kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年06月07日

「反戦市民」なる四字熟語

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http://www.artisresistance.com/

Art Is Resistanceは、アメリカのロックバンドNine Inch NailsがYear Zeroの発売に合わせて「リークした音源に含まれたナゾのイメージ」やら「ツアーTシャツに仕込まれたナゾのメッセージからたどれるウェブサイト」やら「ロンドンの街角のナゾのビルボード」やらといった形で展開したバイラル・マーケティング兼アウェアネス運動(と言ってよかろう)に含まれるサイトのひとつである。一連のあれこれは、2007年から15年後をYear Zeroとして、設定されている(したがって2007年は-15 BA: BA = Born Again)。また、Year Zero関連サイトには、Year Zeroにおいて「禁書」となった書籍などからの引用がちりばめられている。(オーウェルの『1984』、先ごろ亡くなったカート・ヴォネガットの『スローターハウス5』、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』、サイードの『オリエンタリズム』、ジョゼフ・ヘラーの『キャッチ22』などなど。)

NINは米国のバンドであり、一連のあれこれはむろん米国を基準として考えられているのは当然なのだが、それだけに留まらない。一連の「ナゾ」が始まったのはこの2月、NINの欧州ツアーが開始されたポルトガルで、以後、欧州各地で展開されてきた。英国での「仕掛け」においてはOperation Swamp(1980年代に英国で有色人種、主に黒人に対してとられた警察の取り締まり策)が出てくる。そこらへんのことはninwikiのまとめを見ていただくのが一番だろう。

(ちなみに、NINのYear ZeroのCDの裏にあるThe US Bureau of Moralityというのは、現実の世界の著作権関連のFBI anti-piracyとちょっとは関連しているのかもしれないけどそれとは別で、Year Zeroの世界で存在するとされている米国政府の機関の名称である。Year Zeroにおいては、USBMがメディア検閲から各家庭の家族計画、市民的自由まですべて見ている。オーウェル的にいえばBig Brotherのような。)

私は全部は追えていないのだが(特に数字の暗号はまるで追っていない)、見た範囲でいうと、the line begins to blurという感覚を身に迫るようにおぼえたことと、それからYear Zero収録曲の歌詞も合わせてだけど、「ことば」の選び方・選ばれ方が興味深いというか何というか、んなわけでけっこうはまっていた。

・・・なんてことを唐突に書いているのは、6日に共産党が公開した「自衛隊情報保全隊の内部文書」を見て、「反戦市民」なる四字熟語を発見したからだ。脊髄反射レベルで(つまり、特に考えずに)私はこう思った――自衛隊の用語法では、日本国では、市民が反戦だと特記事項になるのかね。というか、「反戦」の「市民」は「反戦市民」という四字熟語で語られる存在なのかね。「市民」が「反戦」だと「反戦市民」とカテゴライズされんといかんのかね、この国では。「全員が反戦になればいいんです」みたいな理想論は私のものではないが。(このへんは私のいつもの揚げ足取りなので、揚げ足取りの揚げ足取りなどなさらぬよう。)

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posted by nofrills at 08:31 | TrackBack(0) | -15BA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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