kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2017年06月17日

「赤いケンジントン」……ロンドン、グレンフェル・タワーの火災があらわすもの・見せるもの

犠牲者として最初に名前が公表されたのは、2014年に英国に到着したシリア難民の青年だった――この事実を、どう受け止めてよいのかわからない。

西ロンドンでの高層アパート火災は、長くかかってようやく鎮火したそうだが、犠牲者の数が何十人という単位 (dozens) で言及され、しかも全員は身元の確認ができないかもしれないとさえ言われている。

遺体の判別がつかなくなってしまっているだけではないだろう。英国内に身元特定の手がかり(歯科医のカルテなど)がない人もいるだろうし、友達や親戚の家に泊まりに来ていた人もいるだろう。それに、ふと思ったのだが、何らかの形でここにいた人の中には、短期滞在者や短期滞在のつもりで英国に入国して超過している人もいたかもしれない(私が拙著のために取材したとき、「住居費の安い部屋を探した結果、カウンシル・フラットの又貸し物件を、非合法と知らずに借りてしまうケース」などがあると知ったが、その当時とは制度が変わっているとはいえ、そういうことは今でもあると思う)。あるいは、ロンドンではよく聞いたのだが、その部屋の住民が数週間ほど家を空けざるを得ないときに、空き巣に入られないよう、親戚のつてをたどるなどして、地方から仕事探しに来ている人などに家賃無料でその部屋に住んでもらうということも行なわれているかもしれない。つまり、出火したあの晩、あの集合住宅で寝ていたのは「住民」に限らないかもしれない。そういったことの事実確認は、これから行なわれるのだろう。

デイリー・テレグラフの記事にあるフロアプランを見ると、各フロアに2ベッド・ルームのフラットが4戸と1ベッドのフラットが1戸ある。BBCによると全127戸で、24階建ての建物のうち20フロアが居住スペースだ。1ベッドの部屋は単身者か夫婦・カップルが住むための住宅で、2ベッドは子供のいる家族や、子供が独り立ちして高齢の親と同居するようになった家族などが多いだろう。行方不明者には80代の人もいれば、10代の人も、さらに年下の子供もいる。

出火原因や、なぜあれほどに燃え広がったのかについては、既に住民たち(火事の被害をこうむった人々)の証言などが報道機関によって取り上げられているが(中には不正確な情報もあると思われるので注意)、詳細は、テリーザ・メイ首相が行なうことを既に指示しているパブリック・インクワイアリで解明されることになるだろう。インクワイアリでは、BBCがまとめた「6点の疑問」のような具体的なポイントについての事実関係が明らかにされた上で、行政の責任が問われることになるのは間違いない(グレンフェル・タワーはカウンシル・フラットだ)。現在の緊縮財政を推し進めたのは2010年以降の保守党政権(2010年から15年はLDとの連立政権)で、ロンドンでは保守党のボリス・ジョンソン市長が行政トップだった。とはいえ、2016年以降は労働党のサディク・カーン市長が行政トップで、火災のあと住民たちの怒りに直面したのは、カーン市長だった。15日、火災現場のそばで大勢の警官に囲まれ、激怒した住民と対面しながら、その時点での最新状況を淡々と報告し、これから市当局として何をしていくかを語る彼の表情は……この人のこんなに打ちひしがれた表情を見たことがあっただろうか。6月4日のロンドン・ブリッジ地区でのテロ攻撃のあとに見せた毅然とした表情とは違っている。カーン自身が、「こういうような地域」のカウンシル・フラットの出身なのだ(カーンが市長に当選したときに、対抗の保守党候補のお坊ちゃまとの違いを一言で表すために「パキスタンからの移民であるバス運転手とお針子の息子」であることが頻繁に言及され、特に日本語圏ではそのことでイラっと来た人が多かったようだが、階級社会の英国では《意味》のあることだ)。



カーン市長はこの状況で質疑応答も逃げずにやっているが(上記映像5分50秒あたりから)、同じ現場を訪れたテリーザ・メイ首相は、消防士たちとは対面して激励的なことはしたものの、それだけで帰ってしまった。そのことが批判されて、16日に改めて出直し、被害者(被災者)と対面したという(ちなみに、そのころには既に、エリザベス女王とウィリアム王子が被災者慰問を行なっていた)。メイが一般国民、とりわけ彼女に批判的であると想定される一般国民と直接対面することを避けようとしたことで驚く人はいないだろうが(今回の総選挙前、主要政党党首による公開討論会をやらずに済ませようとしたことは記憶に新しい)、これには呆れて物も言えなくなった人が多いのではないかと思う。

London fire: Theresa May meets victims after criticism
Friday 16 June 2017 14.31 BST
https://www.theguardian.com/uk-news/2017/jun/16/london-fire-prompts-safety-review-at-4000-uk-tower-blocks

Theresa May visited victims of the Grenfell Tower blaze in a west London hospital on Friday, after being criticised for failing to meet residents of the block earlier.

Mrs May spent almost an hour speaking to patients and staff at London’s Chelsea and Westminster Hospital on Friday. She had been widely criticised on Thursday when she went to the scene of the fire to meet members of the emergency services who had tackled the blaze, but did not speak to local families directly.

Her failure to do so contrasted with a visit by the Labour leader, Jeremy Corbyn, who was pictured on Thursday comforting victims at a community centre. ...


Getty Imagesを見ると、メイ首相が消防士と一緒にいるところを望遠でひっぱった写真がある。下記の写真はいくつかのメディアで使われていた。




一方、労働党のジェレミー・コービン党首は、メイが避けた被災者たちの中に入り、人として接した。報道写真を検索すると、至近距離から撮影された写真が何パターンかあるが、英国の報道では少ししか見かけなかった。



あれほどの火事になったのは緊縮財政政策のせいだという声は、まだ消防士たちが現場でどうすることもできない炎を見て無力感にさいなまれたような表情をしていたときからあがっていた。そういう声に対し「悲劇を政治化するな(政治利用するな)」とかいうくだらない反論もたくさんなされていた(原因の一端が明らかに政治にあるときに、原因が政治にあると指摘することの何が「政治化」なのか)。16日付、ガーディアンのこの記事によると、緊縮財政政策を推し進めた保守党政権関係者は質問に答えようとしていないようだ。

Gavin Barwell, the prime minister’s new chief of staff, refused to answer questions from a Sky News reporter about the possible causes of the tragedy as he strode along Whitehall and entered Downing Street on Friday morning.

Barwell, a former housing minister, has been accused of failing to act on the recommendations of a report on fire safety produced in the wake of an earlier tower block fire in Camberwell.

He replaced May’s advisers, Fiona Hill and Nick Timothy, after they resigned following last week’s general election, in which Barwell lose his Croydon Central seat.


2010年から2016年半ばまでの政治トップ、デイヴィッド・キャメロンは既に政界を引退していて表には出てきていない(だが彼は火災現場からさほど遠くないよね。ノース・ケンジントンのポッシュなエリアに自宅があるんだから)。だが当時ロンドン市長だったボリス・ジョンソンは、現在は国政に復帰して外務大臣だが、もし質問されたら応じるのだろうか。それともバーウェルのように無視して歩み去るだろうか。

いずれにせよ、報知器やスプリンクラーがなかったことも、いったんどこかから火事がでればああなってしまう状態を放置した当局も、いろいろと、できる限り逃げようとする保守党のお歴々も、火災から時間がたつにつれて明らかになる事実を見ていると、fiascoとしか言いようがない。キャメロンの保守党は、マーガレット・サッチャーですらやらなかったような過激な新自由主義政策を推し進め、「民営化」と称する切り売りと、際限のない緊縮財政を常態化させたが、そのことがこのような悲劇として、黒こげの高層建築物として、何十人という人々の命と何百人という人々の生活拠点を奪ったという事実として立ち現れたときに、自分たちを正当化することなどできないだろう(そのくらいの人間性はあの人たちにもあるだろう)。できる限り逃げはするだろうけれども。

火災に見舞われたグレンフェル・タワーはロンドンの特別行政区のひとつ、ケンジントン&チェルシー区のカウンシル・フラットだが、そういった地方自治体の行政を所管する英国政府の責任者である「コミュニティおよび地方行政担当大臣」は、下記のような態度だそうだ。

Some of these issues were raised in a report following a fatal fire at a tower block in 2009 in Camberwell, in which six people were killed.

Secretary of State for Communities and Local Government Sajid Javid said his predecessor in the role had accepted the report's recommendations and put them into action.

"The coroner did not recommend new planning regulations. The coroner recommended a change in the guidance. There is a lot of information out there and it is right that it is independently looked at by a judge-led inquiry," Mr Javid said.
When asked whether the government would retrofit sprinkler systems to tower blocks, he said: "I don't think we can immediately jump to the conclusion that sprinklers is the issue here. We will do whatever it takes."

http://www.bbc.com/news/uk-england-40290158


つまり、2009年、ロンドン南部のカンバウェルでタワー・ブロックの火災が発生して6人もの死者がでたことについてまとめられた報告書において、今回のノース・ケンジントンでの火災で報じられているような古い高層アパートの問題点は既に、指摘されていた。

カンバウェルの火災のことを、私はまったく記憶していなかったのだが(「地方ニュース」の「住宅火災」のようなものは普段チェックしない範囲だ)、物件名で検索するとウィキペディアに経緯や重要なポイントがまとめられていた。14階建てで98世帯、各戸メゾネットのスタイルのフラットとのことで、ケン・ローチの「労働者階級もの」映画(『レディバード、レディーバード』など)に出てくるタイプの住宅だ。管理者はサザーク区。
https://en.wikipedia.org/wiki/Lakanal_House_fire

(このカンバウェルの火災が起きた2009年はまだ労働党政権で、「コミュニティおよび地方行政担当大臣」はジョン・デナムだった。デナムが火災に際してどのような発言をしているかなども、探そうと思えばいくらでも探せるだろう。)

現在「コミュニティおよび地方行政担当大臣」であるサジド・ジャヴィドは、カンバウェルでの火災当時の大臣は報告書の勧告を受け入れ、勧告項目を実行しているとし、「新たな規制導入が勧告されていたわけではなく、ガイダンスの変更が勧告されていたのだ」と説明、またグレンフェル・タワーの火災を受けて、古い高層アパートへのスプリンクラー設置を行なうかどうかという質問には、「スプリンクラーが問題だったという結論に即飛びつくことはできないのではないか」と答えている。

確かに、調査をしなければわからないことが多くあり、「結論に飛びつく」ことはできないだろう。しかし、スプリンクラーについての質問に対するこの返答は、ちょっとどうなのだろうかと思う。サジド・ジャヴィド自身があのような高層アパートでの生活を経験しているのかどうかは調べられる範囲では確認が取れないが、彼もまた、ロンドンのサディク・カーン市長同様、バスの運転手として家族を養っていたパキスタン系移民の息子である。年齢もほぼ同じで(カーンが1970年生まれ、ジャヴィドが1969年生まれ)、育った都市は違うが、住宅環境にさほど大きな違いはないだろう。

というところで、今見たBBCの記事だが、これがケンジントン&チェルシーという英国でも最も「豊か」な行政区の実態をよく説明している。6月8日の総選挙の結果、ケンジントン選挙区が史上初めて労働党の候補者を当選させることが確実になった段階で、Twitterで特に保守系のコラムニストやジャーナリストたちが騒ぎ出したときに、「ケンジントンの銀行家はBrexitを支持していないから」という説明は見かけたが、この記事がストレートに書いているようなことを労働党候補当選の理由とする説明は、私は見なかった。もちろん、実際には各投票所ごとの数値を見るなどして細かく分析する必要があるが、コービンの労働党が極めて戦略的に働きかけた(グライムのアーティストのような人々を通じて投票を呼びかけた)「タワー・ブロックに暮らす貧困層」が、政治に無関心を貫くことをやめて選挙登録を行い、投票所に行ったことの結果だったのではないか。(私が見た保守系コラムニストの多くはやはり階級が違うのだろう、「貧困層の投票」という要素は念頭に浮かばなかったようだ。)

London fire: A tale of two tower blocks
By Bethan Bell
BBC News
16 June 2017
http://www.bbc.com/news/uk-england-40290158

ここで比較されている「2つのタワー・ブロック」は、貧困層が押し込められるようにして暮らしているグレンフェル・タワーと、富裕層向け再開発エリアの象徴のひとつ、マーチャント・スクエア3番地である。

「マーチャント・スクエア3番地」は、パディントン駅のすぐ北側の、運河沿いのエリアに位置している。近年、富裕層向けの高層住宅(つまり日本語の「タワーマンション」がしっくり来るようなコンドミニアム)が建てられるなど再開発が進められた地区のひとつで、建設前のイメージビデオなどを見ると、胸焼けがする。
http://merchantsquare.co.uk/plan-a-visit/

ロンドンには現在、700棟ものタワー・ブロックがひしめき合っている、と記事は始まる。中にはマーチャント・スクエア3番地のような高級住宅(日本語の「タワーマンション」)もあるが、自治体が所有していて、民間の賃貸住宅の家賃から見れば格安で借りられる低所得者向け住宅(カウンシル・フラット)もたくさんある。

グレンフェル・タワーは第2次世界大戦後、老朽化と不衛生さが深刻化した19世紀の粗末な住宅(19世紀、産業革命での都市部への人口流入で急ごしらえで作られた住宅が、そのまま使われていた)が引き起こす問題を手っ取り早く片付けるために建設された高層住宅のひとつだ。1960年代まで現存していたスラムを一掃して、自治体管理の住宅(日本流にいえば「公団住宅」)を建設する計画が進められたことにより、1967年に設計され、72年に着工、74年に竣工した。24階建ての建物のうち、共有スペースなどを除いた20フロアが住居で、全部で120戸を擁する。

2016年にリノベーション(と称する化粧直し)が行なわれたが、そのときに、管理者側が外壁の外装材を値切ったため、基準を満たしている金属(アルミ)芯の難燃性のものではなく、全部合成樹脂の燃えやすいものを使うこととなったということが、火災直後にガーディアンによって確認されていた。同じ外装材、また同種の外装材が使われているタワー・ブロックが全英各地にあると思われるため、すぐに各自治体で確認の作業が開始されている。

で、そういう燃えやすい外装材が、一瞬にして火を燃え広がらせるという問題は、既に2009年のカンバウェルでの高層住宅火災の報告書で指摘されていた。それにもかかわらず、2016年のリノベーションで使われていたということになる。

(日本語圏での報道では、「見栄え重視の外装材が使われていた」ことが問題であるかのようなトーンも見られたが、それは半分だけ正しい。「見栄え重視の外装材」には2種類あり、その2種類のうち安いほうが、難燃性に問題があるにも関わらず価格重視で使われていたということが問題だ。)

一方、火災と密接な関係がある外装材をケチるなどというせこいことが行なわれたグレンフェル・タワーからわずか3キロほどのところにあるのが、使える金ならいくらでもあるという層を対象にした高級ペントハウスのマーチャント・スクエア3番地だ。こういう物件は、使える金は惜しみなく使って作られていると想定されてはいるが、実際には細かく調べてみないとわからないだろう。日本で何年も前に問題化した「欠陥住宅」のような問題がないとは限らない(実際、バブル経済期のアイルランドで建設された住宅で、そのような問題が発生している。ローンを組んで購入した新居が、危険すぎて人間が暮らせるものではないとして居住禁止になり、購入者が団体で不動産開発業者を訴えていたが、決着がつかないうちに原告の代表者が病気で亡くなってしまったというニュースを、Twitterかはてブに記録した記憶があるので、興味がおありのかたはあさっていただければと)。

というわけで、グレンフェル・タワーの中がまだくすぶり続けているころから、英国全土で「高層住宅の安全性」について、パニック報道のようなことが行なわれた。

「売れる」のだろう、こういうのが。キャメロン政権下で過激な緊縮財政政策を設計したジョージ・オズボーン(現在は政界を引退し、ジャーナリストの経験もないのにイヴニング・スタンダードの編集長になっている)は、自分が編集する媒体ででかでかと書かれた「死の罠」の主要な設計者が誰であるか、考えたのだろうか。私には、そうであるというより、センセーショナリズムに見えるのだが。




先日の総選挙の開票結果を受けて、経済畑のジャーナリストのポール・メイソンは「新自由主義は死んだ」とツイートした

確かに、「有権者の支持」という点では、新自由主義は死んだのかもしれない。しかし、そのことは新自由主義が死に絶えたこと、社会から消えたことを意味しはしない。グレンフェル・タワーのむごたらしく焼けただれたような外壁は、そのことを見せ付けている。






そしてロンドン。

この10年ほどの間で、「ロンドンは、普通に働いている人が普通に暮らせる街ではなくなってしまった」ということが言われるようになっている。むろんそれは修辞であり、ロンドンには普通に働いて普通に暮らしている人が皆無であるということは意味しないのだが(「デトロイトなんか住む人はいないですよ」を真に受けるのはあまりにばかげているというのと同じ)、極端に両極化しつつあるという。つまり富裕層と貧困層に。

マーチャント・スクエア3番地は富裕層の中の富裕層向けの例だが(同様の再開発はテムズ河畔でも行なわれている。ロシア、旧ソ連圏や中国などの富豪がステータス・シンボルとして「歴史と伝統の英国」に不動産を所有したがるのだそうだ。所有はしていても居住はしていないようだが)、あそこまで行かずとも、シティのビジネスマンやIT系、デザイン系で暮らし向きのよい人が(健康重視とエコのため)自転車で通勤できる範囲に住居を求め、従来、労働者階級や移民の街だったイーストエンドなどでは「ジェントリフィケーション gentrification」が進んだ。シティのビジネスマンをターゲットとして住宅の再開発やリノベーションが進められ(その事業に導入されたのが、日本語でいう「民間活力」なのだが)、結果、地域全体の賃料が上昇するなどして、かつてならそこに住めていたであろうような労働者階級の人が住めなくなり、経営できていた個人商店が出て行かざるをえなくなっている、として抗議運動(メディア向けのパフォーマンスじみた派手なものを含む)が行なわれている。

一方で、グレンフェル・タワーのような備の古い、現在の耐火基準を満たさないようなカウンシル・フラットは、「リノベーション」が化粧直しをしか意味しないような状態のまま(現在は義務化されているスプリンクラーすら設置しない「リノベーション」に、ケチりながらも予算が費やされている)、貧困層や移民、難民の住居として使われ続けている。下記はGetty Imagesで提供されている報道写真から、被災者をとらえた5枚のスライドショーだが、特に「有色人種」の多いものを選んだわけではない。どの写真を見ても、英語でいえばethnically diverseなのだ。



2005年にフランスのパリなどで暴動が起きた際(バンリュー暴動)、また2010年代半ばに「都市部の貧困層の若者が犯罪者となり、刑務所でイスラム過激派の思想にかぶれて過激化して、シリアに行こうとしたり、自分の街で攻撃を起こそうとする」といった事例に際して、このような「都市部の貧困」のことが指摘されてきた。

パリの場合は郊外部(Banlieue)だが(19世紀、首都の貧困対策として実施されたパリ大改造の影響だという)、ロンドンなど英国の各都市では多くの場合、「郊外」ではなく「インナー・シティ」の問題となる。80年代とかに、うちらが音楽雑誌やピーター・バラカンの番組で眺めて目をハートにしていた「王子様」たちの中にも、60年代に都市スラムで生まれ育った人たちがいる(インタビューで「子供のころは靴がなかった」と語っているスターもいたのだ。そのインタビューが掲載されている雑誌を友達同士で回し読みしている私たちには、それがどういうことなのか、わからなかった)。そういったスラムを記録した写真が新たに見つかったとかでニュース記事になることがたびたびあるが、今年は、少し前にマンチェスターのスラムの写真がまとめて公開されていた。マンチェスター・メトロポリタン大学の芸術学部がFlickrに「1960年代のマンチェスター」というアルバムを作って公開しているが、そこには、近代的な高層ビルが次々と建設されていく都心部の様子と、インナーシティ・スラムの再開発の様子を記録した写真が並んでいる。下記は同校の校舎から見えるHulme(「ヒューム」と読む。モリッシーはここで育っていて、その名前を冠した作品も作っている)の様子。スラムの建物が取り壊されて更地になったときのもので、校舎から見えた光景ということで、後年のスケッチがコメント欄に投稿されたりしている(Flickrってこれがいいんですよね。あらかじめアーカイヴ性が非常にすぐれている)。

View of Hulme, mid 1960s

19世紀に人口急増に対応するために急場しのぎで作られた安普請のレンガ造りの住宅は、100年近くを経て崩れ落ちそうになるまで使われて取り壊され、そのあとにタワー・ブロックが建設された。上記の写真とは違う場所だろうが、80年代の写真(1988年撮影)。

Chequered Flag, Hulme, Manchester.jpg
By Simonjwmoore - Own work, CC BY-SA 4.0, Link



このような「60年代の再開発」が、50年を経て、老朽化するままほぼ放置されている(表面的な化粧直しは行なわれていても)。

それも、首都であるロンドンで、王族が暮らすケンジントン・パレスを擁する行政区で。

「というわけで、私は宮殿に侵入したのだ。スポンジと錆びたスパナを持って」というモリッシーによる歌詞は、実話に基づいている(宮殿に侵入して女王の寝室でおしゃべりしていった男は実際にはスパナなど持っていなかったが)。多くの人がそうしたいと思っただろうし、今もそうしたいと思っている人は多いだろう。女王を攻撃するためではなく、話をするために。「あの人なら、聞いてくれる」。

スーツに白手袋に帽子で、消防士や警官を激励し、被災者を見舞ったエリザベス女王。1枚目の写真に写っているオリーヴグリーンのジャンパー姿の若い女性と言葉を交わしている様子が撮影された映像も見た。マンチェスター・アリーナ爆破後に病院に被害者を見舞った映像を見たときも思ったのだが、この方は一人の人間として、人々と接するということについて、本当によく知っておられると思う。



女王も、同行されたウィリアム王子(ケンブリッジ公)も、ケンジントン&チェルシーという行政区内の貧富の格差は認識しておられたことだろう。ロンドンは25の行政区の中にも明確な格差があり、例えば東部のタワーハムレッツ区やハックニー区は貧しく、西部のケンジントン&チェルシー区やウォンズワース区は豊かだ(統計に基づいたマップがあるので、関心がある方はそちらをご参照のほど)。そして、それぞれの区の中に、「閑静な住宅街」と「荒れたエリア」がある(その辺は東京でも同じ)。そういったことを、ただの印象論ではなく統計として確認するには、Deprivation Index(貧困指数)を参照すればよい。そこには明確に格差が現れている。

このすさまじい火災のあとに、改めて、各メディアがその指数をマップ化して掲載している。上述のBBC記事にもマップがあるが、ざっくりしすぎだ(それでも、ノース・ケンジントンがいかに「貧しい」地域なのかはわかると思う)。より細かいのが、ガーディアンのこの記事掲載のマップ。同じ統計(2015年のもの)に基づいているが、BBCが「色の濃いところは貧しく、薄いところは豊か」という単純なグラフィックにしている一方で、ガーディアンは「貧しさを赤のグラデーションで示し、豊かさを緑のグラデーションで示す」という手法をとっているため、「赤の濃さと緑の濃さ」で対比できる。このマップを見ると、「若い旅行者向けの安宿街」として有名なアールズ・コートのエリアはけっこう濃い目の赤で、日本の女性誌のロンドン特集の定番、おしゃれボヘミアン的なノッティング・ヒルはごく薄い緑だ。「区内で最も豊か (the least deprived)」と表示されている一帯は、おそらくスローン・スクエアのあたり。

そして、「イングランドでもトップクラスの豊かな自治体」であるケンジントン&チェルシー区の重点は、赤いところにではなく緑のところに置かれるのだろう。労働者階級の人々や安全を求めて英国にたどりついた難民が暮らすエリアにではなく、街路樹の向こうに超高級ブランドのショップが軒を連ねているエリアに。じゃなければ、外装材をケチるなどということの意味が、わからない。ノース・ケンジントンの高層アパートにまともな外装材を使ったところで、高級なショッピング・ストリートの魅力とイメージが保たれるわけではないのだ。新自由主義のもと、富はトリクル・ダウンなどしない。たまるところにたまっていくだけだ。たんすの裏の埃のように。

The borough is among London’s most unequal, with extreme poverty and wealth living side by side. Data shows that the vicinity of the tower was among the top 10% most deprived areas in England in 2015, ranking alongside parts of Bradford and south Tyneside.

According to the English Indices of Deprivation, there were 11 so-called lower super output areas (LSOAs) in Kensington and Chelsea that ranked in the poorest decile in the country. On the other hand, 14 areas in the local authority were among the 30% least deprived.

...

The constituency of Kensington, which makes up most of the local authority of Kensington and Chelsea, is the wealthiest in England, with an average income tax bill of £51,000 per taxpayer in 2014-15. The average terraced house sold for £4.3m in 2016. The median weekly household income varies widely across the local authority, from £670 to £1,380.

In last week’s election the constituency elected its first Labour MP, Emma Dent Coad, who had campaigned on the issue of gentrification and won by 20 votes.

https://www.theguardian.com/uk-news/2017/jun/15/wealth-and-poverty-sit-side-by-side-in-grenfell-towers-borough


今回の選挙での労働党候補の勝利という結果は、何度も数えなおした末、わずか20票というわずかな差でもたらされたのだが、たとえ20票でも「逆転」に成功したという体験は、ケンジントン選挙区(ケンジントン&チェルシー区の半分)の有権者たちの間に刻み込まれたことだろう。

そして人々はそれを、先につなげていくだろう。

当選した労働党の議員は、区議会議員として活動してきた人で、タワー・ブロックの安全性の問題などにも取り組んできた。まさに、「貧乏人の代表者」を、有権者は国会に送り込むことに成功したのだ。





……ということを書いていたら、本稿、書き終わらなくなってしまっていた(書くべきことが多すぎて、頭の中にあるものが出てこない状態)。

今、ようやく整形して、リンクしたいものをリンクして、埋め込みたい画像を埋め込んでアップするが、情報整理の観点から、投稿の日付は6月17日(本来アップを予定していた日)に設定しておく。実際の投稿日は2017年6月20日の夜である。

あと、上述のガーディアン記事を最初に見たときはなかったのだが、あとから参照したときに横に「関連記事」として下記OpEd記事がリンクされていた。総選挙後にケンジントン選挙区の結果について書かれたもので、「Brexitへの反感」に原因を求めたTwitter上のコラムニストの「つぶやき」とは違い、「貧乏人の投票」という要素についてまともに書いてある。
https://www.theguardian.com/commentisfree/2017/jun/12/labour-kensington-general-election-london

※この記事は

2017年06月17日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼