kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2017年01月27日

北ベルファストでの警官銃撃事件(2017年1月23日発生)

さて、「北部」のシン・フェインのリーダーがミシェル・オニールに決まったとアナウンスされる少し前、ベルファストから「テロリストによる銃乱射」のニュースが入っていた。

場所はCrumlin Road, 毎年夏の「水かけ祭り」の季節(最近は水かけをやらなくなったが)にニュースになる北ベルファストの地名に明るい人ならピンとくる地名だ。そしてあのあたりは、ここ2〜3年ほどは非常に静かになっているが(「暴れ」を抑制できている)、大変に緊張感の高いエリアである。といっても「カトリックとプロテスタントの対立」というよりも、「リパブリカン側での対立」があるためだ(これを「内部の対立」と呼ぶのは不正確だが、「北アイルランドはプロテスタント系住民とカトリック系住民が対立して」云々という古いナラティヴを今でも適用可能なものとして信じている人向けには「内部の対立」という言葉を使うのが伝わりやすいだろう)。

その詳しい状況については、2016年10月に「内輪もめ」について詳細を報じたベルファスト・テレグラフの記事を参照。この記事で言及されている「住民団体」(プロテスタントの行進に反対する住民グループのひとつ)の名称は、夏の「水かけ祭り」などに関連してよく出てくるので、「ああ!」とピンと来る方も多いだろう。アードインという地域では、この「住民団体」を含むディシデント・リパブリカン(非主流派のリパブリカン)と、シン・フェイン(リパブリカンの主流)の間の対立や、ディシデント・リパブリカンの別々の組織間の対立が、一般のニュースに出てくる程度に激しい。

そういう地域で、警察を標的とする銃撃事件が起きた。場所はクラムリン・ロードのガソリンスタンド……ってそこは基本的に住宅街だろうが! 「紛争」期のフィクションで多用されていた類型に、「IRA(プロヴィジョナルIRA)は軍隊的で統制が取れているが、IRAとは別のリパブリカン武装組織は狂犬の集団だ」というものがあるが(例えばトム・クランシーの『愛国者のゲーム』)、それらはまったくのフィクションというわけではなく、今もまだ武装闘争至上主義を掲げて活動を継続しているディシデント・リパブリカンの組織は、本当にいろいろと見境がない。子供たちが大勢通る通学路であることなどおかまいなしに、何を標的としているのかよくわからない爆弾を仕掛けたりもしている。そしてそういうディスデント・リパブリカンのことを、マーティン・マクギネスを筆頭に、シン・フェインの政治家たちは非常に強い言葉で非難してきた。そしてディシデンツは、そのことを「変節」と解釈している。ディシデンツは、地方にある拠点の町だけでなく北アイルランドの首都ベルファストの主流のシン・フェイン(つまりプロヴィジョナルIRA)の支配地域で活動し、そこで勢力を拡大することで、彼らなりの目標を彼らなりに達成しようとしている。




Belfast policeman injured during gunfire at filling station
http://www.bbc.com/news/uk-northern-ireland-38716584

Automatic gunfire was sprayed across a garage forecourt in Belfast, leaving a police officer injured.

Police Service of Northern Ireland's Chief Constable George Hamilton said a bullet-proof vest may have saved the injured officer's life.

He was shot at least twice in his right arm in the attack on the Crumlin Road on Sunday and had surgery overnight.

The PSNI is treating the attack as attempted murder and has released a photo of the suspected getaway car.

The red Audi was found burnt out in Culmore Gardens at about 20:00 GMT on Sunday.


これ、「成功」していたら、「その翌日のニュースはこれ一色になる」ようなことだ。2009年3月に連続して起きた(が別々の組織による)警官銃撃事件と英軍基地襲撃事件のように。

もしそうなっていたら、シン・フェインの新しいリーダーのニュースなど、吹き飛んでいただろう。そして、「IRAが警官を殺した」という言説が、個々の構成員のギャング化した活動がときおりニュースになることはあってもとっくに実態を失っていて武装活動はしていないProvisional IRAという現実(「紛争」の状態の継続を望む人々にとっては、その現実は認めたくない現実である)を押し流し、覆い隠すように繰り返されただろう――今はそういうのにpost-truthという概念が与えられたので語りやすくはなったが、反面、北アイルランド紛争という文脈で語ってきた言葉が遠い存在になりつつある。つまり、端的にmythという言葉を使った語りが。

以下、当日のツイートより。














ほどなくさらにまた容疑者が逮捕された。




撃たれた警官は、名前や怪我の程度を含めて詳細は明らかにされていない。ただ、怪我は腕に負ったもので、生命に関わるようなものではないとは報じられていた。

26日になり、2度目の手術を受けたということで、より詳しい報道が為されている。それでも怪我の詳細はわからない(日本語圏でいう「全治○ヶ月の怪我」といったことがわからない)。腕の切断に至るような怪我でなければよいのだが……。

Belfast officer shot by dissidents in stable condition after more surgery
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/northern-ireland/belfast-officer-shot-by-dissidents-in-stable-condition-after-more-surgery-35398861.html

A police officer attacked in a paramilitary ambush has undergone further surgery after being shot at least twice in his arm in a dissident murder bid.

...

The victim, in his 20s, has now transferred from the Royal Victoria in Belfast to another hospital for more treatment.

He was taken to theatre just hours after coming under fire at a packed petrol station forecourt on the Crumlin Road on Sunday night, but needed further treatment. He is understood to be in a stable condition following surgery yesterday afternoon.

It is believed a gunman was lying in wait in a derelict car park across the busy road before opening fire on his target at 7.30pm.


この季節、ベルファストでは夜7時半は真っ暗だ。現場は大通りに面しているので照明はあるが、道路の反対側の駐車場からガソリンスタンド(照明が特に明るい)の前に銃撃を行なうには、かなりの腕前が必要だろう。相当の訓練を積んでいるのかもしれない。

そして、北ベルファストのクラムリン・ロードで、そういう人々がこのような待ち伏せ攻撃を行なえたという事実。

(´・_・`)



ところで、この事件に関して、労働党のジェレミー・コービンがやらかしたようだ。単に「北アイルランドなんかにさほど興味はないのでニュースをちゃんと聞いてなかった」とかいうことだろうが、これは政治的に利用されうる。80年代にアダムズをイングランドに呼んだ労働党議員の一人だったことで、「コービンはIRAの味方」と非難されまくってる人だからね。「よかった、1月23日に北ベルファストでディシデントIRAに撃ち殺された警官はいなかったんだ」と安心して終わる、という展開にはならないだろう。




※この記事は

2017年01月27日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼