kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2016年08月08日

北ベルファスト、ロイヤリスト内紛か(UDAメンバーの射殺)

北ベルファストの住宅街の路上で、人が銃で撃ち殺されるという事件があった。TwitterでNIのリストをさかのぼると、90年代の英国のガール・グループ、All SaintsがFeile Belfast(ベルファストの「アイリッシュ・ナショナリスト」の側で開催される毎年夏の文化祭)でステージに立っているのとだいたい同じタイミングで発生していたことが確認できる。ひとつは「あの紛争 (the Troubles)」の残りカスが根を張って新たに育ったような部分の出来事で、もうひとつは「あの紛争」が過去のものとなったことを改めて確認するような出来事だ。

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初報はPSNI(北アイルランド警察)のこのツイート。



いつもは政治的なニュースが多いアイリッシュ・ニューズのジャーナリストがAll Saintsのライヴを見に行っていて:



やはり政治的なトピックを扱うことの多い「キース」氏(ジャーナリスト)が「オール・セインツ見に行きたかったなあ」とつぶやき:




UTVのジュディス・ヒル記者がPSNIの事件発生のツイートに「ひどいニュース」と反応しているのが、ほぼ同時である:




並んだところはこんな感じ。
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そしてアイリッシュ・ニュース(最近すごい目立つんだよね、この媒体)が「速報」を出し:




BBC News NIのヴィンセント・キアニー記者が同僚・同業者に回覧板を回し:






事件発生は現地10時前だったとUTVのシャロン・オニール記者。オール・セインツのライヴが10時半から始まる予定が10分くらい押したという感じのタイムスタンプで報告されているので、本当に「ほぼ同じタイミングで発生した」と言えるだろう。




報道が広がり、プレス・フォトグラファーが現場に急行する。














このタイミングで、ジェリー・アダムズは「地元の夏祭り」に熱心だったりするのも、何と言うか、シュールだ(が、あの人のTwitterをフォローしていると「今更シュールって何」っていう気もするかもしれないね)。
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このころには既に、殺された人の名前がTwitterでは取りざたされていた。警察もマスコミもまだそのことは言っていない段階だ。いわゆる「著名人」ではないにせよ、著名な人だったのだろう。
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BBC News NIの記者からは、「撃ち殺されたのはUDAのメンバーで、犯罪に深く関わっていることが知られていた」と。つまりUDAの非合法薬物密売とか不正燃料密売とか、そういった方面だ。もはや「政治的暴力」云々ではなくなった、「あの紛争」の残りカス。




射殺事件のあった地名の一部がTrendsに入ってくる。(事件は、Sunningdale Gardensという通りが大通りと交差するあたりで起きた)






政治家や政治活動家たちのコメントが出る。




緊張感のカケラもなく「ソファで寝落ちしてたけど、オール・セインツで踊りまくってる。犬と」とか言ってる人と、陰惨な殺人事件についてのコメントが錯綜する。
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この事件のポイントは、「人が殺されたこと」ではなく、「銃が使われたこと」である。それも「住宅街で」。これが、例えば「ひものようなもので首を絞めた」とか「バールのようなもので殴った」のだったとしたら、こんなに大きな反応は引き起こさないだろう。名目上、北アイルランドの武装組織は「武器のデコミッション」が完了しているはずで、それを前提に「和平プロセス」が進められてきているのだ。もちろん、「武装組織にもう武器はない」などということは誰も信じていない。信じていないけれど、それが「前提」だった。だから、昨年夏に2件、IRAの側で「路上で射殺」ということが起きたときに、ストーモントの自治議会でUUPが「IRAがまだ存在し、銃を持ってうろうろしているなんて!」と(白々しくも)騒ぎ立て、自治議会を停止させるということになったのだ。

そのUUP所属の政治家たち(自治議会議員と地方議会議員。UUPの党のアカウントがRTしている)。








現場に到着したプレス・フォトグラファー。




要職についている政治家たちのコメントも出る。






北ベルファストが地元のジェリー・ケリーも。




そのころには、殺された「UDAメンバー」が誰だったのかを報道し始めるメディアも出てきていた。






PUPのベルファスト市議会議員もコメントを出している(PUPの党のアカウントがRT)。




北アイルランド警察の警察官の組織も、BBCの報道をフィードしている。




このころには、「アーマー州でIRAに殺害された人を記念するメモリアルがヴァンダライズされた」というUUP所属の地方議会議員のツイートなども流れてきているのだが、一人、能天気に「るんるん気分(死語)」のおじさんがいたりして、いいから寝てください、と。
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今回殺された人は、「以前も殺されかけたことがある」という報道もでてきた。(関係ないけど、オール・セインツで踊ってた能天気なおじさんも、銃撃されて殺されかけ、かろうじて命を取り留めた経験がある。)




報道が続き、各所からコメントが出て、「ロイヤリスト」という言葉がTrendsに入る。










それがどのような人であれ、単に「人が殺害されている」ということを嘆く言葉もある。カトリック教会の聖職者がRTしているアライアンスの政治家の言葉と、もうひとり、プロフィール欄が空欄だが、フリー・プレスビテリアン教会創設者イアン・ペイズリーの息子で親の教会で仕事をしているカイル・ペイズリーさんがフォローしている人。






深夜、現場には警察の非常線が敷かれ、取材の人たちが行っている。報道が広まり、政治家などのコメントも出続ける。日曜日の深夜に。

















































こないだ、Pokemon GOがいかにプライバシーを侵害しうるか(歩いている人の写真を撮影しても、ポケモンを撮影していたことにできてしまう)という話題で、Google Street Viewが始まったころの大騒動のことが回想されているのを小耳に挟んだ。Google Street Viewで最初に「全世界に晒した」英国の街のひとつが、実は、よりによってベルファストだった。そりゃもう大変な騒ぎというか、市街ならまだしも、住宅街ではそんな簡単に写真に撮られたくないものとかがいろいろあるんですけどって反応がどっと出ていて、それが「家の前にゴミが置いてあって恥ずかしい」とかいうことではなく、何と言うか、上でエンベッドしたベルファスト・テレグラフの記事の写真にあるような風体の男性が、非常によく似た雰囲気の犬を連れて歩いているのがばっちり写っていたりしたことで、それはきっと、つまり「対立する勢力に見られなくない」ような性質の情報を何か含んでいたのだろう。

Google Street Viewが開始されたのは2007年だが、その5〜6年ほど前のベルファストといえば、「ロイヤリストの内紛 loyalist feud/turf war」が(IRAの武装解除問題と並んで)連日トップニュースになっていた。UDAとUVFの間の抗争もあったが、それ以上に激しかったのが、UDA内部の争いだった。当時既にUDAは「政治的暴力」の集団というより「組織犯罪」の集団で(UVFもそうだったが)、もろもろ方針ややり方、アガリなどをめぐって組織内で銃を使った争いごとが起きていた。抗争は拡大し、波及し、広く地域全体に影響を与えた。

今回、銃撃事件があったのは北ベルファストのBallysillan RoadとSunningdale Gardensの角のあたりだが:




その南の一帯は「カトリック」の地域で、「あの紛争」ではたいへんに暴力的なことが頻発し、今でも毎年夏の「オレンジ祭り」でのパレードの通過をめぐって毎年もめごとが発生するアードイン地区だ。2000年代初め、この地区の子供たちが通う学校が、ロイヤリストの「怒りの矛先」を向けられて大変な状態になったことがある。いい大人が毎朝学校に通う子供たちと送っていく親たちを威圧し脅しつけ、罵倒していたのだが、その根本にあったのが、「ロイヤリストの内紛での暴力は実はIRAが」云々という疑いだったらしい。同時に、リパブリカンの側もまだ精神的にも物理的にも「あの紛争」の中にあったので(1998年の和平合意からまだ3年かそこらだった)、ほんのちょっとしたことで「あの紛争」(といっても数年前の状態)に戻るのではないかという不安の空気が垂れ込めていた。

2016年の今は、そのころとは全然様相が異なる。けれども、どんなことがきっかけで何が起こるかはわからない。「武装組織は武装解除した」というのは、事態を前に進めるための前提であり、実際には武装解除など(完全には)していない。「あの紛争」が再燃することはまず考えられないにしても、UDAもUVFも依然活動中である。リパブリカンの側でもいわゆるNew IRA(元Real IRAほかいくつかの集団が合併した集団)が攻撃の道具を溜め込んでいる。







そして既に心理的には「あちら側」に響きまくっている。昨年夏にUUPが「まだIRAがいるなんて!!」と大騒ぎしたことを忘れている人など、おそらくいない。







なお、ベルファストの「プロテスタント」側のメディア、ニューズレターの最初のツイートが月曜の朝になってからなのは、「日曜日は安息日だから」である。特に無視していたわけではない。



なお、殺されたジョン・ボアランドは、UDAの中でアンドレ・シュクリと近い人物だそうだ(殺されかけたことがあるというのは、シュクリと一緒にいて銃撃されたとの由)。まさに15年前の内紛の再来という気がしてならない。



※この記事は

2016年08月08日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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