以前、少しだけ日本語化したベイルートのZena el-Khalilさんのブログ(リンク先の下半分)から、停戦発効前後の3つの記事を、再度日本語化します。
ただ、前もってお断りしておきたいのですが、以下に私が日本語化したものだけを読んで、「大丈夫そうじゃん」などとは思わないでください。私が日本語化しているのは、全体のごく一部、それも明るいほうの記事だけです。
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2006年08月16日
2006年08月14日
「停戦」のその日、レバノンでは。
ウェブログ、Lebanon Updatesの8月14日記事から、「停戦」当日の出来事のログ。
※日本語にしたときに辞書とか見てないので、著しく間違ってる箇所があるかもしれません。その場合、コメント欄でご指摘をください。あと、地名はカタカナにしてたりしてなかったりしますが、それもご容赦のほど。
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Source: Tayyar, New TV and other news sources
00:25
アルジャジーラ記者:ベカアのブリタル(Brital)へのイスラエルによる空爆で25人が死傷。
00:42
イスラエル軍、バアルベックの西のアヤアト平原に上陸/侵入(landing)を試みる
00:50
ベカアのブリタルに対する今夜のイスラエルの空爆で、40人が死傷
01:02
レバノンにいる国連事務総長の代理、Geir Pedersonが、レバノンのシニオラ首相と会談したあとで、レバノンは月曜日の午前8時(現地時間:GMTでは5時)からの停戦を守ると確定。
01:40
停戦まで数時間という段階になって、イスラエル軍とヒズボラが衝突、最も激しい戦闘に。
03:27
イスラエル軍の推定では、ヒズボラの戦士の死者数は530。
04:15
新聞報道:オルメルト首相、イスラエル軍に対し、レバノンでの停戦履行を命令。
06:45
停戦発効前に、イスラエルがレバノン東部を攻撃。
07:00
ハビエ・ソラーナ(EU上級代表)の意向では、国連部隊のレバノン派遣は早急に。
07:10
バアルベックのアイン・ブルダイに対し、イスラエル空爆。
07:23
Sidiqeenに対しイスラエルの空爆。Ras al-Ainに対しイスラエルの砲撃。
07:24
Jouwaya、al-Ramadhiyeh、Sharrour-Arzoun三角地帯に対し、イスラエルの空爆。
07:25
イスラエル北部のいくつかの入植地(?:settlements)で警戒警報。
07:30
Sour (Tyre)南部に、イスラエルによる激しい砲撃。
07:43
レバノン山のKayfoun丘陵に対し、イスラエルの空爆。
07:45
Kfar Shoubaに対し、イスラエルの激しい砲撃。
07:51
Sour (Tyre)南部に対するイスラエルの空爆。
08:00
公式に停戦発効。
09:25
イスラエルが、レバノン南部に入っていたいくつかの地域から撤退することを宣言。
09:30
国連の停戦決議の発効にもかかわらず、イスラエル陸軍、空および海の封鎖を継続すると宣言。
09:42
ロイター報道:停戦発効で数千人単位でレバノン人が南部に帰還。
09:53
レバノン南部に帰還する人々が数千人単位で、Zahrani付近では大渋滞。
09:57
Yohmorで時限爆弾が爆発、1人負傷。
10:15
見慣れない物体には手を触れないようにと、レバノン南部の村の住民たちに警告。
11:42
Ansarでクラスター爆弾(の不発子爆弾?)が爆発、1人死亡。
13:30
イスラエル、戦闘で116人の兵士が死亡し、750人以上が負傷したことを認める。
13:32
ベイルート南郊の住民たちが一気に居住地に帰還。
13:37
イスラエル、発効から5時間もしないうちに停戦に違反。
※日本語にしたときに辞書とか見てないので、著しく間違ってる箇所があるかもしれません。その場合、コメント欄でご指摘をください。あと、地名はカタカナにしてたりしてなかったりしますが、それもご容赦のほど。
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2006年08月02日
【翻訳紹介】ベイルートから2件、「癌を摘出しているんだ」/「この臭いは9.11の後のニューヨークの臭い」
【翻訳紹介】ベイルート、避難所になっている学校にて(Zeina blog, July 23, 2006)
レバノンのブロガーが主流メディアでも注目されているので(「ので」ってのも変だが)、私も例によっていくつか勝手に日本語化する。
まずは、July 2006 War on Lebanonというブログから。このブログはグループブログで、現在、7人が投稿メンバーとしてリストされている。
その1人、Zeinaさんは、名前から女性だと思うが、大学生か大学を卒業した人のようで、一時的な避難民収容施設となっているベイルートの学校で、子供たちのケアのボランティアをしているようだ。詳しいことは本人がこのブログに書いていないからわからない。以上は、ブログの記事から読み取れる範囲のことだ。
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まずは、July 2006 War on Lebanonというブログから。このブログはグループブログで、現在、7人が投稿メンバーとしてリストされている。
その1人、Zeinaさんは、名前から女性だと思うが、大学生か大学を卒業した人のようで、一時的な避難民収容施設となっているベイルートの学校で、子供たちのケアのボランティアをしているようだ。詳しいことは本人がこのブログに書いていないからわからない。以上は、ブログの記事から読み取れる範囲のことだ。
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2006年08月01日
レバノンを「見える化」するいくつかの情報源。

※この画像についての説明は「続きを読む」で。
英国在住の友人が、夏の里帰りで東京に到着し、日本で最大手の報道機関の朝のニュースでレバノン報道がごくわずかしかないということに驚愕している旨、コメントをくれた。わたしは先日、あまりに呆れて以来、テレビのニュースというものを見ていないので、実際どのくらい「取り上げられていない」のかがわからないのだが、まあ、ネット経由で知った範囲のことは、ここみたいな個人のちっちゃいブログでも、書かないよりは書いておくほうがよいだろうとは思っている。
と思っていた矢先、Google News UKで、アジアカップでグループDのレバノンが、アジアカップから抜けたということを知った。BBCではごく短い記事しか出ていないが、同じグループDのオーストラリアのメディアは、それよりは詳しく報じている。(といっても、グループDがどうなるかについての記述が、長くはない記事の半分以上を占めているのだが。)
Lebanon out of Cup
http://www.sportal.com.au/soccer.asp?i=news&id=86273
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