kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2016年08月19日

ほぼ1年前、2015年9月のあの「ロイヤリスト活動家」による議会証言の件が、今、ものすごい結果を生じさせている。

よく訓練された北アイルランド・ウォッチャーのみなさん、こんばんは。

毎年、7月12日のオレンジ祭りが夏の水かけ祭りになるかどうかをウォッチして(最近は11日の夜のボンファイアが巨大化しすぎて、近隣家屋が水かけ祭りになってますが)本格的な夏の始まりを実感し、8月第一土曜日のベルファスト・プライドで「神様」系の人たちがアイリス・ロビンソンの発言内容を思わせるプラカードを持って並んでいる勢力圏が年々縮小している様子に微笑みながら真夏を実感し、日本で暦が「秋」になり、「終戦の日」として知られる日が迫るとデリーのアプレンティス・ボーイズのパレードはきっと今年も「何事もなく終了」ということになるのだろうと予期しつつ、念のためニュースのアンテナを高くしておき(今年はディシデンツの巨大すぎるボンファイアが出てましたね)、8月15日は1945年のことを思いつつも1998年のあの赤い車を思い、それが奪った29の生命のことを考えて8月が後半に入ると、そろそろ夏は終わり。これからはクリスマスにクライマックスを迎える「政治の季節」ですね。さあ、今年は国技「エクストリーム交渉」が行なわれるのでしょうか。

……とフザけたことを書いているのは、台風が関東をかすめて通っていったあとに北からびょ〜んと伸びてきた前線に向かって、台風が連れてきたすさまじい熱気 with 湿気がだらだらと流れ込み続けるという、不快指数250くらいの天候の中でとんでもないことが起きているから。

まさか、ほぼ1年前のあれが、よみがえってくるとは。しかも、こんな形で! さすがは「政治的ゾンビ」の名産地。

Northern Ireland: NAMA scandal: Sinn Féin's Daithí McKay resigns as MLA
http://chirpstory.com/li/325823

詳細は↑、読んでください。というか↑に埋め込んであるIrish News(元の報道……リーク文書)やSluggerなどの記事を読んでください。

いやぁ、ほんと、何とも……。誰がどの勢力と「対立」しているのか、北アイルランドは本当にわからないですね。それが「体質」みたいになってる。英国の植民地主義の暗黒の残滓がたまっているところはたいていそうだという話もあるけど、北アイルランドは本当に、何というか……。

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2016年08月12日

【訃報】エドワード・デイリー神父(後に司教)〜ブラディ・サンデー事件で白いハンカチを掲げ、負傷者を搬送した神父

edwarddalyrip.png「エドワード・デイリー司教が非常に重篤な容態である」というBBCの報道が流れてきていたのに気づいたのは、日本時間で8月8日の午後4時台、7日夜(現地時間)に北ベルファストでUDAの「著名なメンバー」が射殺されたというニュースをTwitter上で追っているときのことだった。ベルファストのBBC Newsは「重篤な容態である」と言い、一方デリーのBBC Radioは、それに加えて病院名も書き、「親族が病室に集まっている」と伝えていた(ちなみに病院は、デリーの周辺地域の基幹病院で、ベッド数は500床だそうだ)。

政治家など、名の知られている人について、このような「ニュース」が流れることはときどきある。高齢であったり、「かねてより病気療養中」であることが知られていたりする場合だ。明示されることはないが、そのような報道がなされる目的は、「死にゆく者への祈り」の呼びかけである。時には「容態が安定し、家族が感謝の意」といった続報があることもあるが、多くの場合は、24時間もしないうちに訃報が流れる。なので「重篤な容態」の報道が流れてきたときに、「ああ……」と言葉にならない気持ちになりながら、次の報道の内容を、言葉は大げさだが「覚悟」していた。

デイリー神父の訃報は、思いのほか早くやってきた。「重篤な容態」の報道に私が気づいてから1時間ほどあとのことだった。

それまでの間に、私はデイリー神父についてTwitterに少し書いていた。"ブラディ・サンデー事件、現場で取材に応じるエドワード・デイリー神父の映像。(当日は、公民権要求デモの取材のために多くのカメラと記者が現場にいた。その目の前で、英軍は13人を撃ち殺し、「攻撃されたので反撃した」との虚偽をばら撒いた)" として、下記のビデオをツイートした。

※デイリー神父の「証言」は、エンベッドした映像の最初の1分くらいです。その後は英軍側の証言(ウィルフォード大佐)、現場の様子の映像と、解説のナレーション。

それから、"負傷者を運ぶ人々を先導するときにデイリー神父が掲げていたハンカチについて、7年前に書いています" として、2009年1月の「記念日」の拙ブログのエントリをリンクした。

2009年01月31日 Free DerryがFree Gazaになり、あのハンカチがMuseum of Free Derryに
http://nofrills.seesaa.net/article/113444195.html


信仰を抱かぬ私ではあるが、かろうじて、デイリー神父を見送ることができたと思う。

先ほどから「デイリー神父」と書いているが、その後司教になられているので、肩書きとしては「デイリー司祭」と書くのが正確だ。しかし、デリーの教区の信徒でなければ、この方を認識する人は「あの神父さん」として認識していることがほとんどだろう。私もそうだ。なのでついつい「デイリー神父」と書いてしまう。それがご本人のお気持ちに反するような失礼な間違いにはならないことを願いつつ、本稿では「あの神父さん」を悼みたい。

edwarddaly-p137.jpg


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2016年08月08日

北ベルファスト、ロイヤリスト内紛か(UDAメンバーの射殺)

北ベルファストの住宅街の路上で、人が銃で撃ち殺されるという事件があった。TwitterでNIのリストをさかのぼると、90年代の英国のガール・グループ、All SaintsがFeile Belfast(ベルファストの「アイリッシュ・ナショナリスト」の側で開催される毎年夏の文化祭)でステージに立っているのとだいたい同じタイミングで発生していたことが確認できる。ひとつは「あの紛争 (the Troubles)」の残りカスが根を張って新たに育ったような部分の出来事で、もうひとつは「あの紛争」が過去のものとなったことを改めて確認するような出来事だ。

nbjb2.png


初報はPSNI(北アイルランド警察)のこのツイート。



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2016年08月07日

北アイルランド警察と「あの紛争」の残りカス〜ビリー・ライトの神話化と、shoot to killをめぐって

北アイルランド警察の動きについて、少し気になるようなことが伝えられている。2件をまとめて1つのエントリにしようと思う。

今年1月、Be Like Billというインターネット・ミームを北アイルランドの警察がネットでパロディ化して(そう。警察が、ミームのパロディを作ったんです。コメディランドでもなかなか発生しない事態)、ニュースになったことがあった。

それから半年。その警察は今なお、そのミームのパロディを使っていたそうだが、そこで今度は本当に物議をかもす(というよりそれ以上の)展開になっていることを、The Irish Newsが報じている。(The Irish Newsはベルファストのメディアで、ダブリンのThe Irish Timesとは全然別。)

PSNI Facebook Dissident Dan posts 'wholly inappropriate'
Connla Young, 06 August, 2016 01:00
http://www.irishnews.com/news/2016/08/06/news/psni-facebook-dissident-dan-posts-wholly-inappropriate-says-councillor-639559/

やらかしたのは、最初にBe Like Billのパロディ、「ディシデント・ダン」をFBで投稿したクレイガヴォン警察署。問題となった投稿は7月21日付け(「夏のオレンジ祭り」の翌週)。

The Irish Newsの記事では、メインの画像としては問題となったのとは別のFBの投稿(棒人間の「ディシデント・ダン」を使っている)を使い、問題となった投稿は、サイドに小さく表示させている(クリックで拡大できる)。

その「問題となった投稿」については記事本文にも説明があるが、画像を拡大表示させれば記事に書かれていない部分も(一部だけ)読める。FBの写真投稿にしては長文なので、キャプチャには全文は入っていない。

クレイガヴォン警察のアカウント担当者は、この投稿で、銃の訓練としての標的射撃で使っている「標的」(板に、こちらに銃口を向ける男の絵が描かれたもの)のことを「ダン」と読んでいる。書き出しは、"This is 'Dan'." だ。

ミームのパロディでは、書き出しは "This is dissident Dan." だった。

今回の投稿にはdissidentという言葉はないが、"This is 'Dan'." のDanにくっついている引用符は、「例のダン」という意味を明示している。

なので、このターゲット・プラクティス用の板を普段から「ダン」と読んでいるといういいわけは通用しない。

既に練習に使われて銃弾による穴がいっぱい空いた状態のこの「標的」の写真に、クレイガヴォン警察のFB担当者は次のように書き添えているということを、記事は本文で書いている。引用されているのは冒頭のほんの少しだけだ。だが、それだけで十分である。

A message from an officer believed to have taken part in the training said: “This is 'Dan'. He was my 'training partner' a couple of days ago and as you can see...he didn't have a great day...."

http://www.irishnews.com/news/2016/08/06/news/psni-facebook-dissident-dan-posts-wholly-inappropriate-says-councillor-639559/


続けて記事は書く。警察によるこのような行為が、なぜ「問題」となるのかを。

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2016年08月01日

カール・フランプトンの勝利と2枚の旗

日本時間で7月31日(日)の昼ごろ、米ニューヨークでボクシングのタイトルマッチが行なわれていて、英国では早朝4時とかいう時間帯だったにも関わらず、NIのリストはけっこう賑わっていた。タイトル保持者であるメキシコのボクサー、レオ・サンタクルスに挑んだのは、北アイルランドのカール・フランプトンだった。

ボクシングは競技団体がひとつではなく、体重別の階級も細かくて、普段、特に関心を持たずにいる自分には難しいのだが、この試合は「WBA」という競技団体の「フェザー級」という階級のタイトル戦だった(階級についてはウィキペディアに一覧表がある)。試合は、目の肥えた人々が口々に「すごい試合だ」とツイートするような充実した内容だったようだが、判定の結果、フランプトンが2-0で勝ち、チャンピオン・ベルトを掲げた。

それだけでも北アイルランドは盛り上がるだろうが、さらに、今回フランプトンは、1つ下の階級(スーパーバンタム級。かつて「ライトフェザー級」と呼ばれていた階級)から1つ上げてフェザー級で王者に挑んだのだが、以前の階級であるスーパーバンタム級では既に世界を制していた。つまり、「2階級制覇」だ。これは、北アイルランド出身のボクサーとしては史上初の偉業達成となる。

というわけで、1ヶ月ほど前にはフランスでサッカーの代表チームを応援してぴょんこぴょんこしていた人たちが、また「うわぁい♪」と盛り上がっている。

cfrmpt-bt-min.png


サッカーは、今年のEuro 2016の大会まではかなり「オレンジか、緑か」の区別が目立っていたのだが(北アイルランド代表をサポートするのは「オレンジ」側で、「緑」の側でサッカーに熱心な人々はアイルランド共和国代表をサポートする、というのが基本的な図式だった)、ボクシングは「オレンジ」も「緑」もなく、北アイルランドの人々をひとつにまとめるスポーツだ。

というか、あの「紛争」の時代に、ボクシングをそういう存在にした人がいる。フランプトンの所属ジムの「おやっさん」で、80年代にボクサーとして活躍したバリー・マクギガンである。

そこらへんのことは、既に書いたものをご参照いただきたい。

2016年02月28日 ベルファストのボクサーと、「クロス・コミュニティ」
http://nofrills.seesaa.net/article/434378595.html


ニューヨークでのタイトルマッチで、判定の結果が告知されフランプトンが勝利を手にしたときに、リング上で喜びを爆発させるバリー・マクギガンの写真が報道写真として回っている。とてもいい写真だと思う。

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2016年05月19日

東京の道路の制限速度の写真が、北アイルランドの紛争後社会の説明にちょっとだけ役立った件。#flickr #CreativeCommons

2004年10月にFlickrを使い始めてから1年が経過したころの写真がある。何の変哲もない、道路の路面の写真だ。11年近くも前のことで、どこで撮影したのかも思い出せない。

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むしろ、こんな写真をアップしていたことも忘れていた。先ほど、Recent Activityのページにこの写真がひょこっと出てくるまでは。

flcusntc.png


……お茶ふいた。 (・_・)


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タグ:flickr
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2016年04月24日

イースター蜂起から(日付上の)100年にあわせ、ダブリンでシン・フェインが党大会を開催

今日、4月24日は、アイルランドのイースター蜂起開始から100年の記念日である。といっても、アイルランド共和国での「100周年記念行事」は、毎年の記念式典と同様に、宗教的祝祭の日である「イースター」に合わせて行なわれたため、既に書いた通り、3月の間にもう終わっている。アイルランド共和国が宗教色の薄い国家だったならば、そのような記念行事も「イースター」に合わせてではなく毎年4月24日に行なわれていただろう。

100年前、1916年4月24日は、イースター・マンデーだった。対英武装蜂起を準備してきた武装勢力(アイリッシュ・ヴォランティアーズ、つまりアイルランド義勇軍など)はこの日、放送設備のあったダブリンのGPO (the General Post Office) を占拠した。しかし実はこの蜂起は、武器調達の不備(ロジャー・ケースメントの逮捕)といった事情により、直前の日曜日に中止命令が出ていた。そのため、予定していたよりずっと少ない人数で圧倒的武力を有する英軍に対して決起してしまうことになった反乱軍は、「アイルランドから英国を撤退させる」にはまったく及ばず、月曜日に始まった蜂起は金曜日にはほぼ鎮圧されていた。……といった経緯は、ウィキペディアの日本語版でもかなり詳しく書かれているので、そういったページをご一読いただきたい。

GPOに立てこもっていた蜂起の指導者たちは、28日金曜日に壁に穴をあけて、近くの長屋作りの商店街の一軒に逃れた。この商店街が「ムーア・ストリート」で、蜂起指導者たちが逮捕前に最後に身を置いたのが16番地(魚屋)だった。ダブリンの中心部にあるこの通りは、現在でも、「ダブリンで最も古い野菜・果物の露天市」が立つ通りとして知られているが、1990年代の「ケルトの虎」の好況期(不動産ブーム)に再開発計画が持ち上がり、以降、経済が失速しても、破綻してIMF/EUのベイルアウトを受けることになっても、その再開発計画は生きながらえていた(市の中心部なので、そうなることはわからんでもない)。その計画では、「古い長屋作りの商店街は取り壊し、近代的な建物を建てる」ことになっており、すなわち、イースター蜂起の最後の記念地が、取り壊されることになる。

これに対し、「ムーア・ストリートを守れ」というキャンペーンを主導したのが、1916年の共和国樹立宣言署名者の親族(子孫の代だが)やナショナリスト政党のシン・フェインで、そのキャンペーンが奏功し、行政がムーア・ストリート16番地を「国の史跡」として保存・保護することを決定したのが、今年3月だった。ただし、どうやらこれにも抜け穴があるようで、長屋作りの建物のうち16番地は保護されるが、それ以外は……といったあたり、雲行きが怪しそうだ。詳細は3月20日付のガーディアン記事を参照:
http://www.theguardian.com/world/2016/mar/20/dublin-moore-street-protesters-easter-rising

ともあれ、こうして「英雄たちの記念すべき場所」であるムーア・ストリート16番地を取り壊させないというキャンペーンを成功させたシン・フェインは、今年の党大会を、イースター蜂起の開始された4月24日に一番近い金・土(つまり22日金曜日と23日土曜日)に、ダブリンで開催した。今年の標語は、Join the Rising. ウェブサイトは次のように、「蜂起の英雄たち」を配したデザインになっている。

sfaf16m.png
※画像クリックで原寸大のキャプチャを表示。



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2016年04月17日

来期からSPLで復活するオールド・ファームのライバル関係について、今から半笑いしておく。

4年前の2012年、スコットランドのサッカー、プレミアリーグの強豪のひとつ、レンジャーズFC(Rangers FC: RFC)が、4部リーグにまで格下げされた。理由は、サッカーそのものとは関係のない、経営上の問題だった。ウィキペディア日本語版より:
2012年2月14日、会社更生法の適用申請を行い、クラブの経営権が管財人の手に渡った。この時点では大口債権者に対して4900万ポンド(約58億8000万円)の負債を抱えており、裁判の結果次第では7500万ポンドまで膨らむ可能性があった。この破産により、リーグ規定で勝ち点10を剥奪されたほか、新戦力の獲得や登録に制限を課される可能性が生じた。同年7月、リーグ所属クラブによる投票によって4部に相当するスコティッシュ・フットボールリーグ3部への所属が決定した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%BAFC


RFCといえば、ウィキペディア日本語版にも書いてあるし、当ブログでも以前に書いたが(←リンク先だけでなく何度か書いてる)、同じグラスゴーに拠点を置くセルティックFC(Celtic FC)との「ライバル関係」だ。「オールド・ファーム Old Firm」と呼ばれるこの両者の関係については、日本語でも多く書かれているし下記の翻訳書にも詳しいので、関心がある方はぜひ読んでいただきたい。一言でまとめると、両者の「ライバル関係」はただの「サッカー上のこと」ではなく、「宗派(教派)対立」であるということ。そして北アイルランドのセクタリアンな紛争と呼応しているということ。それが「北アイルランド紛争」が終わって20年にもなろうかという今も、以前と同様であるということ。

4560080240英国のダービーマッチ
ダグラス ビーティ Douglas Beattie
白水社 2009-09

by G-Tools


で、レンジャーズFCの降格が決まったときにセルティックFCのサポは「ざまあwwwwwwwwwww」みたいなパフォーマンスをものすごい勢いでやったのであるが、それを見ながらレンジャーズFCのサポの側では「覚えておきやがれ」とニラニラしていたのは当然のこと。そして2012年の降格から4年後、2016年の現在、既に2部リーグにまで上がってきていたRFCは、来期(2016-2017)は1部リーグ(スコットランドのプレミアリーグ)に戻ってくる。そのニュースについて、私は次のようにツイートした。

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2016年04月02日

50年以上も生きてるシャチと、北アイルランド紛争期のデリーの子供たちの話を、4月1日に聞いた(でもエイプリル・フールではない)。

2016年4月1日、これは「あれ」じゃないというお話を追っていたら、北アイルランド紛争真っ只中のデリーに迷い込んで、当時小学生だった人たちの思い出話などを読んでいた件。
順を追って話そう。

英国のメディアの「エイプリル・フール」の嘘記事の基本形は、「とにかくもっともらしい」というものである。多かれ少なかれ衝撃的な見出し(それは記事で伝えられる話題の内容である場合も、「本紙独占」という派手な文言である場合もある)に、もっともらしい記述が続き、やがて読んでる人が「あれ……?」と思うように話が流れ、にやにやし始めたところで「嘘記事」であることが明らかになるような文言があり、最後に「今日の日付」について改めて強調する、といった形だ。

映像ニュースの場合も同様で、現場の記者が真顔でもっともらしくレポートし、関係者のインタビューで関係者がもっともらしく答えていたりする。あるいは関係者が真顔でもっともらしく語っている映像に乗せて「新奇な発明」などが紹介される。日本でも毎年Googleが作っている「ニセものの新機軸」の映像などが同様の形式だが(今年のは「もっともらしさ」が新次元に到達していた)、原型はBBCの「今年もイタリアでは、スパゲッティの収穫が最盛期を迎えています」(1957年)で、細部は時代に合わせたかたちになっているものの、この基本形に乗っ取った「大真面目なレポート(のように見える何か)」で4月1日をお祝いするという風習は、現在も続いている。これこそまさにフォークロア、伝統芸能と言えよう。

そんな日に、これを見たのだ。「スコットランド沖で、1970年代のキラー・ホエールを発見」。

kwsctlnd.png


「キラー・ホエール」は日本語にすれば「シャチ」で、何ということもない動物の名称(俗称)なのだが、独特の語感がある(いかにも「小学生が大喜び」しそうな感じ)。しかもそのシャチにつけられている名前が、Dopey Dick。ひどい名前だ。 「キラー・ホエール(人殺しクジラ)」→メルヴィルのMoby Dick……という連想だろうか。

このシャチが話題になったのは1970年代というから約40年前の話だ。当時夢中になった子供が40代後半から50代のいい大人になっているくらい昔の話。
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2016年03月29日

アイルランド、「これまでの100年」から、「これからの100年」へ。

というわけで28日のイースター・マンデーも、アイルランドからは「イースター蜂起100周年」の話題がたっぷり流れてきていた。100年前に実際に蜂起が決行されたのはイースター・マンデーのことで、ダブリンでは "Reflecting The Rising" と銘打ったRTE(公共放送)主催のイベントが市内各所で行なわれていて、#ReflectingTheRisingのハッシュタグでその様子が報告されていた。

内容は、RTEのサイトを参照すると:
http://www.ireland.ie/events/rte-1916-reflecting-rising
RTÉ 1916: Reflecting the Rising is a large-scale multi-location public event that will take place in Dublin on Easter Monday 2016 from 11am to 6pm, with hundreds of talks, walking tours, music, dance, street art, street theatre, and moments of reflection and celebration.

RTÉ 1916: Reflecting the Rising aims to provide Irish people of all ages with a one day canvas on which to explore the Rising and our relationship with it, both historically and contemporaneously. In locations on both sides of the River Liffey and on the river itself, the event is a public invitation to commemorate, to celebrate and to understand this significant moment in our collective history.
Hundreds of free events with a historical element are planned over eight city centre public zones which will be open to all.


……という感じで、講演・ディスカッションあり、音楽あり、演劇あり、ゆかりの場所をめぐるウォーキング・ツアーあり、展示ありと盛りだくさんで、ディスカッションなど屋内のイベントは入場は無料だが整理券が必要という形で、ずいぶん前に整理券がはけてしまっているものがたくさんあったようだ。



蜂起が行なわれた現場では俳優さんたちが蜂起を再現するイベントもあった。

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2016年03月27日

イースター蜂起100周年の記念式典と北アイルランド

先ほどまで、オンラインで全世界に公開されていたRTE(アイルランド共和国の公共放送)の生中継で、ダブリンでのイースター蜂起記念式典を見ていた。式典は毎年行なわれ、毎年RTEがリージョンによる制限をつけずにネットで中継しているが、100周年の今年は式典も拡大版、RTEの番組も拡大版だった。

式典は、コアの部分(大統領による献花、軍人による1916年の共和国樹立宣言の読み上げ、最後の空軍によるフライパストといった部分)は例年とあまり変わらなかったが、その後のパレードが拡大版で、軍だけではなく警察も、刑務所当局も、沿岸警備隊も、消防隊も、果ては救急隊までパレードに参加していた。救急車がパレードしてるのなんて、初めて見た。つまりは、アイルランドという国家が、「国のため」に保持している機動力が全部集合していたのだが、ここは中立国のアイルランドゆえ、ミサイルなどではなく、消防車や救急車や沿岸警備隊の救命艇がパレードしていたという次第だ(軍の装甲車は出ていた。アイルランド軍は世界各地の国連のPKO、特に地雷除去に参加しているので、国連の水色のベレー帽をかぶった退役軍人もパレードしていた)。

この100周年という大きな節目のイベントについての現地のツイートは、いつも見ている「北アイルランド」のリストをベースにしてアーカイヴしている。(現在、関係ないものを取り除く編集作業中だが、しばらくかかる。)
http://chirpstory.com/li/309321

ダブリンでは「国家」をあげての行事となったが、それと北アイルランドとのかかわりは、例によって、一筋縄ではいかない。ダブリンの式典を中継するRTEの画面にはマーティン・マクギネスの姿があったが(あと、SDLPの代表団も参列していたことはツイートされている)、シン・フェイン(の名称を現在に受け継いでいる政党)のトップ、ジェリー・アダムズは、例年のごとく、ベルファストのミルタウン墓地――「北アイルランド紛争」で死んだIRAのメンバーたちが埋葬されている墓地――でスピーチを行なった。「リパブリカン史観」全開の内容だ。


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2016年03月25日

イースター蜂起から100年。

何年か前までは、「2016年のイースターの時期は、私の視界はイースター蜂起100周年であふれるのだろう」と思っていた。しかし現状、イースター蜂起100周年関連は、多くが「あとで読む」の状態である。このエントリも「あとで書く」の状態で見切り発車でアップしている(→その後、最後まで書きました)。

というわけで今日は「グッド・フライデー」、イースターの週末の始まりである。次の日曜日が「イースター・サンデー」で、それからの1週間が「イースター・ウィーク」だ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Easter_Week

「イースター」というと「欧米の春の行事」というイメージが強いのか、「イースター蜂起」という概念が通じないことがよくある。「プラハの春」について「古都の春は美しいのでしょうねえ」などとすっとぼけた反応があるのと同じような感じだ。「イースター蜂起」は、うららかな日差しの中、子供がうさちゃんの着ぐるみで卵型のチョコを食べているといったイメージとはまったく関係がない。

1916年、英国の支配下で約束された自治(ホーム・ルール)が第一次世界大戦を理由・口実に停止されたまま宙ぶらりんにされていたアイルランドで、イースター・ウィークに、(数としては少数の)武装主義者がダブリンで対英武装蜂起を決行した(決行直前に中止命令が出されたため、ダブリン以外の諸都市では大規模な蜂起にはならなかった)。目的はアイルランドの英国からの独立。今もディシデント・リパブリカンが掲げている「英国人はアイルランドから出て行け」という標語はこのころのものだ。

月曜日に始まった蜂起は、土曜日に武装勢力の降伏という形で終結。ダブリンは多くの街路が破壊され、反乱軍の側は82人の戦死者と1600人を超える負傷者を出し、英軍は157人の戦死者と300人以上の負傷者を出した。戦闘の巻き添えとなって落命した非戦闘員(一般市民)の死者は200人を上回り、負傷者は600人を数えた。ウィキペディアの日本語版がかなり充実しているので(百科事典にしてはちょっと詳しすぎるくらいだ)、興味のある方はご一読いただきたい。(なお、本段落の数字の出典はウィキペディアの日本語版である。)

蜂起の指導者たちは5月上旬に死刑を宣告され、銃殺された。それにより、「恐ろしい美が生まれ出た」――詩人のウィリアム・バトラー・イエイツはこの蜂起をうたった詩、Easter 1916で、そのように言語化した。"A terrible beauty is born".



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2016年03月18日

セント・パトリックス・デー補遺。WHに入れなかったアダムズと、デリーのプロテスタントの件

アイルランド成分濃度が高すぎて、次から次へといろんなものが出てくるから、エントリが書き終わらない。17日は水とお茶とコーヒーしか飲んでいないのに、目にする成分のため頭がぐるぐるしていて、追記するとわけわかんなくなるので、別記事を立てることにした。

迎え成分補給しながら(テンポ速い):



まず、ホワイトハウスのいつものイベントに招待されていったら、入り口でセキュリティに止められて90分も待たされているうちにイベントがほとんど終わってしまい、そのまま立ち去ったジェリー・アダムズについて。

アダムズは、事後出したステートメントで、"Sinn Fein will not sit at the back of the bus for anyone." と黒人公民権運動のローザ・パークスを引き合いに出して、あてこすっているのだが(アイルランド政治系クラスタとしてはここは真顔)、
1. これがアメリカをざわつかせ……
2. その後のイベントでのスピーチで、アダムズが「シン・フェインだけ他の政治家と扱いが違う」として、パークスを再度引き合いに出し……
3. さらに「私はローザ・パークスさんとはお会いしたことがありますが、何か」と証拠を提示したら……
4. 即座にツッコミが入る
……という、変則的な4コマまんがみたいなことになっている。

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ワシントンDCなどでの「セント・パトリックス・デー外交」と、招待されてたのにセキュリティに止められたジェリー・アダムズ

1つ前のエントリで、北アイルランドでも緑色一色に染まっていることについて少し書いたが、その北アイルランドの自治政府2トップ(正副ファースト・ミニスター)は毎年恒例の「アメリカ詣で」に行っている。「セント・パトリックス・デー外交」である。

「セント・パトリックス・デー外交」は、アイルランドの政治トップ(首相)がワシントンDCのホワイトハウスを訪問し、米大統領にシャムロックの鉢を手渡すという儀式(?)を核にしており、発端は1952年、米トルーマン政権時の駐米アイルランド大使の思いつきだったそうだ。詳細は2015年にホワイトハウスがまとめた記事と、アイルランド大使館が制作したビデオ(下記)に詳しい。
https://blogs.state.gov/stories/2015/03/17/united-states-and-ireland-celebrating-st-patricks-day-and-90-years-diplomacy



去年は北アイルランドの正副ファースト・ミニスターは、ストーモントの議会での福祉法案をめぐるすったもんだのために、ホワイトハウス訪問を取りやめていた。(そしてその福祉法案をめぐるシン・フェインのUターンが、昨年のストーモントでのドタバタの第一章にすぎなかったことは、そのときは知る由もなかった……)今年は正副ファースト・ミニスターとジョー・バイデン副大統領が会談中にオバマ大統領が顔を出し、「北アイルランド和平プロセス、がんぱってくださいねー」というやり取りをしたと報じられている(ちょっとよく意味がわからないんだけど、任期を終えようとしているオバマ大統領のこのレセプションは今回が最後。就任当初は母方の「アイルランドとのつながり」を強調し、「北アイルランド和平はすばらしい」という発言も多かったオバマさんだが……ということかな)。

オバマ大統領との面会について、写真がね、マーティン・マクギネスからは出てるんだけど、アーリーン・フォスターからは出てないんだよね。

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2016年03月17日

アイルランドに「春」を告げる、セント・パトリックス・デーの光景

今年はイースターが早く、セント・パトリックス・デーと1週間ほどしか離れていない上に、1916年のイースター蜂起から100周年というのも重なっていて、むしょうにあわただしいのだが、本日3月17日はセント・パトリックス・デーである。

セント・パトリック(聖パトリック)はアイルランドにキリスト教をもたらした聖人で、3月17日は命日(宗教的な用語を使うと「帰天した日」ということになるだろうか)。これが「アイリッシュのアイデンティティ」の日として祝われるようになったのは、アイルランド島の外に脱出した(せざるをえなかった)ディアスポラの間でのことだった。発祥の地は北米で、アイルランド島そのものが大騒ぎするようになったのは、ここ20年ほどのことである(「アイリッシュのアイデンティティ」というものは、アイルランド自身、特に都市部にとっては、わりと微妙なものだった。「ダブリンのプロテスタント」の手記など、探せば読めると思う)。私自身、「セント・パトリックス・デーにお祭り騒ぎして、何でもかんでも緑にしてしまう」文化・習慣は、「アメリカのもの」という印象が強い。かつて、こういうお祭り騒ぎをしているという情報が私にも得られたのは、ニューヨークやボストンやシカゴのような米国の諸都市だったからだ。現在は、「照明で、世界各地の名所やランドマークを緑色に染める」という「グローバル・グリーニング」なるキャンペーンをアイルランド共和国政府の観光当局が率先して行なっている。これは毎年、拡大の一途だ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Saint_Patrick%27s_Day

セント・パトリックス・デーは、現在はアイルランドでは南北の区別なく共通して、パレードが行なわれたりする祝日(休日)になっているが、北アイルランド紛争のころまでは、北アイルランドの「ブリティッシュ」のアイデンティティの人たちは、行政機構も含め、無視していたという。今はベルファストでもセント・パトリックス・デーのパレードが行なわれる。(→【更新】今年のパレードについてのBBC News記事

北アイルランドの「ブリティッシュ」を自認するユニオニスト/ロイヤリストのコミュニティで「われわれの文化が脅かされている」という(先鋭化した)言説が根強くあるのは、北アイルランド紛争という局面が終わってから「アイリッシュネス」に対する北アイルランドでの態度が柔軟になってきたことによる「包囲の心理」のあらわれのひとつで、その象徴が「旗を掲げる」という行為である。2016年1月に発起人が「終結」を宣言した「フラッグ・プロテスト」(旗デモ)は、そのような文脈にある。「アイリッシュ(緑)か、ブリティッシュ(オレンジ)か」という二者択一の二元論を刷り込まれているコミュニティにとって、「アイリッシュも、ブリティッシュも」というのは、そうやすやすとは受け入れられないようだ(と、「緑色一色に染まった光景」を、「クリスマスも初詣も」の葬式仏教徒はただ眺めている)。

でも、現在もなおそのようなかたくなさを見せている人たちがいるとしたら本当に一部の「強硬派」だけだろう。今は、ユニオニストの政治家たちもごくナチュラルに、セント・パトリックの日のお祝いをしている。よくイベントが行なわれるストーモントの議事堂の正面ホール(大階段)も16日、緑色に染まり、セント・パトリックス・デーのイベントの始まりを告げた。





下記の「緑色の照明を浴びたジャイアンツ・コーズウェイ」の写真(ジャイアンツ・コーズウェイの観光客向けアカウントのツイート)は、DUPのイアン・ペイズリー(ジュニア)がRTしていたので、NIのリストに流れてきていたものだ。「われわれはブリティッシュなので、アイリッシュネスを受け入れない」という態度は、ウケを狙う政治家がそのようなポーズを取るという表面的なことでさえ、もう歴史のかなたに行っている。

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2016年03月14日

北アイルランド、「歴史」の奥に潜んでいたパーソナルな物語と、今ここにあるホモフォビア(ジェイムズ・モリノー)

北アイルランドの政治家に、ジェイムズ(ジム)・モリノーという人がいる。「北アイルランドの成立」(アイルランドの南北分断)以来ずっと政治の中心であり続けたUUP (the Ulster Unionist Party) で、1979年から95年まで党首をつとめた。当時は北アイルランドは自治が停止され英国の直轄統治だったが、もしそのころに自治政府が機能していたら「北アイルランド自治政府のファースト・ミニスター」になっていたと思われる立場の人である。つまり、決して無視できるような政治家ではない。
https://en.wikipedia.org/wiki/James_Molyneaux,_Baron_Molyneaux_of_Killead

モリノーは1997年の政界引退後に一代貴族に叙せられたため「バロン・モリノー」になっているが、家柄が貴族だったというわけではない。1920年生まれの彼は、第二次世界大戦中は英空軍の軍人で、ナチスドイツのベルゲン=ベルゼン収容所の解放の目撃者である(そのことについて、インタビューで語ったりしている)。政治的にはガチ保守で、保守党の例の「月曜会 the Monday Club」の重要なメンバーだった(UUPは保守党とがっつりくっついている)。

90年代後半に、主にIRA視点から北アイルランドに強い関心を向けるようになった自分は、モリノーについては「今北産業」状態だった。そして「3行」で語られるモリノーは、「保守強硬派、反アイルランド・ナショナリズム、反ダブリン」だった。アングロ・アイリッシュ合意(1985年)に反対する市民の大集会(ベルファストのシティ・ホール前)で、イアン・ペイズリーと肩を並べて「何たる愚行!」と同合意を批判し、「受け入れられない」と言い切った政治家である。つまり、1998年のベルファスト合意(グッド・フライデー合意)以降の「歴史」の流れから見れば、「間違った側 the wrong side」に立っていた政治家である。

そんな感じで、最初から「過去の人」として、ニュースではなく文献に出てきていたモリノーには、特に関心を払ったことはなかった。「北アイルランドの強硬派」なんぞ、正直、イアン・ペイズリーだけでオナカイッパイである。

2015年3月に94歳で死去したときも、特に大きな関心を払った形跡はない。「一応重要人物の訃報として押さえておくかな」程度だった。




そのジム・モリノーが、死後1年が経過したところで、またニュースになっている。それが、「ええっと、この人、オレンジ・オーダーですよね」っていう内容だ。口さがない向きは「ゲイ疑惑」云々という言葉を使いたがるかもしれないが、個人のセクシュアリティ、セクシュアル・オリエンテーション自体はどうでもよい。問題は、聖書を根拠に「同性愛排斥」(「同性愛者は治療対象とすべき」と主張するような)を公然とかかげ、今も北アイルランドでの同性結婚の実現を邪魔している「宗教保守」の勢力の「中の人」であるばかりか「リーダー格」の一人が、ということだ。しかもこの人の人脈は、おそらく歴史の闇の奥深くに封印されることになっている「保守党政権下での人権侵害スキャンダル」の当事者たちにつながっている。そういう意味でこの件は「公益性」のある話題である。個人の(しかも「故人」の)プライバシーそれ自体に関心があるわけではないということは強調しておく。

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2016年03月12日

ベルファスト、刑務所職員爆殺未遂事件と、「ニューIRA」

4日にベルファストの住宅街の道路で、刑務所職員の車の下に仕掛けられていた爆発物が爆発し、その刑務所職員が重傷を負った(ただし命に関わるような怪我ではない)ということがあった。

誰かが何かを言わなくても「アレでアレでアレですな」とわかるような事件だが、実際そうだという犯行声明が数日後に出た。そのことをTwitterに流しただけだったので、改めて書いておくことにする。

犯行声明を出したのは、BBCなど報道機関が「the new IRA」または「the New IRA」もしくは「the "New" IRA」あるいは「the "new" IRA」と表記しているディシデント・リパブリカン(リパブリカン非主流派)の組織である。わかりやすく言えば、かつて「Real IRA」と呼ばれていた組織などが再編した武装組織である。

Belfast bomb: Dissident republicans 'new IRA' claim prison officer attack
By Vincent Kearney
7 March 2016
http://www.bbc.com/news/uk-northern-ireland-35742097

※組織名について、どこを大文字にするとか引用符を使うかどうかといったことはあまり追及してもしょうがなさそうだ。下記の通り、BBCの同じ記事の中でも表記ゆれがあるのだから。そもそもこの組織自身は自分たちのことを「ニューIRA」と呼んではいない(それは「リアルIRA」も同じだったのだが)。



ともあれ、犯行声明の内容は:
In a statement to the BBC, the group said he was one of a number of prison officers on a list of "potential targets".

They claimed he was targeted because he was responsible for training prison officers who work in a wing housing dissident republicans at Maghaberry prison.

http://www.bbc.com/news/uk-northern-ireland-35742097


というわけで、この人を標的にした理由は、ディシデンツが「刑務所闘争」を展開してきた(数ヶ月前に終了が宣言されてると思うが、まだ続いているのかもしれない……そこまでディープにフォローしてるわけではないのでわからない)マガベリー刑務所の職員(官吏、俗語でいうscrew)の訓練・研修の担当者だからということだ。

※書きかけ【続きを読む】
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2016年03月04日

また刑務所職員を標的にしたボム攻撃(ベルファスト)

tb04march2016.png右側のキャプチャ画像(クリックで原寸表示)は、TwitterでのTrendsを追うウェブ・サービスのフィードのもの。この24時間で、夏の音楽フェスのラインナップ発表や、この次の週末のイベントに関するワードがトレンドしているところに、「車両」、「負傷」、「警察」といったワードが入っている。そう、また「ああいうこと」があったのだ。ここしばらく、表向きは、完全に静かだったのに。

というわけで、ふと画面を見たら、East BelfastがUK全体のTrendsに入っていた(キャプチャ画像は後のほうに入れる)。今日は、East Belfast FCというIFA(北アイルランドのサッカー協会)所属のクラブが、敷地内にUVF(オリジナルUVF)のミューラルを描いているのが政治問題化しているということでアイリッシュ・ニュースが記事を出していたため、それのニュース・フィードが一度に出たことで言及数が増えたのかなと思いつつ確認してみたら、「東ベルファストで、車の下に仕掛けられた爆発物が爆発し、負傷者が出ている」というニュースが新たに出ていた。

ボムを仕掛けられたのは52歳の刑務所職員の車で、負傷の詳細は公表されていない段階だが、生命に関わるような怪我ではないとは伝えられている。「紛争」終結後の北アイルランドで、同様の手法で警官が攻撃された事例はいくつかある。例えば2010年1月のPeadar Heffronさん(下肢切断)や、2011年4月のRonan Kerrさん(死亡)。刑務所職員が襲われた事件といえば、2012年11月、David Blackさん(高速道路を車で走行中に銃撃)が殺された事件がある。ここに挙げた事件は、いずれも「解決」はしていないと思う(「逮捕」、「起訴」の話を聞いた記憶がない)。

北アイルランドでは刑務所職員が暴力の標的にされるリスクは依然として「非常に高い」ということが、2015年10月に北アイルランド自治議会で報告されていた。

今日の東ベルファストでの攻撃について、BBC:
East Belfast: Prison officer injured after bomb explodes under van
http://www.bbc.com/news/uk-northern-ireland-35724066


同、BT(ライヴ・ブログ):
Belfast bomb explosion: Prison officer injured by device planted under van - live updates
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/northern-ireland/belfast-bomb-explosion-prison-officer-injured-by-device-planted-under-van-live-updates-34510925.html


同、UTV:
Prison officer injured in bomb in east Belfast
http://www.u.tv/News/2016/03/04/Prison-officer-injured-in-bomb-in-east-Belfast-55135


なお、現場はここ。市街地からは離れているので(「東ベルファスト」自体、川を渡った向こう岸なのだが、現場はその「東ベルファスト」でもさらに奥というか南に入ったところ)、学会や商用、一般の観光でベルファストを訪問するような人が「やだぁ、怖い、きゃあ」と反応するような場所ではない。地元の人が暮らす住宅街のど真ん中だ。


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2016年03月01日

35年前の3月1日。ロング・メッシュ(メイズ)刑務所でボビー・サンズが食を断った。

毎年のことだが、3月1日である。

"I'll start a hunger strike on the first of March."
"You're going to head to head with the British government who are unshakable."



B00L31IS72HUNGER/ハンガー 静かなる抵抗 [DVD]
ギャガ 2014-10-02

by G-Tools

オンライン配信

1981年のこの日の本人の言葉も、ウェブで読める。

My heart is very sore because I know that I have broken my poor mother’s heart, and my home is struck with unbearable anxiety. But I have considered all the arguments and tried every means to avoid what has become the unavoidable: it has been forced upon me and my comrades by four-and-a-half years of stark inhumanity.

http://www.bobbysandstrust.com/writings/prison-diary


この件については、別館のほうにまとめてある。下記キャプチャ画像はクリッカブルなので、見出しをクリックして各記事に飛んでいただきたい。



I believe and stand by the God-given right of the Irish nation to sovereign independence, and the right of any Irishman or woman to assert this right in armed revolution. That is why I am incarcerated, naked and tortured.

http://www.bobbysandstrust.com/writings/prison-diary


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2016年02月28日

ベルファストのボクサーと、「クロス・コミュニティ」

カール・フランプトンというプロ・ボクサーがいる。ベルファストの人で、試合をするたびに勝っているので、北アイルランドではしゅっちゅうニュースになっている。そのため、ボクシングには特に関心がない私でも名前と顔が一致する。

そのフランプトンが、28日朝(日本時間)、またニュースになっていた。今回は「北アイルランドのニュース」ではなく「英国のニュース」だった。マンチェスターで行なわれた試合でイングランドのボクサーを相手に判定勝ちして、WBAとIBFの統一王者(スーパー・バンタム級)になったという。試合についてのハッシュタグは、UKでも、また総選挙の開票が行なわれているアイルランド共和国でもTwitterのTrendsの上位に入っていた。
https://twitter.com/hashtag/FramptonQuigg?src=tren

ボクシングは階級だけでなく団体もいっぱいあって、私には全然わからないのだが、フランプトンはIBFのチャンピオン、対戦相手のスコット・クイッグはWBAのチャンピオンで、両者が対戦して統一王者を決定するという試合で、試合が行なわれたマンチェスターはクイッグの地元(ベリー Buryの人)。Twitterでさかのぼって見ると、「スロー・バーナーだな」とか「ペンキが乾くのを見ているようなもの」とか、「最後の3ラウンドは動きがあったが、チケット代の分も楽しめないような試合だ」とかいった評価が多いが、「この試合がつまらないなんて言ってる人は、ボクシングのことは何もわかってない」というボクシング系のアカウントもある。いずれにせよ、最終的には判定で、ジャッジ3人のうち2人がフランプトン、1人がクイッグということで、フランプトンが統一王者の座に輝いた。
http://www.bbc.com/sport/live/boxing/35639187

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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