kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年02月10日

「北アイルランド映画祭」初日

「北アイルランド映画祭」、初日の9日に3本見てきたのですが、会場がユーロスペース(150席に満たない)とはいえ、かなり混んでました。10日、11日と日曜と休日なので、これまた混みそうです。当日分の整理券は朝10:30から発行されるので、1本目と2本目と4本目を見たい場合には、1本目で入るときに全部の回の整理券をもらっておくのがいいかもしれません。

取り急ぎ、以下は今日(9日)に見てきた3本について、少しずつ。

「7月、ある4日間」(ドラマ)
http://www.niff.jp/films-four.htm
これはもう、マイク・リーの、ロンドンを舞台にした「特に何かがあるわけでもない日常」を描いた作品(『秘密と嘘』とか『キャリア・ガールズ』とか)が好きな人で、北アイルランドに興味のある人は見ておくべき。まさにああいう感じの「会話劇」(元が舞台作品ですが)で、舞台がベルファスト。1984年のテレビ用映画で、日本語字幕つきのは、この機会を逃したらたぶん見ることができません。アメリカ版のDVDもあるみたいだし、amazon.co.jpでもアメリカ版のVHSなら中古で入手できるかもしれませんが、字幕がないときつい!(ベルファスト・アクセントのため)。24年前のStephen Reaが、今のStephen Reaとそんなに違わないのがツボにはまったのと、IMDBを見たらBrendan役の俳優さん(ちょっとショーン・コネリー風と言えなくもない)が "My Left Foot" の脚本の人で驚愕。いやぁ、いいものを見せていただきました。

「デリー・ダイアリー/ブラディ・サンデーのその後」(ドキュメンタリー)
http://www.niff.jp/films-derry.htm
見ごたえがありすぎて消化できていません。事件現場にいた人が、同じく事件を経験した人たちの実体験を聞き、同時にそれを記録し、自分もまた実体験を語る人間のひとりとして記録されるという、かなり重層的なドキュメンタリー。内容としては、1998年から2004年にかけて行なわれたサヴィル・インクワイアリーを追ったものです。事件そのものというより、それを語ること、記録することについての作品だと私は思いました。あと、すべてがEamonn McCannの話すペース(彼のしゃべりもたっぷり見ることができますが)で進んでいくので、ついていくのが大変です。つまり、早口でなおかつ中身が詰まっている。それと、とにかくあたしはサー・マイク・ジャクソン(ついこの間まで陸軍参謀長)が嫌いだ。平気で嘘をつく軍人。それとIRA(OfficialであれProvisionalであれ)も。彼らは自分たちの目的の為に射殺された人たちを利用したのだけど、そんなこんなでもうムカムカして大変。

「オマー」(ドキュドラマ)
http://www.niff.jp/films-omagh.htm
すごい迫力でした。2004年のテレビ用映画なので、最新の情勢は反映されていませんが(Sean Hoeyの逮捕、起訴と無罪判決、その過程で明らかになった警察の杜撰極まりない「捜査」のこと……これはこれで「オマー、その後」として本なり映像作品なりにまとめてもらいたい)、トニー・ブレア(資料映像)、サー・ロニー・フラナガン、ジェリー・アダムズ、ジョー・ホワイト、ケヴィン・フルトンといった、「どいつもこいつもまったく」としか言いようのないキーパーソン勢ぞろいで(あ、バーティ・アハーンは出てこなかった)、ああいうふうになった背景が妙に複雑そうなあの事件について、だいたいのところがわずか1時間半で、あれだけの深さをともなって把握できるというだけでもすばらしい。もちろん別の資料を読むなどすることが必要ですが、警察がどういう諜報活動を行なっているのかなどもだいたいわかると思います。で、そういうことが被害者のお父さん(被害者団体の議長)を中心としたドラマという形式で、すごく伝わりやすいように提示されている。『ブラディ・サンデー』もすごかったけど、これはそれ以上にすごいかもしれない(出てくる人たちが大物ばかりだしね)。映像面では、今から数年前に非常に流行した「ハンドヘルドのカメラ、いきなりのズームの多用」がちょっとうるさいほどで(「ああいう流行があった」という感覚が非常に生々しいからそう思うのかも)、人によっては酔うかもしれないので、敏感な人はあまり前の席で見ないほうがよいかもしれません。



※この記事は

2008年02月10日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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