kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年12月31日

【パキスタン】アナトール・リーベンの論説

ブット暗殺について、31日分のアップデートは、前の記事のコメント欄で行なっています。新たに出てきた映像のことなど。
http://nofrills.seesaa.net/article/75428924.html

選挙を延期するのかどうか、最終判断は1日先延ばしにされました。今の時点で1日先延ばしにしているということは、「延期」ということで決まりではないかと思われますが、まだわかりません。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/7165448.stm

それと、英国の名門でブラッドフォード大との「トルストイ・カップ」でも知られるキングズ・コレッジ・ロンドンの国際関係・テロリズム研究のチェアで、米国のthe New America Foundationのフェローで、元FT記者でもあるアナトール・リーベンの論説、「ブット後」が、アメリカのNational Interestのサイトに掲載されています。

Apres Bhutto: Part 3
by Anatol Lieven
12.28.2007
http://www.nationalinterest.org/Article.aspx?id=16562

「ベナジール・ブットの暗殺により、米国の対パキスタン政策はめちゃくちゃになってしまった。とはいえ、そもそも最初からかなりめちゃくちゃなものであったのだが」という書き出しの、非常によく整理された論説です。

リーベンは米国の対パキスタン政策について、次のように指摘しています。
Too much of the U.S. approach -- by the Democrats, the media and the think-tank community, to an even greater degree than the administration -- has been based on three interlocking illusions: that Pakistan can be turned into a fully co-operative and obedient ally in the "war on terror" and the war in Afghanistan, when the overwhelming majority of Pakistanis oppose this and see it as contrary to Pakistan's own interests; that the return of "democracy" in Pakistan, embodied in Ms Bhutto, would help to make Pakistan such an ally; that Pakistani society at present is capable of generating and supporting democracy in the Western sense; and that in overall U.S. strategy, it makes sense to subordinate Pakistan to the needs of the war in Afghanistan, rather than the other way round.

米国のアプローチのあまりに多くの部分が――現政権のアプローチもだが、それ以上に民主党も、メディアも、シンクタンクも――、相互に絡み合った3つの幻想に基づいている。ひとつは、パキスタンはいわゆる「テロとの戦い」とアフガニスタンにおける戦争において、アメリカに全面的に協力してくれるノーといわない同盟国になりうるのだ、という幻想。実際にはパキスタンの圧倒的多数がこれに反対し、パキスタンの国益にはまったくかなわないと見ているにも関わらず。ふたつには、ベナジール・ブットという形でパキスタンにいわゆる「民主主義」を回復することができれば、パキスタンは米国の望むとおりの同盟国となっていくだろう、という幻想。そして、米国の戦略は全体的に、アフガニスタンにおける戦争にパキスタンを従属させることは理にかなっている、という幻想。


続いてリーベンは、「アフガニスタンにおける米国の戦略がいかなるものであるかをはっきり把握している者は、もはや誰もいない。したがって3点目の混乱はよけいにひどくなっている」と述べています。つまり、米国は従来どおりのタリバンとの全面対決を望んでいるのか、英国などが主張するように、必要とあらばカルザイ政権を犠牲にしてでも地域のタリバン司令官と新たに関係を構築しようとしているのか、どっちなんだかさっぱりわからない、ということです。実際、最近のイラクで米国はスンニ派の部族長らを取り込んで「平和」を維持しており(→最近のファルージャについてのNYT記事などを参照)、そういう方向性と全面対決路線との間で揺れているのではないか、と。

そしてリーベンは次のように指摘しています。
全面対決を望んでいるのなら、米国とパキスタンの衝突は避けられない。地域の軍閥との関係構築を望んでいるのであれば、それはパキスタン政府がアフガン国境の部族地域においてずっととってきたアプローチに近いことを米国もしようとしている、ということになる。とはいえ、パキスタンのこの「対話路線」は、今のところ、成功しているとは言いがたい。

こういった混乱と、パキスタン情勢の不安定ぶりを考えれば、当座の米国の政策は、まさに、何もしないことであるべきだ。ワシントンは事態を見守るべきである――暴力と騒乱がいかに悪化していくのか、ベナジール・ブットにかわるリーダーがPPPに現れるか。現状、米国が「選挙は予定通り1月に行なわれるべきだ」と要求し続けることにはまったく意味がない。実際、そのように行なわれた選挙は事態をさらに悪化させるだけ、ということにもなりうるし、そのような選挙は確実に暴力を悪化させることになる。特にPPP支持者(シンディ Sindhi)と軍事政権支持者(ムハジール Muhajir)との衝突は大きなものになるだろう。


リーベンのこの指摘は極めて理にかなったもののように思われます。しかし実際には、英国のブラウン首相がムシャラフ大統領への電話で「大幅な延期」は避けていただきたいと述べるなど、「とにかく選挙ありき」で米英がパキスタン情勢を扱おうとしていることは明白です。自分たちの足元を見直すのではなく、パキスタンに選挙をやってもらって、それで「民主主義」という形式を整えようとしている。(もちろん、「とにかく選挙ありき」でゴリ押しされた例は、アフガニスタンにもイラクにもある。米英の言う「デモクラシー」――リーベンは二重引用符つきで "democracy" と書いているが――は、「選挙」という形式を整えることなのだろう。そんなんでロシアを非難できるのかなあ。)

リーベンは続けます。
ベナジール・ブットの殺害は悲劇である。それもパキスタンの将来的安定と統一にとって非常に危険なことを示す悲劇だ。しかし、これによってよりクリアになるものもあるだろう。そして、クリアになったことから、現実に即し、真に米国の本当に重要な国益のためになる米国の対パキスタン政策をつくることができるようになるだろう。

これは、ブットの死が、政治評論家や英国のタブロイド、The Sunの言うように、「デモクラシーの死」を表しているからではない。ブットには美点もたくさんあったが、結局は改革改革と叫ぶだけの現代的民主主義者でしかなかったのだ。


以上で全体の3分の1くらい。読む価値は十二分にある論説記事です。ぜひどうぞ。



リーベンの著書:
0375424458Ethical Realism: A Vision for America's Role in the World
Anatol Lieven John Hulsman
Pantheon Books 2006-09-26

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0195168402America Right Or Wrong: An Anatomy Of American Nationalism
Anatol Lieven
Oxford Univ Pr (T) 2004-09-30

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3631560400An Endless War: The Russian-Chechen Conflict in Perspective
Emil Souleimanov Anatol Lieven
Peter Lang Pub Inc 2006-12-05

by G-Tools


0870032038Russia's Restless Frontier: The Chechnya Factor in Post-Soviet Russia
Dmitri V. Trenin A. V. Malashenko Anatol Lieven
Carnegie Endowment for Intl Peace 2004-03

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0300078811Chechnya: Tombstone of Russian Power
Anatol Lieven
Yale Univ Pr 1999-05

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※この記事は

2007年12月31日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 19:14 | Comment(2) | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 あたしゃ,「19歳の長男が後継者」というところにずっこけましたよ.
 ブットの名前が有名だからといって,そりゃねえべよ.
 小渕優子かよ!と,思わずツッコミを入れたくなりましたね.

 でもって,まとめ項目は作らないと言っておきながら,結局作る羽目になりましたよ.
 とりあえず事実関係を中心に.
http://mltr.free100.tv/faq10e03.html#Benazir-Bhutto
 ブットもあまりクリーンな政治家じゃないということが分かって意外.
 こういう人物でも民主化運動の闘士として担ぎ出さなきゃならないところに,パキスタンの本当の意味での貧しさを感じます.
 識字率も驚異的に低いそうですし.
Posted by 消印所沢 at 2008年01月01日 00:23
>所沢さん
どうもです。所沢さんのところの報道まとめは前の記事にリンクさせていただきました。

ブット家は "dynasty" と形容されるような家柄であるにしても、参政権もない19歳で、パキスタンにいるわけでもない息子が後継者、というのは、小渕優子議員の斜め上を音速で飛んでってる感じがしました。

でもクランの長老からは「息子を後継者になどすべきではなかった」という意見も出てきているそうです。
http://www.guardian.co.uk/pakistan/Story/0,,2233955,00.html

ところでFacebookで「ビラワル・ブット君」が人気だったそうですが:
http://tighturl.com/6vn
(AFP BBの記事のキャッシュ。元記事は削除されているので)
この「ビラワル・ブット君」は偽者で(しかも2人)、Facebookは「ブット君(偽)」のプロフィールを削除したそうです。
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2332318/2497630
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/7170329.stm
でもこの↑BBC記事にコピペされている「プロフィール」、すごくもっともらしいんですよね。ちょっと笑いました。

> ブットもあまりクリーンな政治家じゃないということが分かって意外.
結局、「汚職疑惑」はよくわかんない状態のままなのですよね。
http://en.wikipedia.org/wiki/Benazir_Bhutto#Charges_of_corruption

パキスタンでムシャラフのクーデターがあったときに、「上流階級の名門の政治家は私利私欲で動く。軍政のほうがまだましだ」という現地の人の意見をどこかで見かけたことを思い出します。

というわけで、パキスタンについて追加すべきことは、新規エントリにて。
Posted by nofrills at 2008年01月05日 09:49

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼