kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年04月03日

北アイルランド自治政府、何となく固まる&ペイズリー・マッギネス和気藹々会談

北アイルランド、先日のペイズリー・アダムズ会談はまさにground breakingなものとなったようで、5月8日スタート予定のエクゼクティヴ(自治政府)について具体的なことが固まってきたと発表された。

New assembly cabinet takes shape
Last Updated: Monday, 2 April 2007, 14:24 GMT 15:24 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6518929.stm

主要4政党の分担は次の通り(カッコ内の日本語はてきとーです):
- DUP: finance, economy, environment and culture(財務、経済、環境、文化)
- Sinn Fein: education, regional development and agriculture(教育、地域開発、農業)
- UUP: health and employment and learning(保健衛生、雇用&職業訓練)
- SDLP: social development(社会開発)

また、シン・フェインはストーモントでの人事について、次のように発表した。
Earlier on Monday, Sinn Fein announced its ministerial team for the new assembly.

Sinn Fein's team is Martin McGuinness, Conor Murphy, Michelle Gildernew, Caitriona Ruane and Gerry Kelly.

John O'Dowd will be leader of the Sinn Fein group at Stormont.

Alex Maskey will take over from Gerry Kelly as party spokesman on policing and justice.

というわけで、この1月末の党大会のときにあれこれ仕切っていたジェリー・ケリーが閣内に入るため、警察・司法担当の党スポークスマンはアレックス・マスキーに代わる・・・って、ジェリー・ケリーが入閣?! まさか!

このジェリー・ケリーという人は相当カラフルな経歴を有する。1973年3月の「北アイルランドは英国に留まるべきかどうか」の(形式だけの)レファレンダムは、それが形式だけであるがゆえにナショナリスト側がボイコットし、6割にも満たない投票率で「英国に留まる」という決定がなされたが、これに武力で抗議しようとしたIRAはロンドン中心部の裁判所(オールド・ベイリー)や警察署(スコットランドヤード)に爆弾を仕掛けた。結果、1人死亡、200人以上負傷。この爆弾テロで9人が有罪となったが、その中の1人が、当時19歳のジェリー・ケリーであった。

彼は、投獄された後は抗議のハンスト(政治犯としての待遇を要求)を行なったほか、何度か脱獄を試み、1983年9月にはついに、史上最大の大脱獄に成功(このときロング・ケッシュから逃げたのは実に38人)、1986年1月にオランダで身柄を確保されるまで、IRAのアクティヴなメンバー(義勇兵)として行動していたそうだ。この身柄引き渡し時に取り決めがなされたようで、彼は1989年6月に刑務所から釈放され、その後政治活動に入った。それからはリパブリカン・ムーヴメントの政治部門(シン・フェイン)と武装闘争部門(IRA)との橋渡し役として、1998年4月のグッド・フライデー合意(ベルファスト合意)に向けた動き、およびその後の一連の動き(今日に至るまでの)に、リパブリカン・ムーヴメント内部で、大きな役割を果たしてきた。1998年6月に北アイルランド・アセンブリーの議員として初当選。以後の選挙では毎回議席を得ている。(以上、en.wikipediaの記載をまとめた。)

「テロリストは死んでもテロリスト」というがちがち頭の皆さんには、このジェリー・ケリーとか、今年1月に急死したデイヴィッド・アーヴァインとか、詳しいことは私はわからないのだけれどネパールのマオイストとかの「事実」をよく見てほしいと思う。

なお、アルファベット・スープの次は固有名詞スープですかという感じだが、ジェリー・ケリーのほかの人名もウィキペディア英語版で検索すれば基本的なことは簡単に調べられる。(ウィキペディア記事の外部リンクも参照。)

Martin McGuinness
http://en.wikipedia.org/wiki/Martin_McGuinness

Conor Murphy
http://en.wikipedia.org/wiki/Conor_Murphy

Michelle Gildernew
http://en.wikipedia.org/wiki/Michelle_Gildernew

Caitriona Ruane
http://en.wikipedia.org/wiki/Caitriona_Ruane

John O'Dowd
http://en.wikipedia.org/wiki/John_O%27Dowd

Alex Maskey
http://en.wikipedia.org/wiki/Alex_Maskey

また、この割り振り発表に先立ち、DUPのイアン・ペイズリーとシン・フェインのマーティン・マッギネス――5月8日にはファースト・ミニスターと副ファースト・ミニスター(首相を副首相に相当)となる予定の2人――が会談し、連名で(!)英国政府の北アイルランド担当大臣あての書状を書いている。

DUP and Sinn Fein in joint letter
Last Updated: Sunday, 1 April 2007, 15:14 GMT 16:14 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6515359.stm

日付が日付だけに、「いやいやその手は食いません」と一瞬思わされたが、ガチ。

北アイルランド担当大臣のピーター・ヘインは、この人はこの人でけっこうすごい(興味深い)人なのだが(英国の閣僚で米政権のことを「ネオコン」と呼んだのはこの人くらいじゃなかろうか)、2005年5月の総選挙後に任命されてから相当の力技を示してきたようで、Hain the painというあだ名をつけられているくらいだ。なお、大臣の公邸は英王室のお城である(「国王の代理」だから)。

今回のDUP&SFの連名書状は、大臣に対し、ストーモントのオフィスからの退去を求める内容。つまり、ウエストミンスターのダイレクト・ルール(直轄統治)を終わらせる形式を整えることを求めたものだ。大臣はもちろん喜んで求めに応じるとBBCのインタビューで述べている。
"The two most polarised parties have done what they have never been willing to do before, to share power on 8 May, I believe it will stick," he said.

"Confirmation has come in a letter I have just received, the first one ever jointly signed by Ian Paisley and his old foe, Martin McGuinness, as first and deputy first ministers designate."

"I am pleased that the party leaderships are getting down to the business of preparing for government and, to that end, I have instructed my officials to make themselves available to assist with advice on policy and analysis so that the Executive is in the best position to operate effectively from day one, 8 May."


で、この書状をものしたときのペイズリーとの会談(なのか会合なのかわからないが)について、マッギネスは、「非常にうまく進んだ」と述べている。そればかりか、その席上で相当きわどい冗談まで口にしている。今までのあれは何だったのだろうというほどにあっけない。

http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6518929.stm
"I have to say that my meeting with Ian Paisley was first-class and his attitude, his approach, during the course of the meeting, as it was during the course of the meeting last Monday, could not have been better," Mr McGuinness said.

He said they even appeared to share a joke when they both signed a letter asking Secretary of State Peter Hain to leave his Stormont office.

"I asked him (Mr Paisley) was this the beginning of a new 'Brits out' strategy on behalf of the DUP, and he smiled," he said.

「イアン・ペイズリー氏との会談は非常によいものでした。ペイズリー氏の態度は、会談の間一貫して、これ以上はないというほどによいものでした。先の月曜の(アダムズとの)会談でもそうでしたが」とマッギネスは語った。そればかりか、両者は同じ冗談でにやにやしたようだ。「(ヘイン大臣にストーモントのオフィスを明け渡すよう要求する書状に署名したのですが)ペイズリー氏に、これはDUPサイドで『英国人は出て行け(Brits Out: IRAのスローガン)』という戦略が始まったと見てよろしいかと訊いたところ、ペイズリー氏は笑っていました。」

……"Never never never never" 演説をはじめとする今までのあれは(以下略

しかも!である。

BBC下記記事によると、あまりに和気藹々としていたために、書状が余分にコピーされて、証人たちがお土産として持ち帰ったという。
Humour smooths unlikely pairing
By Martina Purdy
BBC Northern Ireland political correspondent
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6520363.stm

いやもうほんと、今年の4月1日が月曜じゃなく日曜でよかった。4月1日にこんなことをやられてたらたまらん、絶対に信じられない。

ただ、この友好ムードが恒久的なものだと考える人は誰もいないようだし、これがいつまで続くかについても懐疑的な声がある。

Martina Purdy記事から:
Whether this bonhomie lasts is another matter.

Even the Ulster Unionist leader, David Trimble, had a short-lived honeymoon period with the SDLP deputy leader, Seamus Mallon, when they came to share power in 1999.

And relations with Mark Durkan, when he became the deputy first minister in 2001 also started well before turning decidedly sour.

Will it be the same this time - or is the chemistry now right?

だが、2001年の軋轢のもとは、IRAの武器と活動、それからシン・フェインの警察への態度だった。現在ではIRAの活動という問題は解決しているし(非主流派はいるにせよ)、シン・フェインは全党あげて警察支持を決定した。

今後、数週間単位で、物事は大きく変化するかもしれない。しかし今のところは、数十年にわたって敵対してきた2つの勢力の両極端がうまくコミュニケーションを取っているのだ、ということを、シン・フェインがこれでもかこれでもかというくらいにアピールしている。(DUPサイドの声は、とりあえずBBCにはないようだ。)そのこと自体が、「今回はもう失敗できない」という意思のあらわれであるように思う。

おそらく、最も微妙な問題――「北アイルランド(アイルランド北部)」の帰属の問題――がどーんと俎上に乗るまでは、つまり、上下水道をはじめとするインフラ(「紛争」のおかげで老朽化したまま放置され、ぼろぼろなのだそうだ)のことなど、人々の生活そのものという問題を扱っている間は、この過剰なまでの「友好ムード」は続くだろう。敵対してきたが、ともにことに当たることができるのだということを自己確認し、同時に「世間」に示すためにも。

しかし両者の対立は、根本的には、「北アイルランド」の帰属の問題である。おそらく今後何十年といったスパンで見た場合、いつかは全島のレファレンダムが行なわれてその帰属が決するのだろう(そのレファレンダムも1度とは限らない。数十年の間を置いて何度か行なわれるかもしれない)。それまでは「アイルランド問題」は終わらない。トニー・ブレアが何を欲しているにせよ、「アイルランド問題」は、「敵対してきた両極端が対話し、ともに行政を担当する」だけでは、本質の部分では終わらない。

ブレアもアホではないし、自身がアングロ・アイリッシュ(おじいさんが北アイルランドのオレンジ・オーダーの人)であるとかいったバックグラウンドから、それほど簡単に考えているとは思えない。北アイルランド和平、特にペイズリー・アダムズ会談後の状況について、「政治が憎悪と暴力に勝った」と喧伝するのは、浅いというか気が早い。Peace comes dropping slowである。ground breakingな何かで一気に変わるというものではない。

Purdy記事から、ほかにもいくつか、今後気をつけてみていくべき点が列挙されている部分:
What is also interesting is that there has not been (so far) a peep from the DUP - or any other unionist politician at Stormont - about Gerry Adams' decision to make Gerry Kelly a minister.

The Sinn Fein policing and justice spokesman, once the Old Bailey bomber, has long been a hate figure for unionists.

The reaction so far to this has been surprising mute.

The party leaders insist they can't tell us who is getting what job until they have had more time to consider.

One wonders, however, if the slow release of information is part of a grand strategy to condition the public about the changes. This is denied - naturally.

The next step is choosing the committee chairmen and their deputies to oversee departments.

It's probably a safe bet that Ian Paisley will seize education so that his party can keep a watchful eye on Sinn Fen's education minister.

The times might be a-changing, but there are still plenty of things to fight over.

Those who have favoured the peace process will take some comfort that the disputes will focus on bread and butter issues.




なお、ジェリー・ケリーらが脱獄に成功したロング・ケッシュ/メイズ刑務所(というより、ボビー・サンズら10人がハンストの結果死亡したロング・ケッシュというほうがわかりやすいか)は、現在、再開発のために取り壊し作業が行なわれている。「Hブロック」など収容棟は1棟を残してすべて取り壊され、跡地にはスポーツ複合施設が建設される。残されるHブロックは「紛争研究」の施設・資料館となる。

これもまた、「『紛争』は終わった」ということを、はっきりと見える形で示している。

2日の月曜には、刑務所の外壁の取り壊しが始まったそうだ。
Prison walls come tumbling down
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6519183.stm

ロング・ケッシュは、取り壊しが始まる前に、内部が特別公開された。そのときにカメラを持って訪れた人たちの何人かが、flickrに写真をアップしている。
http://ch00917.kitaguni.tv/e189142.html

※この記事は

2007年04月03日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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