kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2007年06月18日

NYCを100としたとき、ロンドンは126、東京は122、モスクワは何と134!



というわけで、Mercer HRのCost of Living Survey調査結果、原文もどうぞ。解説は同社のプレスリリースで。あと、BBCでMoscow world's most costly cityもね(BBCではポンドに換算さえれた数値が少し出ています)。(AFPさんの記事では「海外駐在員の生活費が最も高い都市」となっていますが、Mercer HRではCost of Living Survey、つまり単に「生活費調査」としています。)2007年3月時点での数値です。調査対象は世界各地の143都市。

トップ5は
1: Moscow, Russia = 134.4 (昨年は123.9で1位)
2: London, UK = 126.3 (昨年は110.6で5位)
3: Seoul, South Korea = 122.4 (昨年は121.7で2位)
4: Tokyo, Japan = 122.1 (昨年は119.1で3位)
5: Hong Kong, Hong Kong = 119.4 (昨年は116.3で4位)

以下、10位までがコペンハーゲン(デンマーク)、ジュネーヴ(スイス)、大阪(日本)、チューリヒ(スイス)、オスロ(ノルウェー)と、若干の順位変動はあれど昨年と同じメンツです。EU加盟国でEuroな国の都市はまだ1つもありません。

で、昨年は10位のオスロが100で、NYCと同じだったのですが、今年はオスロは105.8で、NYCは15位。間に入っているのはミラノ(イタリア、Euro)、サンクトペテルブルク(ロシア)、パリ(フランス、Euro)、シンガポールの4都市。

【続きを読む】


posted by nofrills at 22:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【調べもの】バリスターの敬称

※以下、間違ったことを書いていたらコメント欄でご指摘ください。はっきり知っていることではないので。。。

検索ログを見ていたら「バリスターの敬称」を探してここにたどり着かれた方がおられたようだ。残念ながら、それについて直接書いたエントリはなく、検索して来られたのにほしい情報は見つからなかったのではないかと思うが、en.wikipediaに日本語話者にはイマイチわかりづらい解説(というか箇条書き)がある。
http://en.wikipedia.org/wiki/Title#Judicial_titles

Barristerは「名前のあとに置いて職業名を表す」ための語(一種の「敬称」)で、普通にバリスター(「法廷弁護士」という日本語が当てられることが多い)の場合(つまりSirでもLordでもなく、QCやPCではない場合など)は、Robert Smith, Barrister(<リンク先のページタイトル参照)で「ロバート・スミス弁護士」ということになる。相手に呼びかける場合や「○○弁護士」として三人称で使う場合には、基本的に「Mr/Miss/Mrs/Ms+名前」でよいはずだ。

例えばbarristerでガーディアンを検索して見つかった裁判に関する記事、Cadbury admits salmonella chargesでは、次のようになっている。
http://business.guardian.co.uk/story/0,,2103997,00.html
The company's barrister, Anthony Scrivener QC, entered the pleas on behalf of the firm during a 10-minute hearing at Birmingham magistrates court following a prosecution brought by Birmingham City Council. ...

Mr Scrivener told the court that although certain facts in the case were still in dispute, Cadbury accepted its responsibility and was pleading guilty to the charges.

また、UKの地方自治体のサイトに、Miss Smith, Barristerという表記も見られる。

【続きを読む】
posted by nofrills at 21:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 英語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

米国に戦後イラクについての計画など何もないことをブレアは知っていた。

またガーディアン/オブザーヴァーが飛ばしているのかとも思ったが、情報源から素直に考えれば本物だ。2003年3月の開戦前、トニー・ブレアは米国側に(大規模)戦闘終結後の具体的なプランがないということを知っていた。あのピーター・マンデルソンがチャンネル4の番組(ブレアの10年間のまとめ)のインタビューで語ったそうだ。

開戦前に米国は戦闘終結後のことを何もプランしていないということをブレアは把握していた、ということが事実として明るみに出たのは今回が初めてである。

Blair knew US had no post-war plan for Iraq
Nicholas Watt, political editor
Sunday June 17, 2007
The Observer
http://politics.guardian.co.uk/tonyblair/story/0,,2104989,00.html

The disclosures, in a two-part Channel 4 documentary about Blair's decade in Downing Street, will raise questions about Blair's public assurances at the time of the war in 2003 that he was satisfied with the post-war planning. In one of the most significant interviews in the programme, Peter Mandelson says that the Prime Minister knew the preparations were inadequate but said he was powerless to do more.

'Obviously more attention should have been paid to what happened after, to the planning and what we would do once Saddam had been toppled,' Mandelson tells The Observer's chief political commentator, Andrew Rawnsley, who presents the documentary.

'But I remember him saying at the time: "Look, you know, I can't do everything. That's chiefly America's responsibility, not ours."' Mandelson then criticises his friend: 'Well, I'm afraid that, as we now see, wasn't good enough.'.

つまり、開戦前、ブレアは側近(マンデルソンはそのひとり)に対し、「私も何もかも全部をすることはできない。それ(戦闘終結後のプランニング)はアメリカのすべきことであって、われわれのすべきことではない」と語っていた。(何だよそれ。丸投げですか。)

【続きを読む】
posted by nofrills at 09:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。