kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2016年12月18日

チャールストン教会銃撃事件、ディラン・ルーフの裁判

2015年6月17日(現地時間)、米ノースカロライナ州チャールストンの黒人教会で人々が聖書の勉強会を行なっていたところに銃を持った男がやってきて、9人を撃ち殺した。男は9人を殺害したあと、銃を持ったまま現場を離れていたが、翌日、警察に身柄を確保された。抵抗もせず、手錠をかけられて、大人しく連行されている容疑者の姿(と、容疑者を銃撃することもなく殴打することもなく連行していく警察の姿)は、全米および全世界で報道写真・映像という形で流れた。The Sunなどが書き立てる「テロリスト」とはかけ離れた外見の容疑者はこないだまでティーンエイジャーだったような年齢で(「何の変哲もない平凡な人間のように見え、モンスターというよりは不機嫌な少年といった雰囲気」というThe Economistの描写が的確だと思う)、「ネットde真実」を知って過激化し(「みんなネットであれこれ話をするばかりで、誰も行動に移さない。誰もやらないならぼくがやるしかない」と彼は書いている。行動に移す奴がいないのは、それが妄想や「思考実験」の類だからだ。頭を冷やせ)、自分が生まれたころに終了した南アフリカの人種隔離(アパルトヘイト)体制を正しいものとして評価し、「人種戦争」を始めなければならないと信じた白人優越主義者だった。FBIの事情聴取(ビデオが公開されている)で、彼は自分が9人を殺したことを認めた。後悔のかけらも見せずに。

The court has heard how, in a delinquent pattern that echoes the online radicalisation of would-be jihadists, his hateful white supremacism was fuelled by an internet search for “black on White crime”. He seems to have completed his own deranged manifesto, in which he described African-Americans as “stupid and violent”, on the afternoon of the atrocity. The jury watched the cold, even flippant confession he made the following day. “Well, I killed them, I guess,” he said.

http://www.economist.com/news/united-states/21711910-perpetrator-racist-massacre-faces-jury-trial-dylann-roof


チャールストンとはどういう町か、襲われた教会はどんな教会かといったことも含めた上で、当時の報道系ツイートを中心に記録を取ってある。
https://matome.naver.jp/odai/2143462909409227501

事件発生当時、どのような「否定論 denialism」が横行したかといったことは、別個、ブログに書き留めてある。それを書き留めておいてよかったと思う。それから1年半の歳月の間に、書き留めていたことすら忘れていたが。
http://nofrills.seesaa.net/article/420959174.html

教会襲撃事件のあとに起きた南部連合旗をめぐる「旗騒動」についても、襲撃の実行者であるディラン・ルーフの姉が「バカな弟のせいで私の結婚式が取りやめになってしまいました。仕切り直しての新たな門出のためにご協力を」ということでクラウド・ファンディングをやっていて「炎上」したことについても、少し書き留めてあった。書きとめていたことすら忘れていたが。
http://nofrills.seesaa.net/article/421700839.html

惨劇が引き起こされてからまだそんなに時間が経っていない2015年6月19日(まさに「まだ血も乾いていない」段階だ)、殺された人々の家族が「許し(常用外漢字を使えば『赦し』)」を与えたことは、日本語圏ではどうだか知らんが、英語圏では非常に大きく報じられた。
https://www.washingtonpost.com/news/post-nation/wp/2015/06/19/i-forgive-you-relatives-of-charleston-church-victims-address-dylann-roof/
One by one, those who chose to speak at a bond hearing did not turn to anger. Instead, while he remained impassive, they offered him forgiveness and said they were praying for his soul, even as they described the pain of their losses.

“I forgive you,” Nadine Collier, the daughter of 70-year-old Ethel Lance, said at the hearing, her voice breaking with emotion. “You took something very precious from me. I will never talk to her again. I will never, ever hold her again. But I forgive you. And have mercy on your soul.”


殺害された牧師さんの葬儀には、「アメリカの黒人で初めて大統領となった」バラク・オバマ大統領も参列し、非常にパワフルな言葉をささげ、Amazing Graceを歌い、黒人教会のあの調子で、殺された人々の名を高らかに唱えた。


そして、この事件での33件の罪状で起訴されていたディラン・ルーフに、「有罪」との評決が下された。被告は無罪を主張しておらず、陪審団はわずか2時間で、33件すべてについて「有罪」と判断した。1件につき4分程度という計算になる。

Dylann Roof found guilty on all counts in Charleston church massacre trial
By Dustin Waters and Mark Berman December 15
https://www.washingtonpost.com/news/post-nation/wp/2016/12/15/jurors-begin-deliberating-in-charleston-church-shooting-trial/

CHARLESTON, S.C. − After nearly a week of painful testimony that vividly re-created the massacre at this city’s famed Mother Emanuel church, it took jurors about two hours Thursday to convict Dylann Roof in his federal hate crimes trial.

Roof was charged with 33 counts in his federal indictment. He was found guilty on every single one. Family members of the nine parishioners gunned down last year nodded silently as each charge was read aloud. Some held hands, their eyes shut tightly, as each guilty verdict was announced in the courtroom just a mile from the church.

With Roof’s guilt effectively unquestioned, this verdict was seen as likely, and the trial largely hinged on what happens next. ...


Dylann Roof Found Guilty in Charleston Church Massacre
By ALAN BLINDER and KEVIN SACKDEC. 15, 20
http://www.nytimes.com/2016/12/15/us/dylann-roof-trial.html?_r=0
CHARLESTON, S.C. − Dylann S. Roof, a self-radicalized young white supremacist who killed nine black parishioners last year when he opened fire during a long-planned assault on Emanuel African Methodist Episcopal Church, was found guilty by a federal jury here on Thursday.

Mr. Roof, 22, stood, his hands at his side and his face emotionless, as a clerk read the verdict aloud in Federal District Court, where he had been charged with 33 counts, including hate crimes resulting in death.

Mr. Roof, whose lawyers conceded his guilt, will face the same jurors when they gather on Jan. 3 to begin a more suspenseful phase of his trial to decide whether he will be sentenced to death or life in prison without parole.


Dylann Roof guilty of South Carolina church killings
16 December 2016
http://www.bbc.com/news/world-us-canada-38336701
A white supremacist has been convicted of killing nine black worshippers in a church in South Carolina in a racially motivated attack.

It took the 12 jurors just over two hours to convict 22-year-old Dylann Roof on all 33 counts he faced, including federal hate crimes.


先に参照したWaPoの記事は、上に引用した部分に続いて、この先に控えている「量刑の言い渡し」について、ボストン・マラソン爆弾事件(2013年)のツァルナエフへの死刑判決を参照している。確かに両事件の裁判には似通った部分もある。だが両者は決定的に異なっている。

マラソンのゴール地点を爆発物で無差別的に襲ったジョハール・ツァルナエフは「大量破壊兵器の使用」に問われて有罪となり、「テロリスト」(「ドメスティック・テロリスト」であれ「ホーム・グロウン・テロリスト」であれ)と位置づけられている。彼自身は、兄が染まったジハディズムの思想にはほとんど染まっておらず、兄の言うなりになっていたと考えられるにもかかわらず。

一方で、過激主義に染まり、「人種戦争」を信じ、殺意を持って武装して教会に乗り込んだディラン・ルーフは、「大量殺人犯」と位置づけられている。彼がおかしたのは「テロリズム」ではなく「刑法犯罪」だという扱いだ。

ツァルナエフもルーフも、起訴された罪について「有罪」という判断を下されているが、一方は「テロリズム」に関して起訴され、一方は(言い方は悪いが)単なる「殺人」である。そして、殺された人の数は、「テロリズム」事案よりも「殺人」事案の方が多い(負傷者はそうではないが)。

しかも、ルーフの「意図」はあまりに明らかだ(極右はシンボリズムが大好物なのだが、ルーフもまたその流儀に則っている)。
For their part, the prosecutors traced the steps that culminated in his driving into Charleston with a list of six black churches and magazines loaded with 88 bullets, a number that, to neo-Nazis, symbolises “Heil Hitler”.

http://www.economist.com/news/united-states/21711910-perpetrator-racist-massacre-faces-jury-trial-dylann-roof

※「88」のシンボリズムについては、何年も前に、当ブログでは「88お化け」(あるいは「88おばけ」)という表記で扱っているので、関心がある方ははてブも含めて過去ログをあさっていただきたい。

このことが示すように、司法の場での「テロリスト扱い」の基準は、けっこうゆるゆるのぐだぐだだ。同様の例、つまり「テロリズム(政治的暴力)を為した人物が、単なる刑法犯として裁かれる(裁判において、犯行の動機やその人物の思想については扱わず、当該の犯行を行なったか否かの事実の有無だけを問う)」という事例は、「反左翼」の思想にかぶれた右翼や、極右(ホワイト・ナショナリスト)の暴力にはありがちなことだ。ジョー・コックスを殺害したトマス・メアがそうだし(←ウィキペディアにリンクしたが、ウィキペディアも難しいことをやっている。現時点では見出しは「殺人者」、本文書き出し部分で「テロリスト」を使っている)、今週ガーディアンにハンパなく長くて濃い記事が出たドイツの「ネオナチ集団NSU」の唯一の生き残り、Beate Zschäpeも、刑法犯として裁かれている。一方で、英国の場合だが、人身や他人の財産に危害を加えるようなことはせず、ネットでジハディストの文書をDLして所持していたとか、ジハディストになってシリアに行ってしまった夫に送金していたといったことで、問答無用で「テロ法」を適用されて逮捕・起訴され、「テロリスト」と扱われる人々もいる。

まあ、「テロリスト」であるかどうかは、暴力を行使するかどうか、それも無差別的な暴力を使うかどうかということとは、法的には関係ないのだ、ということなのだろう。その国の法体系で「テロリズム」や「テロリスト」がどう定義・規定されているか次第、どの法律で起訴するか(どの法律で起訴すれば有罪に持ち込めるか)次第。

「テロ」イコール「暴力」というのは、法律とは別の、一般人の感覚的なイメージにすぎないわけだ。

……と、この話を書き始めるとブログのエントリが全然書きあがらないので、The Interceptのフィードだけ貼って先に行く。



WaPo記事より:
After being welcomed into Mother Emanuel African Methodist Episcopal Church’s bible study in June 2015, Roof sat among the parishioners and then “executed them because he believes they are nothing but animals,” Nathan Williams, an assistant U.S. attorney, told jurors.

While Williams spoke, a photograph of the Rev. Clementa Pinckney was shown on the screen. The pastor, who had offered Roof a seat next to him, was wearing a crisp white shirt and new suit in the image. Both were stained by blood pooling around Pinckney, who had been shot five times in the neck, back and arm. Roof’s grandmother, sitting in the courtroom while the image was displayed, wiped a tear from her eye.

https://www.washingtonpost.com/news/post-nation/wp/2016/12/15/jurors-begin-deliberating-in-charleston-church-shooting-trial/


私はこのニュースは最初にBBC Newsで読んだので、それをTwitterにフィードしている。














もちろん、これは当事者にとってはめちゃくちゃつらいことだ。「許す(赦す)」なんて、「和解」なんて、きれいごとでできるものではない。凄惨な犯行現場の写真を見て、なお、その凄惨さに飲まれないように、自分が憎悪と復讐心に飲み込まれてしまわないように、人はひとりひとり、自分の中の強さを確認しなければならない。そのために笑顔を浮かべ、あるいは部屋から駆け出し、あるいは神を思い神に祈る。「のうのうと生きている」犯人を目の前にしながら。
Each victim was shown gunned down on the floor of the church’s basement, depicted as they were at the time of their deaths. Above each graphic photo was a portrait of the victims as they were during their lives.

Huddled together under blankets in the chilly courtroom, the families of the victims began weeping. Some kept their heads bowed, rocking back and forth, while others held their heads high, refusing to look away.

One relative groaned and rushed from the courtroom as an image of Tywanza Sanders was shown, his arm outstretched toward Susie Jackson as they lay dead on the church floor. Jackson, the oldest victim at 87 years old, was shot at least 10 times, the most of any victim.

“There is no bravery in this defendant. There is no bravery in his actions. But there is bravery in this case,” Williams told the jury before recounting the courage shown by the victims at the time of the shooting and the survivors who took to the witness stand to recount the massacre.

https://www.washingtonpost.com/news/post-nation/wp/2016/12/15/jurors-begin-deliberating-in-charleston-church-shooting-trial/


私がツイートで言及したBBC記事の一節(「殺された人々は、写真の中で笑っているので、私も笑うのです」)に、直接的には何の関係もないが、第二次世界大戦に従軍した人の回想の一節を思い出した。2015年のノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの『戦争は女の顔をしていない』の岩波現代文庫版、pp. 256-257である。戦前「カメラマン」(原文ママ)だったので、従軍後も撮影担当となった女性、エレーナ・ヴァレンスカヤの話だ。
私がよく憶えているのは、死の写真を撮りたくなかったこと。私が撮ったのは、兵士たちが休息しているところ、たばこを吸ったり、笑いあったり、褒美を授与されているところ。…(略)…
 それが今は……ジャーナリストがやって来て訊くんです。「あなたは殺された人たちの写真を撮ってたんですね? 戦場を」なんて。私は探してみました……。死を撮った写真はあまりありません……誰かが亡くなると、みんなが私に頼んだもんです。「彼が生きているときの写真はある?」って。生きている時の写真を探しました……その子が微笑んでいるのを……

戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 三浦 みどり
4006032951


「死」の光景など、あえて繰り返し見るまでもなく、現場を見た人には焼きついている。それは戦場では「日常」になっている。そんなときに見たいのは笑顔の写真だ。窓をあけてもとなりの建物の壁しか見えないような場所で、私たちはウユニ塩湖だとかグランドキャニオンだとかの絶景の写真のポスターやカレンダーを壁に貼る。その人のこころの当然の欲求と、「生」への全面的肯定。「証拠」として、「死」の光景が確認されることになる法廷という場において、そのような「生」のイメージと「生」の確認が敢えて必要とされる。被害者の友人や家族が微笑んでいるというのは、決して「美談」ではなく、とてもつらい話だ。だからこそ、心を打たれる。衝撃で、感情が揺り動かされる。

報道によると、量刑を決める審理はこのあと2017年1月から行なわれるが、そこではルーフは弁護士を立てず、自分で自分を弁護するという。そこでおそらく、「ディラン・ルーフ・オン・ステージ」のようなことになるのではないかと、何となく思っている(ちょうど、ノルウェーのアンネシュ・ブレイヴィクのように。あの事件の裁判も、本当に凄惨だった……生き残った人々も出廷し、ブレイヴィクが80人近い人をどのように殺したかが言葉で再現され、そしてブレイヴィク本人は無表情。ただメディアのカメラに「握りこぶしを掲げる」パフォーマンスを撮影させるだけ)。そしてそのとき、アメリカの大統領はもう「黒人」のバラク・オバマではない。オバマの大統領選出馬のときに「オバマの出生証明書を見せろ」と迫った人物だ。









アメリカ人ならきっと「文句を言っている場合ではない。やるべきことはたくさんある」と言うだろう。下記のキャプチャ画像に示されるような「声」が、おそらくは必ずしも多数派ではないことを自覚しつつ、多数派でなくても政治的な主導権は取れる(選挙を制することができる)ということを確認し、確信を強めて、さらに大きくなっていく中で、確かに、「やるべきことはたくさんある」のだ。



Meanwhile, although Mr Roof’s view of American history was morbidly extreme, his conviction that whites are the country’s real victims (“White people are being murdered daily in the streets”), and that black suffering is exaggerated, is hardly unique. As it happens, a planned African-American museum in Charleston aims to address such misconceptions. Perhaps, speculates Michael Moore, the project’s boss, Mr Roof might have acted differently, “if he had a broader sense of the humanity of the people in that room.”

http://www.economist.com/news/united-states/21711910-perpetrator-racist-massacre-faces-jury-trial-dylann-roof


なお、ルーフはナルコティック所持を理由に、銃器の購入は不許可となっていたはずだが、FBIのシステムに "glitch" (一時的な齟齬)があってすり抜けたようだ。その点は民事訴訟が行なわれることになるのかもしれない。
Because he had admitted possession of a narcotic earlier in the year, Mr Roof ought to have been disqualified from buying it. But, owing to a glitch in the FBI’s background-check system−now the subject of civil lawsuits by the survivors and relatives−he was able to.

http://www.economist.com/news/united-states/21711910-perpetrator-racist-massacre-faces-jury-trial-dylann-roof

※この記事は

2016年12月18日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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