「陰謀論 conspiracy theory」についていくつかTwitterに投稿したものをまとめておく。こういうのは、断片のまま存在させておくことは望ましいものではないからだ。

まず、はっきりさせておくと、「陰謀」と「陰謀論」は別のものである。

「陰謀論」(または「陰謀説」)とは、何らかの出来事・事件について、「見かけとは違う真相」があり、実は「(ひそかに)権力を握っている集団が、一般人の見えないところでひそかに陰謀をたくらみ、策謀をめぐらし、世の中を動かしている」という考え方のことである。「陰謀」は行為・行動である。

歴史上、どこにも「陰謀 conspiracy」が存在してきたことは事実だ。ガイ・フォークスは国会議事堂を吹き飛ばす寸前まで行ったし、トンキン湾事件は自作自演だった。北アイルランドでは今もまだ完全には明らかになっていない国家による謀略があった。CIAはある標的の暗殺計画にこだわり続けていた。

「だから」、と陰謀論者は言うだろう。「(すべての)出来事は見た目とは異なり、実は隠された真相があると考えられるのです」(実はこの「だから」がロジック的におかしいのだが)。「自動車事故で死んだA氏の車は、ブレーキに細工がなされていました。だから、自動車事故で死んだB氏の車にもブレーキに細工がなされていたと考えられます。B氏の死で利益を受けるのは誰かを考えれば、細工をした者もわかります」と、キリっとした顔で言う。

ええっと。(^^;)

個別の出来事についての「陰謀論」は、まだ(←留保つき)正常な思考かもしれないが(例えば「ダイアナ妃は王室の謀略で殺された」)、いくつもの出来事についてひとつの集団の意思がかかわっているという「陰謀論」は、「妄想」である(例えば「地雷廃絶活動をするダイアナ妃は、世界を支配するなんとか会の都合にあわなかったので謀殺されたが、王室もこのなんとか会の一部であり……云々」)。

特に「問題」と認識されねばならないのは後者で、以下でスミツキカッコを使って【陰謀論】と表記するのは、この「妄想」的な陰謀論である。

【陰謀論】の世界観を持っている人はネットには案外多い。「世界観」なので、ちょっとやそっとでは変わらない。

というか、そういう「世界観」の人と遭遇することがネットでは実生活より多い、と言うべきだろう。電車乗ったり買い物したりといった日常生活の中で誰かのそういう世界観が前面で露呈することはあまりないのだが、ネットでの日常生活(「ものを書く」こと)の中ではそれが丸見えになるからだ。

中には「ネタとして楽しんでいるだけ」の人もいるが、そうでない人(本気で信じている人)もいるし、「ネタとして……」と言っているうちに本気になってしまう人もいる。伝染病が出たというニュースに「ワクチンを売ろうとする陰謀だ」とふざけて言っているうちに、本気になってしまうのだ。

【陰謀論】は「思考停止」に直結している。「問題の背後には『絶対悪』が存在する」という、ゲームかカルト宗教じみた極端な善悪二元論を前提化し、内面化する。【陰謀論】は、その「思考停止」を人にもたらすことを最終的な目的として利用されることがよくある。(1990年代はこれが【陰謀論】ではなく「終末論」だった。)

精神的に疲弊し、思考停止しているところに「絶対的な解決策」が提示されれば、人はいかにも簡単に「光の戦士」化する。例えば欧州から、「イスラム教の信仰に特に縁などなかったのに、急に感化されてシリアに行ってしまった若者たち」の感化(過激化)の過程に、【陰謀論】が利用されていることが報告されている。
まず、家族・友人とのつながりを断絶するようプレッシャーをかけられる。それから教化が始まる。遺伝子組み換え作物のことや陰謀論をビデオで吹き込まれる……。洗脳は、最終的に、対象者に「この世界は邪悪であり、これをよりよき場所にするために彼らだけが選ばれた」と信じさせることが目的である。
http://matome.naver.jp/odai/2141574605725588101?&page=1


「ネット上の【陰謀論】なんか無視してればいい」と私は思っていた。あれは「世界観」なので、ネット上の他人が何かを言って変わるようなものではない。言及することがあるとすれば、それはまだ【陰謀論】に触れたことのない人に、「こういうものがあるので気をつけましょう」と告知する目的だ。しかし言及すれば言及するだけでpublicityを与えてしまうことにもなる。【陰謀論】が出回る範囲が限定的である限りは――雑誌『ムー』の愛読者のような好事家の集まるウェブサイトや掲示板だけで、同じ世界観を有する人々がわいわいやっているのであれば――あえて言及などしなくてもよい。そう思っていた。だが、Twitterのようなフラットなメディアで状況は変わったし、【陰謀論】の反知性主義はもはや笑い飛ばせるようなものではなく、現実の社会を動かしつつある。「コミンテルンの陰謀」とか言ってる人たちが「まともな人たち」として発言力を得つつある。

※「コミンテルンの陰謀」云々については下記の本が入手しやすく手軽に読めて便利。

陰謀史観 (新潮新書)
秦 郁彦
新潮社 2012-04-17

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重要なことだが、【陰謀論】を否定することは、「【陰謀・策謀】の存在」を否定することではない。