kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2019年08月28日

もういいから、leave-left-leftも知らん奴は黙ってこのプリントやっとけ。あと、本屋の学参コーナーに行って、中学のまとめの問題集買ってきてやれ。

今日、下記の英語学習用のPDF(自宅学習・塾でも使えるオーソドックスなプリント)をseesaaのスペースにアップロードした。そもそも著作物ではないので著作権はない。各自、ご自由にダウンロードしてご利用いただければと思う。

内容はファイル名を見ればわかるだろうが、英語の不規則動詞の活用一覧である。

■単なる一覧表:
English-irregular-verbs-list.pdf

■そのまま穴埋めテストに使える空欄仕様:
English-irregular-verbs-test.pdf

2つのファイルは、空欄になっているかどうかだけで、中身は同じ。それぞれソートが4パターンある。
・1〜5ページ: 中学既習語・それ以外の語に分けたアルファベット順で最も初学者向け
・6〜10ページ: 活用型別のソート(cut-cut-cutのようなA-A-A型、make-made-madeのようなA-B-B型、give-gave-givenのようなA-B-C型……)
・11〜15ページ: 全部ごちゃまぜのアルファベット順
・16〜20ページ: 型別にソートして、その中をアルファベット順にソートしたもの


さて、なぜ唐突にこのようなものをアップロードしたのかというと、leave-left-leftという基本中の基本を理解も了解もしていない人たちがleaveの過去形・過去分詞形のleftを「左翼」と訳して盛り上がり、その間違いを指摘する人たちが盛り上がり、それを受けてもなお自説に固執する人たちがいて、最終的には「ハッシュタグ大喜利」という形でおおいに盛り上がる、ということがあったことを、盛り上がってから何時間も経過してから知ったことがきっかけである。(私は基本的にTwitterでは日本語圏は見てないので、このようなタイムラグが発生した。)

そのハッシュタグは、確かに失笑ものというか爆笑もので、私もリアルタイムで騒動を見ていたら「ハッシュタグ大喜利」のビッグウェーブに乗ってたかもしれない。いや、たぶん乗ってただろう。どういうものかというと、下記の曲のタイトルを「子供たちはみんな右翼」とやるようなものだから(alrightはall rightの略式表記)。ネタならいくらでも思いつくよ。



(もちろん、The kids are all rightは、直訳すれば「子供たちは大丈夫」だ。)

しかしいかに教養のカケラもない、愚かで無理やりな珍解釈であろうとも、誰かの間違いをTwitterのようなオープンすぎる場で「大喜利」にしてしまうことは、「よってたかって公然とあげつらい、小ばかにし、嘲笑すること」にもなる。少なくとも、ネタにされた当事者はそう感じるだろうし、そう感じることは特に理不尽なことではない。そのような「嘲笑」が、ネタにされた側にもたらすのは、恨み (grudge) だとかルサンチマンだとかいったものだ。それがもたらす分断は、あとから埋めるのは難しい。

そういった分断を、私はPCのモニターの中にだが、Brexitをめぐる英国の人々の中に見てきた。

2016年6月のレファレンダム前に、EU離脱を主張する人々は、彼らが「エリート」と呼んでいる層から「まともに取り合うべきではない愚か者たち」と扱われていた。例えば、投票数日前にテムズ川で漁民が船を駆ってデモをしたとき(その中には、当時UKIP党首だったナイジェル・ファラージの姿もあった)、川でこぎれいな船に乗って待ち構えていたBrexitに反対する活動家たちの一群(その中には、アイルランド人のボブ・ゲルドフの姿もあった)は、漁船の側から水をかけられて、中指を立てるような最大限の侮蔑を浴びせかけた。メディアはそれを「ファラージ対ゲルドフ」的におもしろがって書き立てた。しかし結果的にこれは「傲慢なエリートが、EUに苦しめられている漁民を見下している」という図式を決定づけてしまった。このすぐ後、EU離脱反対の活動を熱心に行ってきたジョー・コックス議員が惨殺されたとき、事件のひどさを言う声、民主主義とテロリズムは相容れないという原理原則を再確認する声とは別に、彼女個人に対する同情の声が意外なほど小さかったのは(日本語圏ではそう認識されてないかもしれないけど、実際、小さかったんですよ)、このような「エリート」と「侮辱される一般人」の構図が既に確実なものだったからだろう。

Brexitに反対する人々がすべきだったのは、船上のファラージらに向かって「アホー」と叫ぶことではなく、「EUに苦しめられている漁民」と話をして、彼らの苦しみの元は何なのか、彼らが何を誤認・誤解しているのかを話すことだった。少なくとも、話そうとすることだった。しかし当時のメインストリームの政治家たち(デイヴィッド・キャメロン首相ら)はシティの金融業者や大企業と話はしても、(時としておかしな根拠に基づいて)EU離脱を主張する一般市民は無視していた。「離脱などという結論になるはずがない」とタカをくくっていたからだ。「吠えたいだけ吠えさせておけ、何も変えることはできやしないのだから」と。

しかし、「エリート」のそういう態度は、社会の中にただ分断と反感を生じさせ、深めただけだった。そしてその分断と反感の上に自分たちの居場所を作る政治家たちが台頭した。それが「Brexitの英国」で起きた/起きていることだ。

Twitterでの「ハッシュタグ大喜利」は確かにおもしろい。自分がその波に乗れたときの爽快感、みんなで一緒に盛り上がっている感覚といったら、ネットならではの熱狂だ。

しかしそれが誰かの失敗をネタにしたものである場合、その楽しさの後ろでは、傷ついている人たち、恨みを抱えた人たちが必ずいる。「エリートの傲慢さ」への怒りが蓄積されている。

人には間違えることはあるし、間違えることはバカにされるようなことではない。今回の「大喜利」が、単に誰かが間違えたからではなく、間違いを指摘されてもなお間違いを認めず、ますます無理やりな自己流解釈にこだわってドツボにはまっていくという現象から発したものであることが事実であるにせよ、傍目には「間違いをあげつらっている」ようにしか見えない。

こういう「ハッシュタグ大喜利」は、やるなら、英語がある程度できる人だけのクローズドな場でやるべきだと思う。

私の言っているのはきれいごとだろうか。

だが、ここはオープンな場で英語を使うだけで「英語ができることを自慢している」と解釈される社会なのだ(私はそのような解釈を右から左へ受け流してきたが、それによってこの社会で失ったものはとても大きい。わざわざ言わないけどね)。他人の「英語の間違い」を「ネタにして」大勢で盛り上がっている様子がどう見えるか、少し考えたほうがよい。

むろん、Twitterの「ハッシュタグ大喜利」は、発端では「大喜利」化することは予測されていないものだし、制御不能といってもよいものかもしれないが。




さて、今回の、leave-left-leftという基本中の基本を理解も了解もしていない人たちがleaveの過去形のleftを「左翼」と訳した、という騒動について。

私が自分の言葉で最初にTwitterに投稿したのは、ここまで書いてきたような「嘲笑」のもたらす効果についての@picolinさんの発言に対するものだ。@picolinさんのおっしゃっていることは尤もだが、私は下記のように反応した。これについて言い足りないことがもろもろあった部分は、本稿でここまでで述べたつもりである。@picolinさん、まきこんじゃってすみません。






以下、やや言葉足らずのところもあるけど:

補足しておくと、"「ケーキを3つに切れない」的な" というのは、「英語の動詞には活用形がある」+「通常は-edをつけるが、中には不規則な活用をするものがある」ということ自体が理解できない学生がいる、ということ。答案用紙でmake-made-madeが書けていても、それが「活用形」だと理解できているとは限らないケースがある、ということ。現在の義務教育では活用形に関する説明が理解できないということは前提されていないので、ただもうそのまま進むしかない。塾でみっちり教えてもらってようやくわかった、という人はそれでいいけど、全員が塾に通っているわけではないし……そういうことを言いたかった。





下記のような本:
中学 英語を もう一度ひとつひとつわかりやすく。
中学 英語を もう一度ひとつひとつわかりやすく。
中学3年分の英語やりなおしワークシート
中学3年分の英語やりなおしワークシート
大人のためのやり直し英語練習帳: 中学用英和・和英辞典の内容だけで作った (実用外国語)
大人のためのやり直し英語練習帳: 中学用英和・和英辞典の内容だけで作った (実用外国語)

これらの「やり直し英語」本は、それなりに規模の大きな書店に行かないと中を見ることができないけれど、高校受験生向けの問題集ならどんな小さな書店でも、郊外型ショッピングモールの中の書店でも置いてあるので、下記はほんと、おすすめ。






と、ここでいったん連ツイが終わって、そのあと……





さらに、また時間があいて、そのあと……現実を前に、どんどん弱気になる私。




あと、ついでに言えば、「間違いを恐れず、とにかく言ってみよう」という「サバイバル・イングリッシュ」的な心構えは、実際のコミュニケーションでは大切ではあるかもしれないし、例えばスポーツ選手が海外で「あいつは技能はあるのだが、しゃべらないから何を考えているのかわからない」などと言われたことが原因で活躍の場を失うなどということがないようにするためには必須なのだが、ネット上のように言葉でしかやり取りがない場では知識がないことをカバーはしてくれない。スポーツ選手の場合、スポーツの技能が第一で言葉は第二だから、言葉が多少あやふやでも気にしすぎることはないが、言葉しかない場で言葉があやふやではいかんともしがたいわけだ。例えばネット上でテキストの形で、Shame on you! と言うつもりでSame on you! と言ったりすることは、「間違いを恐れず、とにかく言ってみよう」ではなく「それ、通じないですよ」、「自信がないのなら、発言する前に、辞書で確認しましょうよ」でしかない。「通じないですよ」と教えてくれた人に向かって「傲慢だ」「ウエメセうざい」的に反応するのは逆切れでしかないし、「これでも通じるんだ」というのはまずありえないことを強弁しているだけでしかない。







ここまでで一区切り。


それから元テクストを見て、気づいたこと。私も初見では "He's just left, your PM" という解説に違和感覚えなかったんだけど、改めて見たら違和感あるんすよね。こういう倒置構文はあまり使わないし、倒置でなく "your PM" が言い足しの場合は "He's" を省略するということはないし、全体の流れを見ると "I've just left" の "I've" が省略された形だと思う。







ここで辞書嫌いのあなたのために出血大サービス(広川太一郎の吹替で読んでね)。

Twitterで "just left" を検索!
https://twitter.com/search?q=%22just%20left%22&src=typd


表記を普通にすれば、"Just left #D23. What a day..." となる文。主語の "I've" が省略されていて(日記文体)、直訳すれば「D23の会場を出たところです。何という一日だったことか」という意味。このleaveは他動詞で「(場所)を後にする、を去る」の意味。


こちらは自動詞のleaveで「去る、出発する」。「パパが歯医者に行くために外出してしまった。僕を連れてってくれないなんて」。


これはちょっと難しい構文で、《leave + O + C》(SVOC)の文型。直訳で「ドアを広く開けていった」の意味。(慣用句で「その可能性を残していった」の意味になる。)

こういった英語解説的なことは、はてなブログで毎日記事アップして書いてるので、そちらもよろしくね。
https://hoarding-examples.hatenablog.jp/

※この記事は

2019年08月28日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:30 | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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