kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2018年05月21日

ハリー&メーガンの結婚式: We must discover loveというシンプルで力強いメッセージ

英王室には特段の興味はないが、「英国の儀式」類を見るのが好きなので、ハリー&メーガンの結婚式もネット中継で見ていた。式の日取りが告知されて以降の、まさに「フィーバー」としか言いようのない熱狂的な報道は、「政治家は式に招待されない」というこっち系の話題を除いては見出しを見るくらいしかしていなかったので、詳しいことは知らなかったが、それでも式がウィンザーで行われることとか、メーガンさんのお父さんが式に出るの出ないので話が二転三転していたこととかは(最終的には「健康上の理由で断念」ということになり、花嫁の手を取って祭壇に向かう「花嫁の父」役は、新郎の父であるチャールズ皇太子がつとめることになった、ということも含めて)把握できていた。

というか、今回のロイヤル・ウェディングに関する英国の報道は、本当に「熱狂的」としか言えないレベルで、普段から「王室大好き」をアピールしまくっている大衆紙の報道には基本的に接していなくても、正直、うんざりするレベルで騒ぎが展開されていた。きっとネット時代、英国のメディアにとっては、(国外からも)大変に多くのクリック数、view数が見込める貴重な「コンテンツ」なのだろう。どのくらいの大騒ぎだったかというと、伝統的に共和主義(王政廃止論)の新聞であるガーディアンが、特設コーナーを作っていたほど……というか、ガーディアンはウィル&ケイトのときに共和主義の魂を売り渡して熱狂して旗をぱたつかせるようになったので、今さら驚きもしないか。

しかし今回のガーディアンはウィル&ケイトのとき(+その翌年の女王のダイヤモンド・ジュビリーのとき)より、さらにひどかった。申し訳程度に共和主義者/王政廃止論者(Republicという団体)の記事は出ていたが、ほぼずっと熱狂しっぱなしだった。式が終わった翌日になってもまだ熱狂しっぱなしで、トップページの特設コーナーには「こんなに記事いらんだろ」というくらいたくさんの記事が並んでいる……どころか、クリックしようと思ってポインターを合わせると、新婚カップルの上にガーディアンのロゴの入った紙吹雪が舞うようになっている! (・_・)



と、まあそんな感じで私は東京で呆れて、こんな顔→ (^^;) をしているのだが、今回の式が予想に違わず、というより予想をはるかに凌いでぶっとばすレベルで、すごくおもしろかったことは事実である。英王室があれをやったというインパクトは、でかい。マーティン・マクギネスと女王が握手したとか、女王のウィンザー城での宴にマーティン・マクギネスが招待されたとか、チャールズ皇太子がジェリー・アダムズと握手したとかいったことに匹敵しそうなくらいのインパクトを、私の中に残した。「それ、やっちゃうんだ……王室が!」的な。

中継をご覧になっていた方はおわかりと思うが、式全体がイングランド国教会のカンタベリー大主教(あの「冗談で立候補したら選ばれた」人)によって執り行われ、イングランドのボーイ・ソプラノに彩られる中、アメリカの黒人教会流のゴスペルがウィンザーのセント・ジョージ礼拝堂を揺るがさんばかりに響き、アメリカから来た黒人の宗教者(エピスコパリアン、つまりアングリカンのマイケル・カリー師。この宗派で初のアフリカ系トップ)が黒人教会のノリで何かものすごい勢いでお話しされるというものだった。あれには主役のヘンリー王子もポカーンとしていた様子。それとも、単なる「真顔」だったのだろうか。いずれにせよ、お話が伝えていたのは確かに胸をうつシンプルでなおかつ重要なメッセージだったのだけど、その流儀が「ロイヤル・ウェディング」には予想外で、真顔の修行が足りてないこちらとしては、モニターの前で「これ、どうなるの……」と笑い転げるよりなかった。シカゴの教会じゃなくて、ウィンザーのセント・ジョージ礼拝堂ですよ、これ!

映像でどうぞ(聞き取りが大変な場合はカンタベリー大司教のサイトに原稿がアップされてます)。


あ、今見たら、6分30秒台で真顔力が完全に足りなくなってる王室メンバー発見(この方は普段から真顔力がイマイチ足りていない)。

thepoweroflovesermon-royalwedding2018.jpg

このあと、エリザベス女王も、背中を伸ばし、肩を上げ下げして深呼吸して、笑いをこらえ……いや、真顔を保つ秘訣をわれわれに伝授してくださっている。 (・_・)

映像を見ると、エディンバラ公も口元がひくひくしているし、5分過ぎではチャールズ皇太子も下を向いて何とかごまかしている。カミラさんは大きな帽子をあの角度でかぶっていたことが幸いしているし、その横のケイトさんは口の中を噛んでがまんしていそう。ヨーク公のお子さんたちはお茶飲んでたら確実にふいてただろう。

(ここで一番すごい真顔力の持ち主は、「愛!」「ファイアー!」と絶叫するマイケル・カリー師のすぐ後ろにいるイングランド国教会の方だ。)

そのマイケル・カリー師の説法の映像(BBCのYouTubeアカウント)に寄せられたコメントがまたおもしろい。
- lol...omg what a show for the brits

- He's at a royal wedding screaming about fire and cooking.

- I watched it 4 times already...not because of the speach but because of the expresion people had on their faces :-)

- Queen had shake, Kate could not hide smile when Camila hide her lough[sic] under hat...Wiliam was red...Charls[sic] could not believe...Beckham was thinking this is joke ? (※ベッカムさんは9:20過ぎ)

- I think it's safe to say that's the last American to do a royal wedding LMFAO


お話の内容自体は、先ほども書いたとおり、シンプルで重要な、結婚式にふさわしいメッセージで、冒頭で聖書から引用したあと、説法本体に入る部分で最初に出てきたのが、マーティン・ルーサー・キング牧師の言葉。この中継を見ていた、公民権運動の当事者をはじめとする「差別されることが当たり前だった側」の人々が、ウィンザー城という場でこの言葉が、アフリカ系アメリカ人初の米聖公会トップの口から語られたことにどのような気持ちを抱いたかは、想像してみるよりないと同時に、カメラがとらえたメーガンさんのお母さんの表情を見てみるべきだろう。
The late Dr Martin Luther King, Jr. once said and I quote: “We must discover the power of love, the redemptive power of love. And when we discover that, we will be able to make of this old world a new world, for love is the only way.”

There’s power in love. Don’t underestimate it. Don’t even over-sentimentalize it. There’s power – power in love. If you don’t believe me, think about a time when you first fell in love. The whole world seemed to center around you and your beloved.

Oh there’s power – power in love. Not just in its romantic forms, but any form, any shape of love. There’s a certain sense in which when you are loved, and you know it, when someone cares for you, and you know it, when you love and you show it – it actually feels right. There’s something right about it.

There is something right about it. And there’s a reason for it. ...

...

I’m talking about power. Real power. Power to change the world.

If you don’t believe me, well, there were some old slaves in America’s Antebellum South who explained the dynamic power of love and why it has the power to transform. They explained it this way. They sang a spiritual, even in the midst of their captivity. It’s one that says “There’s a balm in Gilead...” a healing balm, something that can make things right. ...

https://www.archbishopofcanterbury.org/speaking-and-writing/sermons/power-love-bishop-michael-currys-sermon-wedding-prince-harry-and


説法冒頭で引用されたキング牧師の言葉については、TIMEが詳しい解説記事を出している。結婚式にふさわしい形でアレンジしているが、元は公民権運動の黎明期の発言で、暴力的な人種主義にさらされている人々に対し、キング牧師が自身の「非暴力」という思想を説明したときの発言であるという。
http://time.com/5283768/michael-curry-royal-wedding-martin-luther-king/
That quotation comes from a 1957 sermon on the subject of “Loving Your Enemies,” which King delivered at the Dexter Avenue Baptist Church in Montgomery, Ala. ...

Around the time when King delivered that sermon in 1957, ... the 20th century American civil rights movement was still in its early phases. King would have been helping his listeners understand his philosophy.

His original exhortation on the power of love, then, was an explanation for his nonviolent philosophy. It also functioned as a set of instructions for African Americans trying to figure out how to respond to the racism they were forced to deal with on a daily basis.

First, King began by explaining the practical matter of how to love one’s enemies, a process he acknowledged as truly difficult. The enemies one had to love included national enemies such as the communist Soviet Union; personal enemies who were responding to legitimate grievances; and even enemies who don’t like a person because of his or her skin color. King’s recipe for loving those enemies began with looking inward to examine the real causes of the enmity, and then by trying to see that every person contains both good and evil. Thus it may be possible to love the enemy − even if you still don’t like that person.

Then, King moved on to why to love one’s enemies. ...


マイケル・カリー師のお話自体からはこのような背景は直接はうかがえないが、"There's power in love" というシンプルで力強い言葉に込められた思想は、王族の真顔が歪むほど伝わっていた。





あと、カリー師のお話でちょっと驚いたのは、イエズス会のピエール・テイヤール・ド・シャルダン司祭(科学者でもあり、創造論を否定した)への言及がなされたことだ。イングランド国教会で、カトリックへのポジティヴな言及!
French Jesuit Pierre Teilhard de Chardin was arguably one of the great minds, great spirits of the 20th century. Jesuit, Roman Catholic priest, scientist, a scholar, a mystic.

In some of his writings, he said, from his scientific background as well as his theological one, in some of his writings he said - as others have - that the discovery, or invention, or harnessing of fire was one of the great scientific and technological discoveries in all of human history.


冒頭でテイヤール・ド・シャルダンに言及した説法の最後のセクションで、カリー師は怒涛の「ファイアー」連呼を開始し、私は「この話、どこに行くんだろう」と笑い転げていたが、これがフィナーレだった(普通のスピーチだったら大拍手が鳴り響いたことだろうが、結婚式という宗教儀式の場でそれはなかった)。

説法が終わると、アフリカン・アメリカンの人々の合唱が礼拝堂内に響き渡った。曲は宗教歌ではなく、Stand By Me. これについてもTIMEが記事を出している。
http://time.com/5282658/royal-wedding-stand-by-me-meaning/
A song about enduring love, “Stand By Me” is, of course, a popular wedding tune. But for many, its lyrics also pack a deep political message. When “Stand By Me” first rose to popularity during the civil rights movement, it was used as a rallying cry for solidarity amongst people of color.

Markle, whose mother is black and father is white, may not be the first biracial royal. However, according to Anna Whitelock, a royal expert and director of the London Centre for Public History and Heritage, Markle’s marriage to Prince Harry represents a more inclusive royal family.

Considering the history behind “Stand By Me,” the predominantly black Kingdom Choir performing the song at Markle’s wedding to Prince Harry seems to be symbolic of this transition.


そしてそのあと、式次第が順調に進み、最後に新郎新婦とその親が別室に入ってレジスター (register) の手続きを行っている間、つまり式に参列した人々にとっての「待ち時間」に室内楽の演奏が行われたのだが、そこでソリストとしてチェロを演奏したのは、BBCのコンテストの優勝者でわずか19歳のSheku Kanneh-Masonという音楽家だった。


翌日、20日の報道では「ブラックカルチャー」が大きく注目されている。
Royal Wedding 2018: How black culture featured(映像ニュース)
http://www.bbc.com/news/av/uk-44186819/royal-wedding-2018-how-black-culture-featured

Meghan Markle's wedding was a rousing celebration of blackness | Afua Hirsch
https://www.theguardian.com/uk-news/2018/may/19/meghan-markles-wedding-was-a-celebration-of-blackness


カリー師の説法の反響はたいへんに大きく、大勢が話題にしていた。無神論者が入信しそうになったとか、独身主義者が結婚しそうになったとかいう影響が続々と伝えられている。






いずれにせよ、お互いにお互いしか目に入っていませんという様子のハリー王子とメーガンさんの見つめあう姿が主役の式は、美しい青空、咲き乱れる白い花々などなどに彩られ、現実離れしたロマンチックな御伽噺のようで、総体的には「はいはい、ごちそうさま」感に包まれるイベントだったといえよう。

























ハリー&メーガンのお2人が礼拝堂を出て、美しい馬たちに引かれた馬車で、美しい馬たちに乗った兵隊の先導で、ウィンザーの街をパレードする。ロンドンのような大都会とは全然違う、小さな街でのパレードは、これまた御伽噺の絵本から出てきたような光景だった。パレードの隊列は、観光客が行くようなウィンザーのメイン・ストリートだけでなく、庶民が暮らす普通の住宅街(黄レンガのテラスト・ハウス)にも進んでいった。沿道には英国旗はもちろん、米国旗(メーガンさんは米国人)、カナダの国旗(メーガンさんはカナダのトロント在住)が振られ、家々の壁や窓に掲げられていた。



しかしこれには混乱した。



そうして、式の中継が終わったあとで、式まで極秘にされていたというウエディング・ドレスの話などを各サイトがこぞって始めたときに、初めて明らかにされることが出てきたりして、これはただ甘美なだけの御伽噺ではないのだな、と思う。







こうして「サセックス公夫妻」が誕生した(ほか、スコットランドや北アイルランドの地名を冠した肩書き、Earl of DumbartonとBaron Kilkeelというのもある)。







そして、ベッカムさんが全部持ってく。(・_・)







マーティン・ルーサー・キング――非暴力の闘士 (岩波新書)
マーティン・ルーサー・キング――非暴力の闘士 (岩波新書)



なお、ハリー王子といえばあの件やらあの件やらあの件やらあの件やらがあって、日本語圏では特にあの件について「つぶやく」ことでエスタブリッシュメントを批判した気になれる人がいるみたい(ダイアナさんが亡くなったときも、彼女が王室の一員であったというだけで、「あのような人物の死を残念がるとは嘆かわしい」的なことを私に言った御仁がいる。私は地雷廃絶運動の活動家としてのダイアナさんを尊敬し、悼んでいたんだけど)。

それが、「私はこのハリー王子という人についてのあの件を知っている」ということをそれとなく自慢したいだけなのか(自慢のタネにもならないことだが、もう10年以上前のことだから、若い世代であの件を知らない人にはimpressできるかもしれないね)、あるいは本気で「エスタブリッシュメント批判」をしているつもりなのか、といったことはわからないけれど、本質的に、「だから何?」でしかないことなんだよね。

それだけなら放置というか見なかったことにするんだけど、「あの件がなかったことにされている」というデタラメがハバきかせてるみたいなので、「なかったことになんかなっていない」ということは指摘しておくことにした。







ちなみに英国では、ナチの意匠が禁止されてるわけではないです。ドイツとは違います。

※この記事は

2018年05月21日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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