kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2013年01月25日

ベルファスト、最後のリネン工場が閉鎖された。

Squared CircleLinen - リネン。日本語では「リンネル」とも呼ばれる、麻(亜麻)の布。吸湿性に優れ、なおかつしゃきっとしていて清潔感のある、英国に行けば台所にもあれば寝室にもあるような日常の布。

特にアイルランドで織られたこのリネンの布は、「アイリッシュ・リネン」というブランド名(「チェシャーチーズ」、「イベリコ豚」のようなブランド名)で親しまれている。アパレルで用いられる高級素材から、台所のふきん(ティータオル)まで、リネンはアイルランドの特産のひとつだ。

しかし、かつてはアイルランドで行われていた原材料の亜麻の製糸はもはや絶滅状態、第二次大戦後は欧州大陸から輸入した糸で織物だけを織るようになり、やがて「国際競争」の中でさらに斜陽化、「経済危機」でさらにダメージ。もう新たに工場が作られることもない。

そんな中、ベルファストで稼働している最後のリネン工場が閉鎖というニュース。

Copeland Linens, Belfast's last working linen factory closes
25 January 2013 Last updated at 07:23 GMT
http://www.bbc.co.uk/news/uk-northern-ireland-21192216

Copeland Linens Limited, based in the Shankill area, has been manufacturing linen products in the city for over 58 years.

At one stage, the factory produced materials for Irish embassies around the world, but has suffered as a result of the economic downturn.

The owner, Peter Smyth said: "Sadly I lost most of the business from the Irish Republic due to the cutbacks."

"They're having to cut back on things like the linen for their embassies."


シャンキルのエリア(西ベルファストのロイヤリストの地域)で操業して58年以上、コープランド・リネン社は、一時は世界中のアイルランド大使館で使われるリネンを生産していたが、(2008年以降の)経済危機のあおりをもろにくらった、という。工場主は「残念なことにアイルランド共和国の緊縮財政で注文がなくなってしまいました。アイルランドは大使館のリネンのようなものでさえ倹約しなければならない状態になっているのです」と語る。

(;_;)

会社のサイトを見てみると、既に社長(BBC記事にある「スマイス」さんではなく「コープランド」さんだが)の声明が載っているだけ。この声明が、何とも面白悲しい。「体も思うように行かなくなって、社員を抱える雇用主として、税金やら社会保険やら何やらを片付けていく生活からは、80になる前に、離脱したい」みたいな。



場所はここ。向かいにはユニオンフラッグを掲げた建物がある、そういう地域。隣の建物はDiamond Jubileeという名称のお酒の輸入業者か何かのようだ(その建物もかわいい)。


大きな地図で見る

コープランド社の製品は、「織りが柔らかいので刺繍をほどこすのに向いたリネンです」と紹介されている。実際、Internet Archiveで会社のサイトを見ると、クロスステッチの刺繍キットなどがある。

「歴史」の項を見ると、アイリッシュ・リネンがフランスから迫害を逃れてきたプロテスタント(ユグノー)によってもたらされた技術であることなどがわかる。19世紀初め、技術の発達と発明により、(綿を主力としたイングランドとは異なり)アルスターでは亜麻の加工が盛んになった、などといったことも。

The linen industry is woven into the history of Belfast.

In the 19th century, it was one of the fastest growing cities in Europe, and its thriving linen factories were a major driver in its expansion.

By 1896, almost 100,000 people worked in the trade, making it the largest employer in the city.

Mr Smyth, now 78, began working in the industry in 1954 and remembers a time when linen factories and mills were all over Belfast.


「リネン産業はベルファストの歴史に織り込まれている」と、ニュースの片隅でシャレた掛け言葉で綴られる、小さな物語。19世紀、欧州で最も急速に発展した都市のひとつであったベルファスト、リネン工場は拡大の牽引役だった。1896年には10万人近くの人がリネン産業に携わっており、ベルファストで最大の雇用主になっていた。(造船がどかんと来るのはそのあとかな……。)

工場主のスマイスさんは現在78歳。1954年(60年近く前)にこの業界で働き始め、ベルファストじゅうにリネン工場やミル(紡績工場)があった時代を覚えている。

Historically, Belfast has been a centre for the Irish linen industry (earning the nickname "Linenopolis"), tobacco production, rope-making and shipbuilding: the city's main shipbuilders, Harland and Wolff, which built the well-known RMS Titanic, propelled Belfast on to the global stage in the early 20th century as the biggest and most productive shipyard in the world. Belfast played a key role in the Industrial Revolution, establishing its place as a global industrial centre until the latter half of the 20th century.

http://en.wikipedia.org/wiki/Belfast


http://en.wikipedia.org/wiki/Linenopolis の項を見ると、米国の南北戦争のころ(1860年代)、米国からの綿の輸入が途絶えて世界的な綿の供給不足が起きたときに、アイリッシュ・リネンが注目され、産業として再興した、という。

実際、ベルファストの中心部(市庁舎のあるような、ほんとにほんとの中心部)の一角は、「リネン・クオーター」と呼ばれている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Linen_Quarter,_Belfast
The site now occupied by Belfast City Hall was once the home of the White Linen Hall, an important international Linen Exchange. The Street that runs from the back door of Belfast City Hall through the middle of Linen Quarter is Linen Hall Street.

The Linen Hall Library, one of Belfast's oldest cultural institutions, that occupies a site in Donegall Square North in front of today's City Hall, started life within the walls of the White Linen Hall.


「リネン・ホール図書館」は、ベルファスト市庁舎の斜め前にある。入り口に「布のドレープ」のデザインがほどこされた、美しい建物だ。


大きな地図で見る

※あんまり関係ないけどこのリネンホール図書館と隣の赤煉瓦の建物を、Google Street Viewが、ほのぐらい時間帯に撮影したカットがある。これが、いい。
http://goo.gl/maps/HLP2E

こうして、ベルファストの「リネン」は地名や施設名、建物名にその名残を残すだけとなった。

かつては材料の亜麻の花が、アントリムの野原には咲き乱れていたという。






エントリ冒頭の写真は Cathrine Idsøe さんによる。CC BY-NC-SA 2.0での公開。
http://www.flickr.com/photos/cidsoe/2262761927/

写真、もう1点。誰がどう見ても「アルスター」の糸。イングランドで、おばあさんのお道具箱の中にあった未使用の糸だそうです。
Old Threads
* Photo by fras1977 (CC BY-NC 2.0)

※この記事は

2013年01月25日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼