kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2015年11月03日

また、Twitterで他人のツイートをコピペして盗んでいくスパム・アカウントと遭遇(ブロック推奨)

またTwitterで、こっちのツイートを勝手にコピペしてごっそり持っていくスパムが出た。盗まれているツイートは、BBCという文字列を含みURLの入っているツイートで、英語のもあれば日本語のもある。元ツイートのアカウントの@を取っているので、単に盗まれているだけでは気づかない人も多いと思うが、BBCの記事をツイートしたりしている人は、このスパマーのアカウントはブロックしておくのがよいのではないかと思う。

スパマーのアカウントは、「BBCのニュース速報」を名乗っており、プロフィール欄(bioの欄)ではいかにも「BBCの関連アカウント」のように装っている(でもアバターは卵)。

bbcbrkn.png

今回盗まれた私のツイートはトルコの選挙結果についてのBBC記事をはてなブックマークにメモして、同時にツイートした日・英混在のもので、付属のURLははてブの短縮URL(htn.to)だ。だからはてブの画面に表示されるので気づいたのだが、そういう事情でなければ気づかなかったかもしれない。

htn.toのURLでは「BBC」は表に出ていないのだが、人間が目視でやってるわけではないので、そういうのはあまり関係ない。

このスパム、たちが悪いのは、そうやって人々から(おそらく)ランダムに盗んだBBC関連のツイートを、「BBC関連のアカウント」であるかのようにしてばら撒きながら、もろにポルノの写真とURLつきのスパミングをときどき行なっていることだ。ポルノはTwitterに通報すればかなり迅速に対応されるのが常だが、このスパマーはポルノの写真の投稿頻度が低いので人々が「ポルノ」だと気づいていないのかもしれないが、ずいぶん長いこと野放しになっている。

以下、詳細。







※画像クリックで原寸表示。




このアカウント、少なからず混乱を引き起こしてもいる。(「アバターが卵の時点で疑えよ」と思うかもしれないが、世間にはアバターを目視せずにTwitterを使っている人たちもけっこういる。)

BBCでは、10月後半に、「アザムを探せ」というキャンペーンを行なっていた。欧州に逃れてきた難民の人々の中にいるはずのアザム少年の居場所を確認したいという内容で、Newsnightなどが力を入れて番組を作っていた。最終的にはアザム少年は無事に見つかり、それが大きく報道されたのだが、このスパム・アカウントがパクって(コピペして)流したNewsnightのアカウントの古い(少年が見つかる前の)ツイートが、混乱を引き起こしたのだ。









さらに、私がほとほとうんざりしている「Twitter上で宣伝(スパム)しているYouTubeのビデオ」との抱き合わせまで発生している。




というわけで、こんなアカウントはあらかじめブロックしておくにこしたことはないのではないかと。

※この記事は

2015年11月03日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 22:54 | TrackBack(0) | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼