kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年01月05日

イラン、ガーディアンの記者を事実上の国外退去に

なんてこった。ガーディアンのイラン特派員、Robert Taitのヴィザ更新をイラン当局が認めず、Taitが事実上の国外退去となってしまった。これで英語の新聞で書いている英国人記者はイランからいなくなってしまったそうだ(BBCなどテレビ局の記者はいる)。

Guardian's Tehran correspondent expelled without explanation
Saturday January 5 2008
http://www.guardian.co.uk/media/2008/jan/05/pressandpublishing.iran

記事によると、ロバート・テイト記者はイラン人と結婚しているのだが、在留許可(ヴィザ)と居住許可(レジデンス・パーミット)の更新が認められなかった。ガーディアンの編集長が直接イランの文化・イスラム指導省に申し立てを行なったがダメだった。イラン当局は申請却下の理由は説明していない(申請却下の理由を説明しないのは英国も同じかもしれないが。英国では、not satisfied that you are ... だったかnot convinced that you are ... だったかという文面で伝えられるはず)。彼はイラン特派員としてテヘランで3年近くを過ごしているが、既に英国に戻っている(だから本人にも夫人にも身の危険はない)。イラン当局は、ガーディアンが別の記者を派遣する場合は手続きをしてください、みたいなことを言っているらしい。

テイト記者の書いた記事が当局の反感を買ったことで、昨年3月に一度、国外退去を申し渡されていたのだが、ガーディアンの申し立てで在住許可が更新されて、とりあえず事なきを得ていたのだそうだ。

この人の記事の一覧:
http://www.guardian.co.uk/profile/roberttait
どの記事がいかんかったのか、わからないけど、いろいろとぎょっとするようなことを報道してくれた人である。

ところで、ガーディアンのイラン特派員といえば、政治犯を収容するエヴィン刑務所でアクバル・ガンジのインタビューを行なって追放された人もいたはずだ……と思ったら、記事のあとのほうに書いてあった。次の引用箇所を参照。
Two other Guardian correspondents were expelled from Iran. Geneive Abdo left in 2001 and was later told she would not be allowed to return following an unauthorised interview with Akbar Ganji, a dissident then being held in Tehran's Evin prison. Dan De Luce was expelled in 2004 after reporting from the earthquake-damaged city of Bam without official permission.

え、バムの大地震のときに「公式の許可なく」取材して追放された人もいたのか。まあ、実際、GCHQがイランに活動拠点を持っていたとかいう話もあるから(その筋から、11月だっけ、12月だっけ? 米国での「イラン戦争なんて無理」という報告書が生じた、という話。米国はイランとの外交チャンネルは持っていない)、一概に「やたらと追放するな」と批判できる話ではないかもしれない。

テイト記者の「事実上国外追放」を報じるガーディアン記事によると、彼のヴィザ更新が認められなかったことで、英語の新聞で書いている在テヘランの英国人記者は、誰もいなくなってしまった。(BBCなどテレビはまだいる。)イランの駐在ジャーナリスト・ヴィザ取得は簡単ではないため、英語を使えるイラン人を記者として雇っている新聞もある、というが、テイト記者がいなくなったことで、またひとつ、窓が閉ざされた、という気が強くする。イランは戦略として欧州とはつながっておいたほうがいいはずなのに……「陰謀論」思考をすれば際限なくなるのだけれども、最近ロシアと仲良しこよしみたいだし、気になる、とても。

実際、アフマディネジャド政権下のイランでは、報道に対する締め付けが段々と強まっていると聞いている(→2007年5月、Freedom Houseのプレスリリース)。ハタミ政権時代のイランでは「ブログ」のブームはものすごいものがあったようで、おととしだったかな、ペルシャ語(実際に使う人はそんなに多い言語ではない)がネット上で使われる言語トップ10に入るくらいの勢いだった。しかしネット接続は厳しくコントロールされていて、中国のゴールデン・シールド(グレイト・ファイアウォール)(→概略はen.wikipediaを参照)ほどではないかもしれないが、flickrやYouTubeなど世界各地と個人レベルでつながれるサイトは接続制限されている(→en.wikipediaに概略。あと、ちょっと古いんだけど2004-05年の調査とか、RFE/RLだけど2007年12月の「ネットカフェ閉鎖」の報道とか)。ガーディアン記事によると、この1年でアハマディネジャド大統領の政府に批判的なスタンスのサイトや新聞がいくつか閉鎖されている。実際に閉鎖という事態になったことで、残っているサイトや新聞も「自粛 self-censorship」でトーンダウンしている。この数ヶ月の間に、「嘘」を公表したなどのさまざまな罪状で拘束されるジャーナリストも出ている。

こういったことがイランの政府によって行なわれていることが、「イラン戦争」の口実として利用されることを警戒する声もある。私もそれは警戒しまくっているつもりだ。(ネット接続制限だけでなく、死刑や同性愛処罰といった人権問題も、「イランなどというしょうもない国は、攻撃されても当然なのだ」という“世論”をマニピュレートするために、米国によって利用されうる。それもかなり高い確率で。)

で、インディペンデントはふだん読まないので、ガーディアンのこの記事で知ったのだが、インディペンデントで書いていたアンガス・マクダウェル記者も、昨年イランから国外退去となっている(ヴィザなどの更新申請が却下された)そうだ。彼の場合も当局からの理由説明はなかったが、マクダウェル記者は休暇でのドライブ旅行で軍事区域に立ち入ってしまったことで身柄を拘束されたことがあるという。

マクダウェル記者の記事をインディペンデントのサイトで検索すると、2007年6月28日付けのものが最後だから(イランが唐突に石油を配給制にしたことで騒乱になったときの報道)、今から半年くらい前にイランを出国した、ということになるだろう。

マクダウェル記者のブログ:
http://angusmcdowall.com/blog.htm
http://www.angusmcdowall.com/



アンガス・マクダウェルさんのブログから、おまけ:
一応お茶吹き警報を出しておきますが(私は鼻からお茶を吹きました)、テヘランの英国大使館のそばにある「ウィンストン・チャーチル通り」を「ボビー・サンズ通り」と改称してしまった(←これは史上最強のイヤミとして意図されたものだったが、相手が「イヤミをイヤミと受け取らないことが最高のイヤミだ (Always forgive your enemy. Nothing is more embarrassing.)」ということをよく知っている英国人であったせいか、イマイチ不発)イランでは、Darbandというところに、「ボビー・サンズ・バーガー」なるハンバーガーショップがあるそうです。
http://angusmcdowall.com/?p=49

ボビー・サンズは「英国に対する抵抗の闘争」で亡くなったアイルランド人ですが、彼がどういうふうにして亡くなったのかを0.5秒くらい考えると、ハンバーガーショップでキャラクターになってるなんて、あまりに皮肉すぎて泣ける話(泣く前にお茶吹くけど)。経営者はサンズについてあんまり知らないみたいです。おおかたのイラン人も「有名な外人さん」としか認識してないみたい。まあ、政府がどんだけ反米・反英のメッセージを唱え、アイリッシュ・レベルを「シンボル」として担ぎ出そうとも、中東(ヒズボラとか)経由でIRAとイランはつながっていようとも、一般の人たちはそんなもんなんでしょう。ひょっとしたら、「目を疑うほどに男前のベレー帽の男」のポートレイトをファッション・アイテムとして飾りにする、みたいな感じかも。

いつか、シン・フェインの人がテヘランに行くことがあれば、強烈なジョークが出るかもしれない。

※この記事は

2008年01月05日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 21:25 | Comment(1) | TrackBack(1) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
3月16日のThe Observerに「テヘラン発」のピーター・ボーモント(オブザーヴァーの国際部エディターで、その前の週はセルビアにいた)の記事が掲載されていたのですが:
http://www.guardian.co.uk/world/2008/mar/16/iran1
(この記事、「イランの女性たち」を核として、「自由」とか「改革」、「私生活」について書かれたよい記事です)

これを読んで結局その後ガーディアン/オブザーヴァーはイランに常駐の記者を入れているのかを確認してみたのですが、いないかもしれません。

イラン総選挙はJulian Borger(ガーディアンの国際部エディター)が報じています。
http://www.guardian.co.uk/world/2008/mar/22/iran
http://www.guardian.co.uk/world/2008/mar/15/iran

22日付でもそうなのですが:
http://www.guardian.co.uk/world/2008/mar/22/iran
ジュリアン・ボージャーは同時にチベットとかフランスとかのことも書いています。
http://www.guardian.co.uk/world/2008/mar/22/tibet.china1
http://www.guardian.co.uk/world/2008/mar/20/france.eu
Posted by nofrills at 2008年03月22日 17:34

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[中東][米国]イランと米国の関係 日本の記事は逆のことを書いてないか
Excerpt: Islamic Republic of Iran Broadcasting ラジオ日本語より 解 説 イランとアメリカの関係 http://japanese.irib.ir/news.fri.htm..
Weblog: navi-area26-10の国際ニュース斜め読み
Tracked: 2008-01-06 20:13





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼