kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2014年10月13日

公の場で、めちゃくちゃ書かれるということについて。(イングランド代表、スターリング選手)

何となく画面を眺めていたら、こんなのが流れてきた。




昨日のサッカーのイングランド代表戦で、「疲労」を理由としてスタメンではなく後半から入った選手が、「疲れてるなんてふざけている」とネットで叩かれて、本人が「人間ですみませんね」と発言して火に油になっているという話。

また「ネットで批判殺到」か。うんざりだ。

しかも「たるんでおる!」とか「国に恥をかかせた!」とかそういう系統の「批判」だ。

試合には後半から出たんでしょ。なぜ批判されなきゃならないんだろう。

叩かれているのはスターリング(所属はリヴァプールFC)。1994年12月生まれの19歳。クラブでは背番号31で、控えの重要選手である。
http://en.wikipedia.org/wiki/Raheem_Sterling

ここで名前見て「あ」と思った。Raheem Shaquille Sterling. 推測になるので「あ」と思った理由は書かずにおこう。彼をむちゃくちゃに批判しているTwitterアカウントがほかにどんな発言をしているかを見れば検証可能だが、今日はほかにやることがあるのだ。

実際には、彼が「疲れて」いることには何ら無理はない。今期クラブで頭角を現し、最近出場機会が以前の3倍に増えているというのだ。ウィキペディアにあるが、代表戦に出るようになったのも今年からだ。



こういった《事実》を確認しもせずに、「温存」された選手について「疲れているからといってピッチに立たないなどたるんでおる!」的な批判が浴びせられる。美しいイングランドではないか。(今のイングランドは、90年代までのイングランドとは、全然異なると思う。)


監督の判断はまともなんだけど、「オンライン・モブ」はコントロールできないよ。言葉を選ぶべき。





鶏は「うちの選手の方が疲れている」って言うんならその選手の心配しろよ。そうすれば全体がよくなる(心臓病のチェック体制もそうやって整備された)。



「19歳の若者が、疲れたなんて、たるんでおる!」なんですな。これ、ほとんど「いじめ」だよ。





ミサワ的なのが出てきた。「オレが19のときには・・・(ドヤ」



「若いころにそう言えてたら、こんなにケガに悩まされなかった」。





「まるで、スターリングは俺らに借りがあるんだからちゃんと働けといわんばかりの態度だ」。



「なぜ軍人が引き合いに出されるんだ」



火元(のひとつ)はイアン・ライトかよ……orz この人の頭が残念なのは今に始まった話ではないが(失礼)、なんでこんなことを「国のために死んだ軍人を見習え」という話にする? 格下相手の試合での有力選手の「温存」なんていつでもあった話じゃないか。



と思ったら対戦相手のエストニアのプレイヤーが職業軍人なんですね。で? イングランドの代表はプロのフットボーラーでしょ。



シアラーもこれだ。こんなの、ただ「(監督はメディアにしゃべるときに)言葉の選び方を考えろ」ってことでしょ。あんたが現役のときに誰も「温存」されてなかったとは言わせないよ。




「まとも」な(「ウケ」を狙う必要のない地位にいる)サッカー評論家はこういってる。








(FBなどから、ツイートしきれない文字量の文章をツイートしようとするときに、こういうふうにキャプチャで代用するのは賢いですよね)

現役だが発言は活発に行なうことで有名なリオや、イアン・ライトやアラン・シアラー以外の元フットボーラーの人たちもまとも。(詳細はリンク先参照)





バーンアウトは深刻な問題だという認識がイングランドに希薄というのは、本当にどういうものなのかと。例えばマイケル・オーウェンがケガ続きだったことも「自己責任」っていうのかな。ああいった経験の上に、今のイングランド代表のポリシーがあるんじゃないの?



バーンアウトしてくれればしてくれたで、新聞はネタになりますわね。



ま、メディアはこういうどうでもいい話でもセンセーショナライズすればするほど、サッカーには関心のない人たち(例えば「人権活動家」のような人)にもクリックされるし、いくらでも書きますわな。Same old, same old.



わかりづらいイヤミ。「われわれがダイヤモンド鉱山で重労働の末、給与はスープで支払われているときに、1週間に1時間半しか仕事をしていない奴が疲れたなどと、ふざけたことを!」。わははは。



白人優越主義者でなくても、スターリングの経歴(ジャマイカ生まれで5歳のときに母親に連れられて渡英し、「変な名前」をしている)を嫌っていそうな人はいますね。



こういうのがすべて、「言葉の選び方が悪い」という話なんだからいやになる。



言葉の選び方なんてまるっきりなかったであろうデイヴィッド・ベッカムがあれほど「好かれた」のは、彼が「白人の労働者階級」の間で「俺らの一人」と認識されていた上に、人気が出てからはパブリシストを雇って発言をコントロールしていたから(特にヴィクトリア・アダムズと結婚してからは)。彼自身、学はないけど頭が悪いわけではないので(よくベッカムについて「バカ丸出し」と嘲笑する日本語話者がいるが、彼はしゃべる前に考えるという習慣がないのでだらだらしゃべっているだけで、「バカ」ではない)、何を言っても「素直な発言」に聞こえるし、だからこそあの「報復の蹴り」でのレッドカードでの退場のあとも、「かっとなってやったが後悔している」という態度を示したのが受け入れられたし、そこに「国のため」云々も加わってブームとなった。実際に彼がどの程度「国のため」云々を真剣に考えていたかは、常に、疑問視されていたけれど(「ショッピング三昧」が何度タブロイドのネタになったか)、最終的には「ピッチで結果を出した」彼は「世間に認められた」という形で、現役生活をまっとうした(ほとんどイングランドの国外で)。

スターリングにも、そういう「成功例」を研究してもらいたいと思うけれど、この分ではリオと同じような「叩かれキャラ」になるのかな。叩かれてもへし折られなければ本人にはいいけど、その過程で反復されコピーされ増幅される「感情」が心配だ。

ウィキペディアのスターリングのページは「半保護」になっている(ウィキペディアでアカウントを作って一定期間が経過し、10件以上のコントリビューションをしたユーザーでないと編集できない)。荒らし対策である(こういう「荒らし」は、別に何の「イズム」がなくっても発生する。それがインターネットだ)。

sterling

このページは、どうやら何度か荒らされてきた様子だが……2011年時点での「エントリ削除要請」などはまだしも。



なお、tiredという語が異常に心象の悪い語であることは、留意しておいてよいと思います(日本語の「疲れている」とは比べ物にならないくらい「悪い」言葉)。同じことを言うのでも、fatigue(名詞), exhausted(形容詞)などの類義語を使ったり、need to rest to avoid injury (怪我を予防するために休ませる必要がある)と言い換えたりするくらいの頭は必要。

※この記事は

2014年10月13日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 22:00 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼