kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年03月21日

【訃報】アマ・スナミさん(車椅子に乗せられてガーナに強制送還された癌患者)

今年1月9日、カーディフの病院から空港に連行され、ガーナに強制送還された癌患者のガーナ人女性、アマ・スナミさん(Ama Sunami)が、3月19日、ガーナのアクラの病院で亡くなった。39歳だった。

スマニさんを支援する活動を行なってきた英国の友人たちが、スマニさんを治療してくれる英国人と南アフリカ人の医師が見つかったと伝えた直後の死だった。友人のひとりのジャネット・シモンズさんは、「今日の午前中にそう伝えたのですが、午後に彼女は諦めてしまいました」とBBCに語っている。医師が見つかったから病気が治るかもしれないという希望も、彼女の命を救うことはできなかった。

Removed Ghanaian dies of cancer
Last Updated: Thursday, 20 March 2008, 00:52 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/wales/7305963.stm

彼女が車椅子に乗せられて入管職員に連行されてゆく様子は、病院にいたBBC記者によって撮影され、YouTubeにあるBBC World Newsのチャンネルでも配信された。
http://www.youtube.com/watch?v=5B6Nb2jxfsY

彼女は2003年に観光ヴィザで渡英し、現地で学生ヴィザに切り替えたが(2003年当時はこれができたが、今は入管法が変わったので無理)、英語が十分にできなかったため、希望していたbankingのコースには入れなかった。1月の記事では、「この後2005年にガーナでの亡夫の追悼の行事のために英国から出国し、彼女は学生ヴィザを失い、一時的入国許可(テンポラリー・ヴィザ)を得て英国に入国していた」とあったが、死去を報じる記事には、「ヴィザの条件に反するかたちで就労していた (began working in contravention of her visa regulations)」とある。

そして体調を崩して病院に行って、悪性骨髄腫と診断された。本質的には骨髄移植をしなければ治療はできないが、「外国人」である彼女はNHSでそれを受けることはできず、もちろんプライベート医療でそれを受けられる経済的余裕などはなく、NHSで人工透析を受けて命を長らえさせていた。

彼女が入管によって車椅子のままでガーナに強制送還されたのは、そのような状況のなかでのことだった。

彼女はおそらく「ヴィザ切れ」の状態で、退去強制(強制送還)という判断そのものには、彼女自身も英国での彼女の友人たちも納得はしていると伝えられていた。しかし、「人道」という点からの救済措置が講じられずに強制送還されたことには、強い反対というか疑問があった。送還を報じるBBCの記事には、ガーナに戻されたら、大病院のない小さな村の出身である彼女には、人工透析を受け続ける望みもなくなってしまう。首都アクラで透析治療を受けるには入院しなければならず、彼女の家では負担できないくらいの医療費が必要となる、とあった。

彼女がガーナに送還されてすぐのBBC記事では、イミグレが向こう3か月分の治療費はあると病院に申し出ている(匿名で寄付があったそうだ)、と報じられていたが、その先の見通しが立たない状況では長期的治療は望めなかった。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/7182467.stm

治療にはサリドマイドが必要で、サリドマイドはガーナでは手に入らない薬だった。死去を報じる記事には、友人たちが英国全土から£70,000の寄付金を集めてアクラを訪れたとある。(£70,000というと、英国でちょっとした仕事をしている人の年収の2年分に相当する。なお、うち£10,000はTrudie Styler、つまりスティングの配偶者の寄付だそうだ。)友人たちは、スマニさんについての内務省の決定を覆し、スマニさんが英国で治療を受けられるようにと活動を行なっていた

友人たちのひとりのシモンズさんは、日曜日までの1ヶ月間、スマニさんを訪ねてアクラに行っていたが、BBCに対し、「英国の皆さんのご尽力で彼女は今日まで生きることができました。ご寄付をありがとうございました」と語り、7万ポンドという寄付金のうち、治療で使わなかった分からスマニさんの葬儀費用を出し、さらに残りは彼女の2人の子供たち(16歳と7歳)の教育費にあてる、と述べている。

シモンズさんが土曜日にアクラを離れる前にスマニさんと面会したとき、スマニさんは彼女に「わたしも一緒に行ける?」と尋ねたそうだ。シモンズさんは「いいえ」と答えるしかなかった。そして水曜日、シモンズさんはおそらく電話でだろう、医師が2人見つかったと伝えたが、スマニさんにはもう気力も体力も残っていなかったのだろう、数時間後に息を引き取った。

この一連の顛末について、イングランド国教会(アングリカン)が強烈に批判している。

Anger after removed Ghanaian dies
Last Updated: Thursday, 20 March 2008, 17:46 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/wales/7306345.stm

Church in Wales(つまりウェールズでのイングランド国教会)のトップ(アーチビショップ、大主教)であるドクター・バリー・モーガンがかなり強い口調でイミグレの判断に対する批判をし、イングランドのイングランド国教会(<ややこしいけどこう書かないともっとわかりづらいのでこう書いておきます)のトップであるカンタベリ大主教も、スマニさんの送還については疑問が残ると批判している。

BBCの記事では、モーガン大主教の発言が詳しく紹介されている。大主教はスマニさんの死去について「大変に悲しいことだ」と述べ、「私たちは、人間としての本能に完全に反しているというのにスマニさんを国外退去とした。スマニさんの死はこの国の良心に深く問いかけるものだ」と語った。

彼女がウェールズからガーナへと送還されて以降、ウェールズの聖公会の主教(ビショップ)たちは、これは人権侵害であると語ってきた。モーガン大主教は、「私たちは思いやりと理解によって行動し、それぞれのケースに適したように行動せねばならない」と語り、「文明化された豊かな社会が、文字通りに、病気の女性をベッドから引きずり出して、その後どうなるのかわからないというのに飛行機に野セルなどということは、決して、適切なことではない」、「そんなことをして、世界にどのようなモラル(道徳)が伝えられるというのか」と述べた。

ええ、メッセージは受け取っていますよ、私は。英国は、送還されたら治療が受けられないことがほぼ確実な病人は、自力では歩けないから、親切なことに車椅子に乗せてあげて送還するのだ、と。そして、同性愛者は「隠れていればよいのだ」とイランに送還するだろう、と。「イラクはもう安全」なのだから、英軍のために働いたイラク人は難民としては認めず、イラクに送還するだろう、と。

でも「反英」の思想があるところでは、このメッセージはもっと違ったふうに受け取られるかもしれないけどね。

このBBC記事には、内務省イミグレ担当部門のトップのコメントも紹介されている。難民とか強制送還といった事例については「個別のケースについてはコメントはいたしません」というのが基本の内務省としては、異例といえば異例のことだ(が、スマニさんのケースでは強制送還後もコメントは出している)。
Lin Homer, chief executive of the Border and Immigration Agency, said: "This is a sad case, and all of us feel sympathy for her family at this time.

"The circumstances surrounding this case were not unique though.

"The case was carefully considered by trained caseworkers but also through the independent judicial process, which is better and fairer than a decision by me as chief executive or by the minister."


「トップが独断で決めるより、訓練を積んだケースワーカーが検討し、独立した法的プロセスを経て決定されたもののほうがよりよいものである」とは、このケースでは、「集合知(笑)」とでも言ってないとやってられない。

確かにマンデルソン失脚の原因となったパスポート事件のようなこともあった。あれは労働党政権にとって小さくないダメージを与えた。

そして、Lin Homerがイミグレのトップになったころ、イミグレは性犯罪を犯した外国人を送還せず、一方でただのヴィザ切れのケースでがんがん送還しているなど、いろいろな「問題」があった。リン・ホーマーは「立て直すには2年/数年かかる」と発言していた(2006年6月)。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/5051650.stm

そしてその「2年」を迎えようというときに、英国のイミグレは、病人を車椅子で送還して死なせてしまうのだ。送還されなくてもいずれスマニさんは癌で亡くなっていたかもしれない。39歳という年齢では進行も早かっただろう。でもこんな、失意と絶望のなかで死ぬことはなかったかもしれない。イミグレ職員によって車椅子に乗せられて送還されたことが、彼女の「英国」についての最後の記憶となったのだ。

なお、リン・ホーマーは「イラン人の同性愛者に難民申請を認めない」というケースについて、次のように述べた人物である。
The chief executive of the Border and Immigration Agency, Lin Homer, said: "Our country guidance for such cases is published and is considered as amongst the best in the world. We have expert case workers who make decisions on such cases and there are further avenues through the courts. When and if a court decides that we should look at a case again we will do that."

http://www.independent.co.uk/news/uk/home-news/now-iranian-lesbian-who-fled-to-britain-faces-deportation-792819.html
http://nofrills.seesaa.net/article/88870126.html


ひとつ、はっきりとわかることがある。「個別のケースについてはコメントしない」が基本のイミグレが、個別のケースについてコメントするときは、「私たちは間違っていない」という主張をするときなのだ。

※この記事は

2008年03月21日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 07:01 | Comment(1) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
死去から1ヶ月の日、カーディフで、アマ・スナミさんの友人や支援者らが、抗議行動を行なったそうです。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/wales/7354912.stm
[quote]
Local government worker and trade union representative Karen Tyre, who had been involved in Ms Sumani's campaign, said: "Ama's deportation shows just how cruel politicians can be when dealing with human life.

"To them, Ama was a statistic, a number, but for millions of people who learned of her plight she was a real person who was ignored by those who had the power to help her.
[/quote]

合掌。
Posted by nofrills at 2008年04月21日 21:31

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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