kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年01月26日

BAのストライキ予定(1月末)→中止

[UPDATE] 1月29日夜(日本時間)
下記の1月30〜31日のスト、および2月のストは回避されました。

Union calls off BA strike action
Last Updated: Monday, 29 January 2007, 14:24 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/business/6309471.stm

ただし既にキャンセルされていた30日、31日の英国内便、英国初の便は、運航されません。詳細は上記のBBC記事、BAのサイトなどでご確認ください。

以下、26日にアップした記事をそのまま残しておきます。下記でいう「スト」は行なわれませんので、ご注意ください。



BA strike to ground most flights
http://news.bbc.co.uk/2/hi/business/6297059.stm

1月30日と31日の2日間、BA(British Airways:英国航空のキャビンクルーがストライキの予定です。来週火曜日までに労使交渉がうまくいかなければスト決行で、国内便・国際便の双方で、BAのほとんどの便が30〜31日の2日間、運休となります。

ロンドンのヒースロー空港発の便はすべて運休。着の便は長距離は運航するとのことで、日本からの便はOKだと思います。

ロンドンのガトウィック空港は9便の長距離便のうち6便は運航、それ以外は欧州便も国内便も全部運休。

マンチェスター空港はニューヨーク便は通常通り。あとは運休(ということだと思う)。

また、この後も長引けば、2月5日〜6日、2月12〜14日にもストの可能性があります。BAでは2月16日までの航空券のキャンセルと返金に応じているとのことなので、どうしても飛ばないと困るという方は、早めに(席があるうちに)別のキャリアで予約しなおしたほうが安心かもしれません。

この期間にBAの利用を予定されている方は、BAのサイト(下記)で最新情報を確認してください。
http://www.britishairways.com/travel/flightops/public/en_gb

この期間に日本発の便の利用を予定されている方は、日本のBA(既に詳細な情報が出ています)か、航空券を手配した旅行代理店などに問い合わせるのが最も確実ではないかと思います。


※この記事は

2007年01月26日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 00:52 | Comment(1) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
スト中止です。詳細は本文に追記します。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/business/6309471.stm
Posted by nofrills at 2007年01月30日 00:04

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼