「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2009年01月31日

【ガザ攻撃】キャスト・レッド作戦について、当ブログでのエントリの一覧 (1月31日更新)

当ブログで「2008年12月ガザ攻撃」のタグをつけてあるエントリ(2008年12月からのイスラエル軍によるガザ地区への攻撃についてのもの)が70件になりました(←1月22日時点。1月31日時点で80件)。

以下は項目別一覧です。「項目」を基準にまとめましたので、以下の一覧では一部、同じエントリが重複しています。なお、項目は自分でわかりやすいように立てたので、ほかの方には見づらい部分もあるかもしれません。

なお、2008年12月中に書いたものについては、「ガザ攻撃についてのここまでのエントリの目次のようなもの」もあわせてご参照ください。

【項目】
■英メディアの記事クリップ
■日々のニュース
■「攻撃停止」後
■一般市民の被害、都市インフラの破壊、国連への攻撃、国際法上の問題
■支援活動ワーカー、ハテム・シュラブさんの日記
■分析・解説系
■イスラエルの選挙
■イスラエルから
■ハマスから
■「対話」、「架け橋」の実例
■英国政府およびその関係者の反応
■英国政府以外の反応
■支援活動募金、署名など
■(私用)北アイルランド紛争/和平プロセスへの言及があるもの

【更新履歴】
初版 2009年1月22日午後6時投稿(全70件)
第二版 2009年1月31日午後11時55分投稿(全80件)
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今月のアクセス、まとめ (2009年1月)

今月は、アップロードしたエントリの9割くらい(推定)はガザ攻撃についてのもので、「アクセスの多かった順」にまとめてもあまり意味がないので、検索フレーズでまとめてみます。

検索が最も多かったのは(エントリのアクセス数もこれが最も多かったのですが)、「あの名門陶磁器メーカーの経営破綻」についての検索です。検索ワードは、"wedgewood", "wedge wood", "waterford wedgewood", "ウェッジウッド", "wedgewood 破綻" ……などなど。当ブログでのエントリは:
■2009年01月05日 Waterford Wedgewoodが経営破綻、らしい。
http://nofrills.seesaa.net/article/112198595.html

同じカテゴリ(英国のリセッション)のニュースについての検索も多かったです。検索ワードは、"woolworths", "woolworth's", "woolworth uk", "whittard", "ウィタード", "ウィッタード", "ウィタード・オブ・チェルシー" ……などなど。当ブログでのエントリは:
■2008年11月27日 Woolworthsの経営破綻
http://nofrills.seesaa.net/article/110262294.html
■2008年12月12日 That's the wonder of a Woolies' Christmas
http://nofrills.seesaa.net/article/111099750.html
■2008年12月24日 ウィタード・オヴ・チェルシー経営破綻
http://nofrills.seesaa.net/article/111632434.html

リセッション関連では、ほかにアパレルの「ヴィエラ Viyella」や、元Virgin MegastoreであるZavvi(<これはWhittard of Chelseaについてのエントリのコメント欄にいれてある)などが破綻、ロンドンの地域新聞「イヴニング・スタンダード」は£1でロシアの実業家に売却、などなど。£1は今月はついに120円台です。

また、もちろん「ガザ攻撃」(ガザ紛争)についての検索も多くありました。これらについては、いちいちどの記事のアクセスが多かったとか書いてる暇に、積み残しているものを少しでも済ませるのが筋なので、下記の「一覧」で代用させてください。
■2009年01月 【ガザ攻撃】キャスト・レッド作戦について、当ブログでのエントリの一覧
http://nofrills.seesaa.net/article/112997883.html
※ここ↑は随時アップデートします。

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【訃報】Sharat Sardana (Goodness Gracious Me)

BBCのコメディ、"Goodness Gracious Me" (モンティ・パイソンやリトル・ブリテンのようなスケッチの連続したコメディ)と "The Kumars at No. 42" (フィクショナルなトークショウ)の台本を書いていたシャラット・サルダナ (Sharat Sardana) が亡くなった。40歳という若さで。死因は持病などではなく感染症 (連鎖球菌の: streptococcal infection)。

BBCの報道記事に、GGMのキャスト&スタッフのコメント:
Goodness Gracious Me writer dies
Page last updated at 09:33 GMT, Saturday, 31 January 2009
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/7862374.stm

ガーディアンのオビチュアリはGGMの中核、Sanjeev Bhaskar が執筆:
Sharat Sardana
Sanjeev Bhaskar
Friday 30 January 2009
http://www.guardian.co.uk/media/2009/jan/30/television-television

were all drawn from his acute observations of Britain's multicultural melting pot and the comic possibilities therein.


Goodness Gracious Meは、ブレア政権が「多文化主義」という言葉を頻繁に用いていた時期、ロビン・クックが「チキン・ティカ・マサラが英国の国民食」と述べる何年か前からBBCで放送されていた。

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タグ:訃報 BBC
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Free DerryがFree Gazaになり、あのハンカチがMuseum of Free Derryに

1月30日ということで、ミッチェル特使の件とかああだこうだ考えつつ、いまごろ見つけた。2009年1月5日のインディメディア・アイルランド。
http://www.indymedia.ie/article/90444
freegaza-500.jpg
※普段のこの壁:
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Derry_mural.jpg

コメント欄に、「GNNの人の仕事だよ」という投稿がある。(GNN, やるなぁ。)
http://dissident.gnn.tv/blogs/30650/Free_Derry_mural_changed_into_Free_Gaza_mural
"Free Gaza" のほかにも、ミュラルの写真などいろいろ。ガザ攻撃に対する抗議では、デリーは比較的静かだったと思うが(レイセオンの工場があることなどを考えれば)。(なお、デリーの抗議行動についてははてなブックマークのほうでDerryのタグをつけてあると思います。)

というわけで、今年も、1月30日だった。

Bloody Sunday Weekend events

Friday, January 30 -
4pm: A minute's silence at the Bloody Sunday Monument, Rossville Street, to mark the time of the shooting on Bloody Sunday. All welcome.

http://www.derryjournal.com/journal/Bloody-Sunday-Weekend-events.4913548.jp


日本時間で1月31日の午前1時(GMTで30日午後4時)、東京で雨の音を聞きながら、デリー・ジャーナルの記事を読んでいた。

New home for iconic Bloody Sunday handkerchief
Published Date: 30 January 2009
By Staff reporter
http://www.derryjournal.com/journal/New-home-for-iconic-Bloody.4929401.jp

1972年1月30日の「ブラッディ・サンデー事件」を象徴する光景はいくつかある。その中でも最もアイコニックなのは、1人の負傷者を3人の男性が抱え、1人の男性が白いハンカチを振りながら彼らを先導している光景だ。Museum of Free Derryのギャラリーにもその写真はある。今もって最終報告書が出ていないサヴィル・インクワイアリーが始まった頃のBBCの記事でも、彼らの写真が使われている。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/special_report/1998/bloody_sunday/51391.stm

デリーのボグサイドのミュラルでも:
a CC photo by jazamarripae on flickr
* a CC (Attribution-Noncommercial-Share Alike) photo by jazamarripae on flickr

デリー・ジャーナルの記事は、このハンカチがMuseum of Free Derryに寄贈された、ということを伝えている。

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2009年01月30日

【ガザ攻撃】ゼイトゥンの殺戮について、ハテムさん日記、ジェレミー・ボーエンの取材、Rafahkidさん写真など、たくさん。

※このエントリはものすごく長いので、読むのには時間がかかると思います。

Photos taken in Hai Al-Zaytoun on 25th January
*a CC photo uploaded by Rafahkid on flickr

「子供たちの将来を豊かなものにするために」というテーマのパンフレットの表紙になっていてもおかしくないこの写真は、Rafahkidさんがflickrにアップしている写真 (CC Attribution-Share Alike 2.0 ライセンス) を単に正方形にトリミングしてちょっとだけ加工したもの(光の効果)。

写真の撮影場所はガザ市近郊のゼイトゥン (Zaytoun, Zeitoun)、撮影日は2009年1月25日。同じ日にゼイトゥンで撮影された写真は彼の1月29日アップロード分で一覧できる。鶏が中に入ったまま押しつぶされている養鶏場の籠とか、子供たちの写真。

Rafahkidさんが写真をアップしているページに投稿している説明文を日本語化しておく。

その前に、28日のハテムさんの日記。ゼイトゥンを訪れたあとに書かれたもの。

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イラクで話題のアート、その題材は……

Laith al-Amariさんばバグダートを拠点とするアーティストだ。立体作品を専門としているらしい。仕事も早い。

イラクのティクリートで除幕された彼の新作は、今、全世界的に話題だ。

http://www.guardian.co.uk/world/2009/jan/29/bush-shoe-throwing-statue
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7859444.stm
http://www.nydailynews.com/news/us_world/2009/01/29/2009-01-29_saddams_hometown_unveils_statue_dedicate.html
http://gothamist.com/2009/01/29/shoe_statue_unveiled_in_iraq.php

3番目の、NY Daily Newsの記事は写真がすごい。遠近感が変。

BBC記事から。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7859444.stm
A sculpture of an enormous bronze-coloured shoe has been erected in Iraq to honour the journalist who threw his shoes at ex-US President George W Bush.
ブロンズ色をした巨大な靴の彫刻が、イラクでお目見えした。ブッシュ大統領(当時)に靴を投げたジャーナリストを讃えるもの。

The sofa-sized artwork was formally unveiled in Tikrit, hometown of late Iraqi ruler Saddam Hussein.
この、ソファくらいの大きさの芸術作品は、サダム・フセイン大統領(故人)の故郷であるティクリートで正式に公開された。

Artist Laith al-Amari insisted it was not a political work, but a "source of pride for all Iraqis".
作者のLaith ai-Amariさんは、これは政治的な作品ではなく「すべてのイラク人にとっての誇りの源泉」だと主張する。

……だ、だめだ。笑えすぎてミスタイプばかりしている。BBCに書かせるな。

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タグ:イラク art
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2009年01月29日

【ガザ攻撃】「まさか3週間も容赦のない爆撃の下に置かれるとは思っていませんでした」――ハテムさんの支援活動日記、1月25, 27日分

国際支援組織「イスラミック・リリーフ」のハテム・シュラブさんの支援日記、1月25日、27日の分です。

Aid worker diary
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7802295.stm

彼の日記は、「イスラミック・リリーフ」のサイトにもアップされています(文面は基本的にBBC掲載のものと同じ)。
http://www.islamic-relief.com/Emergencies-And-Appeals/emergency.aspx?emID=47

「攻撃停止」から1週間、攻撃開始から1ヶ月となったこの期間に、ハテムさんは、特に子供たちの日常という点からガザの様子を描写して伝えてくれています。25日は学校のこと(BBCの記事には、瓦礫の中を、学校のリュックサックを背負って通学する女の子たちのAPの写真があります)、27日は攻撃開始の日に女の子を出産した女性のことなど。そして、「攻撃停止」から1週間経っても、イスラエルが建築資材のガザ地区への搬入を認めていないということ。

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2009年01月28日

【ガザ攻撃】「アハメッドは、死んだペットのことを話すときだけ、表情に動きを見せる」―― BBC, ジェレミー・ボーエンの日記(1月26日)

16歳のアハメッドは、死んだペットのことを話すときだけ、表情に動きを見せる。だがそのときでも、顔の表情はほんの少しだけしか動かない。

瓦礫の山をアハメッドは指差す。「あれが僕の家でした。みんな、幸せにあそこで暮らしてたんです。イスラエルが撤退する前に、僕の家とか他の家を壊していったんです」

「ヤギが2匹いたんです。ロバも1匹。でも殺されました。イスラエル軍はハトも10羽殺していった。うちの雛鳥も殺してったし、雄鶏も1羽、それとアヒルも2羽殺されました。ハトとヤギは僕ので、あとは家族のものでした」

「飼ってる動物が大きくなるのを見てるのが楽しかったです。赤ちゃんが見たかったなあ。あの人たちが動物を殺したことが、ロバとかヤギとかハトとかアヒルとかを殺したことが、とても悲しいです」

「理由ですか? だって動物を殺すなんて意味不明じゃないですか。鳥が危害を加えますか。うちの白いハトは銃で撃たれてました。死体を見つけたのは僕だから確実にそう断言できます」(※死体は銃痕があるだろうし、薬莢は近くに落ちているから。)

ペットの死のことを話すときにアハメッドの顔に少し表情が浮かぶのは、彼がガザ市で目撃した他のすべてのことを心から消してしまおうとしているからだ。


これは、BBCの中東エディター、ジェレミー・ボーエンの1月26日の日記です。ボーエンは現在、ガザ地区内で取材を続けています。

Bowen diary: Stranded with dead
Page last updated at 18:54 GMT, Monday, 26 January 2009
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7852218.stm

このアハメッドという男の子が目撃したものについては、ボーエンのこの記事のすぐ後の部分で述べられています。

12月からのキャスト・レッド作戦についてニュースを追ってきた方は、彼の目撃したという事件について必ず覚えておられると思います。

この事件です。

アハメッドは、イスラエル兵士が彼らの家のある通りまで来た後に、通りの向かい側にある親戚の家に一族の90人と一緒に閉じ込められた、と語る。彼の話はほかの証言とも一致している。


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【ガザ情勢】27日、ハンユニスのあたりで衝突発生

27日夜(日本時間)、「ガザ地区国境で『2人死亡』」との記事がBBC Newsのトップ記事扱いで出ていた。そのときに記事本文からコピペして、はてブのコメント欄に放り込んだもの:
The Israeli military would not confirm the casualties until next of kin had been informed, but said a mine had been detonated in the path of a patrol. No Palestinian militant group has said it carried out the attack.

つまり、イスラエル軍は近親者に知らせるまでは死傷者についてはノーコメントとしながら、軍のパトロールの通り道で "mine" が爆発した、と説明。一方パレスチナ側からはどの武装組織もその "mine" について自分たちのものだという声明を出していない。

そのBBC記事は既に同じURLで上書きアップデートされ、上記の部分は次のように書き換えられている。
One Israeli officer was badly wounded in the explosion and the other soldiers were lightly wounded, an army spokesman said.

No Palestinian militant group has said it carried out the attack.


いずれにせよこの段階では、mine とか explosion といった抽象的な表現が使われていたのだが、この報道の後、次の段階に入ったときの記事では:

Israel launches attacks in Gaza
Page last updated at 23:02 GMT, Tuesday, 27 January 2009
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7853803.stm
※これも、最初に出てから段階的にアップデートされています。記事の分量が増えて、映像の埋め込みがプラスされているのは確認しました。

An Israeli soldier on patrol in a vehicle was killed by an explosive device deliberately planted on Israel's side of the border near the Kissufim crossing, prompting troops to open fire into Gaza.

つまり、「意図的に設置された爆発物」という断定的な表現になっている。実はこの箇所は私が最初に見たときは bomb と書かれていたのだが、このbomb (as in "car bomb", "coffee jar bomb", etc) はIED (improvised explosive device) の同義語だ。

BBCが「爆発物」と断言した根拠は、エンベッドされている映像にあった。4コマをキャプチャ:



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posted by nofrills at 14:00 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジェリー・アダムズ、「ジョージ・ミッチェルと中東」(予定地)



※後で書きます……と宣言しておかないと、1) この混沌とした状態でGAの文章を正確に読み取れるという自信がない、 2) ふくお茶がまだまだ尽きていない(ジェリー・ケリーのあれのことが書かれているとかいろいろもうね)、などの理由により、華麗にスルーしそうなので、中身ありませんがエントリのURLだけ確保しておきます。記事は上のKwoutキャプチャからどうぞ。

なお、文章の内容的にこれは「ガザ攻撃」についてのものではなく、「中東」というよりむしろ「北アイルランド」なので、NIのカテゴリに入れておきますが、「中東」についての内容ももちろん含まれています。そこらへんは、タグで管理します。

デイヴィッド・トリンブルが何か書いてないかどうか、探さないと……。
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【訃報】チャーリー・クーパー (Telefon Tel Aviv)

某フォーラムで知らされた。なんでだよ……まだ30歳とかそんなくらいでしょ。

http://www.telefontelaviv.com/


http://www.myspace.com/telefontelaviv
Charles Wesley Cooper, III
April 12, 1977 - January 22, 2009.

27 January 2009
Charles Wesley Cooper, III

Hello, Everyone.

It breaks my heart to inform you all that Charlie Cooper, my better half in Telefon Tel Aviv, passed away on January 22nd.

We have been friends since high school, and began making records together a decade ago. We have been so fortunate to tour the world together, while at the same time having a massive amount of laughs at one another's expense.

Aside from Charlie's singular genius and musical gifts, I can tell you that he was a total sweetheart of a guy, and a loving friend and confidant to people everywhere. His musicianship was surpassed only by his greater gift to the world - his warmth, his generosity, his unquenchable humor, and his undying loyalty to those whom he loved. In the spirit of honorable mention, however, I should mention that he had a shoe collection that was marvelous, knowledge of hip-hop that was profound, and knowledge of wine that was subtle.

He is survived by a sister, a neice, a nephew, his mother, his stepfather, me, and more adoring friends than the Universe has dark matter. As such, his family and I ask for your discretion and consideration of our privacy during these extremely turbulent waters.

Yours in Music,

Joshua Eustis

【粗訳】
とてもつらいことですが、Telefon Tel Avivの僕の相棒、チャーリー・クーパーが、1月22日に亡くなりました。

高校のときからの友人どうしで、10年前に一緒にレコードを作り始めました。一緒に世界をツアーして回れて、同時に互いをネタにしてげらげら笑うことができたことは、本当に幸運なことでした。

チャーリーは本当に天才で音楽的才能のある奴でしたが、それだけでなく、ほんとにいい奴で、友人として思いやりのある奴で、どこの誰もが心を開いて話ができるような人間でした。音楽家としての才能にあふれていて、さらにそれ以上に、この世界に大きなものを与えられる人間でした――暖かさと心の広さ、それに常に絶えることのないユーモア、そして、常に根底にあった、大切な人たちへの気持ち。あと、やはりこれも外せないと思うんで書いておきますが、チャーリーはほんとにすごい靴のコレクションを持っていて、ヒップホップに関する知識もすごく深くて、ワインの知識もちょっとだけありました。

チャーリーは、お姉さんと姪御さんと甥御さんとお母さん、義理のお父さんと僕、それから宇宙にあるダークマターより多くの、彼のことを好きな友人たちを残して、逝ってしまいました。このような状況ですので、ご遺族と僕は、この非常に激しい渦がおさまるまでは、プライバシーにご配慮いただくようお願い申しあげるしだいです。

Yours in Music,

Joshua Eustis


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タグ:訃報 音楽
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2009年01月27日

【ガザ攻撃】被害の大きさ、深刻さと「検問所」の再開の必要性――22日付、23日付の国連ニュース(付:BBCが放映を拒否したDECのアピール)

国連ニュース (UN News Service) から、22日付と23日付の記事を日本語にして投稿します。(国連のサイトにあり、not-for-sale public informationなのでパブリック・ドメインだと思います。翻訳文のご利用も同様に扱っていただいて構いませんが、誤訳や誤変換があるかもしれませんので、チェックしてからご利用ください。なお、要約なら「国際連合広報センター」のサイトで読めます。)

22日付の記事は、NGO支援ワーカーのハテム・シュラブさんが23日の日記で言及していたジョン・ホームズ国連人道問題担当事務次長の声明とインタビューの内容のまとめです。文末にWFPの計画についても述べられています。

23日付の記事は、UNRWAのガザ事務所のジョン・ギング所長の記者会見コメントと、UNSCO(国連中東特別調整官事務所)とUNMAS(国連地雷対策サービス部)、WHOの発言や支援計画についてです。

いずれも、「検問所の再開」が重要という内容が含まれています。

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2009年01月26日

「英語の世紀」に、Globish――そして「英語」(と米語)

しばらく前に、『日本語が亡びるとき』というセンセーショナルなタイトルの本がネット上で話題になっていた。個人的には、「滅びる」ではなく「亡びる」の表記なのはなぜ?とかいう鬱陶しい素朴な疑問が煙幕になって(これは、お読みになった方のレビューによると、漱石の『三四郎』の広田先生を下敷きにしているのだそうですが、漱石@当て字の玉手箱を基準にして漢字表記を決めるってのはある意味で主義主張ですよね)、実際にその本を見ずにいるうちに、ネット上にどかどかとレビューがあふれ、特に「海難記」さんの批評(書評)、「生駒日記」さんの批評といった、『日本語が亡びるとき』という書名と、最も早かった書籍紹介記事での無邪気な「危機感」の表明について、おそらくは私と共通する部分にひっかかりを覚えたであろう方々の書かれたレビューを読んでいるうちに、肝心のその本はどうでもよくなって、この本の引き起こした「議論」ばかりを読んでいるうちに、自分の中でも終わってしまった。この本を読んでも私の知りたいことはどこにも書かれていないと判断したのだ。(冒頭の体験談はおもしろそうではありますが。)

そんなすっかり忘れていたようなことを思い出したのは、今日読んだBBCの読み物記事のせいである。

BBC Radio 4でやっている "From Our Own Correspondent" の1月22日(@フランスから)の内容を、記事の形で書いたもの:

New lingua franca upsets French
Page last updated at 08:04 GMT, Friday, 23 January 2009
http://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/from_our_own_correspondent/7844192.stm

「新たなリンガフランカ(世界語、普遍語)がフランス人の逆鱗に触れる」という見出しからは、はいはい、言語戦争言語戦争と思わされたのだけど、それでも釣られてみたら、まあさんざん言われてきたことではあるのだけれども、「英語を第二言語とする人々によって作られる新たな『英語』とは」という内容でもあり(何を今さら……というか、ついこないだも「英語でしゃべらナイト」でやってたよね。たまたま見たんだけど)、それに対するフランス人の態度が(たぶん)表からは見えない偏見たっぷりに(/たぶん)書かれていて、軽く読むにはおもしろい記事だ。

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「イギリスの崩壊」という文字列をクリックしたら、タイムズのぐだぐだな記事を熟読するはめになった。

はてなブックマークのホットエントリトップページの「人気エントリー」)に

イギリスの崩壊

などという文字列があったので、
Albaではロバート・バーンズ生誕250年で沸き返り
Eireではあの人が「ユナイテッド・アイルランド」を語る
という状況の中、「ついに連合王国の解体か」と、
東京のこの乾燥した空気の中、
さらにドライアイになる気配を感じつつ、
たぶんおそるおそるクリックしてみたら……

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【ガザ攻撃】「今年初めて、自分の通うモスクで金曜の礼拝をすることができました」――ハテムさんの支援活動日記、1月23日分(付:攻撃前のガザ地区の人道危機)

国際支援組織「イスラミック・リリーフ」のハテム・シュラブさんの支援日記、1月23日の分です。

Aid worker diary
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7802295.stm

彼の日記は、「イスラミック・リリーフ」のサイトにもアップされています(文面は基本的にBBC掲載のものと同じ)。
http://www.islamic-relief.com/Emergencies-And-Appeals/emergency.aspx?emID=47

23日の日記では、攻撃が停止されて徐々に「いつもの状態」に戻ろうとするガザの様子が、ハテムさんという個人を通してうかがわれます。(決して「明るい話」ではないのですが。)日記の後半では、これまでに「イスラミック・リリーフ」の支援チームが行なってきた支援内容について具体的にまとめられています。そして、この大規模な武力行使がガザ地区という小さなエリアに何をもたらしたのかは、これから正確に調査をしていかないとわからない、ということも。

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【ガザ攻撃】「ここには何があったのかと尋ねると、レモンの果樹園だったんだと教えてくれました」――ハテムさんの支援活動日記、1月21日分

国際支援組織「イスラミック・リリーフ」のハテム・シュラブさんの支援日記、1月21日の分です。

Aid worker diary
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7802295.stm

彼の日記は、「イスラミック・リリーフ」のサイトにもアップされています(文面は基本的にBBC掲載のものと同じ)。
http://www.islamic-relief.com/Emergencies-And-Appeals/emergency.aspx?emID=47

ハテムさんの日記は、前回は18日でした。18日はイスラエルによる「一方的停戦(攻撃停止)宣言」と、ハマスによる同様の宣言があった日で、その直後のガザ市内の様子と、支援活動の様子の報告でした。
http://nofrills.seesaa.net/article/112843377.html

21日の日記で、ハテムさんは18日以後にガザ市の外、ガザ地区南部で行なった支援活動のこと、21日に同僚の家のある――というより「家があった」――ガザ地区北部を訪れたときのこと、そしてその同僚の家族の受けたあまりに大きな被害のこと、彼の家のある地域の被害のことを書いておられます。

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2009年01月25日

【ガザ攻撃】イスラエルの戦争犯罪は裁かれるのだろうか。(メモ)

ひとつ前のエントリでいくつもの記事を詰め込んだ、1月13日のコザーア(またはクザーア)村への攻撃について、英語の報道記事を見ているときに見つけたエルサレム・ポストの記事(18日付け)に、ちょっとメモっておきたいことが書かれていた。

エルサレム・ポストは、英デイリー・テレグラフなどを持っていたコンラッド・ブラック(カナダ人。今は詐欺罪で有罪判決を受けて服役中)のHollinger Incの新聞だった。コンラッド・ブラックの失墜後は、Hollinger Incの他の新聞同様に、ほかの人の手に渡っている。

1932年に英統治下の同地において「パレスチナ・ポスト」として創刊されたときからシオニズムのメディアで、1948年にイスラエル国が成立したときに「エルサレム・ポスト」と名を改めた(そこで「エルサレム」という時点でもう)。その後1989年にHollinger Incの傘下に入るまではイスラエル労働党を支持していたが、Hollinger Incがオーナーになったときにスタッフが総入れ替えみたいになって、労働党色はほとんど消えたらしい。つい先日、この新聞にまったくげんなりしてしまうような記事が掲載されているということを、よそのブログさんで教えられたばかりだ。(OBLあたりの「ジハード」論のユダヤ教版、というか。)
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Jerusalem_Post

前置きはここまで。記事は下記のもの。

Jan 18, 2009 23:28 | Updated Jan 19, 2009 4:37
Operation Cast Lead heads to the courtroom
By REBECCA ANNA STOIL

メモっておきたいところを抜粋訳:
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2009年01月24日

【ガザ攻撃】ある村の破壊



※書きかけでアップしていましたが、一応このエントリは書き終えました@25日昼



ガザ地区南部、ハンユニスの東に、コザーア(Khoza'a, またはKoza'a, Khuza'a)という小さな村(か集落)があるそうです。発音は「クザーア」かもしれませんし「コザーア」、「クザア」かもしれません。ともかく、1月13日木曜日にその村にイスラエル軍の地上部隊が侵攻したときに、民間人と民間人の住宅が大きな被害を受けたとの報告です。

Khoza'a destruction, 13 January 2009

イスラエル軍の攻撃で引っこ抜かれたレモンの木。コザーア。2009年1月16日。
*a CC photo by Rafahkid on flickr.


この地上侵攻、というか破壊のことは、ガーディアン/オブザーヴァーの記事として報道されました。

Israel accused of war crimes over 12-hour assault on Gaza village
Fida Qishta in Khuza'a and Peter Beaumont in London
The Observer, Sunday 18 January 2009
http://www.guardian.co.uk/world/2009/jan/18/israel-war-crimes-gaza-conflict

記事によると、コザーア村(ガーディアンでの表記はKhuza'a)への攻撃は12時間続き、14人が死亡。村人たちは、イスラエル軍は次のようなことをしたと証言しています。

- 民間人が中にいるままで家屋をブルドーザーでつぶそうとした

- 白旗を掲げて脱出しようとする民間人を殺した

- 負傷者のところに行こうとする救急車に発砲した

- 民間人のエリアに無差別の武力を行使し、白燐弾を撃った

「これらが事実であるなら、すべてがジュネーヴ条約違反である」と記事は書いています。

イスラエル軍からの反応(国連施設や病院への攻撃についての調査を行なったが、先に攻撃されたのであり、「戦争犯罪であるとの主張には一切の証拠がない」というもの)などを書いた部分を挟んで、記事は続きます。

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「紛争」の中の人。(メモ)

「紛争」の犠牲者全員に対し、パラミリタリーであれ一般市民であれ警官であれ英軍人であれ誰であれ区別せず、一律に£12,000を支払うということで「紛争」を「決着」させるという諮問委員会の方針について、24日の英メディア各紙が伝えている。

※ここにあとで記事リンク集を入れる※

もちろん、ベルファスト・テレグラフもこの件について大きく報じているのだが、ベルテレさんの写真特集「写真で振り返る北アイルランド紛争」の今回のアップデート分の目玉写真が個別の記事の脇に貼り付けられているせいで、記事のページが見た目的にすごいことになっていて、お茶をふかざるを得ない。そんな場合ではないのに。

劇的ビフォー・アフター:
現在のピーター・ロビンソンさん(左)と、25年前(1984年)のピーター・ロビンソンさん(右)。今も昔もDUP所属、今は北アイルランド自治政府ファーストミニスター(「首相」に相当)、昔は「反カトリック、反ナショナリスト、反リパブリカン」の活動家で、写真はイスラエルの国境地帯で撮影されたもの。持っているのはカラシニコフ。



北アイルランドについて、「IRAではない側」の暴力・武力の活動やそれをささえた煽動について、アイルランド島の外では極端に情報が少ないという状況のなか、ベルテレさんのこれは、たぶん意図的なものではないのだけれども、それをはっきりと見せていて(バックグラウンドを知らないとデコードはできないが)、さらに、ジョージ・ミッチェルいわく「800年」のなかの最後の25年ほどを圧縮して見せてしまう。特にDUPの場合、グッドフライデー合意前はマージナルな強硬派として交渉にもかかわらず、GFAには強硬に反対し、その後もNo, no, noとNever, never, neverの連発で、「対話」と呼ばれる方向に転換したのは、2003年のNI自治議会選挙で、民主的に、第一党として選出されたあと(正確に言うとそのさらにあと)のことだった。
posted by nofrills at 21:48 | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

政治的暴力と平和/和平のあいだに 3

追記@24日夜:
BBCとガーディアンが、今日のUK国内トップニュースとしてこれを報じています。






今の一曲:
And the Voiceless (And So I Watch You from Afar)
http://www.youtube.com/watch?v=KraZLPprYe4
http://www.myspace.com/andsoiwatchyoufromafar
※myspaceの4曲目。

北アイルランドで作曲された、「声なき者たち」というタイトルの、この美しすぎるインストの曲がざくざくと食い込んでくるニュース。

結局、何のための聞き取り調査だったのか。「紛争」のあとに、「政治的暴力」のあとに何があるのか。

Eames and BradleyのConsultative Group on the Past (以下、「CGP」) が最終的な結論を出した。その内容は……すべてが公開されるのは来週だが、メディアにリークされている内容からは、「これはないわ」としか言いようがない。

脱力しながら、以前これについて書いたエントリを読み返す。ははは、あたし、こんなこと書いてた。

2008年01月11日 政治的暴力と平和/和平のあいだに
http://nofrills.seesaa.net/article/77880306.html
これまで「北アイルランド紛争」とは「IRAによる政治的暴力」だと語られることが多かった……。実際にIRAが諸組織の中で最も多くの人命を奪ったのだが、ロイヤリストの側は、「自分たちはIRAの暴力から自分たちのコミュニティを守っているのだ」と認識していたということが多かった。……まるで「子ども会」から「青年会」に進むように、ほんとにカジュアルな感覚で武装組織に入ったロイヤリストの回想は、いくつか読んだことがある。(だからイスラエルの「右派」が「パレスチナの武装組織が攻撃してくるから」といって、自分たちの側の、カッサムロケットの何十倍も威力のありそうなミサイルを撃ちこめるような戦闘機による攻撃を正当化しているのを見ると、「包囲されているという精神状態 siege mentality」という点でそっくりだとか思ったりもするわけだ。)

しかし現実には、ロイヤリストは「コミュニティを守って」いただけではない。それどころか、「やられたらやり返す」といった範囲すらも超えたことをしていた。

CGPのレポートに、そのことが書かれるのかどうかはわからないが、それでも、あれが決して100パーセント「自衛」だったわけではないという事実は踏まえられるだろう。


Slugger O'Toole@1月23日
Eames and Bradley meet Gordon Brown
http://sluggerotoole.com/index.php/weblog/comments/eames-and-bradley-meet-gordon-brown/

BBC@1月23日
Troubles victims' payment planned
By Vincent Kearney
Home affairs correspondent
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7847479.stm

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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