kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2007年07月05日

アラン・ジョンストン記者解放後の報道

相当緊迫した事態になっていたが、最終的には笑顔の結末を迎えることができたアラン・ジョンストン記者拉致・拘束事件。記者解放からしばらく時間が経過して、ウェブ上に記事と写真が続々と出てきている。

まずはAFPの日本語記事:
http://nofrills.seesaa.net/article/46774466.html?1463702561

tnfuk [today's news from uk ] via kwout
[コード消去・代替画面挿入/2016年5月]



ジョンストン記者は3月末にガザ特派員としての3年の任期が終わるはずだったのに3月12日に拉致されてしまったのだけれども、「本当は3月末で仕事は終わっていたのに」などとは考えておられない様子。AFP記事からちょびっと引用。
 解放にあたりジョンストン記者は開口一番、ハマスとパレスチナ解放機構(PLO)最大派閥ファタハのガザ地区での戦闘と、ハマスによる6月15日のガザ地区制圧について報道できなかった点が、悔しいと述べた。


BBCのIn Picturesでは、ご家族や職場(BBC)の喜びの様子や、拉致から100日のときの解放要求の集会の様子なども合わせて、11枚の写真を掲載している。
In pictures: Alan Johnston release
http://news.bbc.co.uk/2/hi/in_pictures/6268078.stm

3枚目と4枚目はハニヤ首相(ガーディアンでのthe disputed Palestinian prime ministerという位置づけがしっくりくる)の自宅のようだが、大きな窓のカーテンは閉められ、蛍光灯なのかな、あまり条件のよくない照明で撮影された写真もある。7枚目はなんか会議室みたいな机を前に記者に囲まれているジョンストン記者だが、斜めからの角度の写真で、かなりやせている(やつれている)ことと、髪が伸びていることが確認できる。11枚目は、キャプションを見るとエルサレムの英領事館。記者の隣で親指を立てているのは総領事さんなのかな?<んなわけがない。BBCの支局長さんのようです。[→UPDATE, 7月6日午後(日本時間):今見てみたら数点の写真がサシカエになっていました。よって、この段落の説明と現在のBBC In Picturesの写真とは一致しないところもあります。詳細はエントリ末尾に]

【画像】ガーディアンのトップページの様子:
johnstonerelease2.png
サッシュをジョンストン記者の首にかけるハニヤ首相がニヤニヤしている(no pun intended)。

ガーディアンのin picturesもきた。14枚、事件発生翌日のガザでの抗議行動から、解放まで。ハニヤ首相宅の食卓のディテールが気になる。
http://www.guardian.co.uk/news/gallery/2007/jul/04/internationalnews?picture=330138441

ガーディアンのメインの記事にもロイター配信の写真(撮影者クレジットはSuhaib Salem)がついている。
'The worst days of my life ... like being buried alive'
http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,,2118044,00.html

ロイターのこの写真は車の中で撮影されたもので、最初は単に写真としておもしろいと思い(いい笑顔!)、次にはジョンストン記者の手首の細さに「BBC NEWSでやつれて見えたのは、やはり光の当たり方じゃなかったんだ」と気の毒な気持ちになり、それから「ところで、何でこんなところに報道のフォトグラファーが」と思う。両脇にいる人を見るに(BBC in picturesの1枚目を参照)、これはBBC NEWSでchaosという言葉で描写されていた解放直後のものすごい人ごみを抜けて、移動するための車に乗り込んだときのものだろうし、最初から車にフォトグラファーを乗せていたのかな。周到、といってよかろう。

いずれにせよ、この件で最も尽力したのはハマスであり、解放劇の主役はハマスだ。その結果、「ジョンストン記者と並んで笑顔のハニヤ首相」という写真がメディアを賑わせる。ということは、ハマスにとっては好機、というよりPR上の勝利だ。というわけでBBCの分析系記事。

Hamas seeks to gain from release
By Paul Reynolds
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6268416.stm
There is no doubt that Hamas has scored a major propaganda victory with the release of the BBC Gaza correspondent Alan Johnston.

The issue now is whether it can convert that victory into progress towards getting itself accepted as a recognised representative of the Palestinians internationally.

このPaul Reynoldsの記事を読むと、ハマスもさすが、したたかだなあと思ったりもする。
It was no accident that Alan Johnston was taken to the home of the Hamas leader in Gaza Ismail Haniya, who was sacked as Palestinian prime minister by Mr Abbas.

There, the freed reporter was given breakfast and told his story in the presence of the Hamas leadership who posed with him for photographs.

つまり、あえてハニヤ首相の自宅にジョンストン記者を招いて朝食をともにし、そこに記者も来させて、ジョンストン記者に話を聞き、一緒に写真を撮らせる。

実際に解放を実現させたのはハマスなのだし、この機をとらえてPRに励むというのは、ハマスでなくても誰でもすると思う。(存在をあんまり明らかにしたくないSASとかは除いて。イラクでChristian Peacemakers Teamsの人たちが誘拐の被害にあった事件では、最後に誘拐犯が人質を放置し、無流血で救出を行なったのは英SASだったけれども、SASはもちろんその後も表舞台には出てこなかった。軍隊支持なテレグラフあたりはSAS賞讃の記事をがんがん出していたが。)

ハマスは、「ハマス」として米国やEUや日本などにテロ組織認定されており(オーストラリアは傘下の武装組織だけをテロ組織認定)、2006年1月の民主的な選挙でパレスチナの有権者の過半数の支持を得るというかたちで政権を担うことになったのに、そうなったら米国やEUなどから援助停止というかたちで経済制裁を食らい……というように、「逆風」にさらされている(これを基準にすれば、今の自民党の言う「逆風」などそよ風にもならないくらいだ)。むろん、その「逆風」は理由なく吹いているわけではないにせよ。

Paul Reynoldsはその点について、「このプロパガンダ上の勝利を、パレスチナの代表として国際的に認知させる方向につなげられるかどうかが次の課題だ」と、例によってまるっきりの他人事のような筆致で書いている。(この人には、ハードボイルドの小説をいつか書いていただきたいと思う筆致だ。でもこの調子で小説書かれたらものすごく退屈だろうな。。。)

The message was clear. Hamas is in charge, is a responsible organisation that won the Palestinian elections last year, has nothing to do with the al-Qaeda inspired kidnappers and can impose law and order.

The implication was that affairs in Gaza have improved since Hamas seized control and that the world should now deal with it.

【大意を日本語で】
メッセージは明らかだ。ハマスは、昨年のパレスチナの選挙で勝利し政権を任されたのであり、アルカイダに触発された誘拐犯とは何ら関係がなく、法と秩序を社会全体に守らせることができる。

そしてそれが示唆するのは、ガザ地区の情勢はハマスが掌握してから改善しており、国際社会はそれを受け止めねばならない、ということである。

実際、英国政府はこの件でハマスと直接話をしており、すなわち、英国はハマスとは一緒に事に当たれると考えているということを示唆している、とレノルズは書いている。

という方向に話がくれば、当然のように元首相の次のお仕事のことを思い浮かべるだろう。
<英国>ブレア前首相が中東特使 パレスチナ分裂で多難必至
7月4日10時38分配信 毎日新聞

 【ロンドン町田幸彦、エルサレム前田英司】英国のブレア前首相は今月から、中東和平4者協議(米国、欧州連合、国連、ロシア)の特使として、停滞する中東和平の再生に向け調停活動を始める。パレスチナ国家建設によるイスラエルとの「2国共存」構想の打開を目指すが、パレスチナ自治区の分裂に至った現状を克服するのは極めて困難なのが実情だ。
 ブレア氏は6月27日、首相として最後の下院答弁で中東問題について「2国家樹立の解決」を改めて訴えた。しかし、パレスチナの穏健派ファタハと急進派ハマスの衝突で自治区が分裂し、パレスチナ国家建設の基盤は大きく揺らいだ。
 ブッシュ米政権の強硬外交路線をけん引したボルトン前国連大使は英BBC放送に「二つのパレスチナが出来上がった状況で、2国家樹立論は幻想だ。ブレア氏は中東特使として安請け合いしない方がいい」と述べた。パレスチナの分裂が長期的に続く見通しを前提にした警告と言える。……

# またこの毎日新聞記事はものすごいですね。結論が「結局、ブレア氏の頼みの綱はブッシュ米大統領との親密な関係になるが、過度な米国頼りは中立性が求められる中東特使の立場を危うくする」だって。いまだにspecial relationshipsですか。(^^;) で、イスラエル的には「占領地からのユダヤ人入植地の撤去など、イスラエルにより厳しい譲歩を迫るのではないかと警戒」だそうで。(^^;) で、「首相として最後の下院答弁」でTBが中東について語るときに何が出てきたかっていうと、毎日の記事にも少しだけ言及されているけど、TBの最高の「成功」事例である「北アイルランド」。ボルトンがNIのことを把握してこういう発言をしているとは私は思わない。ていうかイスラエルから見ればジェリー・アダムズは話をする相手ではないそうだし。

元首相は米国、EU、国連とロシア、すなわち通称「カルテット」(メンツ見ただけで頭の中を不協和音が変拍子で・・・)の特使になる予定なのだが、その点についてレノルズ記事では、2006年の選挙後に、ステートメントのかたちで、「カルテット」が条件を出している点についてもまとめてくれている。

"It is the view of the Quartet that all members of a future Palestinian government must be committed to non-violence, recognition of Israel, and acceptance of previous agreements and obligations, including the Roadmap," the statement said.

つまり、1)非暴力 2)イスラエル(という国家)を認めること 3)「ロードマップ」を含め、以前の協定・合意と義務を受け入れること の3つの条件。

ではここで、もしハマスがこれらの条件を受け入れれば事態は丸く収まるのかというと、そうではない、とレノルズは書いている。つまり、ガザ地区はハマス、西岸地区はファタハというようになってしまっていて、カルテットはファタハを選んでいる、と。

で、記事のこのあとの部分ではイスラエルとアラブ諸国についても書かれている。

なお、パレスチナに関しては、こういう便利なまとめ記事を読むときは常に、「英語でまとめられる前」のことを考えておく必要があるし、また常にオスロ合意後の10年以上という時間にどのようなことがあったのかを下地にして読まなければならない。

ところで、このレノルズ記事のどこを見ても、ファタハについて「穏健派 moderate」という表現はなされていないし、ハマスについて「強硬派 hard-line」もしくは「急進派 radical」、挙句の果ては「過激派 extreme」という表現はなされていない。レノルズの記事は物事を単純化しているが、それでも「穏健派と強硬派」といった二分法で語ろうとはしていない。上に少し引用した毎日新聞記事に「穏健派ファタハと急進派ハマス」というむきだしの二項対立があるが(これは日本での報道のデフォルトだね)、アラン・ジョンストン誘拐事件は「事態はそんなに単純ではない」ということを示した事件だったし(Army of Islamを名乗った集団の立ち位置をちょっと見てみればわかるだろう)。



追記:ジョンストン記者の言葉

Johnston describes kidnap ordeal
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6268102.stm
記者会見での発言のつぎはぎだと思いますが、ざーっと日本語化:
すべての方々に心から感謝しています。パレスチナ側でも、英国政府でも、BBCでは上から下まで、たいへんに多くの方々が動いてくださって、感激しています。それからBBCの視聴者のみなさんから多大なるサポートをいただきました。

ほとんどずっとラジオは聞けていたので、私の件に関して非常に高い関心とサポートをいただいていたことはずっと追えていました。精神的に非常に強い支えになりました。

心の底から感謝しています。自由になるということは、実にこの上もなくすばらしいことです。

ご想像いただけるとおり、とんでもない経験でした。誘拐されて16週間、時には相当ぞっとする思いもしましたし、常に恐ろしい思いをしていました。どういうかたちで決着するか、見当もつきませんでしたから……。

まさに生きながらにして埋められるような経験でした。世界から切り離されて、ぞっとすることも多々あり……。

普通の生活というものを想像することも難しい、というほどになりました。

自由の身になることを、何度も、本当に夢に見ました。そして目を覚ますといつもの部屋です。それが本当に終わって、言葉にできないほどです。

昨晩、彼らが階下に私を連れて行き、おまえは英国に戻るのだと言ったのですが、前にもそう言われて実は別の監禁場所に移されただけということがありまして、ですから、もうこれで終わるんだと信じたいという気持ちと戦っていました。

車に乗せられたときも、最初は「また場所を移すんだな」と思っていました。あるいは別の誘拐犯に引き渡すのかもしれないとも思いました。しかし、だんだんとガザ市中心部に進んでいくに従って、今度こそ本当に終わりなのではないかという気が本当にしてきたのです。

車からおろされると、周囲には武装した男たちなどがいて、それで「ああ、何かまた誘拐犯がたくさんいる」と思ったのですが、そのときにこの3年間ずっと一緒に仕事をしてきた[BBC記者の]ファイド・アブ・シャンマラの姿が見えて、あの瞬間は本当にもう、そのときですね、そのときにやっと、終わったんだということが信じられたのは。

そうですね、[誘拐犯は]乱暴で不快な態度のことが多かったですね。何度も、いろいろなふうに、生命の危険を感じさせられました。

交渉プロセスに非常に腹を立てていた時期が24時間ありまして、そのときには手足を鎖でつながれました。しかしそれも24時間だけでした。

ガザの状況について[6月1日にネットにポストされたビデオ(→参照で]私が言っていたことがありますよね、あれはファクトとしてはその通りなんです。

しかしファクトとして正しくはないことも私はあのときに言いました。そして、全体的にまるでコンテクストというものがなく、まったく真実 (truth) を述べたことにはなっていませんでした。

けれども、彼らは真実などというものにはまるで興味がなかったのです。彼らは自分たちの世界観を伝えさせたかった。私としては、あんなビデオ、誰も真面目に受け取らないと感じていました。

それから、爆発物を装着させられていたビデオ(→参照)ですが、私はしゃべることを指示されていました。ああいう状況では自分でできる選択はほとんどありません。あれもまた、ああいう状況で経験する悪夢の一部だと思います……。

私は大丈夫だと思います。かなり長い間にわたって、非常に高いストレスにさらされて心理的なプレッシャーもひどく、正気を保つのも難しかった、常に闘いの状態でした。

けれども、何とか乗り切れたと自分では思っています。しばらく経たないとなんとも言えないかもしれませんが、思考もできているので……。

ガザ地区には3年いました。ですから、パレスチナの文化というものがどういうものかはよく知っています。たいへんにあたたかい歓待――ガザでは特にそうです。

私を誘拐したごく少数の人たちは、まったく通常ではないです。まったく普通とは違う。

ガザでの私の思い出は、一番よいものについてになるでしょうね、あんなことはありましたけれども。

誘拐事件は――私は記者としてここで27件の誘拐事件を取材しましたが、そのほとんどはだいたい12日で解決していました。

1つ、非常に危険な集団がいることは知っていました。彼らのことは知っていたし、警戒もしていました。最初は昨年の8月に事件を起こしました。いつか自分もやられるのではないかと案じていたのですが、実際にそうなったわけです。

誘拐犯らは作戦遂行において、非常に安心して余裕を持っていました――数週間前に、ハマスが単独でここでの治安を仕切るということがはっきりするまでは。そのあとは彼らには前ほどの余裕はなくなっていました。

残念無念でした……このたいへんな混乱を伝えられなかったことが。そういうことになっていると耳にした出来事や、拘禁されていた場所の周辺地域での戦闘など、何日も何日も、どういうことになっているか、そのスケールは把握できましたし。ガザに来てから最大のニュースでしたよ。でも私には一切何も、伝えることができなかったんです。


ガーディアン記事には、BBC記事にない言葉がある:
http://media.guardian.co.uk/site/story/0,,2118341,00.html
On the rising tension of the past few days as Hamas stepped up the pressure on his kidnappers(この数日、ハマスからのプレッシャーが強まったことについて)
"I thought there was a chance that they might really kill me, that they might not let Hamas get what they came for. [My abductors] seemed very comfortable and secure in their operation until... it became clear that Hamas would be in control."
「本当に殺されるかもしれないと思いました。ハマスに目的を達させないのではないかと。《以下はBBC記事にあるのと同じ》」

On Hamas's role in his release(今回の解放でのハマスの役割について)
"If it hadn't been for that real serious Hamas pressure, that commitment to tidying up Gaza's many, many security problems, then I might have been in that room for a lot longer,"
「ハマスからの本当に真剣なプレッシャーがなければ、ガザの数多くの治安上の問題点を整理しようという本気の取り組みがなければ、拘束はもっと長引いていたかもしれませんね。」

On enduring 114 days in captivity(114日間の拘束について)
"... BBC記事と同じ... They were even occasionally friendly. One of the guards would let me go through and watch his television. But it was very grim.
「時にはフレンドリーな態度になったことすらあります。警備のひとりは部屋から出させてくれて、彼のテレビを見せてくれました。でもそれはぞっとしないものでした。」

On hearing radio reports about the campaign for his release(解放を求める運動のことをラジオで聞いたことについて)
"It gave me a psychological boost. It was amazing to be lying in solitary confinement and hear people from Nigeria, Malaysia or friends from London and colleagues sending messages of support."
「精神的に大きな支えになりました。ナイジェリアやマレーシアの人たちや、ロンドンの友人たち、同じBBCの人たちからの励ましの声を、ひとりきり閉じ込められている部屋で聞けてよかった」

On his parents(両親について)
"All through they were my major concern. I was so upset that my activities had brought all these difficulties. It's so good, the thought that I will be with them soon."
「両親のことは常に気がかりでした。私の行動のせいでこんなことになってしまって、と思いました。もうすぐ会えると思うと、ほんとにうれしいです」

On the future(将来について)
"I think three years of Gaza as a correspondent followed by four months of kidnap in Gaza is probably more Gaza than most people need in their lives and I do not think I will be going back for some time."
「3年間特派員としてガザにいて、その後4ヶ月誘拐されてガザにいて、これで他の人の一生分以上はガザにいたことになると思いますけれど、しばらくの間はガザには戻らないと思います」

しばらくは休んでいただきたいと思います。でもできれば、また「ガザから、アラン・ジョンストンがお伝えしました」を見たいような気も。。。っていうのはこっちの勝手ですね。

いや、次は「ネス湖から、アラン・ジョンストンがお伝えしました」に期待。(スコットランドの人だし、ネス湖はまた熱くなるかもしれないし。)



んー、ウィキペディアにこういう記述が。でもソースなし。[→7月6日UPDATE: BBCにあり。後述]
http://en.wikipedia.org/wiki/Alan_Johnston
Gordon Brown, British Prime Minister,"welcome[d] the good news" that Johnston had been freed, while British Foreign Secretary David Miliband described abductions as "an abhorrent crime" and recognised the role of Mahmoud Abbas, Ismail Haniyeh and Hamas.

ミリバンド兄のrecognised the role of ... Ismail Haniyeh and Hamasというのは重要になってくるかもしれない。ブレア特使の頭が高速回転していそう。

※7月6日UPDATE:
ミリバンド発言の件、Jeremy Bowen の解説記事、
Hamas hopeful after Alan's release
(the BBC, 5 July 2007)に
For the new British foreign secretary, David Miliband, it amounted to a change of tone. He welcomed the part played by Hamas, and mentioned its prime minister, Ismail Haniya, by name.

それから議員グループがハマスをエンゲージさせるべきとの動議を英国会に提出との記事中、
After Wednesday's release from four months' captivity, Foreign Secretary David Miliband "fully acknowledged the crucial role" played by Hamas and its leader, Ismail Haniya, in securing Mr Johnston's release from captivity by a Gaza clan which opposes Hamas.


それとファタハ、何ですかね、この反応は。AoIとハマスがグルだったという陰謀論か?(出てきそうだと思ってたけど。)そのうちにAoIとハマスがグルで、裏で英国が糸を引いていた、とかいう陰謀論も派生しそうな勢い。ソースはハアレツ
Senior aide of Chairman Abbas, Yasser Abed Rabbo, described the release as having been staged by Hamas and the Army of Islam as a public relations exercise.




UPDATE, 7月6日午後(日本時間):
今見てみたら、このエントリの上のほうで言及したBBC In Picturesのページの写真が、かなりサシカエになっていました。

In pictures: Alan Johnston release
http://news.bbc.co.uk/2/hi/in_pictures/6268078.stm

サシカエ前のタイムスタンプを控えていないのですが(しまった!)、サシカエ後のタイムスタンプは
Last Updated: Wednesday, 4 July 2007, 19:10 GMT 20:10 UK
です。

で、どういうふうに差し替えられたかというと、「ハマスのプロパガンダ上の勝利」になりそうな写真が減って、その分、解放の報に喜ぶBBCの人たちとご家族の写真が増えている、という感じでしょうか。それと、英国総領事館での写真もサシカエになっています。サシカエ前の、「総領事館に到着したところ」の写真が、もう少し意味のある、「総領事館での記者会見」の写真になっている。また、解放直後のやつれ切って髪もボサボサという状態から少し回復した、頭を剃って顔色も回復して(前にあった写真の顔色は蛍光灯の光によるものかもしれないけど)お茶のカップを持っている写真が新たに追加。

# 「お茶」じゃなくて「コーヒー」かもしれんし「ハーブティー」かもしれんが、図像学(?)的にはあれはお茶(紅茶)だと思う。つまり、英国人がほっと一息ついている、というシンボリズム。いずれにせよ、中近東のカップ(ちっちゃくてガラス製のもの)ではない。

ハマス関連でトルツメになった写真は、ハニヤ首相の自宅での写真。パレスチナの名誉市民か何か(<未確認)を意味するサッシュと楯を贈呈されたジョンストンさんとハニヤ首相のツーショット(蛍光灯の下でフラッシュなしで、条件の悪かった写真)が消えているのと、あと、確か食事風景の写真(ガーディアン掲載のとは別)もあったと思うんですが(<記憶に頼っています)、それも今はないです。

BBCのIn Picturesは、ニュース関連の場合はたいがい11枚とか12枚が上限なので(スポーツの場合は14枚とか16枚というのが多いような気がするんですが)、ご家族の写真やBBC職員の写真を追加するのではなく、前の写真とサシカエにしたのは、全体の容量の問題によるもの、という可能性もありますが、どうでしょうね。わかりません。

※この記事は

2007年07月05日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 00:46 | Comment(1) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
アムネスティ・インターナショナルが「人権侵害を明らかにしたジャーナリスト」に授与する賞のラジオ部門で、アラン・ジョンストン記者が受賞だそうです。詳細はBBC記事で。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6271732.stm
Posted by nofrills at 2007年07月06日 00:04

この記事へのトラックバック





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼