kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2018年12月06日

ナイジェル、UKIP辞めたってよ。

2016年6月のEU離脱可否を問うレファレンダムで「離脱」陣営の(非公式の)顔としてすさまじい存在感を(メディアのおかげで)発揮しておきながら、レファレンダムから10日ほど後にはUKIP党首という責任ある立場を辞めていたナイジェル・ファラージが、このたび、UKIPをすっぱり辞めたという。

その「辞めた」という宣言を、テリーザ・メイがEUとの間でやっとのことで合意し、英国会に持ち帰った離脱プランに関する討議の初日(予想されていた以上の、すさまじい荒れ具合を見せている)にぶつけてくるあたり、おぬしもワルよのう……なんだけど、ナイジェル・ファラージがどんなことを画策してきたところで、今さら驚くには値しない。ああ、そうですか、という程度だ。

しかし、UKIPと手を切ることにした理由が、UKIPの現在のリーダーシップが、「トミー・ロビンソン」という活動家名で知られるEDL創設者(実名はスティーヴン・ヤクスレイ=レノン)を党に招じ入れ、彼の「反イスラム」のレトリックを党のレトリックとしようとしていることだ、という辺り、「驚く」とかじゃなくて何というか、ただ呆れて言葉を失うよりなくなってしまい、逆に言葉が大量に噴出するという感覚だ。

ともあれ、この件を私が知ったのはロイターの速報で、そのあとでガーディアンの記事を読んだのだが、ロイター記事とガーディアン記事が「ナイジェル・ファラージとは誰か」という点においてまるで違うので、それをここに書きとめておこうと思う。


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2018年11月07日

戦没軍人追悼の赤いポピーの季節に絡み合う、Brexitとアイルランドと「英国の二枚舌」

「本決まりになる前」という予想していなかったタイミングで動きがあったので、何か(何が)あったのだろうとウォッチしていたら、伝統芸「二枚舌」が出てきた――本エントリをまとめるとこんな感じか。そこに戦没軍人追悼の赤いポピーなども絡んでくる。まるで一篇の物語のようだ。

英国のEU離脱 (Brexit) をどのようにやるかについての交渉で「最後の5%」が決まらないということは日本語でも報じられているが(リンク先参照。「5%」について「定量的になんちゃらかんちゃら」と言いたい人は、私にではなくリンク先の記事元であるNHKにどうぞ)、動きがあったのはその「5%」の部分だ。つまりthe Irish borderがかかわる部分。

「アイルランドのボーダー」については先日、ざっくりと書いてある(が、「ざっくり」なので、厳密な正確性についてはあまり期待しないでいただきたい。正確なことは各自本を読むなりしてご確認のほど)。それがBrexitの交渉のボトルネックとなっているということは、「関税同盟と英国」で説明したがる日本語圏ではあまり知られていないかもしれないが、英語圏(というかUK語圏)では常識だ。この数ヶ月ずっと、どのメディアを見てもthe Irish borderが焦点となっている。(私はBrexitが決まったすぐ後に「アイルランドどうなるの」と気になりだしたクチだから私の感覚では当てにならないと思われるかもしれないが、その場合、実際に英メディアの記事を見ていただければ、それが事実だという確認が取れるはずだ。)

「アイルランドのボーダー」に関する話し合いは、Brexitに関するほかの分野・項目の話し合いとは異なり、英国とEUだけで行なわれるわけではない。そもそもアイルランド島に「ボーダー」が存在している原因である北アイルランドの代表者(といっても、今は民主的な手続きで成立しているはずの北アイルランド自治議会が機能を停止しているので、法的には非常に曖昧な立場の「代表者」だ)も、アイルランドの代表者も加わる。そのシステムのベースにあるのが1998年のベルファスト合意(グッドフライデー合意、以下その略称を使って「GFA」と表記する)である。

GFAは「北アイルランド紛争を終わらせた」と武力・軍事面で語られることがほとんどだが、実はそれと同様に重要なのは、北アイルランドの問題を北アイルランドだけの問題とすることをやめた(がっさり言うと成立時には北アイルランドは「自治領」で、独自のパーラメントを持っていた。それについても以前書いているが、北アイルランドというのはそういう存在なのだ。じゃあ独立すればと思わずにはいられないのだが、北部6州を他の26州から切り離した人々は「独立国家」になることには興味はなく「英国の一部」であることを求めた――でもロンドンの支配は受けないという)だけでなく、英国政府とアイルランド政府が協議するという手続きを確立したという点だ。つまり、北アイルランドは当面(つまり、帰属について住民の意思を問うレファレンダムが行なわれるまで)「英領」ではあるが、英国の一存で動かせることばかりではない、ということになった。

だからBrexitという「英国とEUの問題」に、必然的に「北アイルランドの問題」もついてきて、それに関してアイルランドが当事者として関わっているのである。

さらに言えば、アイルランドは憲法を普通に明文化していて、だから1998年のGFAのときに「島全体でひとつの国」とする条項、すなわち北アイルランドの領有権を主張する条項を消すということができたのだが、一方で、英国は明文化された憲法を持たない。北アイルランドの帰属の問題は英語ではconstitutional problemと言うが、そのconstitutionが、英国の場合、どこにあるどういうものなのかがよくわからないと言ってもよいような存在で、つまり交渉のときに「だってほら、ここにこう書いてあるじゃないですか」と詰め寄る、的なことができない。

そういう中で、「残り5%」は、いつまでたっても「残り5%」のまま固まっていて動かないのだが、とにもかくにも何とかしなければならないので、北アイルランドの国技である「エクストリーム交渉」が、北アイルランド、アイルランド、英国、EUを巻き込んで続いている、というのが現在の状況である。

しかしそれがようやく動くか、という報道があったのが、アイルランドのお祭り、ハロウィーンが過ぎたあとのことだった。


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2018年09月28日

注目され続ける極右活動家「トミー・ロビンソン」ことスティーヴン・レノンと、ネット上の支持者

tommyrobinsontt27sep.pngふとTwitterの画面を見たら、UKでTommy RobinsonがTrendsに入っている。「また何かやったのか」と見てみると、オールド・ベイリーに出廷したことがニュースになっている。そういえば確かおととい、「トミー・ロビンソンが出廷する日が迫り、大勢の支持者が詰め掛けることが予想されているので、その日は周辺のパブは臨時休業」というニュースを見かけた。おそらく商業の側の自主的な休業判断だろうが、経済的に実害と呼べるであろうものが出ているわけだ。ロンドンは大変に大きな都会なので同一視はできないが、ベルファストの「旗騒動」においては政治的示威行為で経済的に影響が出たという前例を、彼らイングランドの極右活動家たちも十分に踏まえてはいるだろう。その方向性で影響力をweaponiseするということにならなければよいが。

……などということを、しとしと降る雨でとても寒い東京(今日は17度で、明日は25度以上の予報)でぼんやりと考えつつ、Twitterの画面を見てみた。いつもと同じく、報道機関のアカウントからのフィードと、反極右・反レイシズムの調査団体Hope Not Hate (HNH) のフィードが並んでいる。

HNHの今日の最初のフィードは、活動名「トミー・ロビンソン」ことスティーヴン・レノン(スティーヴン・クリストファー・ヤクスレイ=レノンというのが本名)についてまとめられた記事だ。「ロビンソン」ことレノンの名前は、英国、特にイングランドで売れるようになってからもう10年ほどになるが、ここ数年は北米でも名前を定着させつつあるし、さらにここ数ヶ月はスティーヴ・バノンが欧州で極右の連携と連帯をさらにステップアップさせるために活動を活発化させる中で「ロビンソン」ことレノンが注目されている。「ロビンソン」ことレノンは、もはやイングランドの「ローカルな活動家」ではなく「グローバルな極右のシンボル」になりつつあるような印象を私も抱いている。

そういう展開に寄与した要因のひとつは、今年3月、Twitterがレノンを恒久的に出禁にしたことだろうし、さらに大きな要因は逮捕や起訴だ。2017年5月、彼は法廷内でカメラを使用したことにより「法廷侮辱罪」で有罪となった。その後、2018年5月には、判事により報道が規制されていた裁判(ロビンソンらが「ムスリムの連中がいたいけな子供たちを食い物にした」と糾弾している事件。なお、イングランドでは白人によっても同様の事件は引き起こされているが、彼らは加害者が白人の場合は「子供を守れ」的な言動はとっていない)について、法廷の建物の外でネットで実況中継を行い、「平安を乱した罪」で逮捕された。これが広く英語圏の極右の間で「トミー・ロビンソンを解放せよ」というハッシュタグ運動となって広まった

その経緯は、ウィキペディアでは次のように(ソースを細かく示しながら)記載されている。

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2018年08月26日

教皇のアイルランド訪問とシリア難民: 2年前、全然英語ができなかった少女が、8万人の前で語るとき

フランシスコ教皇は難民に関して活発に動いてこられた方だ。2016年4月には、シリアをはじめ中近東から中央アジアにかけての地域から脱出してきた人々がトルコからヨーロッパに入る入り口となっていたギリシャのレスボス島を訪問し、難民として収容されていた人々と握手をし、肩に手をかけ、話に耳を傾ける(必要に応じてそれぞれの言語の通訳者を介して)という活動を行ない、帰りの飛行機にシリア難民12人を乗せていき、「ヨーロッパはもっと難民を受け入れるべきである」ということを、言葉ではなく行動で示していた。

このレスボス島訪問の少し前にキリスト教の東西の教会の対話が行われ、訪問は「東」の教会のトップと一緒に行われたということも、特筆に価するだろう。特に今回のアイルランド訪問で、プレスビテリアン、メソジストなどプロテスタントの教派のトップがダブリン城(「城」という名称だが、機能としては「会館」である)でのイベントへの招待を受けるという形で、教派の垣根が取り払われたことを見ると、フランシスコさんはのちのちまで語り継がれる存在になるだろうけど、その注目ポイントの一つは「宗派間の対話の促進」に置かれるだろうと思ったりもする。

閑話休題。ここで書いておきたいのは難民のことだ。

今回のアイルランド訪問に際し、空港に到着した教皇はサイモン・コヴニー外務大臣とそのご家族をはじめとするアイルランドの人々の出迎えを受けたあと、大統領官邸でのレセプションを受けた。

ちなみに大統領はあの見た目がかわいいマイケル・D・ヒギンズ大統領だが、この方もフランシスコ教皇と共通する部分の多い人道主義者である。下記のスライドショーはGetty Imagesでエンベッドできるようになっている写真から5点選んだが、お2人が並ぶとまるで映画に出てくる「善の長老たち」みたいだ。

Embed from Getty Images

ともあれ、アイルランドに外国の国家元首などが訪問するとこのように大統領官邸でレセプションがあり、そこではアイルランドの軍隊(といってもアイルランドは中立国だし、戦闘機など攻撃能力は持っていない。国連PKOで活躍している)を前に閲兵が行われるのだが、今回の教皇訪問ではその軍隊が陸軍ではなく海軍だった。上記スライドショーの2枚目から4枚目で確認できる通りである。

ここで海軍を持ってきたのは、「難民」が理由だという。アイリッシュ・タイムズの記事より:
He was greeted by the President Michael D Higgins and his wife Sabina in front of a guard of honour made up of members of the Irish naval service. They were chosen to reflect the importance of the naval service in the ongoing Mediterranean operation aimed at disrupting the activities of people smugglers and assisting migrants to prevent loss of life at sea.

https://www.irishtimes.com/news/social-affairs/religion-and-beliefs/papal-visit/syrian-family-of-asylum-seekers-meet-pope-francis-at-%C3%A1ras-an-uachtar%C3%A1in-1.3607785

つまり、アフリカ北岸から欧州を目指して地中海を渡ろうとする人々が海に飲まれて犠牲となることを防ぐための活動において海軍が重要な役割を果たすので、海軍が選ばれたというのだ。アイルランドの大統領は儀礼的な存在で政治には関与しないが、ヒギンズ大統領はこうすることで海軍を讃えると同時に、教皇と世界に対し、「やれることをやっていきましょう」というメッセージを送っているのだろう。

そして、大統領官邸でのレセプションではゲストが記念植樹をするのが慣わしなのだが(アイリッシュ・タイムズ記事によると、1853年から続いているのだとか)、その植樹のセレモニーにたずさわっていたのが、シリアから逃れてきたハッスーンさんたちの家族だった。

一家は男性2人、女性2人と幼い子供3人の7人。一番下の子は1歳だという。



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2018年07月11日

2018年のthe 11th Nightは、近年珍しいほどに不穏な雰囲気だ。

というわけで暑い。近場の地域猫温度計によると35度(いつも人と目が合ったらぴゅーっと逃げていくねこさんが、今日は風通しのよい場所でコンクリの上にぐでーっと溶けたまま、じーっとこっちを見て、立ち上がるそぶりすら見せなかった)。まだ7月上旬ですよね、と思っていたが、今日はもう11日なのだった。

trendsbelfast11july2018.png7月11日。スレブレニツァ虐殺の日(と書くと「スレブレニツァだけないですよ」とか「セルビアだけじゃないですよ」とか「『戦争広告代理店』を知らないんですか」とかいう人から噛み付いてこられるので一応明示しておくと、「だけ」なんてことは言ってませんし、『戦争広告代理店』云々は虐殺が実際にあったことを否定するものではありません。否定論者はどっか行け、しっしっ)であり、北アイルランドでは毎年恒例の「イレヴンス」の日。今年はサッカーのワールドカップでイングランドが4強に残り、決勝進出をかけた試合が行われるっていうんで、私の通常の観測範囲は基本的に「その話でもちきり」の状態に近いが、ふとベルファストを見に行ってみると、やはり微妙に違っていた。

Trendsで1番上にあるBloomfield Walkwayは、この場所に設置されている11th Nightのボンファイアが11thの夜を迎える前に燃えた(燃やされた)ということでニュースになっているのだが、単に「何者かが火をつけた」ということだけではなく、現在の北アイルランドの過激派周りでキーとなる感じということで注目されているらしい。

「過激派」といってもあっち側ではない。そっち側だ。

Bloomfield Walkwayという通りの名をGoogle Mapsに投げても、どんぴしゃのものは見せてくれない(Googleには限界があるということを知るにはいい例だ)。私が見たときには近似値として "Bloomfield Avenue, Belfast" にピンを立ててくれやがったが、その通りにはボンファイアを設置するスペースなどない。つまりGoogleが「間違ってるかもしれないんですが」と言いもせずにしれっと示しているのは、「間違った答え」だ。

この場所を正確に知るには、別ソースから当たる必要がある。7日付ベルファスト・テレグラフの記事より:
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2018年07月08日

"Football is coming home" というお歌と、「イングランド」の包括性

イングランドがスウェーデンを破り、準決勝にコマを進めた。テキスト実況でしか見ていない(映像を見ていない)ので「快進撃」という表現が果たして妥当なのかどうかよくわからないが、ワールドカップでイングランドの「お通夜」を見ることなく「お祭り騒ぎ」を見る、ということが続いていること自体、感慨深いことだ。

特に準々決勝でのスウェーデンとの試合があった今日は土曜日で、Twitterには「結婚式だというのに誰もが気もそぞろ」という報告あちらこちらから上がっている

始まるまでは、あんなに盛り上がってなかったのに。

今回のワールドカップ、事前の盛り上がりがなかったのは、直前での監督解任という異様なことが起きていた日本だけではない。イングランド――というか、UKの一般メディアでも、事前にはあまり関心が払われていなかったのではないかと思う。開催地がロシアであること、そして2018年3月のソールズベリーでの化学兵器による襲撃事件などもあって、ロシアに対する英国の感情は、控え目に言っても「とても悪い」ということも作用しているだろう。大会開幕前によくありがちな「開催地のトラベルガイド」のような記事も見なかったし、逆に「こんなことで開幕できるのか」的な煽り記事(2010年南ア大会のときが本当にひどかった)もずいぶん前にならあったかな、という感じ。

それどころか、開幕直前に愛国タブロイドThe Sunが、ラヒーム・スターリングが右脚に入れたタトゥーを「問題視」するとかいうわけのわからないことをしていて、リネカーさんが「大会前にプレイヤーの気持ちを折ろうとするメディアの奇習」といったことをTwitterで述べていたくらいだ(この「報道」は逆に、スターリング本人にそのタトゥーの理由を説明する機会を与えることとなったのだが。ちなみに彼のタトゥーはM16機関銃で、それを入れた理由は、彼が子供のころに銃で殺された父親のことを踏まえて、「俺は銃は持たない。俺には右脚があるから」ということを表現するため)。

しかし開幕してみれば、ガレス・サウスゲイト率いるイングランドは快進撃で、試合のあった日はほぼ必ず、♪It's coming home, it's coming home... のお歌が(ヴァーチャル空間に)響き渡るという様相だ。



この曲は元々、1996年――1966年にイングランドがワールドカップを手にしてから30年後――の欧州選手権(EURO)イングランド大会のときに、イングランドの公式応援歌としてリリースされた。いろんな意味で「イングランドらしい」曲だ。

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2018年06月26日

言葉だけの世界に基づいて、言葉だけでない世界に実在する人の人生を断ち切るということが起きて(含: 「はてな」の複雑なサービスの説明)

「えっ」としか言葉にならない。ご家族・ご友人・同僚の方々にはどれほどのショックであることか……。私には「深く哀悼の意を表す」といった決まり文句を書くことしかできないが、実際のところ「哀悼の意」以前の「衝撃」の段階で止まっている。

起きてはならないことが、起きたのだ。

25日(月)昼の時点で既に、報道は多く出ていた。そのあとも記事は続いた。「セミナーで講師をしていたIT専門家が殺された」、「その専門家はブロガーでもあった」という方向の報道をいくつか見たが(例えば毎日新聞: archive)、たぶん逆で、「ブロガーが殺された」、「そのブロガーは本職では専門家だった」という事件だ。

記事の見出しを見るだけでも痛ましいが、NHKの記事を2つ見ておこう。

セミナー講師 刃物で刺され死亡 交番に出頭の男が刺したか
2018年6月25日 1時42分
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180625/k10011494201000.html (archive)
警察によりますと、刺されたのは、この施設で開かれたIT関係のセミナーで講師を務めた東京・江東区の会社員、岡本顕一郎さん(41)で、セミナーの終了後、トイレで男に背中を刃物で刺され、その後、死亡が確認されました。

男はナイフのようなものを持って自転車で逃走し、警察は殺人事件として行方を捜査していました。

警察によりますと、24日午後11時前に福岡市東区の交番に血のついた刃物を持った男が出頭し、「人を刺した」と話したということです。

警察は、この男が岡本さんを刺したとみて確認を進めています。


ITセミナー講師死亡 逮捕の男 背中や胸を何度も刺したか
2018年6月25日 14時55分
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180625/k10011494661000.html (archive)
24日午後8時ごろ、福岡市中央区にある企業の創業支援施設で、IT関係のセミナーの講師を務めた東京・江東区の会社員、岡本顕一郎さん(41)が、セミナーの終了後、トイレで男にナイフで刺され死亡しました。

警察は、交番に出頭した福岡市東区の無職、松本英光容疑者(42)を殺人などの疑いで逮捕しました。

調べに対し容疑を認め、「ネット上で恨んでいた。死なせてやろうと思った」などと供述しているということです。

警察によりますと、松本容疑者は会場の施設で岡本さんを待ち伏せし、背中や胸、首などを何度も刺したということです。

その後、松本容疑者が出頭した直前、インターネット上に、「俺を『低能先生です』の一言でゲラゲラ笑いながら通報&封殺してきたお前らへの返答だ。『こんなことになるとは思わなかった』なんてほざくなよ。これから近所の交番に自首して俺自身の責任をとってくるわ」などと書き込まれているのが見つかりました。

……

岡本顕一郎さんは、インターネットで「Hagex」という名前でブログを運営し、この中でネットの匿名掲示板やソーシャルメディアでのトラブルなどをいち早く紹介したり、わかりやすく解説したりする、いわゆる「ネットウォッチャー」の1人として知られていました。


Hagexというハンドルネーム/IDは、見れば「ああ、あのブログの人」とわかる程度にはネット上で知っていたが、特に接点はなかった(「はてな」社のサービスのユーザーとしてすれ違うくらいのことはあっただろう)。そのブログはとても有名で、毎日チェックするという人も非常に多そうだ。私個人は「話題になっているときに見てみる」程度でしかないが、私と同様に「読者とは言えないが、知っている」という人を入れたら、氏の書いたものにそれなりの頻度で接している人は、膨大な数にのぼるだろう。

その人が、「ネット上で恨んでいた」という理由で、ネット上の誰かに刺し殺されたという。

事実上「知らない人」のことなのだから、「気の毒に」と思いはしても衝撃などは受けなさそうなものなのだが、実際にはそうではない。ネット上で「脅迫」だの何だのということと無縁ではないためだろう。


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2018年06月11日

英国のEU離脱とロシアの関係についてオブザーヴァーの調査報道記事が出る直前に、「サンデー・タイムズのスクープ」という〈物語〉がBBCなどでもでっち上げられた件

6月10日付のオブザーヴァーで、Brexitを強力にプッシュしたキャンペーン・グループに活動資金を出してきた富豪が、これまで考えられていたより深くロシアとつながっていたという疑惑が裏付けられたという報道があった(オブザーヴァーはガーディアンの日曜版で、ウェブサイトへの掲載は前日の土曜日、9日の深夜というタイムスタンプになっている)。記事に署名があるのは、Facebookとケンブリッジ・アナリティカに関する調査報道で陣頭に立ったキャロル・カドウォーラダー記者。

Arron Banks ‘met with Russian officials multiple times before Brexit vote’
Documents seen by Observer suggest multiple meetings between 2015 and 2017
Carole Cadwalladr and Peter Jukes, Sat 9 Jun 2018 23.35 BST
https://www.theguardian.com/politics/2018/jun/09/arron-banks-russia-brexit-meeting
The communications suggest:

- Multiple meetings between the leaders of Leave.EU and high-ranking Russian officials, from November 2015 to 2017.

- Two meetings in the week Leave.EU launched its official campaign.

- An introduction to a Russian businessman, by the Russian ambassador, the day after Leave.EU launched its campaign, who reportedly offered Banks a multibillion dollar opportunity to buy Russian goldmines.

- A trip to Moscow in February 2016 to meet key partners and financiers behind a gold project, including a Russian bank.

- Continued extensive contact in the run-up to the US election when Banks, his business partner and Leave.EU spokesman Andy Wigmore, and Nigel Farage campaigned in the US to support Donald Trump’s candidacy.


私がこの記事に気づいたのは日本時間で10日の朝8時前のこと。ガーディアンのスマホのアプリをチェックしたときにトップニュースになっていた。

スクショを取っておかなかったのが悔やまれるが(その後、所用を済ませて夕方になるころにはトップニュースはG7サミット閉幕の記事に切り替わっていて確認できず)、Exclusive(オブザーヴァー独占)とは書かれていなかったと思う。だが、形式的には「オブザーヴァーが確認した文書によると」なので「独占」という扱いで出ててもよいはずだ。

「他のメディアにも同じ文書がばらまかれて、各社一斉報道ということなのかな」と思ったが、その時点ではBBCには記事がなく、「各社一斉報道」の線は消えた。

何だろうな、という疑問が解けたのは、所用を済ませたあと、夕方になってパソコンを立ち上げたあとだった。Arron Banksの名前がTrends (UK) に入っていたので、「オブザーヴァーのスクープ(だと私は思っていた)が大反響のようだ」と思いながらクリックすると、目に飛び込んできたのはオブザーヴァーではなく、サンデー・タイムズの記事についての大量のツイートだった。2紙同時報道? ネタかぶり?


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2018年06月03日

A Very English Scandal: ジェレミー・ソープという政治家の疑惑と、BBCの消していなかった調査報道テープ

英国で、1960年代から70年代に活躍した政治家に、ジェレミー・ソープという人がいる。1929年生まれで、最初に国会議員になったときはまだ30歳だった。イートン校からオックスフォード大というエリートコースを歩んできた彼は、名門の出で、父親と母方の祖父は保守党の国会議員だったが、自身は当時党勢を失っていた自由党(1988年以降は自由民主党: Liberal Democratic Party)に入った。1967年には自由党の党首に選出された。

1970年代、保守党と労働党の二大政党の人気が低落する中、自由党は「第三極」として選挙で成功を収めるようになった。保守党のテッド・ヒース首相が足場を固めようとして戦った1974年2月の総選挙で、労働党のハロルド・ウィルソンを相手に大苦戦というか37議席も減らすという体たらくに終わり(2017年のテリーザ・メイの愚かな総選挙によく似ている)、保守党が297議席、労働党が301議席のhung parliamentとなったときには、14議席を獲得していたソープの自由党が保守党の連立相手として交渉が行われた(サニングデール合意によってアルスター・ユニオニストが離反していたため、保守党にはほかに頼れる政党がない状態だった)。しかしこのとき、ソープが得票率と獲得議席の乖離を修正する選挙法改正を求めたことで連立交渉は決裂し(これは2010年の選挙とよく似てるけど、2010年は選挙法改正運動そのものがふにゃふにゃにされて終わってしまった)、保守党のヒースは辞任し、組閣は労働党のウィルソンが行うことになった(その後、同じ年の10月に改めて選挙が行われ、ウィルソンの労働党が単独過半数を取って、安定した労働党政権が発足した)。

1950年代、ソープは、大学を出て法律家(バリスター)の資格を得ていたが、それでは満足に暮らしていけなかったので、テレビのジャーナリズムで仕事をするようになった。元から植民地主義や人種隔離(アパルトヘイト)を改善しなければならない(でないと社会主義に対抗できなくなる)と考えて活動してきた彼は、1950年代の激動の世界情勢を伝えるジャーナリストとして存在感を示していたことだろう。

ジャーナリズムの道は政治家と両立できず、彼はテレビの仕事はやめてしまったようだが、その経験は「テレビ映え」という点で彼の中によい財産として残ったようだ。自由党党首となったソープの会見の様子(下にエンベッドするものの前半)や、TVでのインタビュー(音声なし)のBritish Patheの記録映像を見ると、「この政治家は人気があっただろうな」と思える。





しかもその主張が、「弱者」への思いに満ちている。下記はトラファルガー・スクエアでロンドンの労働者階級の劣悪な住環境を改善すべきと演説しているときのもの。どうでもいいけどハトがすごい。


しかし、このようにキラキラと輝いていた時期には既に、ジェレミー・ソープには隠蔽すべき秘密があった。

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2018年05月21日

ハリー&メーガンの結婚式: We must discover loveというシンプルで力強いメッセージ

英王室には特段の興味はないが、「英国の儀式」類を見るのが好きなので、ハリー&メーガンの結婚式もネット中継で見ていた。式の日取りが告知されて以降の、まさに「フィーバー」としか言いようのない熱狂的な報道は、「政治家は式に招待されない」というこっち系の話題を除いては見出しを見るくらいしかしていなかったので、詳しいことは知らなかったが、それでも式がウィンザーで行われることとか、メーガンさんのお父さんが式に出るの出ないので話が二転三転していたこととかは(最終的には「健康上の理由で断念」ということになり、花嫁の手を取って祭壇に向かう「花嫁の父」役は、新郎の父であるチャールズ皇太子がつとめることになった、ということも含めて)把握できていた。

というか、今回のロイヤル・ウェディングに関する英国の報道は、本当に「熱狂的」としか言えないレベルで、普段から「王室大好き」をアピールしまくっている大衆紙の報道には基本的に接していなくても、正直、うんざりするレベルで騒ぎが展開されていた。きっとネット時代、英国のメディアにとっては、(国外からも)大変に多くのクリック数、view数が見込める貴重な「コンテンツ」なのだろう。どのくらいの大騒ぎだったかというと、伝統的に共和主義(王政廃止論)の新聞であるガーディアンが、特設コーナーを作っていたほど……というか、ガーディアンはウィル&ケイトのときに共和主義の魂を売り渡して熱狂して旗をぱたつかせるようになったので、今さら驚きもしないか。

しかし今回のガーディアンはウィル&ケイトのとき(+その翌年の女王のダイヤモンド・ジュビリーのとき)より、さらにひどかった。申し訳程度に共和主義者/王政廃止論者(Republicという団体)の記事は出ていたが、ほぼずっと熱狂しっぱなしだった。式が終わった翌日になってもまだ熱狂しっぱなしで、トップページの特設コーナーには「こんなに記事いらんだろ」というくらいたくさんの記事が並んでいる……どころか、クリックしようと思ってポインターを合わせると、新婚カップルの上にガーディアンのロゴの入った紙吹雪が舞うようになっている! (・_・)



と、まあそんな感じで私は東京で呆れて、こんな顔→ (^^;) をしているのだが、今回の式が予想に違わず、というより予想をはるかに凌いでぶっとばすレベルで、すごくおもしろかったことは事実である。英王室があれをやったというインパクトは、でかい。マーティン・マクギネスと女王が握手したとか、女王のウィンザー城での宴にマーティン・マクギネスが招待されたとか、チャールズ皇太子がジェリー・アダムズと握手したとかいったことに匹敵しそうなくらいのインパクトを、私の中に残した。「それ、やっちゃうんだ……王室が!」的な。

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2018年04月11日

20年前、北アイルランド和平プロセスが始まった(グッドフライデー合意の署名から20年)〜当時の日本の報道は

昨日、2018年4月10日に、北アイルランド紛争を終わらせた和平合意(グッドフライデー合意こと、ベルファスト合意: 以下、GFA)が、20歳のお誕生日を迎えた。

今から20年前の1998年4月10日、米国のジョージ・ミッチェル上院議員(元)が仕切り、英国のトニー・ブレア首相とアイルランド共和国のバーティー・アハーン首相が調整を行うなどして持たれていた北アイルランドの複数政党・政治団体間交渉の場で、合意文書が署名された(元々の期限は9日だったが、それを突破して翌日にずれ込んだ)。

「複数政党間交渉」といっても、この合意のベースに反対していた極端な人たちは関わっていない。彼らは交渉の場の外で「合意反対」のデモを行っていた……その強硬な反対派が、2003年以降北アイルランド自治議会・政府で第一党となり、2007年以降は別の合意をベースにして、GFAが決めていた権限分譲(パワー・シェアリング)の自治政府に参加してきたが、2017年にその自治政府が崩れて自治議会の再選挙が行われたあとは、GFAが決めていたアイルランド語の公用語化に対する抵抗を理由・口実として自治議会・政府の再起動を阻み、一方で、Brexitに向けて議会の意思統一を図るためという愚かな判断でばかげた総選挙をした結果、英国会下院での単独過半数を失った保守党が、議会運営に必要な数を確保するために非公式な(事実上の)パートナーとしているDUPである。(一文が長い。)

ともあれ、「GFAの20歳のお誕生日」を記念して、北アイルランドではいろいろな主催者がいろいろなイベントを行った。中でも目玉となったのが、ベルファストのクイーンズ大学が主催した、交渉と和平の当事者たちによるパネルディスカッションである。招待客オンリーのイベントだったが、イベント会場から何人かのジャーナリストや学者がライヴ・ツイートし、また冒頭のジョージ・ミッチェルによる基調講演と、ビル・クリントン、トニー・ブレア、バーティー・アハーンの当時の米英アイルランド3カ国首脳を迎えて行われた第3部(進行はミッチェル上院議員)はクイーンズ大学がFacebookの機能を使って生でネット配信していたので(アーカイヴもされているから、いつでも再生可能)、私もここ東京の自宅で生で見ることができた。それらのライヴ・ツイートや私のメモを中心に、2018年4月10日の北アイルランドのことを、Chirpstoryを使って記録してある(#GFA20 のハッシュタグは、このイベントに限らずもっと一般的な「GFA20周年」についての発言でも用いられていたので、それらも少し入っている)。このイベントについても何か書ければよいのだが、あいにくその時間が取れないかもしれない。書けたらまた改めて書きたい。

さて、私は私なりにGFAの20年を祝うために、1998年当時に日本の新聞が北アイルランド和平をどう伝えていたかを確認してみようと思い立った。とはいえ、入念な準備ができていわけではなく、何とか時間が取れた10日当日にダッシュで図書館に行って1998年4月の新聞縮刷版を書庫から持ってきてもらい、10日付(現地では9日の動き)から12日付の一面や国際面をざーっと見る程度のことしかできなかった。行った先の図書館に縮刷版があったのが、朝日新聞と毎日新聞と日本経済新聞だけで、讀賣新聞のはまだ確認できていない(讀賣縮刷版を所蔵している図書館に行くことがあれば、見てこようと思う)。

以下、それら当時の記事を見ていこう。

gfa20-april1998.jpg

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2018年03月19日

「怒り」か「退屈」か――イラクから来た爆弾犯(ロンドン、パーソンズ・グリーン爆弾事件)

ロンドン、パーソンズ・グリーンの地下鉄爆破テロで起訴された18歳の男に、先週、「殺人未遂で有罪」とする判決がくだされた(被告が何年獄中で過ごすことになるのかは、まだわからない)。

「パーソンズ・グリーンの地下鉄爆破テロ」と言っても、通じないかもしれない。写真を見れば思い出すという人もいるかもしれないので、まずはGetty Imagesの写真。

Embed from Getty Images

この事件で、今回有罪となった男が地下鉄車両内に持ち込んだ爆発物は部分的にしか爆発せず死者が出なかった。だから「テロテロテロテロ」と騒ぐことが大好きなメディアも観客(そう、「観客」)も大して注目しなかった(それは幸いなことではある)。被害らしい被害の詳しい報道はないと思うが、それでも大火傷を負った人がいることはBBCなどでも報じられている。

報道がどうたらということは、まあ、今はどうでもいい。二次的なことだ。

事件が起きたのは今からほぼぴったり半年前の2017年9月15日のことだった。金曜朝の通勤時間帯に、ロンドン地下鉄ディストリクト・ラインの列車内に持ち込まれていたスーパーの買い物袋が、列車がパーソンズ・グリーン駅に到着したところで突然火を噴いた。列車内に炎の玉が飛び、何人かに火傷を負わせたが、爆発としての威力は小さく、2005年7月7日のような事態は避けられた。同駅はロンドン市街部の少し外側にあり、周辺は基本的に住宅地というか何の「標的」もない地域で、そのタイミングでの爆発(発火)が犯人の意図通りかどうかはわからないと事件発生直後から伝えられていた。当日のことは、「NAVERまとめ」を利用して記録してある

ParsonsGreen1.jpgディストリクト・ラインは19世紀に開業した古い路線で、「ロンドン地下鉄」ではあるけれど厳密には「チューブ」ではない(でも地下鉄全体の通称がtubeだからそのように呼ばれている)。密閉空間ではなく上が空いているか、あるいは完全に地上を走っている。また、駅は都心部ならば開業時より拡張されたり建物が建て替えられたりしているかもしれないが、パーソンズ・グリーンのような都心から外れたところの駅は往時の駅舎がそのまま使われている。つまり、駅が(今の基準でみれば)とても小さく、出入り口の間口が狭い(写真参照。出典はWikipedia)。そのため、爆発があった列車を下りて退避した人々が一度に狭い出入り口に押し寄せたことで、群集事故のような状態が生じた。それはおそらく、爆破を試みた犯人は意図していなかったことだろう。それでも誰も死ななかったことは、実に、不幸中の幸いだった。

同年5月23日のマンチェスター・アリーナ爆弾事件のショックもまだ残っている中で、首都ロンドンの地下鉄で発生した爆弾事件は、幸いにも爆発物が不発だったため、被害という点では衝撃は少なかったかもしれない。しかし、事件直後に警察が容疑者関係先として非常線を張って調べたのが、「移民街」や「都心の民泊施設」などではなく、ロンドン近郊の「閑静な住宅街」だったことは、場が静まり返るような衝撃を与えていたように見えた。より詳しく言えば、その「閑静な住宅街」に暮らす篤志家の高齢のご夫婦が受け入れている難民の子が、容疑者だったのだ。

英国外に脱出しようとしていたところをドーヴァーで逮捕され、起訴されたその容疑者が、この3月半ばに「殺人未遂」で有罪判決を受けたアハメド・ハッサン(18歳)だ。イラク人で2年前に親を失った子供の難民として英国に来た。英国では教育を受け、成績優秀で表彰もされていたという。

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2018年03月16日

訃報: スティーヴン・ホーキング博士

スティーヴン・ホーキング博士が亡くなったことについて、特に何かを書ける素養を私は持ちあわせていないが、楽しくお茶をふいて……いや、真顔でお送りすべきだろうということは強く思うので、そういうのをちょっとメモっておきたい。

ホーキング博士は天才物理学者だそうだが、物理の素養がない私には何がどう「天才」なのか、実はわからない。信頼できそうな人たち&機関がみんな「ホーキング博士は天才物理学者」と言っているのでそれが前提になっている。個人的には、ALSという残酷な病で身体を動かす能力を奪われながら、テクノロジーを駆使し、思考を言語としてアウトプットできるのだということを示してくださった方というインパクトが何より鮮烈だ。そして、見た目では止まっているように見えても、人の中は、ものすごくたくさんのことが高速で動いているんだということについても……同じ病で早く亡くなったトニー・ジャット先生が、最後の何ヶ月かの日々の一部(ALSで自由を奪われた人の日常)をガーディアンを通じて公開していたが、それについて「ホーキング博士と同じ」ということで自分も理解がいったし、ジャット先生を知らない人にもわかってもらいやすかった。ホーキング博士が積極的にメディアなど公の場に出て発言していたことの意義は、その発言内容の意義とは別に、ある。それもとても大きな意義が。

そういった活動の一環、というか、英国外のうちらが「しまった、この人、イギリス人だった」と思ってしまうようなユーモア感覚を示す場として、ホーキング博士はTVのコメディにゲストとして出演したことがある。

英国では毎年春に、Comic Reliefというイベントが行われる。日本でいえば「24時間テレビ」のようなチャリティの風物詩で、お笑いの人を中心に、芸能界とメディア全体が赤い鼻をつけて盛り上がる。そのイベントの2015年のとき、BBCの連続コメディ番組Little Britainの「車椅子の人を介助するルー」のネタで、ホーキング博士が「介助される側」として出演した。ただし、そこはもちろん、ただ「介助される側」で終わりはしない。すごい展開を見せるクリップは必見である。英語わかんなくてもたぶん話はわかる。


LO RES - Comic Relief 2015 - Little Britain with Stephen Hawking from daffylondon on Vimeo.



そしてこの2年後、2017年(昨年)のがこちら。





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2017年11月27日

あるパニックと、パニック煽動報道(2017年11月24日のロンドン)

金曜日の夕方のロンドンで、それは「起きている」とTwitterでは伝えられていた。

Twitter上で、街で何かが「起きている」と伝えられている場合(そしてそれが現在進行中である場合)、何が起きているのかはさらにTwitterで調べる(というか、Twitterを見てみる)ことが当たり前になっている。1人しか言っていなければ、その人の違いか、いたずらか、意図的に流す虚偽(日本語でいう「デマ」)か何かだろう。しかし同じ内容の報告をしている人が複数いたら実際に起きているのだろう――という目安が、Twitter利用者には既にそなわっている。だから金曜日の夕方のロンドンについても、いつもと同じようにして、「確認」をした。何人もが、何かが「起きている」ことを伝えていた。

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これらを確認し、私は次のように書いて投稿した。

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2017年10月15日

Brexitを59:41で支持した町で、140年以上も存在してきた町のシンボルが消えるとき(プールの製陶・タイル産業)

イングランドの南西部、コーンウォール半島が突き出ていく根元の部分に位置するドーセット州に、プール (Poole) という町がある。海に面した港湾都市で、歴史は古く、16世紀には米大陸の植民地との交易で栄え、産業革命期には人口が増大したが、ここの港は水深が浅く、船舶の大型化にともなって港湾都市としての役割は縮小、代わって近隣のリゾート都市ボーンマスで消費される物資の生産拠点として繁栄した。第2次世界大戦時には、ノルマンディー上陸作戦で3番目に大きな連合軍の出発地点となり、作戦後は欧州大陸にいる連合軍のための物資供給拠点となった。このためドイツ軍の空襲は頻繁で、戦後はしばらく荒廃した時期が続いた。1950年代から60年代の再開発で荒廃した地域の古い建物は取り壊され、現在ではあまり古い町の面影をとどめてはいないようだ。1960年代には製造業が栄えたが、80年代から90年代にかけてサービス産業の拠点が多く移転してきたため製造業の重要性は相対的に薄れた。とはいえ、ヨットメーカーなどの大きな製造拠点が置かれていて、地域の経済を支えている。東京の地下街に漂う強烈な香りで存在感抜群の化粧品・トイレタリーのLushは本社と工場をこの都市に置いている。プール出身の著名人としては小説家のジョン・ル・カレ、映画『ホット・ファズ』などのエドガー・ライト、エマレクのグレッグ・レイクといった人々がいる。現在の人口は15万人ほど(2016年半ば、推計)。東京でいうと中央区程度だ(中央区は昼間の人口は多いが、住民として登録している人は少ない)。
https://en.wikipedia.org/wiki/Poole

ざっとそのような都市なのだが、ここにはひとつ、ロンドンととても縁の深いものを生産していた歴史がある。地下鉄駅に使われているタイルだ。

大英帝国が栄えていた19世紀後半の1873年、プールの波止場の地域で "Carter's Industrial Tile Manufactory" というタイル製造業者が事業をスタートさせた(この会社が、後に "Poole Pottery" となる)。ヴィクトリア時代のタイルといえばミントン・タイルが有名だし、英国の製陶業といえばそのミントンも製造拠点を置いていたストーク・オン・トレントが有名だが、南部のプールにも大きなメーカーがあったわけだ。

Swiss Cottage TilesそのPoole Potteryは、20世紀に入ると、欧州のアール・デコや当時の前衛絵画を取り入れた大胆なデザインで有名なトゥルーダ・カーターなどのデザイナーを擁し、また、1930年代に建設されたロンドン地下鉄駅で使われているタイルの多くを製造した。そのひとつが、今もベスナル・グリーン駅、スイス・コテージ駅などで見られる、ロンドン各地のシンボルを刻んだレリーフのタイル(右写真 via R~P~M's flickr. デザイナーはピカディリー・ラインのマナーハウス駅などにはまってるかっこいい換気口カバーをデザインしたハロルド・ステーブラー)。これらのタイルの中にはヴィクトリア&アルバート博物館に入っているものもある(V&Aでは製造業者名を "Carter & Co." と記載している)。

第二次大戦後はそういった実用的な産業製品というより家庭内で使う装飾的な色の濃い陶器(花瓶、飾り皿など)で有名なようだ。創業以来の波止場地区の工場は1999年に街中に移ったが、その工場は2006年に閉鎖され、Poole Potteryの生産拠点はプールの町を離れてスタフォードシャーに置かれるようになり、創業の地はPoole Quay Studioという観光施設となり、同社製品の博物館となっているほか、製陶体験講座の開設や、同社製品の販売が行われていた。
https://en.wikipedia.org/wiki/Poole_Pottery

(と、さらっと書いているが、21世紀に入ってからの同社はなかなか大変な経緯をたどっている。ウィキペディアでだいたいのことはわかる。現在は実用的テーブルウエアの製造で有名なデンビーなどとともに、Hilcoの傘下にある。)

そのPoole Quay Studioが、今日10月15日に閉鎖されることになっていて、BBCにその閉鎖がプールの街にどういう影響を与えるかということについての記事が出ている。

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2017年09月15日

今日のロンドンのボムは、攻撃者が意図した通りには爆発しなかったようだ。

北朝鮮のミサイル発射で始まり、ロンドンのボムで終わる一日だった

DJwBkpAXcAA1BZK.jpg今日のロンドンのボムは最近のニュースというより、遠い日の「ボム・スケア」を生々しく思い出させるようなものだったが、攻撃者にとって「成功」と呼べるような爆発には至らず、爆発現場となった地下鉄車両の写真は「真っ黒く焦げた車体」や「ぐにゃりと曲がった扉」のような、ある意味「わかりやすい写真」ではなく、死者はなく、22人が病院に搬送されているという負傷者のうち誰も命に関わるような怪我をした人はいない。多くは火傷だそうで、車内に乗り合わせていた人々は「火の玉がこちらに向かってきた」、「四方八方に炎が」といった証言をしていたが、報道機関のサイトでビデオを見ても、例えば2005年7月7日の攻撃のあとのような様相の人はいなかった。つまり、今日は攻撃された側(地下鉄やその利用者、広く見れば一般の社会)が「ラッキー」だったのだ――そんな言葉を、どうしたって思い出さずにはいられない。

Today we were unlucky, but remember we only have to be lucky once. You will have to be lucky always.

https://en.wikipedia.org/wiki/Brighton_hotel_bombing#IRA_statement


警察や報道機関のツイートと、自分でガーディアンとBBCのLive blogを見ながらツイートしたものを中心に、一覧できるようにしてある。情報の追記もそちらで。

ロンドン、地下鉄車両内で爆発、22人が負傷で病院に搬送(2017年9月15日)
https://matome.naver.jp/odai/2150547472625257001

爆発物が仕込まれていたのは、建築現場などでよく使われている作業用バケツのようだ。それが激安系スーパーマーケットLIDLの何度も使えるショッピングバッグ(エコバッグ)に入れられていた。そういう荷物を持って誰かが地下鉄に乗っていても、それらしい服装や年恰好の人だったら特に目立ちはしなかっただろう――今日までは。

2005年7月7日のあと、ロンドナーの個人ブログで「電車の中で、iPodの白いイヤフォンコードを背中のリュックから出して音楽を聴いている人を見ると、ドキっとするようになった」という個人の言葉を読んだことを思い出す。


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2017年08月28日

「想像の共同体」を背負った拳が巨額のマネーを生む。

普段、アイルランド&英国のニュースが入ってきやすいようにしてあるので、格闘家(総合格闘技)のコナー・マクレガーの話題は非常に頻繁に見かける。マクレガーは、私がモニターの中で見ている世界では誰もが知るスポーツ界のスーパースターで、ファッション・アイコンでもあり、格闘技に興味がなくてもいつの間にか顔と名前が一致するようになってしまっているような人だ。だから、米国時間で26日(土)夜、日本時間で27日(日)昼間にラスヴェガスで行なわれた「世紀の一戦 the Fight of the Century」のことは、開催が決まったときから日常的に記事見出しなどを見かけていた。

ちなみに「世紀の一戦」という表現は、1971年に行なわれたボクシングのモハメド・アリとジョー・フレイジャーの試合について使われたのが一番有名なようだが、実際にはそう銘打たれた試合は、20世紀には1910年、1921年、1938年に行なわれており、フレイジャーとアリの試合は「世紀の一戦、その4」だったようだ(ここに記載がないだけで、他にもそう銘打たれていた試合はあったのかもしれないが)。21世紀に入ってからは、2015年のフロイド・メイウェザーとマニー・パッキャオの試合が「世紀の一戦」とされており、今回、2017年のメイウェザー対マクレガーの試合は21世紀2度目&メイウェザーにとって2度目の「世紀の一戦」だった。これからもきっと何度でも「世紀の一戦」は行なわれるのだろうが、メイウェザーはこれで引退してしまったので、メイウェザーにとっての「世紀の一戦」はこれが最後となるようだ。

なお、私は個人的に格闘技には特に関心はなく、試合も見ていない。本稿は試合そのものについては扱わない。この試合をめぐるムードというかナラティヴについてのメモである。

それにしても、この試合の事前の過熱っぷりはすごかった。BBCのようなメディアでも、普段、ボクシングであれ総合格闘技であれ、こんなふうに試合が話題になることはないというくらいに大きな話題になっていた(だから、総合格闘技にもボクシングにも特に関心のない私でも、いつどこで行なわれる試合で、どんな選手がこぶしを交えるのかといったことは自然と把握していた)。試合で動く金もハンパではなく、何かもうみんながギラついた感じで見つめているという感じだった(マクレガーの試合がいかにカネを生むかということについてはスポーツナビの高橋テツヤさんの記事が詳しい。UFCデビューの前週まで役場に並んで生活保護を受けていたマクレガーが、巨額のマネーを叩き出すようになるまでを振り返っている)。

だがアイルランドでの熱狂は、そういうギラつきとはちょっと違っていた。コナー・マクレガーは、本人がアイリッシュ・トリコロールの旗(アイルランド国旗)を多用するなどしてアピールしまくっている通り「アイルランドの息子」だ。「うちのコナー・マクレガー」だ。

かくして、ラスヴェガスは、試合前にこういうことになっていたという(撮影地点はマンダレイ・ベイ・リゾートのようだ)……サッカー系の大手Twitterアカウントが「アイリッシュがその場を掌握したときには何もなすすべなどなくなる。そのことを、アメリカのセキュリティは素直に受け入れるべきである」と述べるような状態に。

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2017年08月21日

【訃報】リズ・マッキーン(ジミー・サヴィルの性犯罪について、BBCで調査報道を行なった記者)

「ジミー・サヴィル Jimmy Savile」という名は、現在、日本語圏ではどのくらい記憶されているだろうか。

1926年に生まれ、2011年に没したサヴィルは、1960年代から2000年代にかけて、BBCテレビの音楽番組や子供番組の司会者として活躍した国民的なTVパーソナリティだった(テレビのほか、ラジオの仕事もある)。1971年にOBE, 1990年にナイト爵という栄誉に輝いてもいる。

誰も文句の付けようのない名士にしてスターだったはずのこの著名人が、その立場を利用して多くの年少者を傷つけた汚らわしい性犯罪者だったことが公になったのは、本人が死んでから1年になろうとするころだった。

2012年10月10日 「お茶の間の人気者」で「名士」だった人物の公然の秘密は、あまりにおぞましいものだった。
http://nofrills.seesaa.net/article/296724178.html

実際には、サヴィルがセクシャル・プレデターだったことは、業界では公然の秘密だったという。それを、サヴィルは人格者であると思い込んでいる世間一般に知らしめたのは、2012年のITVの番組と、BBCの調査報道だった。

この「BBCの調査報道」は、局内ですさまじい抵抗を引き起こしていた。

「疑惑」が公になったあと、BBCはしばらく、「ことを荒立てない方向」で何とかしようとしていたようだ。自局の調査報道の看板番組、Newsnightではサヴィルの件は放送しないと決定したりしていた。しかし、事の深刻さゆえ、その方針は1週間もしないうちに撤回され、もう一つの看板番組であるPanoramaでサヴィルの件を扱うことにしたという。
http://www.guardian.co.uk/media/2012/oct/09/jimmy-savile-bbc-sex-abuse-allegations

http://nofrills.seesaa.net/article/296724178.html


BBC - The Editors: Jimmy Savile and Newsnight: A correction http://bbc.in/VjeB4l サヴィルの疑惑についてNewsnightで放映しないことにした件でのディレクターの説明が不正確なものであったという声明

https://twitter.com/nofrills/status/260330536831176704


ジミー・サヴィルの真の顔を調査し、その報道によって英国の人々に衝撃を与え、その後、「ギョーカイ」ではびこってきた同様の卑劣な性犯罪を刑事事件化する道を拓いたBBCの記者とディレクターは、「勇気あるジャーナリスト」として同僚から尊敬され、「重要な仕事をした社員」として上司から評価されて当然だった。「さすがBBC、身内にも遠慮せず、すごい報道をする」といった外部の賞賛の声が当時あったが、それはそのような尊敬や評価があって当然という思い込みとセットだった。

だがそのような思い込みは、実際には「思い込み」に過ぎなかった。ジミー・サヴィルの「公然の秘密」を調査し裏取りして番組にしたジャーナリストたちは社内で干され、その調査報道には上層部からの妨害があったことが大きく報じられたのは、2015年夏のことだった。調査報道班のプロデューサーはBBCをクビになり、記者は自発的にBBCを辞めざるをえなくなった。閑職に追いやられた者もいた。

そのような経緯でフリーランスとなった記者は、この年代のジャーナリストの多くと同じように、北アイルランド紛争関連の取材を経験していた。複雑で微妙な武力紛争のなかの取材を重ねて実績を作ってきた有能な記者だ。彼女を追い出すBBCって……とドン引きするのが普通の反応だろうが、そんな反応などものともしないのがBBCなのかもしれない。

ともあれ、その記者、リズ・マッキーンの名前が、18日(金)に久々にBBCのサイトに出ていた。死亡を告知する記事だった。

サヴィルの性犯罪を暴いたリズ・マッキーンは、52歳の若さで急死した。死因は脳卒中(脳血管の病気は本当に怖い。私の周囲にも、20代で朝起きてこないので家族が見に行ったら……といった事例がある)。

Ex-BBC reporter Liz MacKean dies after stroke
http://www.bbc.com/news/uk-40981585

Ex-BBC News correspondent Liz MacKean has died after suffering a stroke.

MacKean, 52, worked for the corporation for more than 20 years but left in 2013 amid a row over the decision to shelve her investigation for Newsnight about disgraced DJ Jimmy Savile.

She began her career at BBC Hereford and Worcester, before presenting on Breakfast and reporting from Northern Ireland and Scotland.

MacKean went on to work on Channel 4's Dispatches programme.

BBC director of news James Harding paid tribute to MacKean, saying she had earned a reputation as a "remarkably tenacious and resourceful reporter".

"In Northern Ireland, she won the trust of all sides and produced some of the most insightful and hard-hitting reporting of the conflict," he said.

"It was as an investigative reporter that she really shone, shining a light on issues from the dumping of toxic waste off the African coast to Jimmy Savile, the story for which she is probably best known."

...


以下、Twitterの貼り付け。

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ケンブリッジ大学出版局がジャーナル『チャイナ・クオータリー』の記事の一部を中国国内からアクセスできなくした件(リンク集)

標題の件。ブログの地の文を書いている余裕がないのですが、記録のため、Twitterに投稿したものをざっと貼り付けておきます。本稿は、内容的にはリンク集です。

この件、何より必要なのは、原文(英語)でケンブリッジ大学出版局(Cambridge University Press, CUP)のステートメントを読むことです。英語報道ではpull out, remove, blockといった表現が錯綜していて、正確に何があったのか、どういうことが行なわれたのかがよくわかりません。ましてやそれが日本語に翻訳されるとますますわけがわからなくなります(変な例しか思いつかないのですが、911陰謀論で "pull it" というこなれた英語表現の意味をめぐって話が混乱したことを想起していただければと)。

CUPのステートメントへも下記でリンクしていますので、各自、リンク先でご確認ください。

日曜日(20日)には中国の検閲対象となったジャーナル、『チャイナ・クオータリー』の編集長や、検閲対象とされて中国国内からはアクセスできないようにされた論文の著者(研究者)のインタビューも出ています。それも下記にリンクしてありますので、各自、リンク先でご確認ください。

なお、本稿については、リンク先をお読みにならない場合は、SNSやはてブでのコメントは、ご遠慮いただきますよう、お願い申し上げます。

何があったのかについては:
Cambridge University Press blocks readers in China from articles
Richard Adams Education editor
Friday 18 August 2017 19.14 BST
https://www.theguardian.com/education/2017/aug/18/cambridge-university-press-blocks-readers-china-quarterly
Cambridge University Press has blocked readers in China from accessing hundreds of academic articles – including some published decades ago – after a request by Chinese authorities, arguing that it did so to avoid its other publications from being barred.

The publisher confirmed that hundreds of articles in China Quarterly, a respected scholarly journal, would be inaccessible within China, after a letter from the journal’s editor protesting against the move was published.

“We can confirm that we received an instruction from a Chinese import agency to block individual articles from China Quarterly from within China,” CUP said. “We complied with this initial request to remove individual articles, to ensure that other academic and educational material we publish remains available to researchers and educators in this market.”


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2017年08月14日

ロンドン、国会議事堂のビッグ・ベンの鐘の音が、来週月曜から2021年まで聞けなくなる。

ロンドン、テムズ河畔に立つ国会議事堂の時計塔についている時計、愛称「ビッグ・ベン」には鐘があり、毎日時を告げている。また、「毎日正午に奏でられるビッグベンの鐘のメロディは、四つの音で奏でられる日本の学校でお馴染みのチャイムのメロディの基となった」ことでも知られている。

英国会のYouTubeアカウントがアップしている映像で、その「チャイムのメロディ」も、時を告げる鐘の音も確認できる。


この鐘の音が、しばらく聞けなくなるということが、今日発表された。大掛かりな修理を行なうため、来週月曜日(21日)から、4年間(2021年まで)止まるそうだ。英国のことだから、「2021年まで」というのが「2022年まで」になり、「2023年まで」になるかもしれない。 (^^;)

詳細は以下にて。

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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