kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2016年04月14日

ブログ更新時、Twitterに自動フィードする際のツイート末尾に、文字列を書き加える。

先に書いたように、Twitterでツイート本文がURLで終わる形で投稿すると、そのURLが示されず、代わって「Twitterカード」が表示されるようになった

当ブログでは、ブログ記事をアップしたとき(ブログ更新時)に自動的に私のアカウントからツイートするよう設定してあるのだが、その設定がSeesaaさんでのデフォルトの状態だと、ブログ記事の見出しとブログ名(が中途半端にカットされた文字列)と「Twitterカード」が表示されているだけで、URLが表示されない(下図参照)。

twttrlink5.png


ただでさえ「リンクなんてもん、あったってクリックするわけないじゃん」がデフォになりつつあるインターネットで、これではますますクリックなどされなくなりそうで、保守的な私としては、せめてURLはツイート本文に表示させておきたい。

既に述べたように、ツイート本文をURLで終わらせず、URLのあとに何か文字列があればURLも表示されるので、Seesaaブログでのフィードの際も、URLのあとに何か文字列を入れておけばよい。

その設定の方法について、まとめておこう。

※以下、画像はすべてクリックで原寸表示。なお、減色加工をほどこしてある。

1. ブログの管理画面にログインする。(下記URL)
http://blog.seesaa.jp/cms/home/

2. [設定](下図参照)をクリックして、「設定」の画面を開く。
http://blog.seesaa.jp/cms/settings/home/

ssa-settings0.png

3. [外部連携]をクリックする。
http://blog.seesaa.jp/cms/settings/services/edit/input

ssa-settings5.png

4. 開いた画面の一番上にある[Twitterとの連携]のところで、[Twitterに投稿する書式]の枠内の末尾に表示させたい言葉を書き加える。
Twitterとの連携の設定を行い、「記事投稿時にTwitterに投稿」のところが「する」になっていることを確認したうえで、[Twitterに投稿する書式]の枠内の末尾に表示させたい語句を加える。[Twitterに投稿する書式]は「定型文を入れて120文字以内で入力してください」とあるが、デフォルトの状態で83文字なので、余裕はかなりある。といってもあまり長々と書くとブログのタイトルやブログ名の表示がうまくいかなくなるので、端的に済ませるのがよいだろう。当ブログではとりあえず「※ブログ更新」と6文字を書き添えてみたが、ほかに「via @nofrills」といった筆者名表記をするなどの方法もある。

ssa-settings6.png

5. 最後に、画面の一番下で[保存]を押す。

ssa-settings7.png

これで、ツイート本文にURLが表示された状態でフィードされるはずだ。

UPDATE: OK, うまくいってます。

twttrlink6.png

※この記事は

2016年04月14日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼