kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2015年07月08日

南部連合旗が掲げられて騒動になっている北アイルランド、今度はカリックファーガスにナチス・ドイツの旗が掲げられた

朝イチで見るニュースが「ナチの旗」だったりする今日この頃、夏ですね。今年は11日が土曜日、12日は日曜日で完璧ですね。というわけでそろそろ夏の民族大移動が始まりそうな北アイルランドからの今朝(日本時間)最初のニュースがこれですよ、これ。




変な検索履歴をまた付け足しつつ調べてみると、これはSS-Heimwehr Danzigの旗だということがわかりました。
https://commons.wikimedia.org/wiki/Flaggen_Nazi-Deutschlands




「南部連合旗」は、アメリカの南北戦争のときの南軍の旗で、要するに「連邦政府の言うことは聞かないぜ!」な「魂」の旗で、その点、何としてもあの旗を掲げ続けるという人々(普段は、その方面に関心が高くもない限りは特に見ないはずですが、今年は6月17日のサウスカロライナ州チャールストンでの教会銃撃事件のあと、連日報道されていますね)は、北アイルランドのロイヤリストの「旗騒動」の当事者の共感を呼びまくっているだろうな、ということは誰でも思いつくと思います。

歴史的事実としては、北アイルランドのロイヤリスト(の一部)とアメリカの南部の白人優越主義者の間には明確な交流関係があり、南部のネオナチの会議にNIのロイヤリストが出席してたりしますね。映像とかもあるはずですが、朝からナチの旗を見せられただけでもういっぱいいっぱいなんでかんべんしてください。

今日の北アイルランドの旗の最初の報告はたぶんこれ。




右側の(ダンツィヒのSSの旗)がBBC Newsの記事に出てますが、左の写真は、これ、トリミングの都合で旗が見えないんですが、画面の左に南部連合旗、右にナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラーの旗(だと思う)。ガチもんのナチですよ。

https://twitter.com/nofrillsで、そんなニュースがあったために「カリックファーガス」の地名がtrendのトップに来てしまい(via kwout)、またぞろ「間違った理由でトレンドしている」と人々が嘆くありさま。(ちなみにジンジャー・ベイカーはテレビでドキュメンタリーを放映していたようです。ハン・ソロは予告編映像の公開かな。)

カリックファーガスの場所はここ(マップ)。海岸に面した町で、海岸沿いに城があります。1689年に「キング・ビリー」ことウィリアム3世(オレンジ公ウィリアム)の軍勢がこのカリックファーガス城を包囲して打ち負かし、キング・ビリー自身、翌年の1690年に上陸したという歴史的ないわれがある街で、人口の85パーセントがプロテスタントで(詳細はウィキペディアで)、つまり「トゥエルフス (12th) 」の時期はいろいろと熱いわけです。毎年。しかし、こういうのは誰も予想してないというか、そもそもナチスはユニオニストにとって敵だったし、ベルファストはドイツ軍に爆撃されてかなりの犠牲を出しているし、大規模な戦争記念碑があって毎年11月の「戦没者追悼の日」には大掛かりな行事が行なわれるような町なのに。


で、そういうことを、よりによってダニー・モリスンから指摘されるのってどうよ。




報道、人々の声。PUPの人とかいます。












つっこみ。ほんとに頭がおかしくなりますね、まともに見てると。






というわけで「例年通り脱出しますよ」と「ベルファストのポーランド人」氏は言うんですが、毎年12thのころは町を離れてダブリンかロンドンかどっかに買い物にでも行くというのは、12thに参加しない人にとっては、「紛争」になってからは普通だそうです。とにかくムードが悪いから、と(「紛争」前はカトリックの人たちも、参加はせず見物はしているという程度で、積極的に避けたりはしなかったという話)。




で、ナチの旗は下ろされたそうだけど、南部の旗はそのままって、おかしいだろというツッコミがあるんですが、これはナショナリストの側からで、ユニオニストとしては「文化」、「連帯」として絶対に下げないんではないかと。






ちなみに「南部連合旗」の件はこちら(ベルファスト)。






で、こっち方面の取材が多いブライアン・ウィーランさんによると……




Oh.

※「ナチ・リークス」はもうウェブからは消えてます。報道記事は残ってる。
http://www.bbc.com/news/technology-16424987
http://www.spiegel.de/international/germany/anonymous-under-fire-criticism-mounts-against-anti-nazi-website-a-808022.html



こういうときに陰謀論が出なければ北アイルランドじゃないですよねー。
(・_・)







「南ベルファストのリパブリカン・ギャング」って誰のことだろう。ブロードウェイで滅茶苦茶なことがあったんだけど、まさかあれを「リパブリカン」のせいにはしないよね。「カトリックは○す」っていうやつ。

って思ったらやっぱりそう言ってる人がいる。




…… (・_・)






最後の「ギャングと落書き」の件。旗の前日のベルファストでの騒動。場所はBroadwayだそうです。ウエストウェイの脇。






これはベルファスト・シティ・カウンシルが出動。



で、いったん消されたんだけど、またやられた。














このVTOTというのは、この地域を根城とするギャングの声明のようです。

Police probe image of masked gang of thugs next to sectarian graffiti threatening to crucify Catholics in Belfast
By Claire Williamson and Christopher Woodhouse
07/07/2015 | 13:08
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/northern-ireland/police-probe-image-of-masked-gang-of-thugs-next-to-sectarian-graffiti-threatening-to-crucify-catholics-in-belfast-31356122.html

It's understood 'VTOT' stands for Village Team On Tour, in reference to a gang based in the staunchly loyalist area of south Belfast.


ただ、異説もある。

MLA appeals for vigilance after armed and masked loyalists are pictured beside chilling death threat
http://belfastmediagroup.com/mla-appeals-for-vigilance-after-armed-and-masked-loyalists-are-pictured-beside-chilling-death-threat/
The shocking picture shows a gang of around a dozen masked men armed with wooden staves standing beside the deadly graffiti message ‘Taigs Will Be Crucified. VTOT’ just yards from the busy Westlink. The acronym VTOT has been variously claimed to stand for ‘Village Team On Tour’ and ‘Victory To Our Troops’.

※この記事は

2015年07月08日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 12:40 | TrackBack(2) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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Tracked: 2016-08-07 23:02





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼