kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2014年07月27日

「地上戦開始の前に既に上下水道設備18箇所が損害を蒙っており、現在、90万人が水を手に入れることができない状態にある」(ハーバード大サラ・ロイさんの解説記事)

今回のガザ攻撃に際して、ノーマン・フィンケルシュタインさんのブログにアップされた、ハーバード大のサラ・ロイさんの解説記事(ブリーフィング的な内容)を日本語化します。7月19日のものなので既に古いです(今回、あまりに多くのことがものすごいスピードで起きるので、情報が古くなるペースが、これまでにないほどです。現地ではグリーフ・ワークの時間すらないはずです。今回の「軍事作戦」の立案者はいつも以上に「血も涙もない」人たちだろうと思います。というか今回の作戦の目的は何なんですかね。キャストレッドではいつの間にかいきなり「ハマス掃討作戦」と言われるようになってましたが)。

サラ・ロイさんの解説記事は、2008年12月下旬に「キャストレッド作戦」が開始されたときにもZnetを底本にがっつり日本語化しましたので、そちらもご参照ください(問題は、基本的には変わっていません)。

歴史論争なんぞにクビ突っ込んでは「永遠に解決しない紛争」などと冷笑的に見ている人が、こういう記事をもっとちゃんと読んで、「何が解決されるべき問題であるか」を明確に認識してくれますよう。




Deprivation in Gaza Strip
By Sara Roy
July 19, 2014
http://normanfinkelstein.com/2014/sara-roy-on-gaza/


ガザについて調査研究し、執筆して30年近くになるが、「ガザが置かれているひどすぎる状況を、また、世界の徹底した無関心と無情がただでさえひどすぎる状況をますますひどくしているありさまを的確に言い表す言葉はあるのだろうか」と自問することは何度もあった。

現在のガザの苦悶は、イスラエル政府が私たちに信じさせたがっているのとは異なり、真空状態にいきなり現れたのでもなければ、1件のひどい出来事への反応として現れたのでもない。そうではなく、それは、ガザ――パレスチナのナショナリズムと、イスラエルの占領に対する抵抗の中心地――を、世界で最も貧しく、身動きもろくに取れないような場所へと変容させた、現在なお進行中の占領と抑圧という文脈から発したものである。

しかしながら、ガザの状況の悪化は偶発的なものでも、意図しなかったものでもない。逆である。ガザの経済(と環境)の荒廃は、イスラエルによって計画された故意のものであり、分離と孤立によって、また破壊的な経済封鎖(先月、2014年6月で8年目になった)を通じて、有無を言わさず押し付けられたようなものだ。この封鎖は――米国、EU、そして特にエジプトによって支持されてきたものだが――、事実上、ガザ地区の外の市場へのアクセスを禁止するものであり、ガザ地区の人々の圧倒的多数をガザ地区に閉じ込めておくものだ。ガザのごく小規模な経済がよりどころとしていた通常の貿易はすべて、封鎖が原因で終了してしまった。プライベート・セクターも、その雇用創出力も、封鎖のおかげで機能しなくなってしまった。ガザの生産部門の回復などというものは一切、不可能である。

ガザでの失業率は40.8パーセントにのぼる。2000年には18.7パーセントだったことを思うと劇的な上昇だ。しかし、15〜19歳の人々の間では失業率は60パーセント近くになっている。これが原因で、ガザの人々の8割近くが、本人たちは就労能力があり仕事を必死で求めているにもかかわらず、生存のために人道支援に頼らざるを得ない状況に置かれている。

イスラエルによる封鎖のインパクトは、さらにまたこのような側面も持つ。2000年にはUNRWA(パレスチナ難民のことを担当する国連機関)がガザ地区で食料の面倒を見ているのは8万人だった。今日では、その人数は83万人に膨れ上がっている。ガザ地区の人口の半数に近い。しかし、このUNRWAの食糧支援はいまや危険にさらされている。カナダのような国がUNRWAへの金銭的支援を引き上げてしまったり、急速に増える現地のニーズに合わない程度のレベルの支援しかしないなどの状況になっているからだ。$22mの不足分をカバーできるだけの金銭的支援において増加が見られない限りは、UNRWAは2014年末までに食糧の配給を中止しなければならなくなるかもしれない。もしそのようなことになったら、ガザ地区のパレスチナ人は史上はじめて飢餓に直面することになることは間違いない。より深くなった怒りと自暴自棄の気持ちから生じるであろう暴力は、ひどい結果をもたらすものになろう。

ガザ地区においてながく人々の生活を規定してきた根深い貧困は、ますますひどくなっている。イスラエルは、市民インフラを故意に標的にし、爆撃しているが、その目的はガザの衰退が続くよう確実にすることにある。イスラエルが地上戦を開始する前ですら既に、18箇所の上下水道設備が損害を蒙っており(※注:日本の支援で作られた設備もあるはずです)、現在、90万人、つまりガザ地区の全人口の半数が、水を手に入れることができない状態にある (have no access to water)。下水ポンプと汚水処理システムの50パーセントはもはや機能していない状態で、ガザ地区北部、ガザ市とラファに影響が出ている。水管が破損し、下水と水が混ざってしまい、水を原因とする疾病の危険性が高まっている。これは深刻な公衆衛生ハザードである。爆撃によって送電線が何本かだめになっており、人口の80パーセントが1日に4時間しか電気が来ない状態になっている。特に病院などで、基本的サービスの提供にも大きな支障が出ているほどだ。

国連人道調整室によると、ここまでに、イスラエルの戦闘機は、1,660〜1,890軒の家屋を全半壊させ、さらに1,420軒の家屋に甚大な被害を与え、家を追われた人は5万人にのぼっている。このうち4万8千人が、43軒のUNRWAの施設に身をよせている。イスラエルの空爆はまた、UNRWAの施設や病院、診療所、養護・介護施設、身体に障碍のある人のためのリハビリセンター、学校、スポーツクラブ、銀行、モスク、一般のオフィスビルなどにも加えられている。

ハマスがイスラエルの一般市民を標的にしていることもまた犯罪である。しかもパレスチナ人にとってはほとんど何も達成していない。ハマスのロケット砲は、イスラエルを止めるどころか、ほとんど無防備な一般市民の上にイスラエルが攻撃 (aggression) をかけることに、延々と理由を与え続けている。

しかしながら、現在ガザを襲っている恐ろしい暴力(※注:原文では死者数などが挙げられているが、数値が古いので訳出は省略)は、これまでのとはなんか違う感じがすると私のパレスチナ人の友人たちは言っている。ガザの人々、特に子供が逃げることのできない暴力というものには、はかりしれないものがある。私はガザ地区の人権弁護士、ラジ・スラーニから最近連絡をもらったのだが、その文面は広く公開しなければならないと思う。

「ガザはまったく安全ではない場所です。昼も夜も変わりありません。衝撃と恐怖……(イスラエル軍の)航空機はガザの空から去ることはなく、子供たちや女性に死を投げつけています。シファ病院の集中治療ユニットを訪れたのですが、そこでの様子はきっとあなたには想像もできないものでしょう。入院している人々のほとんどが、ほどなく死んでしまうでしょう。薬でさえ存在しない――40パーセント近く不足しています。病院は女性や子供でいっぱいです。多くが(身体の)一部や手足を失っています。停戦・休戦は、包囲を停止し、検問所を開放することなしには、長続きしません。……ここの人々にはもう失うものなど何もありません。残されているのは惨めさと恥辱だけです。……私たちは、尊厳をもって、普通の生活がしたいのです。これ(今回の攻撃)はしばらく続くと思います。対価は高くなるでしょうが、自由には値段があるのです」

Sara Roy is a senior research scholar at the Center for Middle Eastern Studies, Harvard University.
サラ・ロイはハーバード大学の中東研究センター所属のシニア・リサーチ・スカラー。




少し文脈的なことを書き添えたかったのですが、力尽きました。

2008年12月のサラ・ロイさんの解説記事をぜひお読みください。
http://nofrills.seesaa.net/article/111872671.html

少し抜粋しておきます。
私たちの目の前で、ひとつの社会が丸ごと崩壊しつつある。しかし国際社会からの反応は非常に薄く、国連の警告があった程度で、それすらも無視された。EUは最近、EUとイスラエルとの関係を強化したいと述べ、イスラエルの指導者らはガザ地区への大規模な侵攻をおおっぴらに語り、また、ガザ地区に対する経済的締め付けを継続している。それも、ラマラのパレスチナ自治政府――多くの策でイスラエルに協力してきた――からの、暗黙のとは言えないような支持があったようである。12月19日、ハマスは公式にイスラエルとの停戦協定を終了させた。イスラエルは停戦協定を更新したいと考えていると述べたが、原因は、イスラエル側が封鎖を緩めなかったことにある。





※この記事は

2014年07月27日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 04:19 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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