kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年06月25日

「ブレア」と「ブラウン」を語る一般人、そして子供。

予定通り、24日の臨時党大会@マンチェスターでゴードン・ブラウンが労働党党首となり、予想外なことに、「反イラク戦争派」のハリエット・ハーマンが僅差で本命のアラン・ジョンソンを破って副党首となった。6月27日にはトニー・ブレアが女王に辞表を提出し、同時に副首相のジョン・プレスコット(労働党副党首)やゴールドスミス司法長官、ジョン・リード内務大臣といった人たちが政権を去り、「ブレアの10年間」が終わる。

「ブレアの10年間」を見るには、とっくに政権を去っているピーター・マンデルソン、デイヴィッド・ブランケット、アレスター・キャンベルといった人たちや、政権どころかこの世を去ってしまったモー・モーラムロビン・クックを含めた「過去の人たち」がとても重要なのだけれど(あるいはクレア・ショートという内部の批判者の存在も)、そういった政治の表舞台の人たちとは別に、「一般の人たち」にももちろん、「ブレアの10年間」は「自分たちの現実」として存在してきた。

そのことを雄弁に語る2分半くらいの動画ニュースが、AFPさんにある。2:08からのパートが抜群におもしろい。取材されている家の子供たち(小学生)が「ブレアの時代」と「これからの英国首相」を語っているのだが、巷でよく言われる「英国では小学生でも自分の意見を語る」ということの見本のようだ。"I never met him in person, but... he's a good writer!"(会ったことはないけれど、文章はうまいよね)ってチョコレート・ビスケットか何かを食べながら10歳にもなってない子が言うんだよ。



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posted by nofrills at 15:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アラン・ジョンストン記者、新たなビデオ(ビデオそのものは確認できず)

■追記@6月26日朝:
BBCがビデオの一部を公開しました。ビデオの全体は公開されていないので「ビデオそのものは確認できず」という状態に変わりはありませんが、公開された部分について、エントリ本文の適切な箇所に「アップデート」として追記を差し込みます。



Alan Johnston banner
※この↑バナーをクリックすると、BBCのサイト内、ジョンストン記者拉致事件の特集ページに飛びます。
当ウェブログでのジョンストン記者関連の過去記事(タグつけてあります)。

3月にガザで拉致され、Army of Islamを名乗る集団に拘束されているBBCのガザ特派員、アラン・ジョンストン記者の新たなビデオが、拘束から104日目に、明らかになった。ビデオの長さは1分42秒。前回(6月初め)と同じスタイルの画面だ。



AFPさんの記事についている写真は、「米情報収集企業インテルセンター」(<記事より)が公開しているものだそうだが、今回はおなかの周りに爆発物をつけさせられているようであり、また、写真で見る限り、前より少しやせてやつれてしまったようにも見え、顔が青ざめて見える。がこういったことは写り方の角度の問題もあるし、色調が全体的に青っぽいという可能性もあるし、どこまでが「真実」で、どこまでが「ビデオ撮影者の演出効果によるもの」なのか、あるいは「キャプチャのタイミングによるもの」なのか、まったくわからない。

また、AFPさんの記事では「ハニヤ首相がそのビデオを見た」とあるが、BBC記事(下記)によると、「武装勢力が利用しているウェブサイトに投稿された」のだそうだ。前回、6月はじめに拉致後はじめてビデオが出たときも「ウェブサイトに投稿」だったので、少なくともそういう環境は変わっていないということだけは「事実」として確実にわかる。(そんなことわかっても、だから何・・・だが。)

Johnston in new 'bomb vest' video
Last Updated: Monday, 25 June 2007, 00:56 GMT 01:56 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6235754.stm

▼アップデート@6月26日朝:
このBBCの記事が、先ほど確認した
Last Updated: Monday, 25 June 2007, 11:49 GMT 12:49 UK
の時点で、「New Johnston video」へのリンクを追加したものとなっていますので、それを見てみました。前回(6月初め)のときとは異なり、ビデオそのものをすべてアップする形ではなく、BBCがニュースとして流した映像(犯行グループがウェブサイトにポストしたビデオの一部を含む)がアップされています。(アップデートはまだ続きます。)

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posted by nofrills at 14:04 | Comment(3) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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