kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2014年10月05日

「BBCは日本の新聞とは違って、他人のプライバシーに踏み込むような報道姿勢ではない」などというデタラメを、どこで聞きました?

八百屋に買い物に行ったら、ほかにお客さんがいなくて、なおかつおかみさんの機嫌がよかったので、「今日、にんじん特売なんだけど持ってかない?」、「んー、こないだ買ったのがまだ2本ある」、「さっき買ってったお客さん、すりおろしてケーキにするとおいしいよぉ、って。炊飯器で焼けるんだってさ。今はさぁ、インターネットであるじゃない」みたいなセールストークから世間話になった。

きゅうりか何かを買いにきた別のお客さんも来る。
「最近ほんっと、高いよねー」
「天候不順」
「今頃、また台風来るって言ってるよねー」
「ねー。火山灰降ったとこなんか、大変だよねー」
「御嶽山(おんたけさん)、かわいそうに、大勢が」
「ほんと。あんなに天気がいい日に、せっかく紅葉見に行ったのにねー」
「消防の人や自衛隊の人も大変」
「火山ガスなんて、マスクで防げるったって、急にどーんと来たら怖いよねー」
「いや、うちの近所の人がね、弟さんが消防で……」

こんな絵に描いたような「井戸端会議」ができる環境は、今はきっと貴重なものだろう。うちのあたりにはまだ個人商店の八百屋や酒屋などがある。豆腐屋さんは店をたたんだし、魚屋はずいぶん前からなかったし、おばちゃんひとりで店番してた食料品店は建物が取り壊されてワンルーム・マンションになり、1階の店舗スペースには今はチェーン店の100円ショップが入ってるし、洋品店はいつの間にかレンタルスペースになって週代わりでタオルだの靴下だのを売ってるけれど、商店街がまだまだ元気で、おっちゃんと価格交渉のできる八百屋なんかもある(「売りつけようとする」とも言うw)。そんな中に「本格インドカレー」の店があったりもするし、コンビニの前では部活帰りの高校生がカップラーメンだとかアメリカンドッグだとかをむしゃむしゃと食ってたりする。

八百屋のおっちゃんもおばちゃんも、100円ショップのバイトの店員さんも、インドカレーの店のシェフも、コンビニの前の高校生も、店をたたんでしまった豆腐屋の人にも、それぞれの「人生」がある。当たり前のことだ。

うちらの世間話の話題になった木曽の御嶽山の噴火で、50人近くもの方が亡くなった。そのかたがたの「人生」を「マスコミ」が書いている。すると、「ソーシャルメディア」や「コメント欄」という手段で「意見」を表明することがもはや空気のように当たり前になっている世間一般から「マスゴミが!」という内容の反応がある。「他人の不幸に、ハイエナのように群がっている!」

その流れで、なぜか、BBC賞賛の言葉を見る。朝日新聞の「犠牲者を紹介する記事」を紹介するTwitterのフィードに対し、「プライバシーの範疇だろう。BBCの報道姿勢を少しは見習え」というのだ。

意味が分からない。「BBCは御嶽山の犠牲者を追い掛け回したりしていない」と言いたいのだろうか。だとしたらそれはあまりにも当たり前だ。BBCは英国の報道機関であり、彼らのinterestの外にある日本の災害被災者を深追いなどするはずもない。日本の報道機関が、英国の事故や事件の被害者を深追いしないのと同じだ。

もし御嶽山の犠牲者の中に英国人がいたら、BBCだって英国のほかの報道機関だって、かなりたっぷりと亡くなった方の「プロフィール」を報じていただろう。たとえばこの9月半ばにタイで、20代の英国人の男女(バックパッカー)が殺されたのだが、その被害者の中学校の校長先生がBBCの取材を受けて「被害者の人となり」をラジオで語っているし、「友人によると被害者はこのような人だった」という報道は、たくさんありすぎて追い切れるものではないくらいだ。

何年も前に下世話な関心を集めたイタリアでの英国人女性殺害事件でも、BBCによって、(加害者でなく)被害者のプロフィールは詳細に報じられている。それも何度か。BBCやガーディアンはこれでも静かだったが、タブロイドばかりかテレグラフやインディペンデントは大騒ぎだったし、被害者は「いい家のお嬢さん」で、モデル事務所に登録して仕事が来ていたほどの「美人女子大生」、加害者と思われるフラットメイトはアメリカ人でやはり「美人女子大生」で殺害状況は……という事件の性質から、下世話なメディア(タブロイド)ではもう下品下品。しかもそれが、容疑者の裁判が一審、二審と行なわれるたびに蒸し返される。殺された女性のご家族やご友人の気持ちを考えると、こういうのは見ないこと、消費して楽しまないことが重要だとほんとに思う。

英国の報道機関があくまで「個人」を描き出そうとするという点について、非常に具体的で生々しい事例から描き出された本がある。共同通信の澤康臣さんという記者さんが英国で仕事されていたときに「全英が震撼した」ような連続殺人事件が発生した。その報道っぷりに「日本との違い」を見た澤さんが、報道機関の人たちに話を聞いて1冊の本にまとめた。

英国の報道を「理想化」したり、「全面的に否定」したりする前に読んでほしい本である。

4163731202英国式事件報道―なぜ実名にこだわるのか
澤 康臣
文藝春秋 2010-09-28

by G-Tools


この本には私自身、非常に考えさせられたし、いろいろ思うところはある。

例えば、彼らは「語る」上で「名前(実名)」を与えるという点だが、それはガーディアンのようなインテリのメディアはある程度は別として、「わかりやすい名前」だけだ。例えば、妊娠中のキャサリン妃の様子を聞きだそうとした豪州のラジオ番組のイタズラにまんまとひっかけられて自殺したインド出身の看護師、ジャシンタ・サルダナさんを、英メディアは見出しでは彼女の名前でなく「ケイト妃のナース」と呼んだケースが多かった




亡くなった方は元々の著名人ではなく、そのお名前だけでは世間に伝わらないかもしれないが、下記のように「ケイト・ミドルトン」(英メディアでは「キャサリン妃」なんていう呼ばれ方はまずしていない。「ダッチェス・オヴ・ケンブリッジ」か「ケイト」だ)という名前と合わせて記すことで、Jacintha Saldanhaという名前が世間に浸透する。



とはいえ、英メディアでは、一片でも「公益」性があれば、「悲劇的な形で落命した人々」に名前と顔を与えることは当たり前だ。そして、殺人事件(刑法における犯罪)や自然災害は「社会の問題」であり、被害者・犠牲者は名前も顔も、公益性もある存在として扱われるのが原則だ。それを口実とした「プライバシー暴き」もまた、特にタブロイドで盛んだが、死者が相手の場合は「プライバシー暴き」もまだ、やわらかい。生きている人間が相手だと、こういうことをやるからね、英メディアは。



なお、個人的な自殺はニュースにならないが、上記のジャシンタさんのように「社会的な文脈」があれば(彼女は豪州のラジオの番組がエリザベス女王を名乗ってかけたイタズラ電話に担がれ、勤務先の病院の患者のひとりであるケイトさんについて本来部外秘のことをしゃべってしまい、その結果として自殺した)、かなり詳細に伝えられる。死因(死亡の原因)を特定するインクェストについても、彼女の死は「公益性」が重視されたのだろう、詳細に伝えられていた(ご遺族もそれを望んでいたようだ)。

つい最近、9月下旬に、めちゃくちゃなことがあったばかりだ。要職(フロントベンチ)についていた保守党所属の国会議員(男)が、Twitterで「保守党を応援しています(はぁと)」的な女性から @ で呼びかけられたのをきっかけに交流を深め、やがては自身のエロ写真を送るということをしたのだが、その「女性」は実は労働党支持のタブロイドで仕事をしているフリーランスの記者(男)で、すべては保守党議員をターゲットにした罠。議員は要職を辞し(議員辞職だと思ってたんだけど、辞職ではなくフロントベンチ辞任だそうです)、タブロイドは「みなさーん、この議員、既婚者なのにこんなことしますよぉー。奥さんに嘘つくの、平気なんですねー。有権者に嘘つくのもきっと平気ですよー」的なことを強弁。だが、こんなのどうがんばってみたところで「汚い罠」だし、エロ写真に「公益性」なんかカケラもない。しかも、議員をだました「ネカマ記者」が「私の写真です(はぁと)」と使っていたのは、編集部や記者がモデルを手配したんだったらまだしも、ネット上から勝手にかっぱらってきた他人の写真(スウェーデンのモデルさんのInstagramから無断でパクってきたそうだ)。これは「ダマスカスのゲイ・ガール」級のクズだ。





この保守党議員の事例はかなり極端なものだが、こういった「メディアによる、公人(公職にある人)や著名人のプライバシーへの侵害」は、英メディアでは本当にふつうにある。別な言い方をすれば、残念ながら「よく聞く話」でしかない。

それを何とかすべきではないかということで行なわれたのが、例のNews of the World編集部による不法な取材(電話盗聴)スキャンダル(一部は事件化)を受けたLeveson Inquiryだが、これも結局はメディア側のロビィ活動(特にルパート・マードック組とデイリー・メイル)が激しく行なわれ、「メディアの取材の自由は絶対」で、「政府が口出しすべきではない」という話に摩り替えられ、ヌルい結論に終わり、「これまでの業界団体のもとであのような不法な取材があったのだから、業界団体を刷新して監視していく」ということになった。今回のデイリー・ミラーの件は、その新団体のもとでの初のケースとなる。

……というのが「英国での報道」と「個人のプライバシー」について、広く知られたことなのだが。むろん、BBCや「クオリティ・ペーパー」と呼ばれるメディアは、最も過激なプライバシー暴きをするタブロイドとは方針もやってることも別だけれど、BBCが立派な仕事をするメディアであることは事実であるにせよ、BBCが飛びぬけて品性が高くて見識が高くて意識が高くてetcというのは、幻想だ。

しかし日本語圏ではなぜか「BBCはすごい」というのが疑われない。こういう、意味の分からない「BBC礼賛」は私がインターネットを使い始めたころ(1998年)からあって、そしてその「礼賛」の裏返しで、2001年9月11日のニューヨークでの出来事に関する「陰謀論」なども盛り上がった(これについてはもう書きたくないが、このブログのどこかにある。WTC 7で検索を)。「あのすばらしいBBCが誤報なんかするわけがない」という、根拠になるんだからならないんだかよくわからないような思い込みから、「あのBBCが誤報したのだから、何か思惑がある」という結論が導き出される。

犯罪被害者の「個人のプライバシー」という問題に関しては、例えば、上で述べた澤さんのご著書で取材されていた「2006年のイプスウィッチの売春婦連続殺害事件」に関して、BBCはこんなことをしている。

Five Daughters is a British television drama mini-series starring Ian Hart, Sarah Lancashire, Jaime Winstone and Juliet Aubrey. Set in 2006, it is about the five victims of the Ipswich serial murders and how the crime affected their families. It was written by Stephen Butchard and shown on BBC One in three one-hour episodes from 25 to 27 April 2010.

http://en.wikipedia.org/wiki/Five_Daughters


この事件、めっちゃ微妙な性質だ。イプスウィッチというさほど大きくない都市で、女性が次々と殺された。最終的には19歳から29歳の5人が死体で発見されたのだが、この5人はドラッグにはまり、売春でお金を稼いでいた。死体は裸にはされていたが性的暴行の形跡はなく、絞殺。メディアの報道は過熱。英国では刑事事件については法廷で明らかにされるまでは報道は自粛されるのが常だが(陪審員に先入観を持たせてはならない)、この連続殺人事件では、司法当局が「将来の裁判に影響しかねないほど、報道がエスカレートしている」と苦言を呈したほどだった。

なお、容疑者としてある男性が逮捕されたとき、英メディアは名前も年齢も住んでいる場所も何もかも明らかにしたが、警察は実はその男性の身元は「発表」していなかった(日本のマスコミ様用語でいう「警察発表」ではなく「警察調べ」ってやつだ)。この男性は取り調べの結果、無実だとわかって釈放された (The first suspect, who was never officially named by police, was released without charge)。澤さんの本ではそのことについても書かれている。

で、この事件で殺された「ドラッグに溺れた哀れな女たち」について、BBCは「ドラマ化」したのである。それも、事件の記憶がまだ人々の間で鮮明なうちに(2006年の事件について、2010年の4月に放映した。制作は2009年開始)。BBCは「プライバシー」に踏み込まない? 冗談でしょう。

ウィキペディアによると、BBCのドラマ制作陣は5人の被害者のご家族に接触し、最終的には3家族からの支持を取り付けた(ということは、2家族は支持していないということだ)。2008年に有罪判決を受けていた加害者は、ドラマ制作時点でなお無罪を主張して上訴しており、加害者の家族はこのドラマについて「将来の再審で先入観を生じさせる」と反感を示している。

※この記事は

2014年10月05日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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