kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2013年07月28日

ある「IRA潜入スパイ」の物語(報道機関のサイトで、10年前、20年前の記事でも普通に読める、ということ)

北アイルランド紛争に関して「今日は何の日」的な情報を毎日ツイートしてくれる @ConflictNI のアカウントをフォローしていると、望んでいようといまいと、もれなく毎日、陰惨な何かに接することができる。日本とは時差があるので日付はずれてしまっているが、7月26日についてツイートされてきたものも、また、非常に陰惨であった。(ツイートについている写真は、何が撮影されているのかよくわからないかもしれませんが、あまりじっと見ないほうがよいと思われる類の写真です。ご注意ください。)






この記事について、先ほどざっくりと連続ツイートしたものを淡々とコピペし、続いてこの記事の筆者について、少し述べておこうと思う。今年春に日本で劇場公開された映画、『シャドーダンサー』(ちょうどDVDが出たところ)をご覧になった方には特に、いろいろと思い出されることがある記事だと思う。(『シャドーダンサー』の原作&映画の脚本は、北アイルランド紛争を取材していたジャーナリストによるものである。当然、このパディ・フラッドの「処刑」も踏まえられているだろう。)

B00CIP6MRKシャドー・ダンサー [DVD]
東宝 2013-07-26

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※この映画について「アイルランド紛争」という表現が散見されるのですが、「北アイルランド紛争」(1960年代末から)と「アイルランド紛争」(1920年まで)は区別が必要ですよ。よほどガチのアイリッシュ・ナショナリズムは別かもしれませんが。

Informer: The Life and Death of an I.R.A. Man - NYT http://t.co/6raBE0mDa0 1991年2月の記事。すっさまじい…この10年後ロイヤリストに殺されるマーティン・オヘイガンがIRAの尋問について証言していたりも
at 07/28 01:25

「別のさらに重要なスパイが発覚することを危惧した当局が、彼がスパイであるとわかるようわざと法廷に情報を出した」というのは、「ステーキナイフ https://t.co/wAGv7quwVw 」か。彼を守るために40人が情報屋であることを(間接的に)ばらされ、「処刑」された。
at 07/28 01:32

BBC NEWS | UK | Northern Ireland | Stakeknife: Uncovering the hidden war http://t.co/7aH5KfGXWR 2003年5月11日の記事。(10年前の記事が普通に読めるのは本当にすばらしいことだ)
at 07/28 01:43

「ステーキナイフ」のことが発覚したのが2003年。BBCの承前記事でドミニク・カシアーニ記者は「これで情報戦について私たちが理解していたことが完全に変わってしまった」と書いている。そして「北アイルランドは南アのように人々がすべてを話そうというのではなく」という最後のセクション。重
at 07/28 01:47

パディ・フラッドについての91年のNYT記事: http://t.co/rZW3CaCn8G 「別のスパイが発覚するのを防止するために」は「ステーキナイフ」のことなのかどうかは無論わからない。デニス・ドナルドソンかもしれない。他の誰かかもしれない。
at 07/28 02:32

http://t.co/rZW3CaCn8G 1990年7月26日、アイルランド南北のボーダーのすぐ北側の道路脇で「まるでジャガイモの袋のように」捨てられた遺体が見つかった。後ろ手に縛られ裸足で、頭には黒いごみ袋をかぶせられ、後ろから頭を撃ち抜かれていた。顔面は半分吹き飛んでいた
at 07/28 02:37

承前。遺族は棺を開けないように言われた。遺体はパディ・フラッド、1960年にデリーのボグサイドに生まれ、1969年の英軍派遣も72年のブラディ・サンデーも知っていた。親が「連中に都合よく利用されるだけ」と止めるのも聞かず当時毎日路上で起きていた「暴動」に参加し、やがてIRAに。
at 07/28 02:41

承前。デリーIRAで「技術部」(つまり爆弾製造)の一員として、彼はデリーでIRAが使った爆弾のほとんど全ての製造に関わった。女性には奥手だったフラッドがリズと付き合いだして2年が経った1987年、警察は、アパートの共用の庭に爆発物などを持っていたとして2人を逮捕した。
at 07/28 02:48

承前。当時、リズの元彼が殺され、彼女は精神的に極めて不安定な状態にあった。英政府の方針で「スパイ大作戦」が行われていた時代、警察は彼女がどうなってもいいのかと脅しをかけ、「誰も逮捕しない」と約束して、フラッドを情報提供者(スパイ)にすることに成功した。しかし1989年8月…
at 07/28 02:52

承前。…英軍のNI派遣から20年となる日にIRAが英軍に仕掛ける攻撃に使う爆発物のことを警察に伝えたフラッドを待ち受けていたのは、自分が外している間に爆弾製造現場にSASが踏み込んでIRAの仲間を逮捕するという最悪の事態。この時はかろうじて切り抜けたものの…
at 07/28 02:55

承前。…逮捕されたIRAメンバーの裁判(陪審なし特別法廷)に示された証拠が運命を決めた。フラッドが内通者と考えればつじつまがあう事態。こうしてIRAに連れ去られ、7週間半後、彼は顔の半分を吹き飛ばされ道端に捨てられた。91年NYT記事 http://t.co/rZW3CaCn8G
at 07/28 02:59

このNYT記事が殊にすさまじいのは、記事の中でIRAの尋問について証言しているのが、2003年にロイヤリストに殺されたマーティン・オヘイガンである点。オヘイガンは元リパブリカン活動家で後に現地新聞の記者となったが、当局への情報提供を疑われ、IRAの尋問施設で厳しい尋問を経験した。
at 07/28 03:01
※年号の書き間違い修正。×「2003年にロイヤリストに殺されたマーティン・オヘイガン」→○「2001年にロイヤリストに……」。(書いているときに、ステークナイフの件が発覚した2003年とごっちゃになったらしい。)
at 07/28 03:32

そしてさらにすさまじいのが、IRAがフラッドを訊問した際、彼の「自白」を録音していたということ。そしてその録音テープを、記事を書いたKevin Toolisに聞かせたということ。さらに、Toolisはフラッドの家族にテープの声を聞いてもらって本人だと確認していること。
at 07/28 03:04

更に陰惨なのが、記事の初めでフラッドの死について描写したあと、筆者が「もしフラッドが存命なら止めていたはずだ」と言及している「最新のIRAの攻撃」が例のプロキシ・ボム https://t.co/O3LtGPp67s である点。メンバー数十人規模というデリーIRAのこの陰惨さ…
at 07/28 03:08



このNYT記事(とTwitterでは文字数節約のために書いていたが、実際には「NYTマガジン」の記事)の筆者、Kevin Toopisは、北アイルランド紛争について非常に重要な仕事を多くしているジャーナリストの1人である。

0312156324Rebel Hearts: Journeys Within the Ira's Soul
Kevin Toolis
St. Martin's Griffin 1997-05

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プロフィールは:
http://www.manyriversfilms.co.uk/pages/people/kevin_toolis.htm
Kevin Toolis is a writer, filmmaker and the founder of manyriversfilms. Toolis is the author of a classic account of the Irish Troubles Rebel Hearts: Journeys Within the IRA's Soul, a study of the IRA.

Born in Edinburgh to Irish parents Toolis has lived and worked in the United States and Namibia and reported from all over the world. He also wrote screenplays for Universal Pictures. For a decade he worked as a magazine writer for the Guardian newspaper in London but also wrote for the New York Times Magazine and The Observer.

Toolis is an acknowledged terrorism expert and has studied and reported on conflicts in Africa, Ireland and the Middle East. ...


ガーディアンの記事一覧:
http://www.guardian.co.uk/profile/kevintoolis
最後の記事が2003年11月だ。ガーディアン記事のトピックは北アイルランドが多いが(2001年のマーティン・オヘイガン殺人事件後にオヘイガンについて書かれた記事がすごい)、中東紛争の爆弾テロ作戦(特に組織的に「自爆」を使うという戦術について)や英国内の犯罪・社会問題についての記事もある。アーカイヴで見ることのできる最も古い記事は1993年、リヴァプールでのジェイムズ・バルジャー殺害事件についてのものだ。

現在はHuffington Post UKでも書いている:
http://www.huffingtonpost.co.uk/kevin-toolis/

ドキュメンタリー映像作品の一覧:
http://www.imdb.com/name/nm2059658/
MENAについてのドキュメンタリー作品が何点もある。

会社名義でTwitterのアカウントもある:
https://twitter.com/ManyRiversFilms

※この記事は

2013年07月28日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼