kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年06月29日

今回の爆発物の特異性について、爆発物専門家のコメント

※以下、29日にseesaaが落ちていたときに、はてなダイアリーに書いたものの転記@30日夜。(本来はこっち(seesaa)で書きたかったものを一時的にはてダにメモっておいたもの。)なお、転記時に追記、文章整理などをおこなった箇所もある。
※このブログでのこの記事の「投稿時間」は、ほんとは30日午後9時ごろ(RSSフィードはそのタイミングで飛んでいます)。閲覧性を考慮し、「投稿時間」を29日夜とした。


Gas canister bomb 'an amateur job'
James Sturcke
Friday June 29, 2007
http://www.guardian.co.uk/terrorism/story/0,,2114970,00.html

その筋の専門家が、今回のロンドンの自動車爆弾に積まれていた爆発物について説明している。これを読む限り、どうやら肥料爆弾ではなかったということで確定でOKのようだ。となると、ガーディアン記事の見出しのとおり「アマチュアの仕事」なのかもしれない。肥料爆弾は、材料はわりと簡単に手に入っても、作るのは大変で、さらに安定性に欠けるから扱いが難しい、というのはIRA関連の小説とかで描かれたりしている。(例えばIRAの分派について「肥料爆弾125キロ」(2006年4月)というニュースもあるが、そういう爆発物を扱っている彼らは「アマチュア」ではなく「プロ」であるという位置づけが可能。)

記事に出てくる専門家は、Sidney Alfordさん。この人はAlford Technologiesという爆発物の会社の創業者で、今回発見されたようなガスボンベ(ガス・シリンダー)は、経験を積んだテロリストならば、派手な炎の迫力ある映像を撮影させたい場合でもなければ使わない、と述べている。一方で、プロパンガスは入手しやすくすぐに使えて、強力な爆発物を入手できない人なら検討するかもしれない。「爆弾を作ろうという場合に入手できる爆発物の量があまりなければ、付加的に、プロパンガスのボンベを入手するのは簡単だ。テレビ映りのよい派手な炎が上がる。今回の事件は、本物には手が出せない熱心なアマチュアのやったものだろう。彼らには自分たちがやっていることの限界がわかっていない」

一方で、ロンドン警察の対テロリズムのトップ、Peter Clarkeさんは、車にはプロパンガスのほか「相当の量 significant quantity」のガソリンと釘があったと述べ、目撃者のひとりは、釘は車の床に撒き散らされていたと証言しているが、アルフォードさんはこれもまた、犯人には経験がないということを示している、と語る。「釘を入れれば付加的に殺傷力を高めることができるが、床にばら撒いてもしょうがない。地面に落ちて終わりだ」

・・・確かに。ガスボンベってことは、車体の裏側に爆発物を仕掛けた、ということではないだろうし(そこまで運転してきたのだからなおさら)、ということは車内とかトランクにボンベが入っていて、釘が車の床に置いてあったということは、爆発物の下方向に釘を置いても下に向かうだけだということもわからず、何となく「ネイルボム」っぽくするために入れてみた、というだけのようにも思える。【転記時追記:ただしこれは、実際にその爆発物を見た人でなければなんとも言えないことではある。】

アルフォードさんは、ほかに爆発物が見つからなかったら、この爆発物の目的は、中心部の通りを封鎖させて経済的な影響を与えることなのではないかと言う。「IRAが知っていたとおり、混乱を引き起こすには本物の爆弾は不要だ」

IRAの「偽爆弾」(「爆発物を仕掛けた」と暗号で予告電話を入れて、町の中心部とか交通機関とかを機能不全にするが、実は仕掛けられた「爆弾」はニセモノ hoax、というパターン)は、混乱を引き起こしつつ「われわれは常にここにいる」というメッセージを発するためにしばしば用いられてきた。だから1996年2月18日に、バスで爆弾を運んでいる最中に誤って爆発し、バスが大破し(2005年7月7日の爆弾のときより壊れ方がひどい)、犯人が爆死(爆死した男が犯人だったことが明らかになったのはしばらく後で、それまでは乗客で巻き込まれて負傷したアイリッシュの人が疑われていた。ひどいよね)、という事件があったときには、偶然にタイミングを外して爆発したことで、結果的にではあるが、実際のターゲットの破壊には大失敗していながら、「連中は本気だ」ということが当局とロンドンの人たちに知らされるという効果があった。こういうのは軽視すべきじゃないと思うけど、どうなんでしょう。

ガーディアン記事は、このあと、爆弾処理班がどのように処理したのかをアルフォードさんが推測する部分を挟んで:
It is believed to be unprecedented for gas canisters to be used for a bomb in the UK. They have sometimes been used elsewhere in the world as bomb casings - opened up and packed with explosives - or used for firing mortars. Police said they had yet to examine whether the cylinders contained patio gas as indicated on the label.

つまり、ガスボンベ爆弾というのはUKではこれまでなかったもので、UK外で使われる場合も、ボンベを開けて爆発物を詰め込むとか、迫撃砲を発射するために用いるとかいうふうに用いられている。ボンベにはPatio Gasとの表示があるが、中身がほんとにそうなのかどうかはこれから警察で調べる。

▲この部分について追記(30日朝、日本時間):
It is believed to be unprecedented for gas canisters to be used for a bomb in the UK. とありますが、ここについてメモ。

2つ目の爆弾が見つかったあとのBBC報道によると、
The car bombs have echoes of other terror plots. ... Dhiren Barot was jailed for life last November for conspiring to park limousines packed with gas canisters underneath high-profile buildings before detonating them.

http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/6255960.stm

Dhiren Barotは2004年8月に逮捕され、2006年11月に懲役40年の判決を受けたインド系英国人(ヒンズー教からイスラム教への改宗者)で、ハリド・シェイク・モハメド関連。バロットがガスボンベ満載のリムジンで爆破しようと計画していたのはNY証券取引所、IMF、世銀といった米国の建物だし、計画はまったくの未遂だったけれど、BBCが思わせぶりな書き方をしていたので、一応メモ。
▲追記ここまで。

King's College London(ここのWar Studiesは有名)の防衛学のMichael Clarke教授は、事件の背後にいるのが誰であろうとも、現場には物証がたくさん残されており、警察にとって捜査はしやすいだろうと述べている。ただ、この爆弾が単発の事件ではなくより大きなプロットの一部である可能性は治安当局は懸念するだろうし、ロンドンのほかの場所にも爆発物が仕掛けられている可能性もある。「この点については当局は早期に明らかにするだろう。ロンドンの中心部に入ってくる車はすべて、監視カメラの映像に何度も記録されており、爆発物には必ず大量のDNAが付着する」

※この記事は

2007年06月29日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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