、冬休み期間みたいなのに入っていた)ので、あれこれと記事が出ている。

本格的に調べたい場合は、インクワイアリのサイトで書き起こしのテクストがアップされている(誰でも見ることができる)。ただしこれはアップされるまでに数日かかる(タイプしてチェックするのに中2日、という感じか)。
http://www.billywrightinquiry.org/transcripts/

ただし、これは本当に書き起こしそのもので、読むのは大変だ。私も一部しか読んでいない(<こら)。2日の書き起こしには1989年6月から96年11月までRUCのトップだったSir Hugh Annesleyの証言が予定されていたが、イングランド南部の悪天候(大雪)でサー・ヒューは来られなくなりましたとあり、3日はDUP所属NI自治議会議員のウィリアム・マクレエ (Rev William McCrea) の証言なのだが、のっけから質問者が「大変に恐縮ですが、パソコンのトラブルです。あと5分か10分」→「では順番を変えましょう。では次の質問者」→「こちらもパソコンのトラブルで……」といった調子で、全然始まらない、といったように、妙にリアリティあふれる文書ではある。

ともあれ、何か重大な証言があったときにはインクワイアリについての記事がBBC NIに出るので、以下ではそれらを見ておこうと思う。ただしBBC NIには「ライト・インクワイアリー」のページがあるわけでもなく、まとめて記事を閲覧することはできない。検索機能を使えば一応一覧はできる。

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posted by nofrills at 23:30 | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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