イングランドの南西部、コーンウォール半島が突き出ていく根元の部分に位置するドーセット州に、プール (Poole) という町がある。海に面した港湾都市で、歴史は古く、16世紀には米大陸の植民地との交易で栄え、産業革命期には人口が増大したが、ここの港は水深が浅く、船舶の大型化にともなって港湾都市としての役割は縮小、代わって近隣のリゾート都市ボーンマスで消費される物資の生産拠点として繁栄した。第2次世界大戦時には、ノルマンディー上陸作戦で3番目に大きな連合軍の出発地点となり、作戦後は欧州大陸にいる連合軍のための物資供給拠点となった。このためドイツ軍の空襲は頻繁で、戦後はしばらく荒廃した時期が続いた。1950年代から60年代の再開発で荒廃した地域の古い建物は取り壊され、現在ではあまり古い町の面影をとどめてはいないようだ。1960年代には製造業が栄えたが、80年代から90年代にかけてサービス産業の拠点が多く移転してきたため製造業の重要性は相対的に薄れた。とはいえ、ヨットメーカーなどの大きな製造拠点が置かれていて、地域の経済を支えている。東京の地下街に漂う強烈な香りで存在感抜群の化粧品・トイレタリーのLushは本社と工場をこの都市に置いている。プール出身の著名人としては小説家のジョン・ル・カレ、映画『ホット・ファズ』などのエドガー・ライト、エマレクのグレッグ・レイクといった人々がいる。現在の人口は15万人ほど(2016年半ば、推計)。東京でいうと中央区程度だ(中央区は昼間の人口は多いが、住民として登録している人は少ない)。
https://en.wikipedia.org/wiki/Poole

ざっとそのような都市なのだが、ここにはひとつ、ロンドンととても縁の深いものを生産していた歴史がある。地下鉄駅に使われているタイルだ。

大英帝国が栄えていた19世紀後半の1873年、プールの波止場の地域で "Carter's Industrial Tile Manufactory" というタイル製造業者が事業をスタートさせた(この会社が、後に "Poole Pottery" となる)。ヴィクトリア時代のタイルといえばミントン・タイルが有名だし、英国の製陶業といえばそのミントンも製造拠点を置いていたストーク・オン・トレントが有名だが、南部のプールにも大きなメーカーがあったわけだ。

そのPoole Potteryは、20世紀に入ると、欧州のアール・デコや当時の前衛絵画を取り入れた大胆なデザインで有名なトゥルーダ・カーターなどのデザイナーを擁し、また、1930年代に建設されたロンドン地下鉄駅で使われているタイルの多くを製造した。そのひとつが、今もベスナル・グリーン駅、スイス・コテージ駅などで見られる、ロンドン各地のシンボルを刻んだレリーフのタイル(右写真 via R~P~M's flickr. デザイナーはピカディリー・ラインのマナーハウス駅などにはまってるかっこいい換気口カバーをデザインしたハロルド・ステーブラー)。これらのタイルの中にはヴィクトリア&アルバート博物館に入っているものもある(V&Aでは製造業者名を "Carter & Co." と記載している)。

第二次大戦後はそういった実用的な産業製品というより家庭内で使う装飾的な色の濃い陶器(花瓶、飾り皿など)で有名なようだ。創業以来の波止場地区の工場は1999年に街中に移ったが、その工場は2006年に閉鎖され、Poole Potteryの生産拠点はプールの町を離れてスタフォードシャーに置かれるようになり、創業の地はPoole Quay Studioという観光施設となり、同社製品の博物館となっているほか、製陶体験講座の開設や、同社製品の販売が行われていた。
https://en.wikipedia.org/wiki/Poole_Pottery

(と、さらっと書いているが、21世紀に入ってからの同社はなかなか大変な経緯をたどっている。ウィキペディアでだいたいのことはわかる。現在は実用的テーブルウエアの製造で有名なデンビーなどとともに、Hilcoの傘下にある。)

そのPoole Quay Studioが、今日10月15日に閉鎖されることになっていて、BBCにその閉鎖がプールの街にどういう影響を与えるかということについての記事が出ている。