kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2017年09月28日

【訃報】シェイマス・ケルターズ(北アイルランドのジャーナリスト)

Lost Livesという大著がある。北アイルランド紛争でのひとつひとつの死を淡々と記録した1600ページ以上の本で、5人のジャーナリストが共著者としてクレジットされている。シェイマス・ケルターズはそのひとりだ。

何度か版を重ねているが、Goodreadsに掲載されているデータによると、最初に出たのは1999年10月。1998年の和平合意(ベルファスト合意、通称「グッドフライデー合意」、略称GFA)で暴力が停止したということが、おそらくまだ事実として確信されていなかったのではないかという時期。今から18年前。というか、ほぼ20年前。

そのときにあのような大きな仕事をしたジャーナリストのひとりが、現在まだ54歳だということを、その人の訃報で知った。

Seamus Kelters, BBC journalist and author, dies aged 54
http://www.bbc.com/news/uk-northern-ireland-41423147

twittertrendsbelfast28sept2017-min.png同じ日に雑誌Playboyを創刊したヒュー・ヘフナーの訃報(91歳)があり、そちらがBBC Newsウェブ版のトップニュースになり、TwitterでもUKやWorldwideのTrendsの上位に入るなど非常に大きな扱いを受けている一方で(私はヘフナーについては別に関心はないので訃報記事を読んでもいないのだが……別に「お世話になった」記憶もないし、むしろ「男たち」のPlayboyについての語り、ヘフナーの「偉人」化というナラティヴを、万人が読むものとして押し付けられるのが――トップニュースになっているということは、そういうことだ――、うっとうしくてたまらない)、ケルターズの訃報はBBCにおいては「英国の一地域」と扱われている北アイルランド面で何番目かという扱いだ(TwitterのBelfastではTrends上位に入っているが)。


bbcnewsni28sept2017-min.png

訃報の記事では、今のところ(このあと更新されるかもしれないが)、亡くなったのが水曜日であるということしかわからない。そのほかに書いてあるのは故人の経歴・業績と、突然の死を受けてのBBCのジャーナリストたちの反応で、死因はおろか、「長年の闘病の後に」とか「つい先日病に倒れ」とかいった情報もない。ただ、事実として、彼は54歳で亡くなった。伝えられているのはそれだけだ。急なことだったのだろう。

Twitterを見ると、9月27日付けのツイートをRTしているのが最後だ。RTされているツイートのタイムスタンプは、日本時間で27日午後4時すぎ。それから24時間も経たないうちにBBCに訃報記事が出ていたことになる。急なことだったのだ。

sktw-min.png

Twitterでお名前を検索してさかのぼっていくと、下記のようになっていた。


写真のこと(ケルターズ氏のTwitterアカウントには、北アイルランドの自然をとらえた写真が数多くアップされている)やニュースのこと(特に米国政治のこと)などでジャーナリストやフォトグラファーと言葉を交わしているという2週間から10日ほど前の光景がいきなり途切れて、今日の訃報。

sktwb-min.png

キャプチャしているのは日本時間で28日18時ごろで、訃報があって最初のツイートとして表示されているデリク・ヘンダーソン氏(元Press Association記者)の投稿時刻は同6時ごろで、ケルターズ氏が最後にRTしてから14時間ほど後のことだが、ヘンダーソン氏のツイートの前に既に何人ものジャーナリストが亡くなったことをツイートしている(Twitterの表示がばらばらになっているだけで)。





































ここ1週間ほどのケルターズ氏自身のTwitterは、ライアンエアの減便、ボンバルディアの件のような北アイルランドに直接関係するトピックのほか、メキシコの地震や米トランプ政権に関する話題が、たくさんのRTによって並んでいる。そんな中に、秋へと移り変わっていく北アイルランドの自然をとらえた写真が入っている。


この赤い木の実(ピラカンサ?)の写真は、ブライアン・ロウアン氏による追悼文にも引かれている。
He was a story teller and a story maker, some times a singer, a man of words and knowledge, and he also told his stories in his photography - a tweet just a few days ago read: "Always heard a lot of berries indicate a hard winter to come - hope that's wrong."

We were all hoping and praying it was wrong. We knew he was in a fight.

友人たちにはそのメッセージがわかった。しかし一般の人にはただの一般的な気象の話にしか見えない。ケルターズ氏は気象の話として語りを形作る。




BBC Newsで北アイルランドの政治の最前線を取材して何年も過ごしたあとに、数年前、いきなり修道院に入ってしまったマーティナ・パーディさんが、「シスター」と呼ばれる立場になったこともツイートしている。





古くからの友人である(に違いない)マーティナさんの重要な日に教会に行けなかったことについて、ケルターズ氏はノエル・マクアダム氏(ジャーナリスト)にこう言っている。


「急なこと」に見えていたけれど、実はそうではないのだ――ということが、ここまで見てきてはっきりとわかる。

ブライアン・ロウアン氏の追悼文はこう始まっている。
My phone pinged at just before seven on Saturday morning.

It was a message from Seamus - a message no doubt sent to that wide circle of friends who have been thinking about him and worrying about him and praying for him in his battle with cancer.

"I'm still fighting," he wrote... "hope all is well with you and please keep me in those prayers".


電話にメッセージが着信した「土曜日」は、23日のことだろう。そのときにはもう、相当具合が悪かったのだ。というか、ガンについて、「具合が悪い」というのも違和感があるな……生きるための力がどんどん削られていき、相当苦しかったのだ。しかしそうなった後も、Twitterでケトラーズ氏は淡々と、世界の大ニュースをRTしている。

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そして写真も撮っている。



最後の自身の言葉によるツイート。Jared Kushnerが非公的な(プライベートの)メールを使っていたことを受けて、「世界のどこであれ、情報公開法による請求を逃れることを目的として、公人(公僕)がプライベートのメールを使うということがあるのは、常に心配なことだ。法の精神に合っていない」


「法の支配」ではなく「法の精神」。そのことについて、先日少し考えていた(日本の自民党の政治家とか、あの連中のやってることを正当化する支持者やシンパやクラウドワーカーや、それを支えている法律家たちには通じない概念だろうが)。

北アイルランド紛争という暴力の中での無数の事実をインプットし、それをひとつのまとまりのあるストーリーとして紡ぎつつ、淡々と語るということをしてきた人が、誰でも閲覧できる場に自分の言葉として書き残した最後のフレーズが "spirit of law" であるということ(これが最後になったのはただの偶然かもしれないが……実際、書きたいことはもっとあっただろう)。

そのあとのRTから。



そのあとはNAMAの件での進展とか、米国で「オバマケア」撤廃というトランプの第一の野望が潰えたこととか、シェイマス・ヒーニーとか、よいお出汁がとれそうな風情の海藻とか、とか……そして最後の3つは、人が生きる時間についての芸術作品(ムンクの絵)と、アイルランドの自然(コークの自然保護地域で確認されたイーグル)と、言葉



そういえば、こないだの北朝鮮の声明にあった、もはやほとんど使われていない古風な罵倒語について、ブログを書きかけていたのだった。完全に放置してしまう前に、書いておこうと思う。

184018504XLost Lives: The stories of the men, women and children who died as a result of the Northern Ireland troubles
David Mckittrick
Mainstream Publishing 2001-05-10

by G-Tools


※Amazonでは著者がひとりしかクレジットされていないが、この本はDavid McKittrick, Brian Feeney, Chris Thornton, David McVea, Seamus Keltersの5人による共著である。
David McKittrick, one of the co-authors, last night paid tribute to his enthusiasm and commitment to a work that was more than a decade in the making.

"Seamus was really the heart of our group," David said. "His phenomenal work rate and spirit and determination helping keep the project going through many difficult times."

http://www.bbc.com/news/uk-northern-ireland-41423149







北アイルランドでは、今月はジャーナリズムで大きなことを成し遂げた人たちの訃報が続いている。


27日に54歳で亡くなったシェイマス・ケルターズ氏が18日に弔意を示しているのは、80歳で亡くなったジョイ・ロルストン氏。女性ジャーナリストの草分けで、IRAの活動が激しかった時代にアーマーの地域新聞の編集をしており、多くのジャーナリストが彼女の情報に頼っていたという。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/northern-ireland/tributes-for-veteran-armagh-journalist-joy-rolston-36140755.html

22日にはThe Irish Newsのレイモンド・ヒューズ氏が53歳で亡くなっている。



まだ語るべきことがたくさんあった人々、まだこれから目撃すべきことがたくさんあったに違いない人々。

語り方を知っていた人。


※この記事は

2017年09月28日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 21:00 | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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