kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年06月30日

ロンドンの自動車爆弾、もう1個あった

※以下、30日にseesaaが落ちていたときに、はてなダイアリーに書いたものの転記@30日夜。(本来はこっち(seesaa)で書きたかったものを一時的にはてダにメモっておいたもの。)なお、転記時に追記、文章整理などをおこなった箇所もある。
※このブログでのこの記事の「投稿時間」は、ほんとは30日午後9時過ぎ(RSSフィードはそのタイミングで飛んでいます)。閲覧性を考慮し、「投稿時間」を30日朝とした。


金曜日、爆発物を積載した自動車(自動車爆弾)がピカディリー・サーカスで発見されましたが、もう1台、非常によく似た自動車爆弾が、トラファルガー・スクエア近くで発見されたとのこと。

Two car bombs found in London
Vikram Dodd, Mark Tran, Mark Oliver, Hugh Muir and Sandra Laville
Friday June 29, 2007
http://www.guardian.co.uk/terrorism/story/0,,2114743,00.html

Two car bombs found in West End
Last Updated: Friday, 29 June 2007, 20:57 GMT 21:57 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/6255960.stm
Police now say two separate explosive devices have been found in cars parked in London's West End.

The first bomb, made of 60 litres of petrol, gas cylinders and nails, was found in a Mercedes outside a nightclub in Haymarket at 0130 BST.

Police say the second device was found in a Mercedes in a Park Lane car park after it had been towed away from Cockspur Street, near Trafalgar Square.

Both devices were "viable" and "clearly linked", police said.

The second device was found in a blue 280E model Mercedes. It was given a parking ticket at 0230 BST on Friday after being found illegally parked in Cockspur Street.

The vehicle was then towed to the Park Lane car pound about an hour later.

で、警察はピカディリー・サーカスの爆弾のときから「もしも爆発していたら大変な被害を引き起こしていただろう、殺傷能力が高い爆弾だ」とか言っていたようですが、そういうことが事実として判明するにはちょっと早すぎるように思えるし(毎度おなじみの肥料爆弾とかSemtexとかなら、爆発物の重さで被害の規模がだいたいわかるだろうけれど)、どうなのだろう。まあ、そうとでも言っておかないと、IRAで「爆弾事件慣れ」しているロンドンでは、爆弾が見つかっても「どうせ『われわれはここにいる』という告知のための、見かけだけの爆発物だろう。IRAのように」という空気になって、人々の間の警戒とか緊張感がゆるゆるになってしまうこともあるということかもしれない。(むろん、IRAの一番派手だったころの記憶はだんだん薄れつつある、とはいえ。)

で、今回の爆発物についてのロンドン警察の会見での説明、BBCから:
"There was a considerable amount of fuel and gas canisters, as in the first vehicle. There was also a substantial quantity of nails," he (= Deputy Assistant Commissioner Peter Clarke) said.

Deputy Assistant Commissioner Peter Clarkeは、先にメモったガーディアン記事に出てきていたPeter Clarkさんと同一人物だと思うのだけれど、there wasで話をされてもイマイチ説明になっていないような気が。一番のポイントはガスボンベの中身が何かで(過去においてボンベに肥料爆弾を詰めた例があったと思う)、それからどういう仕掛けで爆発するようになっていたのか、釘はどういうふうにセットされていたのか。先にメモったガーディアン記事によると、釘は床にあったようですけど。

で、起爆装置について、携帯電話が使われていたとの報道があるが、それについては警察はノーコメント。
Scotland Yard declined to comment on reports a mobile phone was found in the Mercedes at Haymarket that may have been intended to trigger the explosion.

One report claimed a police officer disconnected the mobile phone before bomb squad officers arrived.

Mobile phones have been used to detonate bombs in Iraq and Indonesia and in other terror attacks, such as the 2004 Madrid bombings.

で、イラクといえばさらにワイルドな報道もあって、「今回ロンドンで発見された爆発物は、イラクの自動車爆弾攻撃で用いられているのと同じタイプ」という話もその筋から流れているのだけれど(例えばガーディアン記事に、Counter-terrorism sources said the devices found in two Mercedes cars - which contained gas cylinders, petrol and nails - were similar to car bombs used in Iraq)、それについてはTIMEの記事:
The two officials in Washington, who spoke on condition of anonymity because they were not authorized to discuss the case, discounted reports that the bomb seemed similar to those used by insurgents in Iraq. They said it is too early in the investigation to assign any significance to those similarities.

http://www.time.com/time/politics/article/0,8599,1638839,00.html

つまり、ワシントンにいる当局者が、上からの許可を得ずにしゃべるので匿名にしてほしいとのことだが、イラクで反乱者が用いている爆弾に似ているとの報道について、それはないのではと述べている。捜査において、爆弾が類似していることに何らかの意味づけをするにはまだ早すぎるから、と。(外見は似ていても中身は違う、といったことがキーになるのでしょう。)

殺傷力そのものよりも、「爆弾を設置した」という事実で恐怖をばらまくことを目的とした爆発物だという可能性もあるかもしれないし、そのへんはもうちょっと落ち着いた報道、単に事実を事実として伝える報道がほしい。でも今回は警察もホワイトホールも浮き足立ってて、早々と「殺傷力が高い」とか「インターナショナル・エレメンツ」とか言っているので、冷静な情報が出てくるか・・・なんか、2003年のリシンのときの騒動(北ロンドンのフラットで劇毒物リシンが見つかったとして住民らが逮捕され、ものすごい勢いで報道があったのだが、実はリシンは現場になかったし、裁判でもその件では全員無罪、ひとりは逮捕時に暴れて警官を死なせたのでそれについて有罪)とか、昨年8月の「ヒースロー爆破計画発覚」(メディアでは、ヒースローで爆弾犯が取り押さえられたかのような印象操作があったと私は思う)といったことを思い出しつつ。

ガーディアン記事から:
Senior police and Whitehall sources said that the failed attempt to inflict mass murder in the capital was the work of al-Qaida or those inspired by its ideology.

"You only have to read past cases of those convicted for terrorism to realise they have been plotting to blow up nightclubs and putting gas cylinder bombs in cars," one senior source said.

っていうかさ、警察上層部やホワイトホール(情報機関)は「アルカイダ関連だ、なぜならば過去にアルカイダ関連でこのような事例があったから」と言っているけれど、それ(ナイトクラブを標的にするとか、車にガスボンベとか)、単に計画としてなら報道されてましたから、もっとぴったり一致する特徴(雷管が同じ、など)がなければ断定はできないことではないかと思います。でもここまで言うということは、一致する特徴があったのかなあ。

というわけで、UK発の報道はワイルドなものが多そうなので、あまり見ないことにしようっと。BBCとガーディアンとテレグラフでいいかな。イヴニング・スタンダードおよびデイリー・メイルはワイルドの極みを突っ走っていそうだし、タイムズも日曜でなければ、んーーって感じだし。

それと、ヘイマーケットでの発見時の様子。BBCから:
An ambulance crew spotted smoke inside the first, metallic green Mercedes by chance after they were called to the Tiger Tiger night club to help a sick person.

Police then defused a bomb inside.

つまり、Tiger Tigerで夜中に病人が出て救急車が呼ばれ、救急隊員が現場で例のメルセデスの中に煙(火が燃えていたのではなく、揮発油の蒸気らしい)が立っているのを発見し、警察に通報、警察が爆発物を処理した。

BBC記事が更新されてて前にあったはずの記述が消えているのだけれど、前にあったのを記憶している限りでいうと、そういうふうにメルセデスに爆発物があったことがわかったあとに、Tiger Tigerのバウンサーが、そのメルセデスはふらふらと蛇行してきてゴミ箱に突っ込んで停止し、運転していた人が車から逃げ出した、ということを思い出してそう証言した、と書かれていた。

あのへんなら、夜中にそういう不審な行動を取る人がいても、目立ちはするし記憶に残りはするけれども、さほど怪しくないのかも。非合法のものを売ってる人たちの間での追いかけっこもあるだろうし、「なんかヤバいことやって逃げてる奴だろう」というふうに見えるのかもしれない。憶測ですが。

※この記事は

2007年06月30日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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