kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年05月30日

イアン・ペイズリー引退前最後のインタビュー

エントリ立てるまでもないかと思ったのだが、土曜日にイアン・ペイズリーが北アイルランド自治政府のファースト・ミニスターを辞し、ピーター・ロビンソンが後に就く前に、BBC NIがペイズリーにインタビューしている。インタビュアーは、BBC NI政治部エディターのMark Devenport。

下記URLにエンベッド・プレイヤーとインタビュー内容のまとめ。

Paisley raises 'unionist merger'
Page last updated at 05:49 GMT, Friday, 30 May 2008 06:49 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7426306.stm
(エンベッド・プレイヤーは、英国外からの接続では、本編が始まる前にCMが入りますが、これが「6月のBBC WorldはEURO 2008などをお届けします」で、いろいろと、物悲しいものが。)

8分48秒とちょっと長めのインタビューだが、内容はさほど濃くはない。大筋、「40年のキャリアを振り返って」という話なのだが、「ペイズリー節」がすっかり影を潜めている。

ま、最後の最後に期待通りの「NO!」が出るのだけど。(このやり取りはちょっとお茶目なやり取りなのかもしれない。)

今回のインタビューは、本人が語っている通り、体調がすぐれない状態で行なわれているのだが、それにしてもペイズリーの声にあまりに力がない。ショッキングなほどだ。風邪で呼吸器がやられて声が出ないときのような感じなのだけれど、あの、いかにも説法台から来ましたといったふうの太くよく響く声はここでは聞かれない。

で、全体を聞いて思ったのだけれど、ペイズリーは将来の世代に自分のことを、man of peace として記憶してもらいたがっている。

60年代、紛争が「紛争」の形を取るに至った過程で、イアン・ペイズリーが果たした「憎悪の扇動者」としてのあまりに大きすぎる役割が語られている本(Peter Taylor, "Loyalists")を読んでいるから(まだ読み終わらないという)、余計に、「んなムシのいい……」と思ってしまう。

インタビューを聞き終わって、何だこの釈然としない気持ち、デジャヴー、と思ったら、つい先日他界したブライアン・キーナン(IRAのクオーターマスター・ジェネラル)を「彼なしにはIRAの武装解除はありえなかった」と賞賛する言葉(と、その背景についての情報の少なさ)だ。

IRAは、プロパガンダはがんがん流すけれど(いわく、「我々は植民地主義の圧制と闘っている」など)、「情報」はあまり(あるいは「ほとんど」)流さない。

IRAはそれでいいんだと思う。政治組織ではないのだから。しかしDUPはなあ、政党なのだ。政党なのだが、この局面に至って、口にするのは「自分たちに都合のよい大本営発表」と「自分たちはすばらしいと形容する美辞麗句」(ちょうど、新聞のクラシファイド欄の出会い系個人広告のような……「当方、穏やかな性格で教養があり、人を笑わせるのが好きです」みたいなの)。

ペイズリーのその「40年のキャリア」については、土曜日に正式に彼がロビンソンにその座を譲ったあとに、また改めてまとめられるだろう。

ブライアン・キーナンが man of peace などではなかったのと同様に、イアン・ペイズリーは man of peace ではない。それだけは。

※この記事は

2008年05月30日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼