kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2016年02月28日

ベルファストのボクサーと、「クロス・コミュニティ」

カール・フランプトンというプロ・ボクサーがいる。ベルファストの人で、試合をするたびに勝っているので、北アイルランドではしゅっちゅうニュースになっている。そのため、ボクシングには特に関心がない私でも名前と顔が一致する。

そのフランプトンが、28日朝(日本時間)、またニュースになっていた。今回は「北アイルランドのニュース」ではなく「英国のニュース」だった。マンチェスターで行なわれた試合でイングランドのボクサーを相手に判定勝ちして、WBAとIBFの統一王者(スーパー・バンタム級)になったという。試合についてのハッシュタグは、UKでも、また総選挙の開票が行なわれているアイルランド共和国でもTwitterのTrendsの上位に入っていた。
https://twitter.com/hashtag/FramptonQuigg?src=tren

ボクシングは階級だけでなく団体もいっぱいあって、私には全然わからないのだが、フランプトンはIBFのチャンピオン、対戦相手のスコット・クイッグはWBAのチャンピオンで、両者が対戦して統一王者を決定するという試合で、試合が行なわれたマンチェスターはクイッグの地元(ベリー Buryの人)。Twitterでさかのぼって見ると、「スロー・バーナーだな」とか「ペンキが乾くのを見ているようなもの」とか、「最後の3ラウンドは動きがあったが、チケット代の分も楽しめないような試合だ」とかいった評価が多いが、「この試合がつまらないなんて言ってる人は、ボクシングのことは何もわかってない」というボクシング系のアカウントもある。いずれにせよ、最終的には判定で、ジャッジ3人のうち2人がフランプトン、1人がクイッグということで、フランプトンが統一王者の座に輝いた。
http://www.bbc.com/sport/live/boxing/35639187





即座にベルファストがお祭り騒ぎである。









































シン・フェインからUUP, PUPまで、政治家たちも「ベルファストのボクサー」の勝利を祝ってツイートしている。まさに「クロス・コミュニティ」の光景だ。「北アイルランドではみんながこの話をしている」とジャーナリストのディーン・マクローリンさんも報告している。




NIのリスト(本エントリの一番下に少しキャプチャを入れておく)を見ていると、同じ時間帯にアイルランド共和国の総選挙の結果を受けた反応などもあるので、やたらと「ばんざい」が多いという印象。全アイルランドの政党であるシン・フェインと、北アイルランドの政治オタ・選挙マニアのみなさんは、選挙で盛り上がっている。ジェリー・アダムズとマーティン・マクギネスは選挙にかかりっきりで、ボクシングのことはツイートしていない(してたら、さすがにおかしい)。

さて、そのカール・フランプトン。ベルファストの北部に位置する「タイガーズ・ベイ Tiger's Bay」という地域の出身である。この地域は、めちゃめちゃ濃いロイヤリストのエリアとして知られる。今はもう上書きされていて現存しないが、Peter Taylorの本の表紙にもなっている下記のロイヤリスト武装組織UVFのミューラルは、この地域にあった(写真は via Alarmy、撮影者はJoe Foxさんで、撮影日は27th March 2005)。



アイルランドでは、アマチュア・ボクシングは北も南もなく、「全アイルランド」でひとつである(ラグビーと同じ)。ウィキペディアに詳しく書いてあるが、地元タイガーズ・ベイのジムに所属してアマチュアとしてリングに立っていたころから、フランプトンは強かった。100試合以上に勝ち、負けたのはわずか8試合だった。そして「国代表」に選ばれるところまで来たのだが、そうなるとめんどくさくなるのが北アイルランド。ゴルフのグレーム・マクドネルやロリー・マキロイがワールドカップで「英国代表」になるのか「アイルランド代表」になるのかでややこしいことになるが、カール・フランプトンの場合は(リパブリカンの濃い地域と接する)ロイヤリストの濃い地域のど真ん中の子だ、めんどくささがハンパない。ウィキペディアには、「『英国のために(英国代表として)リングに立ってたほうが嬉しかったんじゃないか』と始終聞かれますが、答えは『ノー』ですよ。11歳とかそのくらいのときからずっとアイルランドのボクシングに面倒を見てもらってきたんで、アイルランドのために(アイルランド代表として)闘えるのはとても嬉しいことでした。アイルランド全域からも、UK本土からも大勢の人に応援してもらえていて、非常にありがたいことです」という本人の発言が、BBC記事をソースとして紹介されている。

そのフランプトンのお師匠さんが、アイルランド共和国モナハン州クローニス出身で、北アイルランドで活躍したボクサー、バリー・マクギガンである。「クローニス・サイクロン」と渾名された彼が活躍したのは1980年代、つまり「北アイルランド紛争」の真っ只中だったが、マクギガンは宗派対立のどちら側からも応援されていた。ウィキペディアには、2011年のガーディアン記事をソースとして、次のように書かれている。「影が深々とさしているところに、私の試合は明るい日差しのようなものだったんです。カトリックの側もプロテスタントの側も、『闘うことならマクギガンに任せておけばいい』と言ったものです。ボクシングの試合は娯楽でもありました。紛争のことを忘れて楽しめるひとときです」。マクギガンは「アイルランド」を象徴するようなものは身に着けなかったという。(あの時代はそれを身につけたらそれだけで大変なことになっていたはず。1987年に法律が撤廃される前は、アイリッシュ・トリコロールを掲げることは違法にもなりえた。)

「紛争」の時代、スポーツ界でそのように「あちら側もこちら側もない」存在だった人には、ジョージ・ベスト(サッカー)、ハリケーン・ヒギンズ(スヌーカー)などがいるが、あの狭いエリアで、スポーツまでもが「あちら側のスポーツ」、「こちら側のスポーツ」に分かれていたからこそ、彼らのような「ひとつにまとめるスーパースター」が輝かしい例外として目立っているし、語り継がれている。

そういう人を師匠に持ち、自身はごりごりのロイヤリストのエリアで育ったフランプトンは、「僕は伝説になりたい。アイルランドのスポーツ界に名を刻むような存在になりたい」と語っている。「バリー(・マクギガン)が世界タイトルをとったことは、30年経ってもまだ語られ続けている。僕も30年後に、そういう存在になっていたい」
“I want to be a legend,” Frampton said in 2015. “Honestly, that’s what I want to be, a legend in Irish sport. I think it’s coming up to 30 years since Barry won his world title in Loftus Road against Pedroza and people are still talking about it. I want to be like that 30 years from now - people are talking about my fights with guys like Chris Avalos and Kiko Martinez in the pubs all over Ireland. That’s what I intend to do...”

https://en.wikipedia.org/wiki/Carl_Frampton


そのようにレスペクトされまくりの師匠は、「カールは私のやったことをやっている。平和と和解へと導く役目で、北アイルランドの未来を現している」。現役時代、マクギガンはショーツに平和の象徴である鳩をつけていた(→この写真でどういうふうだったのか確認できます)。試合では国のアンセム(国歌……と言い切るのは、連合王国の場合は難しい)の演奏はせず、英国の国内タイトル戦にも出られるよう英国の市民権も取得して、プロテスタントの女性と結婚した。それは80年代当時、本当に大きな意味を持っていた。そして教え子のフランプトンも、ほぼ同じ道をとっている。プロテスタントの彼はカトリックの女性と結婚し、カトリックの側からもプロテスタントの側からも熱心なファンを大勢集めている。
Speaking to the BBC, McGuigan said "Carl is doing what I did. He's a beacon for peace and reconciliation and represents the future of Northern Ireland." ... As a fighter, McGuigan was known for wearing a Dove on his shorts, as a representation of peace. He also had no national anthem played at his fights, he took up dual Irish-British citizenship which allowed him to fight for British Domestic titles, and he married a Protestant woman, all of which had huge significance at the time. It is hard to not draw comparisons, with Frampton following down an almost identical path. He too has even married a Catholic woman despite being Protestant, and he too has a large following of die-hard fans from both Catholic and Protestant backgrounds, who attend his fights in their thousands and leave their differences at home for a night...

https://en.wikipedia.org/wiki/Carl_Frampton


カール・フランプトンがRTしているバリー・マクギガンの写真。「1984年、クローニス。共和国と北アイルランドの境にて」。(マクギガンの出身地のクローニスは、南北を隔てるボーダーの町である。)




それと、この並び。



「1980年代のシャンキル(プロテスタント、というかロイヤリストの地域)の後援会の写真です。試合、がんばってください」というキートン・モリスンさんのツイート。




「左から2番目はうちのおじいちゃんだ」という人。




この「シャンキルの後援会」の写真に、バリー・マクギガンは「皆さんからの応援は一生忘れられません。カール・フランプトンも同じような応援を、フォールズ(カトリック、リパブリカンのエリア)の方々から頂戴しています」とリプライ。




カール・フランプトンは1987年生まれ。「シャンキルの後援会」の写真が撮影されたころは、まだ生まれていなかったかもしれない。

妻のクリスティーンさんのツイート(カールがRTしている)と、カールからのお返事。はい、ごちそうさま。










ニュースサイトで見るカール・フランプトンは、よく、難病と闘う子供や青年を元気付けたりしている。今回の試合前にも、ホスピス支援を呼びかけていたそうだ。




なお、今回のタイトルマッチの対戦相手で判定で敗れたクイッグは再試合を希望しているということだが(具体性のあることなのか、「リベンジを誓った」的な試合後のコメントなのかは私にはわからない)、「再試合とか言ってないで、2人とも、先に俺と試合しようぜ」という呼びかけが、キューバのボクサーから来ている。




あと、ジョン・トング教授ってベリー生まれなのか(笑)





NIのリストのキャプチャ:



※この記事は

2016年02月28日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 19:00 | TrackBack(1) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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カール・フランプトンの勝利と2枚の旗
Excerpt: 日本時間で7月31日(日)の昼ごろ、米ニューヨークでボクシングのタイトルマッチが行なわれていて、英国では早朝4時とかいう時間帯だったにも関わらず、NIのリストはけっこう賑わっていた。タイトル保持者であ..
Weblog: tnfuk [today's news from uk+]
Tracked: 2016-08-01 21:04





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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