kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2016年01月19日

ISIS(ISIL, IS, イスイス団)のメディアについて、改めて確認しておくといいんじゃないかと思うことのメモ

「陰謀論」はよく見かけるが、これはちょっと……というのがあったので、カウンターとして、ウィキペディア程度でわかることを元に、少し書いておくことにする。

見かけたのは「イスイス団はアメリカが作った」説の一種だ。「アメリカのジョン・マケイン上院議員が、イスイス団の団長と会っていた証拠写真」みたいな、政治的な意図が背景にあると思われる言いがかりなら単にスルーするが、今回見かけたのは「イスイス団のメディア」について話が混乱しきっていることがベースにありそうなので、基本的なことを改めて整理しておけば、それだけでも役に立つのではないかと思う。

というわけで以下2点。1点は「イスイス団のメディア」について。もう1点は「イスイス団の機関紙をアップしているサイト」について。

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2016年01月16日

ウィキペディアが15歳になったというので、特設サイトで使われている写真について調べてみた。

wpd15.pngウィキペディアが15周年を迎えたそうで、Wikipedia15という特別サイトを作っている。

このサイトのバナーの、「2人並んで、教科書らしきものを広げている、カチューシャをして制服らしきものを着た女の子2人」の写真が気になった。手にしている教科書らしきものはアラビア語らしきもので書かれているようだし、雰囲気もなんとなく、パレスチナの小学生かな、と思ったのだ。

バナーの片隅には "Tanya Habjouqa, CC-BY-SA 3.0" と、撮影者の名前とクリエイティヴ・コモンズのライセンス詳細は記されているが、写真のキャプションのようなものは見当たらない。撮影者の名前で検索すると写真家としてのサイトがすぐに見つかったし、やはりパレスチナをテーマに撮影してきた人だということもわかるが(Aboutを見ると、ヨルダン出身でアメリカで学んだ写真家だ)、サイト内のギャラリーには、この写真は見当たらない。

そこで、この画像のURLを取得してGoogleで画像検索をするが、「この画像の最良の推測結果: lengua materna」(スペイン語で「母語」の意味)と言われるだけで、写真がどこで撮影されたものなのかはわからない。いつもはGoogle画像検索で有効なのだが、「すべてのサイズ」のページで表示される画像を見ても、撮影地情報がない。「一致した画像を含むページ」は、世界各地のスペイン語圏のブログや何かのプロジェクトのサイトで、本当に単に「母語」を表す素材画像として使われているようだ。ううむと思いつつ検索結果の2ページ目まで進んでようやく目にした英語のページがOpen Michiganというサイトだ(「サイト」といってもここもWordPressを使ったブログだが)。そのサイトのトップページ(最新記事一覧)に「インターン募集のお知らせ」という2015年8月付けの記事があり、そこでこの写真が使われていた。記事末尾には、"Photo by Tanya Habjouqa (UNESCO) [CC BY-SA 3.0-igo (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0-igo)], via Wikimedia Commons." というまともなクレジット表記もある。

このリンク先でわかったのだが、この写真は2011年のユネスコ(UNESCO)とウィキメディアのパートナーシップでの写真提供プロジェクトに入っていたもので、撮影場所はヨルダンの首都アンマンの小学校だそうだ。

今、私はこの調べものをほんの10分程度で終えたが、(一般人に使用可能な)ネットがなかったころにこういうことを調べようとしたら、掲載媒体の出版社やフォト・エージェントに問い合わせたりして、丸一日、あるいはそれ以上かかっていただろう。

こういうことが、うちら「文系」とバカにされる立場の一般人にとっての「ネットの恩恵」の柱で、それはすなわち、フランシス・ベーコンの金言(昔、銀座の近藤書店のブックカバーにも印刷されていた)、「知は力なり Knowledge is power」の、Knowledgeを手に入れることが極めて容易になった(つまり、Powerも手に入れやすくなった)ということであり、その点でのここ15年の環境の整い方は実にすばらしいと思うが(特設サイトに集められている「北米&西欧以外の世界各地の声」もその点を再確認するようなものが多い)、環境だけ整っても肝心の「手に入れることができる『知 Knowledge』」が充実していなければ、あまり意味はない。

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2016年01月14日

「わたしはいつでも、人々が威厳を保っているようすを見せようとしてきた」(セバスチャン・サルガド)

16世紀にポルトガル人がやってきたとき、ブラジルの海沿い3500キロは、内陸に向かって約350キロ拡がる大西洋岸森林に覆われていた。面積にしてフランスの2倍に当たる。わたしの両親の土地はこの生態系に属していた。政治恩赦のあと帰国できるようになって、レリアとわたしが戻ってみたら、木が切られてしまっていた。ペロバスというのが有名で、カシのいとこみたいな木だが、それ以外にもいろいろな種類が、発展の真っ最中だったブラジルの諸都市の住宅整備やら、鉄鋼業に木炭を提供するやらに使われていた。森林が伐採されたせいで、雨が降っても水のたまる場所がなくなって、そのまま流れていっていた。両親の土地は肥えていて、昔は牧草地や、水田や森に覆われていたのに、ひからびて草一本生えていなかった。わたしが子どもだったころ、このあたりに住んでいた30世帯ぐらいの家族はいなくなって、牛飼いしか残っていなかった。戻るたびに、このプロセスは目に見えて加速していた。

――セバスチャン・サルガド+イザベル・フランク(中野勉訳)『わたしの土地から大地へ』(河出書房新社、2015年)、pp. 134-135


高名な写真家であるセバスチャン・サルガドの(ジャーナリストに語るという形で言語化された)自伝、『わたしの土地から大地へ』を読み終えたので、読書メモ。

最初のページを、「セバスチャン・サルガドの写真を見ることは、人間の尊厳を体験するということだ」と、この本をつくったフランスのジャーナリスト、イザベル・フランクは書き始めている。「ひとりの女性、男性、子どもであるというのはどういう意味なのかを理解することだ」。

この本は、世界的な写真家であり、「開発」や「社会構造の変化」の中で故郷を(事実上)喪失した人物であり、ダウン症の息子の親であり、「木を植える人」であるサルガドに、フランクがじっくりと話を聞いたものを、一冊の本としてまとめたものだ。聞き書きだが、インタビュー形式ではなく、サルガドがひとり、ただ語っている(しゃべっている)形式で書かれている。サルガドの写真は口絵で全13点(既発表作)が掲載されている。

フランクが「まえがき」で「いまから皆さんと共有したいのは、彼の語り部としての才能である」(p. 9)と書いている通り、全25章で構成されたこの本は、各章は10ページ内外で、各章の終わりの部分が次の章の話題につながっていくという入念に考えられたつくりになっていて、流れるように読み進めることができる。ことばも視覚情報も、何もかも断片化されたものがただそこらじゅうに、読みきれない・見きれないほど大量に転がっていて常に流れてくるという日常的なそれとは別世界の「情報の宝庫」である。インターネットの接続を切って、単にページを繰るための本だ。(実際、この本ってネットがほとんど出てこないんじゃないか。)

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2016年01月13日

イスタンブールのど真ん中で自爆攻撃を起こされたトルコでの「言論の自由」

「テロが起きた」ということは日本語でもたくさん伝えられても、「政府による対テロのシステム作り」についてはそうではないかもしれません。

下記に、ちょっとは書いてあります。

トルコ、イスタンブールの爆弾テロはTwitterでどう報告されたか(&政府の対応が何とも言いがたい)
http://matome.naver.jp/odai/2145263234187659601




2011年の震災のころ、事実を無視していろいろと「日本ダケーー」と言い張ってたみなさん、お元気?

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2016年01月09日

これでも人は言う、「さすがテロリストだな、子供をダシに苦境をでっち上げている」と――戦争の兵器としての飢餓 (1) #SaveMadaya

追記: 本稿についてのご発言は歓迎しますが、中身を読んでからにしてください。英語の部分も、飛ばさずに読んでください。読めますよね?



以下、アップロード時のまま。


「イスラム国」を自称する勢力(ネットスラングで「イスイス団」、本稿では「ISIS」と表記)が乗り込んでいって、勝手に首都にしてしまっているシリアの都市、ラッカ。1月8日(金)も、英語圏メディアで大きな扱いのニュースがあった。ラッカ市民の20歳そこそこのイスイス団戦闘員が、自分の母親を「処刑」したという。それも、イスイス団がラッカの人々に告げたところでは、宗教的な理由でだ(「背教」だという)。すさまじい腐れカルトである。

さて、そのラッカで、シリアの「内戦」がまだ「革命」だったころに反アサド政権の活動をしていた人たちが、2014年1月(もう2年になろうとしている)のISISによるラッカ制圧後に、ISISによる人権侵害などを記録し、ラッカの外への情報の流れを作るために組織したのが、「ラッカは静かに殺されつつある Raqqa Is Being Slaughtered Silently (RBSS)」という活動家集団である。サイトはアラビア語と英語の2言語で運営され、英語版は http://www.raqqa-sl.com/en/ である。ほか、FBやTwitterでも情報発信を行なっている。

彼らは2015年、CPJの「インターナショナル・プレス・フリーダム・アウォード(国際報道の自由賞)」を受賞した。ラッカに関する英語圏の報道の情報源として報道記事でもよく名前を見るようになってきたが、元々「反アサド政権」の民主化要求運動の活動をしていた彼らが、「反アサド政権」よりも「反ISIS」を優先せざるを得なくなってきていること自体が、「シリア内戦」の残酷な現実を示している。2015年10月末には、国境のトルコ側のウルファ(ISISのテリトリー外)でメンバー1人とその友人を殺された(斬首、刺殺)ほか、12月半ばにはイドリブでまた1人殺され、12月末にはトルコのGaziantepでRBSSの映像を手がけていたNaji Jerfさんが撃ち殺された

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2016年01月08日

シャルリー・エブド編集部襲撃事件から1年

#CharlieHebdo: あれから1年
http://matome.naver.jp/odai/2145217114012124801


全部ここ↑に入れてある。

1周年を前に英BBCが放映したドキュメンタリーが、非常に評価が高い。




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2016年01月07日

#Twitter10k Twitter投稿可能文字数の引き上げ(本質的には「140字超えても、削らなくてOK」という話)

Twitterは以前から、「ユーザーがこんな使い方をしているので、それを簡単にする機能を実装しよう」ということをしてきた。

例えば、今では当たり前になっている「RT (retweet; リツイート)」は、2009年夏のイランの動乱のときは、まだなかった(ハッシュタグはもうあった)。この動乱のときの「現地からのツイート」や「Twitter上での全世界的な連帯・精神的支援の広がり」によって、Twitterは「IT系」、「ギーク」や「アーリー・アダプター」、「ネットのへヴィユーザー」を超え、「特にIT系に詳しいわけでもないジャーナリスト」のような人たちにも認知されていったのだが、あの動乱のときに「情報の流れを止めない」ために行なわれた「RTキャンペーン」(#PlzRT というハッシュタグのついた本文を手動でコピペし、冒頭に RT @username: の形で元の発言者名を書き加えてツイートする、という形で行なわれた)や、外部サイト(Twitpic.com, ImageShackなど)に写真をアップしてURLを貼るというユーザーの自主的な使い方は、Twitterの機能を大きく変化させた。
From September through October 2010, the company began rolling out "New Twitter", an entirely revamped edition of twitter.com. Changes included the ability to see pictures and videos without leaving Twitter itself by clicking on individual tweets which contain links to images and clips from a variety of supported websites including YouTube and Flickr, and a complete overhaul of the interface...

https://en.wikipedia.org/wiki/Twitter


ツイート内にURLを貼るとやたらと文字数が食われてしまうので、ユーザーの多くは外部の短縮URL(bit.ly. is.gd, tinyurlなど)を利用していたのだが(2011年の「アラブの春」のときもそうだった)、Twitterはそれも自分たちのデフォルトの機能として組み込むようになった。
Since June 2011, Twitter has used its own t.co domain for automatic shortening of all URLs posted on its website, making other link shorteners superfluous for staying within the 140 character limit.

https://en.wikipedia.org/wiki/Twitter


そんなふうに、今私たちが普通に使っている機能の多くが、Twitterが始まってからユーザーを増やし、広く使われるようになった過程で、ユーザーがどのように使っているかということに基づいて実装されてきたものだ。

今回の「上限を140字から、10,000字に引き上げ」というのも、それと同じことだ。

Twitter, 「投稿文字数の上限140字」やめるってよ #Twitter10k
http://matome.naver.jp/odai/2145208581742082101


この方針が最初に公にされたのは、日本時間で6日午前1時ごろにフィードされたRe/Codeというオンライン媒体の(やけにとっちらかっていて読みづらい)記事(つまり「急いで出した記事」と思われるもの)のようだが、その記事が出て「うわさ」が広まったころに@Jack (Twitter CEO) が、長文のテキストの画像を使い、「140字上限の撤廃」の意義をアピールしつつ、趣旨を説明するツイートを投稿した。

@Jackのその投稿の文面は、上記ページで文字(テキスト)起こしし、対訳をつける形式で日本語化したので、上記ページでごらんいただきたい……と、リンクしたところでほとんど誰もリンク先に飛んで記事を読んだりしないという、完全に社会に普及したあとのインターネットの特性が、スマフォの時代になってますます苛烈化し、そういう環境でのネットユーザーの行動パターンの変化が、今回のTwitterの方針転換を促したのだが(「ふつう、リンクなんかクリックしないっしょ」というのが《常識》の人々を、Twitterは取り込まねばならない。純粋に、ビジネス上の必要から)。

ジャックの書いてることを読む限り、今回のことは「上限の引き上げ」というより、「上限の(限りなく『撤廃』に近い)緩和」の意図での方針の転換だ。

しかし、人々の間での話題としては、「上限の緩和」という受け取られ方はせず、「上限の引き上げ」としてぐるぐる回っている。それも「極端すぎる引き上げ」として。

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2015年12月31日

もはや war on terror とは呼ばれない「テロとの戦い」は

……あちらの勝ちです。

gdn31dec2015.png

※画像クリックで全景のキャプチャ。

Brussels cancels new year celebrations over terror fears
http://www.theguardian.com/world/2015/dec/30/turkey-says-it-has-foiled-isis-plot-to-launch-new-years-eve-attack


※記事はAP

In Belgium, meanwhile, an investigation was continuing into what authorities characterised as a “serious threat” of holiday season attacks directed at police, soldiers and popular attractions in the capital city of Brussels. The arrest of two suspects was announced on Tuesday by the Federal Prosecutor’s Office, along with the seizure of military-style training uniforms, computer equipment and propaganda materials from the Islamic State. No weapons or explosives were found.
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2015年12月29日

人の生命の問題を、「ホームページにアップする文書」でなんちゃらしようという耐えられない軽さ

撤回されたっていうことで、これまで公に書いたものをまとめておきます。

「撤回された」というのはこれ:
安田純平さん拘束 身代金要求の発表撤回 国境なき記者団
12月29日 17時53分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151229/k10010356351000.html

下記は「国境なき記者団(RSF)」のサイトのトップページのキャプチャ。構成が見づらい(と私は感じる)ページなのだが、一番上のJournalism is not a crimeのバナーは今一番熱心にやってるキャンペーンの話で、本編はその下だ。そして安田さんについてのRSFの報告の撤回は、ニュースサイトでいえば「トップニュース」の扱いと言ってもよいだろう。



でもね、これ、きっとネットには、「撤回」される前の話がずーっと残る。現に、「NAVERまとめ」で私が作成したページに、私の意図とは関係なく一方的に表示される「関連まとめ」なんかでは「身代金が要求されていたことが発表された」とかいうセンセーショナルな、クリック稼ぎの「まとめ」がハバきかしてる。(「発表」って、直接の関係者がその事実があると述べたわけでもないときに、見出しにするかね? クリック稼ぎは「上等」かもしれんが、1ミリくらいはご家族のことを考えたらどうなのかね)

※以下作業中。へべれけなのでいちいち作業が遅い。

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2015年12月26日

このトピックについて書くと、無視される。そして、Twitterではフォロワーが減る……ロシアの戦争犯罪行為

12月、ヒューマン・ライツ・ウォッチ (HRW) とアムネスティ・インターナショナル (AI) が相次いで報告書を出した。シリアにおけるロシアによる(もしくはアサド政権とロシアの合同での)空爆について、市街地にクラスター爆弾などを使用して民間人を殺していること、戦争犯罪にあたる可能性があることを指摘した。何がグロテスクって、それと同時に「国際社会」はロシアやアサド政権を普通にプレイヤーの一人として扱った交渉を行ない、それを「和平なんちゃら」と位置づけていること。何が「マイルストーン」なのかと。

シリア: ロシアによる市街地攻撃、クラスター爆弾(無差別的な兵器)の使用について。
http://matome.naver.jp/odai/2145088945686778501


そして、これについて書くと、無視される。Twitterではフォロワーが減る。「減る」といっても5人、10人、という程度だが、この話題について連続してツイートしているとリアルタイムで減っていく。

上記の「NAVERまとめ」を利用したページも、全然閲覧数が伸びない。アップしてから48時間強が経過してなお、800件にも及ばない(キャプチャは26日23時55分ごろ)。



これが、「ロシアによる戦争犯罪」ではなく「アメリカによる誤爆」だったら、48時間もすれば、少なくとも1000は超えている。

「シリア内戦への無関心」を言うと、「あなたは(英語でニュースを読んでいて)普通の日本人とは違うから」などというばかげた反応が返ってくるのだが、そうじゃない。同じように「(英語でニュースを読んでいて)普通の日本人とは違う」はずの人たちの間で、シリア内戦は関心を呼ばないのだ。

パレスチナなら、瞬時に数百の反応がある。これは「優劣」の話をしたくて言っているのではない。同じ「非人道行為にさらされる一般市民」についてのニュースなのに、閲覧される回数が違うのだ。

その理由なんかどうでもいい。ただ、シリアの一般市民がアサド政権やロシアの爆撃の下に置かれていることは、パレスチナの一般市民がイスラエルの国家的暴力の下に置かれていることと同じように、関心を向けるべき「問題」である、ということは強調しておきたい。

で、11年前にあれだけファルージャファルージャと騒いでた人たちは、民間人の犠牲という点では、2004年11月のファルージャ包囲戦(全体)が毎週起きているような規模のシリア内戦について、本当に関心ないんですかね。だとしたら、私が疑問なのは、11年前にあれだけファルージャファルージャと騒いでいたのは、何が理由だったんですかね、っていうこと。いや、教えてくれなくていいです。知ってますから。そのことについてのシリアの人たち(在外シリア人を含む)の悲鳴は、2012年には既に、Twitter上で響き渡ってて、そのままずっと続いてますから。

暴力の行使者が米軍だろうとシリアのアサド政権軍だろうとロシアだろうとイスイス団だろうと……っていう考え方は、たぶん、「特殊」なんですね。それが21世紀。


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2015年12月25日

アメリカ人による「怯えずに言おう、メリー・クリスマスと!」という発言を、実際に見た。

アメリカの政治のことはよく知らない。とりわけ大統領選挙なんて今の段階では特段の関心もないから、リストに流れてくるニュース系のツイートで「見出し」を見てる程度しか追っていない。だから、おかしなことを思い込んでいるかもしれないし、書いてしまうかもしれない。

「世論調査ではドナルド・トランプ<<<<<<<<バーニー・サンダース」という結果(ただしその「世論調査」というのがどういう性質のものなのかは私は把握していない)が出ているという。そのサンダースは「トランプが大きな存在になったのはいちいちメディアが取り上げるからだ」ということを言っている(らしい。見出ししか見てない段階でこれを書いているが、あとで記事を読むつもりだ)。

つまり、2015年の総選挙前に英国のマスメディアがこぞってナイジェル・ファラージを取り上げてさしあげたことで、彼が「有権者がまともに取り合うべき政治家」であるかのような方向付けが可能になったように、ドナルド・トランプなんていう、「移民は国外追放だ」といった、理性のない、現実性もカケラもない、過激なだけの煽り文句で、世論の誘導と「右寄り」の議論の基盤づくりをするのが役目である道化(トリックスター)の発言をいちいちメディアがシリアスに取り上げる(それもBBCのようなメディアですら!)ことで、トランプが「世界が待ち構えるべき大統領候補の候補」であるかのように印象付けてきた、ということだろう。

で、トランプなんか選ばれるはずがないと私は思っているのだが(ナイジェル・ファラージと同じような結果になるはずだと思っている)、トランプがまき散らかした毒と憎悪のタネは、確実にこの言語世界に根を張りつつある。そこにあってあたりまえのもののようになりつつある。

「トランプ以前」、つまり2014年までにも、あのような言説には、量は少ないとはいえ、それなりに接していた。けれども、あのような言説が「その界隈」「あの人たち」の外にまで、「ムード」を及ぼすことは、ほとんどなかった。「過激な言説」は、「ああいう人たち」は好きに言っていればいいんじゃない、というようなものだった。

今もまだ、トランプやそのシンパに関しては「ああいう人たち」扱いができているかもしれない。英国人の家族が米国に渡航しようとしている空港で入国許可を取り消されるということが相次いでいるという件についてざっと検索したときにも、「そうすることが当然だ」という意見は(「まとめ」には入れていないが)見なかったわけではない。しかしそれらの意見の主は「いつものあの人」ばかりだった。イギリスでは極右言説でおなじみのユニオン・フラッグのアバターの「ジョーンズ」氏や、ケイティ・ホプキンスのような人たち。アメリカではユーザーネームに見覚えのある「アメウヨ」の人たち。

しかしそれがこれからもそうであり続けるのかどうか。先日、Newsweek日本版で訳出されていたH・A・ヘリヤーさんの記事(原文はSlate.com掲載)は、2000年代前半に登場した(2005年に出た書籍でおおっぴらに語られるようになった)「ユーラビア」言説について、「過激」な言説がいかに一般的な場所にも居場所を得たかを考察している。そして最後で、次のように締めている。
 イギリスのキャメロン首相すら、難民・移民について「人の群れ」という極右派が用いそうな言葉を発した。要はイスラム教徒に対する偏見が容認されるような雰囲気が広がっている。

 排外主義の偏狭さを最初からもっと白日の下にさらす努力をしていれば、こんなことにはならなかっただろう。歴史的に差別問題に敏感なドイツでさえも、反イスラム政治運動が激化しかけていることが懸念される。

 トランプはまさか本気でイスラム教徒の入国を禁止できるとは思っていないだろう。ただ大政党の最有力候補がそんな政策を打ち出せるようでは、既に米政界の「中道」は右へ寄ったも同然だ。反イスラムの偏見は米政界の主流派にも蔓延しかねない。




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2015年12月23日

再生するということ。

クリスマスといえばベツレヘムである。

今年は2月に忍び込んだガザでねこちゃんなどを描き、つい先日、フランスのカレーの「ジャングル」難民キャンプの高架下の壁にスティーヴ・ジョブズを描いたバンクシーは、10年前(もう10年前!)の2005年、西岸地区の分離壁に「芸術テロ」をぶちかまし、2007年にはベツレヘムで「サンタのゲットー」というイベントを行なった



そんなベツレヘムについて説明が必要だという人はさほどいないかもしれないが、「それって食えるのおいしいの」と思った人はウィキペディアの概要部分の第二段落の最初の文の後半の25字分くらいを読んでほしい。(リンクをクリックして、そのくらい、探して読めるでしょ?)

ベツレヘムはパレスチナ(ヨルダン川西岸地区)にある。そして、ヨルダン川西岸地区は、イスラエルによる不法(国際法の無視)にさらされ、壁とか作られて分断されまくっていて、そして「警察力」的なもの(そういう名目の何か)を行使するのもイスラエルである、という不条理の中にある。それでいてイスラエルは「我が国は宗教に寛容、ユダヤ教以外も厚遇」ということを言いたいので、ベツレヘムに関しては「観光振興」とかいろいろある。しかし現実には……である。

そして外部では、こういう「報道」がなされる。

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2015年12月22日

ハンニバルはなぜ、ベイルートにいたのか、ようやく真相らしきものが。

先日、唐突に「ハンニバル・カダフィが、ベイルートで身柄を拘束され、当局に引き渡された」というニュースがあった。

なぜベイルートに? という疑問が当然出たわけだが、そのときは「妻を訪ねて行っていた」とかいう話になっていた。そういうこともあるかなとそのときは思ったが、いかにもとってつけたような理由なので、マユツバマユツバと思いつつ読んでいた。

そして、12月21日のロッカビー事件(1988年)の日が過ぎた22日付けのNYT紙面に掲載されたのがこの記事だ。

Mystery of Missing Lebanese Cleric Deepens
http://www.nytimes.com/2015/12/22/world/middleeast/mystery-of-missing-lebanese-cleric-deepens.html

By HWAIDA SAAD and RICK GLADSTONE

ハンニバル・カダフィがなぜベイルートにいたのか、ようやく真相らしきものがでてきた。(上のリンクをクリックして、記事をお読みください。)

しかし、この記事の最後に書いてあること、「そんなの、最初っから分かりきってたはずでは」ってことですよね。

Ms. Khalil said she expected him to be released soon. “He is not guilty, and he was 3 years old when Imam Sadr went missing,” she said. “He knows nothing about the case.”


いや、いろいろと、闇は深いですよ。。。

以下、記録。

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で、「なぜパリばかり〜〜〜」って言ってた人たちは、その後、シリア情勢に注意を払ったりしてるんすか。民間の救急隊員がロシアの空爆で殺されたりしてるんですけどね。

1ヶ月と少し前、日本語圏で「なぜパリばかり〜〜〜〜〜〜」と狂乱の叫び声を上げていた人たちは、その後、「パリ以外」について少しでも知ろうとしたのだろうか。私は疑問に思う。

正直、こんなことに時間を割くのもばかばかしいが、「シリア内戦」とか「シリア情勢」というと「イスイス団」しか思いつかないくらい、何も知らない人たちの無知な言葉が、ネットをうっすらと覆っている。先ほども、「イスイス団のようなイスラム主義者のテロ」について、「クルド武装勢力」の戦闘員(一見してYPJとわかる上に、腕にオジャランの顔をモチーフにしたワッペンをつけているようなガチのクルド民族主義者)の写真を使っている頭が激しい下痢を起こすようなエントリを「はてブ」で流行っているということで見たばかりだ。まったく、心底、ばかばかしい。

そしてこういうのを「ばかばかしい」と述べると、「高飛車である」とか「知識自慢している」とか言われるのがネットだが、「中国と日本の区別がつかない欧米人」や「北アイルランドの7月12日の暴動を、反緊縮の暴動と区別しない怠惰な日本語圏の知識人」が批判されて当然なのと同じように、「イスラム主義過激派」と「クルド武装勢力」の区別がつかない・つけようともしないで「テロ」を語ろうとするような怠惰な者は、(どこの国の人であれ)批判されて当然である。「イスラムだから全部一緒」みたいなのは日本語圏のネットではうんざりするほどあふれかえっているが(日本語圏に限らないが)、そもそもシリアについて「イスラムだから」云々で決め付けるような知識しかない人は、自らの無知を自覚するところから始めるべきである。

Re: http://b.hatena.ne.jp/entry/www.continue-is-power.com/entry/2015/12/21/081249

……こんな話題で、なんでクルド武装勢力の写真使うの? 関係ないじゃん。あと、偉そうに一般論を語りくさすだけで、2004年3月11日のマドリードはスルーですかそうですか。2005年7月7日のロンドンは記憶されてんでしょうか

http://b.hatena.ne.jp/nofrills/20151222#bookmark-274297417


「2004年3月11日」や「2005年7月7日」を知らない? ggrks.

つうわけで、シリアから。

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2015年12月21日

「朕は国家なり」的態度を見せ付けた挙句、'I'll be back' とブラッターは言った。

♪今年の汚れ、今年のうっちっにっ!♪ というCMソングがかつてあった。年末の大掃除に向けて、「あきらめていた換気扇の油汚れも、強力パワーで落とします」という洗剤などを売るCMだ。

そして今年も、ああ、換気扇…… (・_・) とそっと手を見る時期になり、ニュースでも「あきらめていたあの汚れが落ちた」系の話が流れてきた。

今年5月下旬、スイスのホテルに米当局が踏み込んでFIFAのお偉いさんたちをしょっ引いてから7ヶ月。その間、紆余曲折……というか、どうやってもこれは落とせんな、という展開になっていた。ニュースを追うのもばかばかしくなるようなムードだった。

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これはもうどうにもならんのではないか(FIFAはFIFAに対して何もできないのではないか)、と思っていたところに、「ブラッター、プラティニ両氏 8年間の活動停止処分に」という今日のニュースがあった。

国際サッカー連盟(FIFA)倫理委員会は21日、FIFA会長のジョセフ・ゼップ・ブラッター氏(79)と、FIFA副会長で欧州サッカー連盟(UEFA)会長のミシェル・プラティニ氏(60)の間に不正な金銭授受があったとして、ともに8年間の資格停止処分を科した。

……

FIFA側は、2011年にブラッター氏がプラティニ氏に200万スイスフラン(約2億4000万円)を超える資金を支払った件について捜査してきた。2人はこの金銭授受は口頭での契約に基づいた正当なものだと主張していた。しかし倫理委は今回、口頭での合意に有効性は認められないと判断した。

2015年12月21日 20:13 発信地:チューリヒ/スイス
http://www.afpbb.com/articles/-/3071057


FIFAの文書はこちら。普通に読める英語だと思うんで、どうぞ直接お読みください。

ブラッターには「汚職」の容疑があったのだが、この前の段階で、それは取り下げられていた。(「永久追放」ではなく「8年間」となったのは、こういう背景だろう。)

ブラッター会長はスイスのブリック紙に対し、倫理委員会のハンスヨアヒム・エカート裁定委員長の前で8時間にわたり行われた聴聞会について語り、同氏から冒頭で「汚職の容疑は取り下げられた」と伝えられたと語った。

2015年12月21日 15:57 発信地:ジュネーブ/スイス
http://www.afpbb.com/articles/-/3071005


(「8時間」ですってよ……)

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2015年12月20日

アンドレイ・クルコフ『ウクライナ日記』(読書メモ)

ウクライナ日記 国民的作家が綴った祖国激動の155日 私はこの本をウクライナのために書いている。この本にはユーロマイダンの期間中の私の日記を載せる。分かりやすい言葉で、もしかすると少々単純化した形で、現在ウクライナで起きていることの原因の解説を試みたい。今日の状況がウクライナの遠い過去と近い過去とどう結びついているのかを主観的に説明してみせるための、国民の群像、国の肖像を描いていきたい。

――アンドレイ・クルコフ(吉岡ゆき訳)『ウクライナ日記 国民的作家が綴った祖国激動の155日』ホーム社、2015年、pp. 121-122


読んでいてかなり辛かったこの本を読了したので、読書メモとして。(「辛い」というのは「退屈だ」という意味ではない。ここで書かれていることが作家の空想ではなく現実であるということが堪えたのだ。)

アンドレイ・クルコフはウクライナの作家。使用言語はロシア語。1961年にロシアのレニングラード(当時)に生まれ、3歳のときに家族でキエフに移って、以来ウクライナに暮らしている。1991年のソ連崩壊のときは30歳になっていた計算だ。『ペンギンの憂鬱』(邦題)というたいへんに魅力的な小説が2004年に日本で翻訳紹介され、私はそれによってこの作家のことを知ったが、クルコフは英語圏を含む欧州でも広く知られた小説家で、『ウクライナ日記』にも出てくるとおり、2014年にはフランスのレジオンドヌール勲章をうけている。

4105900412ペンギンの憂鬱 (新潮クレスト・ブックス)
アンドレイ・クルコフ 沼野 恭子
新潮社 2004-09-29

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1860469450Death and the Penguin
Andrey Kurkov
Harvill Press 2003-05-29

by G-Tools


『ウクライナ日記』は、元々の企画としては、オーストリアの出版社からの依頼で「ヨーロッパの人々にウクライナを理解してもらうため」のエッセイ集だった(「訳者あとがき」より)。つまり、ウクライナがEUに接近することになっているという前提があった。2013年11月にそれが突然ひっくり返されたことで、企画は方向性を大きく変え、「エッセイ集」ではなく「日記」になった。

ニコライ・アザーロフ首相が、EUとの連合協定調印の準備作業を停止すると声明……ヨーロッパへの統合は棚上げ。我々は再びロシアを愛する。ヨーロッパは唖然とした様子。私とて同じだ。ヤヌコヴィッチはこの半年というもの、「我々はヨーロッパに行くのだ!」と言い続けてきた。

(p. 21)


この本の「日記」の始まりの日である2013年11月21日以降、「ウクライナとは何であるか(何でないか)」は、文筆家による外国人向けエッセイのテーマではなく、現実に武器や装甲車両・軍服といったものを伴った武力紛争のタネとなっていく。徐々にきな臭さと血の臭いを増していく情勢の中で心理的に翻弄されながら、妻と3人の子と一緒にキエフの中心部に暮らす作家は、日常生活を送っている。予定していた長編はなかなか執筆が進まないが、ウクライナ国内の大学に呼ばれて講演を行ない、国外のイベントに呼ばれて飛行機で出かけていく。子供の誕生日を祝い、家族で一緒にキエフから少し離れた村のセカンドハウスに行き、そこで畑仕事をする。政治家たちの煽動的な言葉を聞き、ロシアのプロパガンダに(きっと「またか」的なものであるだろうが)苛立ちをおぼえ、その日のことを日記に書き留める。その中に、自然、当初の企画にあったに違いないような「ウクライナ事情の解説」が地の文で、または原注で入る。よく考えられ、適度に添えられた訳注も、読者の理解を助けてくれる。

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2015年12月15日

カレーの「ジャングル」難民キャンプ。「溺れる者」がすがりつく「藁」さえ、ここにはない。

12日に書いた「フランスのカレーの『ジャングル』難民キャンプに、Banksyが新作を描いた」件について、「NAVERまとめ」を利用して作成しているページに追記した(下記の7ページ以降)。

バンクシーが「シリア移民の子、スティーヴ・ジョブズ」を描いた英仏海峡の街で、何が起きているのか。
http://matome.naver.jp/odai/2143833336178143801


このページは元々、7月末に英メディアで「カレーから移民 (migrants) が押し寄せてくる」というパニック報道が展開されていたときに個人的備忘録としてニュースのフィードなどのツイートを書き留めておいたものの冒頭に、12月の「バンクシーの新作」という新たな要素を加えて公開したものだ。

この「バンクシーの新作」、描かれた故人(スティーヴ・ジョブズ)が主役であるかのように取りざたされるし、実際作家自身もそれを狙っていることは明白なのだが、「主役」はこのキャンプ自体である。

12日に「NAVERまとめ」のページをアップした段階では、そこがまだ書き終わっていなかったのだが、さっき、その部分の大半を書いてアップした。

そこが読まれるかどうかは知らない。人目を引く派手な要素は何もない。ただ、シリアだけでなく、世界のいろいろなところからさまざまな抑圧と暴力を逃れてきて、フランスの北端でゴミと糞尿と泥の中で日々を過ごすことを余儀なくされている人々がいるということ、「溺れる者」がすがりつく「藁」さえ、ここにはない(国連さえここにはいない)ということを、何もせずにはいられなくなってボランティアの炊き出し隊を組んで現地に行った英国人の手記を通じて、日本語で伝えようとしただけだ。



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2015年12月13日

ある「アイリッシュ」の訃報と、格闘家の掲げるアイルランドの旗……ベネディクト・アンダーソンの突然の死。

「いつかこの日は来る」。そうわかっていても、特にそれについて考えたり、思ったりすることもなく日々過ごしている。そんな日が来た。そういう感覚で、ブログを書こうとしても収拾がつかない。

「ことば」は集めた。

【訃報】ベネディクト・アンダーソン(『想像の共同体』)
http://matome.naver.jp/odai/2145000187978557101


集めはしたが、私が探しているものはここにはない。自分の中に、漠然と、「ことば」という形を得ることなく存在しているものに、形を与えてくれる「ことば」は、見つかっていない。

ベネディクト・アンダーソンの訃報が流れてくるこのモニターには、「想像の共同体」の最たるものと私がずっと思っているアイルランドから、「想像の共同体」のシンボルを誇らしげに掲げた勝利者の写真が流れてくる。総合格闘技UFCのコナー・マクレガー。タイトル・マッチでわずか13秒で挑戦者をKOした彼は、リングでチャンピオン・ベルトを締め、アイルランドのトリコロールの旗を高々と掲げた。

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2015年12月12日

Banksyの新作は、「後にAppleという会社を創業したシリア移民の子供」だ。

ペーパーバック版 スティーブ・ジョブズ 1 - シリア中部の都市ホムス。腕一本でのし上がった富豪の息子として、1931年に生まれたアブドゥルファタ・「ジョン」・ジャンダリは、この街で育ち、長じて、隣国レバノンのベイルートにあるアメリカン大学に通った。学生活動家だった彼は政治的な活動で投獄も経験した。経済と政治学を専攻した彼はやがて、渡米し、ウィスコンシン大学の大学院博士課程に籍を置いた。ここで出会ったのがジョアン・キャロル・シーブル。ウィスコンシン育ちのカトリックの彼女と、ホムス出身のムスリムの彼は、恋に落ちた。彼女の親はいい顔をしなかったらしい。

1954年の夏、アブドゥルファタがジョアンをつれてホムスに里帰りしているときに、ジョアンが妊娠した。アブドゥルファタは大変な喜びようだったが、ジョアンの父親が娘がシリア人と結婚することを許してくれない。ジョアンは、生まれた子供は養子に出すよりないと彼に告げた。1950年代のことだ。婚外子やシングルマザーへの風当たりの強さは今とは比較にならない。それに、妊娠中絶はまだアメリカでは違法だった。

こうして生まれた男の子が、紆余曲折あって、サンフランシスコのブルーカラー(労働者階級)の夫婦に引き取られた。成長した彼が何を成し遂げたかは、説明は必要あるまい。

(以上、ウィキペディアを参照した。)

その「シリアからの移民の息子」を、バンクシーは、フランスのカレーの劣悪な環境の難民キャンプ、「ジャングル」に描いた。

バンクシーが「シリア移民の子、スティーヴ・ジョブズ」を描いた英仏海峡の街で、何が起きているのか。
http://matome.naver.jp/odai/2143833336178143801


全部こちら↑↑に。この夏のBanksyの企画、Dismalandのその後のことも。

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2015年12月08日

音楽映画ベストテン(企画参加エントリ)

はてなのid:washburn1975さんの企画、「音楽映画ベストテン」:
http://d.hatena.ne.jp/washburn1975/20151031

「音楽映画」(定義は下記)のオールタイム・トップ10を人それぞれ好きなように選ぼうという企画。

- 音楽をテーマとした映画、音楽家が主人公の映画、ミュージカル/オペラ、音楽家の伝記映画などを対象とします。

-「サウンドトラックが名曲」や「主題歌が大ヒット」などの作品ではなく、音楽がストーリー上で重要な役割を果たしているものを選んでください。

-とはいえ、「音楽映画」の定義をここで細かく決めることはしませんので、迷ったときには当ベストテンの大原則である「迷ったら入れる」を採用してください。

http://d.hatena.ne.jp/washburn1975/20151031


既に集まっている他人様のご回答を眺めていたらいろいろ思いついたので、参加してみます。

参加したい方は、ブログを持っている場合はブログに書いてid:washburn1975さんの記事へトラバ送信、ブログのない方、トラバが送れない方は同エントリのコメント欄に、*書式を守って*投稿(でも集計作業で「正規表現で半角スペースを境目にして抽出」というのはやめていただければと……英文などが入ってる文字列の扱いに困るし、半角コロンを使ったら半角スペースを入れるのがタイピングのルールなのでそれが打鍵のクセになっています)。Twitterでも投稿できるそうです。締め切りは12月12日の深夜24時。

というわけで、「何が《音楽映画》になりうるのか」をそれなりに考えつつ、「人間と音楽」がコアにある映画を、今年見たものから1本、昔見たものから9本。順位にはあまり意味はないです。詳細はブログ記事本体(「続きを読む」の先)に。

1. ジミー、野を駆ける伝説(2014年、ケン・ローチ監督)
2. Blue ブルー(1993年、デレク・ジャーマン監督)
3. ウィズネイルと僕(1987年、ブルース・ロビンソン監督)
4. ライフ・オブ・ブライアン(1979年、テリー・ジョーンズ監督)
5. スパイナル・タップ(1984年、ロブ・ライナー監督)
6. ザ・コミットメンツ(1991年、アラン・パーカー監督)
7. シェルショック・ロック(1979年、 ジョン・T・デイヴィス監督)
8. アンダーグラウンド(1995年、エミール・クストリッツァ監督)
9. プリシラ(1994年、ステファン・エリオット監督)
10. ストレンジャー・ザン・パラダイス(1984年、ジム・ジャームッシュ監督)


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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