kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2017年02月05日

ケベックのモスク銃撃事件に関する「シリア人難民犯人説」というデマと、トランプ支持者界隈。そして、ボストン・マラソン爆弾事件のときの先例。

1つ前のエントリで、1月29日にカナダのケベックで発生した極右過激派によるモスク襲撃(6人死亡、ほか負傷者多数)について書いた。襲撃者が「極右過激派のローン・ウルフ(組織という背景を持たない単独犯)型テロリスト」であることが公になるまでには少し時間がかかり、その間にネットでは「噂 (rumour)」が流れていた。

このケースでは「噂」には大きく分けて2種類あり、その1種類は「事件発生後まもない段階での混乱」(警察が「容疑者」とした人が、実は「被害者」だった)に基づくもので、大まかに言えば、ネット、特に「リアルタイム」と信じられていることが多いソーシャルメディアで、既に古くなった情報が少し後まで人から人へ伝えられ続けるというケースだった(その背景には「人々の思い込み」とか「正常性バイアス」もあると思うが、そういったことについての分析は、たとえリソースがあっても、ある程度の時間はかかり、すぐには出てこないだろう。そもそも一介の一般人である私にはそんなことをするリソースはないのだが)。

そして、もう1種類はあまりに異様なもので、1つ前のエントリで扱うことを諦めざるを得ず、次のように簡単に書くに留めてある。

そして、容疑者の名前がわかった。(実はこれが判明する前にも薄気味の悪いデマが出回ってたんだけど……同じようなことがボストン・マラソン爆弾事件のあとにもあったよね。まあいいや、そっちまで書こうとすると書き終わらないから先に行くね。下記の名前が出たとたんに、このデマで騒いでた界隈は静かになったらしいんだけど、それもボストン・マラソン爆弾事件のときとそっくりだ。同じ連中が釣られてたら笑うけど、笑えないか)

http://nofrills.seesaa.net/article/quebec-mosque-shooting-white-nationalist-terror.html


本エントリでは、それについて書く。

まず、「同じようなことがボストン・マラソン爆弾事件のあとにもあった」という部分について説明しなければならないだろうが、そのパートから書き始めたら極めて読みづらいものになってしまったので、構成を変更し、先にケベック・シティ・モスク銃撃事件に関する「薄気味の悪いデマ」について書いて、ボストン・マラソン爆弾事件のときの「同じようなこと」は後に置くこととする。

■ケベック・シティ・モスク銃撃事件での「デマ」(「銃撃したのは難民だ」説←無根拠な虚偽情報)
1つ前のエントリに簡単にリンクだけ入れてあるが、「ネットメディア」のひとつであるPrntlyでは「ネット上では(※このサイト曰く『Twitter上では』となっているが不正確)、ケベックのモスクを銃撃したのは『バシール・T』と『ハサン・M』という名前の人物だ」という話になっていた(以下、虚偽・誤情報の中で出てきた名前については、当記事の地の文では一部をイニシャルとするようにする。キャプチャ画像など、検索にひっかからない形ではそのまま示す)。

その記事の一番上に掲示されているツイートは「ケベックのCBCが、銃撃犯はかくかくしかじかという名前のシリア人難民だと報じている」と書いているが、削除されている(このアカウントのツイート内容は政治的rantばかりの様相で、ツイート主の居場所も不明。「反イスラム」のほかはアメリカの話ばかりで、少なくとも、ネットでラジオでも聞いてるなら別だが、「ケベックのCBC」の報道を直接知ることができるような場所にいそうな雰囲気ではない)。

「CBCがこれらの名前を伝えていた」とするツイートは、Prntlyのこの記事を離れてウェブ検索でもう1件見つかったが(こちらはアメリカにいるアメリカ人のようだ)、それも削除済みで(Googleキャッシュは残っている)、そのツイッタラーのTLにはほかに1件だけ、ケベックの事件についてのフィードがあり、Googleキャッシュを参照するとその記事を根拠としているように見えるが、実際にはそう「見える」だけで発言のソースがそれだとは言っていない(し、当該記事に「容疑者2人の名前」も見当たらない)状態で、この人物が何をソースに「CBCで報道」と発言したのかは確認できない。なお、残っていたGoogleキャッシュで確認できた範囲では、「これらの名前は4chanでジョークとして投稿されたものだ」という指摘がリプライとしてつけられている(が、元のツイートの主がそれに反応した形跡はない)。4chanなど私には到底確認できないが(どの板なのか、といったこともわからない)、本当に「4chanのジョーク」だった場合、最初っから無根拠である。

なお、ここでリンクしたPrntly.comというのは、単に検索して知っただけのサイトだが、「小さい政府」だとか「リバタリアン」だとかいった傾きを持つ、「既存メディア」に対抗する姿勢でネット上の情報を「まとめ」ている自称「ニュース」サイトであるということは、注意しておく必要がある。リンクした記事の見出しで「Twitter上では」と打たれているが、それはこの自称「ニュース」サイトの運営者がこれらの名前を見たのがTwitter上だったという程度の話である(そのような記述になっている)。このサイトは、Twitterで取りざたされているその名前の出所を確認することすらしていない自称「ニュース」サイトで、実際この「ニュース」の記事は、「Twitter上で言われていることをメモった」ものでしかなく、「どんな名前が取りざたされていたか」を確認するためになら使えるという程度だ。ソーシャル・メディアを使う個人による情報のリアルタイムな発信と集積は、既存のメディアの取材と同等か、それ以上の意味・価値を持つのではないかということで「ネットの力」が注目されたのは2009年イラン大統領選挙後の不正追及運動や2010年12月から2011年のいわゆる「アラブの春」のときで、その流れは既存の大手メディアをより開放的にするという結果を生じさせたが、それと同時に、ネット上に「ネットの力」を妄信し、「既存メディアに反対」というだけの勢力に場を作らせることにもなった。そして、大手でキャリアを積んできたジャーナリストたちによって新たに開始された「ネットの力によるニュースサイト」がパトロンによる資金の引き上げという形で継続不能となる一方で、活動家や学生がネットに転がっている話を、最小限の事実確認も取ろうとせずに「ニュース」としてまとめるサイトは、それが元々小規模なプロジェクトであるがゆえに、これからも自称「ニュース」サイトとして存続する。これが現実の光景だ。ディストピア小説なんかより、現実はもっとずっとディストピア的である。

というわけで早速話が脱線しているが、閑話休題。このPrntly.comという「まとめサイト」にも出てくる名前で、Twitterを検索してみよう。その結果の画面のキャプチャが下記だ(キャプチャは2017年2月4日に取得。事件からほぼ5日後で、これらの名前が容疑者の名前とされる根拠などないとわかってから何日も経過している。以下同)。


quebecmosqueattackfalserumour.png

一番下(最初)の2件はほとんど誰も注目していない(カンディンスキーの絵をアバターにしている「トランプの壁」はフォロー・被フォロー数ともに5000弱でRTもLikeもゼロ、投稿時刻は12:55 pm。その次の女性のアカウントはフォローが100ほど、被フォローが450ほどでRTが11件、Likeが13件、投稿時刻は12:56pmだ)。爆発的にRTやLikeが増えているのは上記画像内の3件目で、「それらしきソースのキャプチャ画像」がついているものである。RTが175件でLikeが129件。投稿時刻は12:58pm。ツイートにはソースURLが示されていないが、このキャプチャは、誰がどう見たってRedditだ。しかもURLを沿えずにキャプチャ画像だけで拡散している。その時点で、「はいはい」とスルーするのが「普通」の感覚だろう。だが、そうならない界隈がある。

ボストン・マラソン爆弾事件での「クラウドソース(笑)」での「捜査」の主要な場となったのも、やはりRedditだった(後述)。「不確かな噂(デマ)の出所(のひとつ)は、またRedditか」というだけではない。Redditで取り沙汰されていることの内容も、今回のケベックのモスク銃撃とボストン・マラソン爆弾事件のときとはそっくりだ。つまり、「警察の無線で名前が出ていた」という話。

警察の無線で「容疑者2人は某と某という名前で、先週カナダに難民として入国したシリア人である」なんてことを言うものだろうか? 言うこともあるかもしれないが、たぶん言わないだろう。それに、「警察がコンファーム」する場合、情報は無線じゃなくて記者会見で出てくる。ボストン・マラソン爆弾事件のときに指摘されていた通り、警察の無線というのはそのときのいろんな情報がごっちゃになって飛び交っている。「○○通りでひったくり」、「○○大通りで自動車事故」、「○○地区で火災発生」などなど、町では同時にたくさんのことが起きていて、警察が出動している。それらについてのやり取りが流れるのが無線というものだ。素人がいきなり聞いてわかるようなものではない。そのことは、ボストン・マラソン爆弾事件後に広く知らされたのではなかったか。

ともあれ、12:58pmにRedditのキャプチャつきで怪情報が流されたあと、Twitterはこんなふうになっていた。例によって、お声がけすべきところ(アン・コールター、マイク・サーノヴィッチ、イングランドのトミー・ロビンソンなど「拡散力」の高いアカウント)に名指しでいっている。そういうことをInfowars方面に向けてやると、裏づけも取らずに秒速で拡散してくれるというのは、先日当ブログで見たとおりだが、このケースはどうだったのだろう……そういうことを調べられるような体力は、残念ながら私にはないが、アン・コールターなりトミー・ロビンソンなりのアカウントを見てみれば、何かわかるのかもしれない。

quebecmosqueattackfalserumour2.png
このキャプチャ画像内の一番上、@Pamperjetのツイートには、すぐに下記のようなリプライがついている。この件をネットで調べると何度も「容疑者の写真」として目にすることになる「若い男性2人の写真」だ。

quebecmosqueattackfalserumour3.png

しかし実際には、ケベックのモスクを襲撃した人物は、こういう風体の人物だ。





@Pamperjetのツイートには、他にも多くのリプライがついていて、見事な「エコー・チェンバー」っぷりだが、中には下記のようなまっとうなリプライもある。つまり「ソースは? ケベック警察は容疑者の身元については何も言っていませんが」。そしてそのまっとうなリプライは、単にスルーされている。




そのあとは下記のようになっている。「シリア人難民の某と某だ」とはりきってデイリー・メイルの記事を貼ったはよいが、記事が書き換えられてしまっているので赤っ恥をさらしているalt-rightのアカウントもあるが、alternative factsの人々から見ればこれは「赤っ恥」ではなく、「あの白人青年が犯人というのはメインストリーム・メディアのでっちあげ」っていうことになるのかもしれない(ならないかもしれないけど)。「自分の思い込みは常に正しい」という人たちがいるわけで、だからこそ「ボストン・マラソン爆弾事件はでっちあげ」(←嘘です。被告が自分がやったことを認めている)だの、「サンディ・フック小学校銃撃事件はでっちあげ」(←嘘です。それについては既に書いています)だのというのが、いつまでも残っている。(その「親玉」的な存在がInfowarsですが、日本語圏の人でもかなり多くの人がはまってますよね。)

quebecmosqueattackfalserumour4.png

事実、銃撃実行の容疑者としてアレクサンドル・ビソネットの名前がケベック当局の口から明らかにされたあとも、「なぜメディアは報じないのかー」っつって「シリア人難民2人」の名前をただ喚き続けている人々もいる。

quebecmosqueattackfalserumour5.png

それに、思い切り声の大きな人物(パメラ・ゲラー)が、時間が経過してもガセネタを撤回していない。




で、この説の元となったと思われるRedditのスレは、これらの「シリア人難民2人」の名前(とされるもの)でウェブ検索をすると、すぐに見つかる(というか、初期状態では「TaweedではなくTawheedではありませんか」と言われるのだが、そこを「いや、Taweedで」と押しきると見つかる)。



※この検索結果にあるHeavyの記事も気になるでしょ。あとでね。

そのRedditのリンクをクリックしてみたら、どーん!



トランプ支持者のすくつ(←「巣窟」とさえ言いたくない。「すくつ」で十分)…… orz

「トランプ支持者のすくつ」だから悪いといいたいのではない。「現在の米大統領の支持者としてネット上で声高に叫びまわっている人々が集まる場で、このような根拠のない話が根拠を質されることもなく既成事実化し、そこからその外に持ち出されていること」について、真剣に、危惧を抱いているのである。

■ケベックのモスク襲撃に関して流れた、さらにもうひとつの「デマ」
なお、ケベック・シティ・モスクの銃撃事件に際しては、ここまで見てきた「シリア人難民2人」との無根拠な情報と、1つ前のエントリで見た警察の初期捜査段階での逮捕者に基づいた誤情報(Fox Newsがなかなか撤回しようとしなかった誤報)のほか、もうひとつ、おかしなことがあった。それについて書いているのがオンライン・メディアのHeavyである(ここは、私はめったにチェックしないが、BuzzFeedの亜流みたいなサイトで「今世間を騒がせているあの大事件について、知っておくべき5つのポイント」みたいな「まとめ」をたくさん作っている。ネット上で複数の報道機関のサイトに散らばっているような情報を1ページにまとめてくれているし、報道機関がいちいち取り上げないことも記録してくれているので、「ネット上の噂」に関して重宝することがある)。

David Aurine & Mathieu Fornier Are NOT the Quebec City Mosque Shooting Suspects
http://heavy.com/news/2017/01/david-aurine-mathieu-fornier-quebec-city-mosque-suspects-gunmen-shooters-names-hoax-fake-reuters-twitter-account-troll-white-supremacists/

これは、Twitterで「ロイターの速報」を騙る自称パロディ・アカウント(一応、よく見れば「パロディ」とわかるようになってはいたようだが、アバターはロイターのをそのまま使っているし、アカウント名もそれっぽいので、普通にツイートが流れてくるだけでは「パロディ」とはわからないだろう。その意味で「自称」が必要だと思う)が、「ケベックのモスク銃撃の容疑者はダヴィド・Aとマチュー・Fである」と流したのだが、それは完全な「パロディ」(とアカウント運営者が認識しているもの)だった、という話だ。このアカウントが「容疑者」としているのは、広く知られた米国の活動家だそうなので、そういうことを知っている人々にとっては「笑えるパロディ」だったのかもしれない。ちなみにこのアカウントは、2016年8月に開設されたそうだが、既にその前(同年6月、オーランドのクラブ銃撃事件の前)に「ネット上のミーム」化していた「白人優越主義者による銃撃、というネタ」を改めてツイートしていたとの由。まったく相手にする必要などないくらいsadなアカウントである。

しかしこれは、どっかのまぎらわしい「パロディ・アカウント」が、範囲を限定することもなく特におもしろくもない「ネタ」をツイートしたというだけでは終わらなかった。当該のアカウントは現在はTwitterによってサスペンド(凍結)されているが、Heavyの記事に「このアカウントをフォローしているのはわずか2人だが、問題のツイートは投稿後1時間のうちに1000回以上も再投稿(リツイート)され、これらの名前はソーシャルメディアで拡散された」とある通り、ネット上で真に受けられてしまったし、The Daily Beastは本物のロイターの報道を確認しもせずにこの情報を記事に書いて笑いものになった(「笑いものになった」だけでは終わらないかもしれない。この媒体は以前から、Alt-rightになぜか敵視されているので……)。

この虚偽情報に関しては、「真に受けたバカなメディア」がどうなるかといったことはあるかもしれないが、それ以上広がっていくことはないだろうし、特に深みもないと思う。Twitterでそれらしいアカウントを次々と開設しては、有名人の死亡説を流しまくっていたイタリア人の自称「ジャーナリスト」と同じ程度、「悪質ないたずら」と言われるような類のことだろう。

今回はDaily Beastが釣られたわけだが、これと同じようなことは過去に何度も起きている。報道機関内部から、「締め切りとネタのプレッシャーがハンパない」といった内情の告白も行なわれている。私もTwitterをよく使っていた時期にはそういう話が流れてきたらRTするなり書き留めるなりしていて、今、1件はっきりと思い出せる事例があるのだが、「誤情報」「釣られた」などの検索ワードをいろいろ試しても、自分のログの中で見つからない。どこかでの爆弾テロか銃撃について、「犯人はこういう名前の人物だ」という情報が広まり、Twitterを使っているアメリカのジャーナリスト(とはいっても新聞記者などではなく、全米ネット系列局のカメラマンだったと思うが)がそれを真に受けてコピペしてツイートしたことでアメリカ全体に広まったが、元の情報が「中東に関心がある人なら誰がどう見てもジョークとわかるもの」で(「犯人の名前」とされたのは、トルコのエルドアン首相/大統領と、カタールの首長の名前を組み合わせたものだった)、中東のことを扱っているジャーナリストやカウンター・テロ分野のアナリストなどは誰も釣られていなかったという事例だ。このほか、どこかの誰かのセンスの悪いジョークに、英デイリー・テレグラフを含む大手メディアが次々と釣られたということもあった。それらの事例が示しているのは、「報道機関が裏取り・ファクトチェックをせずに記事を出している」ということで、そのことが何かと言うと「フェイク・ニュース!」と絶叫する人々を生み出すのに寄与したことは確実だろう。だが一方で、そういった「過去の失敗」を踏まえて、大手メディアは「ファクトチェック」という裏方の仕事(はっきり言ってしまえば、「高名な記者や著名な学者の書いた文章のあら捜し」をすることにもなるので、この仕事をする人はあまり感謝もされない)を表に出して、「私たちはチェックしています」ということを懸命にアピールするようになってきた。そのことはポジティヴな変化かもしれない。

■ボストン・マラソン爆弾事件(2013年4月)で起きたこと
さて、以下は、ケベックのモスク銃撃事件についてRedditで根拠のないガセネタが取り沙汰されたことの先例というべき(と私が考える)事例について。

2013年4月のボストン・マラソン爆弾事件の発生直後、誰かのカメラが撮影した写真の片隅に姿が写っていた容疑者(ツァルナエフ兄弟の弟)が、当局によって身元を特定される前の段階で、「ネットの力(キリッ」っつって出てきた人々が、「〜のように見える」、「〜と考えればつじつまが合う」的なことで、かなりめちゃくちゃなことをしていた。いや、「めちゃくちゃ」っていうか、少人数が顔を合わせての会議・ブレスト的なことならああいうのは別に普通のことなんだけど、それを完全公開のネット上で、不特定多数の参加と閲覧の場でやった(当時は、それをジャーナリストたちを含めたいい大人たちの間で「クラウドソース」と呼ぶのが、ヒップで、こなれ感満載の時代の最先端だった)。まっとうな人たちもいなくはなかったけれど、全体的に、何というか、正義感に駆られ、高揚感に満たされ、人々がネットにアップされた写真や映像だけでものすごい勢いで「断定」「特定」しているという光景で、実に恐ろしいものだった。その記録は取ってあるが、あとから「混乱」とわかったものについて、混乱そのものをリアルタイムで記録してあるので、今読み返すのは、正直しんどい。

しかもこの爆弾テロ事件自体、情報空間が異様なので、余分なところで削られる。ウィキペディアのページを探し出すために日本語圏でググると、Googleが提示してくる検索結果が実にひどい(下図参照)。

bostonmarathonbombing-google-japanese-alternative-facts.png

(Googleの検索結果がひどいという問題は、英語圏でホロコースト否定論の件が大問題になってGoogleが対応せざるを得なかったことを見ればわかるように、別にWelqとかだけの話ではない。あれらのサイトの順位を下げれば問題は解決してGoogleは「きれいなGoogle」になるわけではない。ただ日本語圏に特異的な問題として、報道機関のサイトが過去記事はどんどん削除などしてしまっていたので、英語圏のように事件を報じたまっとうなメディアの記事が検索結果に多く並ぶということがなく、代わりに、ニュースっぽい見かけの個人ブログ――英語圏ではフリンジ中のフリンジでしかない陰謀論の主張を日本語で紹介するなどしているブログも珍しくない――がずらっと並んでいるということがある)

日本語圏はこういう状態なので、私は自分にできることとして、裁判の最後にツァルナエフ弟が述べた言葉を含むページ(NAVERまとめを利用して作成)を、「過去記事」としてランダムにフィードするようにしている。(こんなことをやったって、Googleの検索結果が相手では、焼け石に水にもならない。2メートルも積もった雪を溶かしたいときにマッチ1本を灯しているくらいなものだ。こうして、ボストン・マラソン爆弾事件について「変な噂」を聞いた人が確認してみようとググった場合、その「変な噂」を打ち消すような情報は検索結果の画面にはほとんど表示されていないという状態は、これから先、ずーっとずーっと継続されるのだろう。それがわかってるので、本当に、心の底から、私は絶望している。この検索結果を前に、真実とトンデモについての希望なんか、持てるはずもない。)





話がずれたが、元に戻す。1つ前のエントリで「同じようなことがボストン・マラソン爆弾事件のあとにもあった」と述べたのは、先に触れた「NAVERまとめ」の5ページ目の最後から6ページにかけて記録してある。一部を抜粋してここに示しておく。





この経緯について、より具体的で詳細なことは、「NAVERまとめ」を利用して作成した別のページに記録してある(特に2ページ目以降)。で、これを今、改めて読み返していて思い出したのだが、このとき、実は根拠のないガセネタでしかなかったもの(「警察無線で、容疑者はマイク・Mとスニル・Tと言っていた」という説)に、根拠を確認してから発言すると想定されているジャーナリスト(ネットメディアの人も、伝統的メディアの人も)などや、銃撃事件が起きた名門大学の教員もがんがん釣られていたのだった(大学の教員の場合はパニック状態だったという要素があるが……でも、事件が起きたのはMITなんだよ。MITでもああなるんだね。人間的な、あまりに人間的な)。そしてその結果、ネット上の情報は、めっちゃくちゃなことになっていた。何が本当で何がそうでないのか、見ている人たちにも、そしてその中にいる人たちにも、まるでわからないような。

そんなときに頼りにできたのは「その情報が確認できるソースはあるのか」ということだけだった。しかしソーシャルネット(特にTwitter)というのは、「確認できるソース」はおまけみたいなもので、わかりやすくて刺激的な見出しや誰かの気の利いた一言がメインとして流通する場である。冷静な事実を広く伝えるための場というより、人々を驚かせたり喜ばせたりし、感情を煽り、ゆさぶる言説がひとりでに拡散していく場だ。ソースなんか、ほとんど誰も気にしちゃいないと思っておくくらいでちょうどいい。報道機関の記事をフィードすれば、たいていの人は見出ししか見ない。いちいちURLをクリックしてからRTなどする人は、あまりいない(RTには「あとで読む」の意味合いもあるし、私も記事を読む前にRTすることなどしょっちゅうだが)。まあ、この状況は、TwitterがTwitter cardを導入して、フィードするページの冒頭部分や概略をTwitterの画面内に表示させるようにしてから、少しは変わってきているのではないかとは思う。

で、もうすぐ事件から4年が経とうとしている今、この「まとめ」を読んでおそろしいと思うのは、2017年2月の現在、「フェイク・ニュース #FakeNews」と叫びまわる人たちの大声によって、その「確認できるソース」そのものが揺るがされているという事実だ。「メディアは全てを伝えない(メディアが伝えないことがある)」ことを理由として(当たり前だ、誰が「全て」を伝えることなどできようか。画面に延々と「42」と映してる局でもあれば別だが)、「○○のことを伝えず、トランプ批判ばかりしているメディアはフェイク・ニュースだ!」などという叫び声が響き渡り、メディアの側もそれを無視できない。トランプ側近の考えられないような異常さ("alternative facts" などと言ってみたりしているケリーアン・コンウェイはとどまるところを知らない)を前に、それをまともに相手にせざるを得ないが、まともに相手にすればそれにいくばくかの正当性を与えてしまうというジレンマの中、メディアが結果的に「相対化」に加担している。大手メディアを信じない人々による「フェイク・ニュース!」という叫びが、メディアを変容させていく。

では、「フェイク・ニュース!」と叫ぶ人々は、「事実」を尊重しているのか。そうではない。彼らが尊重しているのは、彼らが「事実」と信じているもの(それが "alternative facts" である)だ。彼らが「フェイク」と断定するものは、それがたとえ本当に事実であっても尊重などしない。つまりすべて結論ありきなのだ。「人間の営みによって地球温暖化が引き起こされているという説はフェイクだ」と信じている人は、「人間の営みによって地球温暖化が引き起こされている」という事実を立証するデータを「フェイク!」と呼ぶ。「地球温暖化が起きているということにしないと困る連中のでっち上げだ!」と。

現実が――それも、アメリカの政治の中枢において――そうなっているという今の状況を前に、2013年のあの異様な出来事をたどり直すと、頭がおかしくなりそうだ。あのとき、すでに明確な兆しが現れていたというふうに見えてくるので(言うまでもなく、そんなのはhindsightである)。



このとき、ネット上で何が起きたのかは、当時、The Atlanticのジャーナリスト、アレクシス・マドリガルさんが徹底的に調べてまとめている。読んでない人は読むといいと思う。「ネットが既存メディアに勝った」という熱狂がどれほど支配的だったかといった環境的な要素も考慮に入れなければならないのだが、それにしたって、たった1人の、特に有名人というわけではないツイッター・ユーザーが、具体的で検証可能な根拠を何も示すことなく書き込んだ「容疑者の名前」が、あそこまで徹底的に既成事実化したという事実には、今読んでも――今だからか――背筋がぞっとする。



ちなみに、このときに「デマ元」となったTwitterアカウント「カナダのグレッグ・ヒューズ」は、2013年4月に騒動がおさまらぬうちにアカウントを消しているが(いわゆる「アカ消して逃亡」)、今(2017年2月)確認すると、アカウントは存在する。ツイート件数はゼロなので、おそらく、このアカウントが再始動することがないよう、誰か有志が「カラの状態」でアカウントを取るだけ取ってあるのだろうと思うが、それにしては40件もフォローしていて不自然だ(ただ、フォローしているのは米ピッツバーグを拠点とするスポーツチームや報道機関と、マイリー・サイラスやケイティ・ペリー、リアーナのようなポップスター・芸能人とバラク・オバマとCNNで、「ピッツバーグ」をうるさいほどアピールしている以外は特徴はない。ピッツバーグは地理的にカナダに近いが、カナダではない)。



この新たな「カナダのグレッグ・ヒューズ」のプロフィール欄(Bio欄)に書かれているのは、このアカウントがボストン・マラソン爆弾事件後の「容疑者特定」のときにツイートした言葉である(手動でRTして反駁している人のツイートを控えてある)。

そのほか、このアカウントについて気づいたことは、ここではなくあちらの末尾に追記しよう。このままでは話が終わらない。

というわけで、一言でまとめると、2017年1月29日のケベックでのモスク襲撃事件のあとに起きたことについて、私が「同じようなことがボストン・マラソン爆弾事件のあとにもあった」と言っているのは、ボストンのときにネット上で検証可能なソースで確認されることもなく「マイク・Mとスニル・Tと警察無線で言っていた」という「デマ」が事実であるかのように人から人へと伝えられたのとそっくりなことが起きていることを指す。

しかし、今回のそれ(「シリア人難民の某と某」説)の根拠のなさは、ボストン・マラソン爆弾事件のときの「デマ」の根拠のなさよりもっとすごかった。

そして現在、こういう「根拠のないネット情報」はあぶくのように湧くものだし、それらは湧いては消えていくだろうという希望(それはかつては「希望」なんかじゃなく、単なる「常識」だった)を、私は持つことができずにいる。

おそらくこの「シリア人難民2人が……」というデマは、「大手メディアが報道しない真実」としてネット上で生き残っていくだろう。元が4chanの「ネタ」であれ、誰かのでっち上げであれ、時間とメディア操作を経て、それは限定的な範囲で「オルタナティヴな真実」に変容していくだろう。そしてその「限定的な範囲」は、「陰謀論界隈」とバカにしていればよい範囲では終わらないだろう。アメリカの政治の中枢が、そういうことになってしまっているのだから。



参照先:
アメリカ版「特定しますた」…ボストン爆弾事件の「クラウドソース捜査」、Redditで行われたこと。
https://matome.naver.jp/odai/2136636603035691201


ネット上の掲示板での「クラウドソース捜査」で、根拠なく爆弾犯と断定された学生の件(ボストン爆弾事件)
https://matome.naver.jp/odai/2136692678557160301


こういう流れがあったことを、日本のまっとうな評論家や学者さんとかはご存知ないのかもしれませんが、"Alternative facts" などというとんでもない言葉を使い、ドナルド・トランプ政権を構成し、支えている人々が、こういう流れの中で頭角を現してきた人々であるということが、現在の日本語圏ではあまりに軽視されているように私は思います。2016年11月の選挙の結果、「まっとうな人」が知らないような言説の「中の人」たちが、アメリカの政治の中枢にいるということが実際に起きているんです。「トランプさんの経済面でのお手並み拝見と行こうではないか」などとのんびり構えている場合ではないんです。

そういったことについては、英語圏では広く懸念が共有されています。トランプやその周辺によるデタラメな発言に関する事実もまた共有されています。ここで大きな役割を果たしているのは報道機関ですが、基本的に「中立」を旨とする報道機関は、「トランプだけを敵視している」という印象を与えないためにも、また自身についての「フェイクニュース」というレッテル貼りに対処するためにも、「トランプでない側」、つまり「民主党側」のデタラメも、トランプ側のそれと同じように「おおっぴらに検証」するようになってるんですが、そうすることで「どっちもどっち」という相対化が進行しています。そう、これは2000年代にネット上の日本語圏で見た南京事件否定論をめぐる相対化にそっくりです。ああいうことは、「日本では、議論の成熟度が海外(外国、欧米)の水準に達していないので、起きる」ようなことでは、決して、ないのです。

※この記事は

2017年02月05日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼