kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年01月08日

映画『グアンタナモ、僕達が見た真実』とMC Riz

1月27日から、東京・日比谷のシャンテシネで、マイケル・ウィンターボトム監督の映画、The Road to Guantanamo(邦題は『グアンタナモ、僕達が見た真実』)が公開される。
http://www.guantanamo.jp/intro/index.html

この映画は、俗にTipton Threeと呼ばれた3人の「英国人」の実体験を、彼らの証言から映画化したものである。ドキュメンタリーではない。証言に基づいたドキュドラマ(再現ドラマ)である。

Tiptonというのは彼らの出身地(バーミンガムのあたり)。彼ら3人の「英国人」の若者は結婚式に出かけて、「テロリスト」として拘束され、拘禁された。「グアンタナモへの道」とは、地理的には、ティプトン→パキスタン→アフガニスタン→グアンタナモという道すじのことだ。

もう少し詳しく書くと、彼ら「英国人」は結婚式のためにパキスタンに行ったが、現地でボランティアとして支援活動に参加してアフガニスタンに行く。(当時は9-11の直後でアフガニスタンは激しい空爆にさらされていた。)そこで米軍と北部同盟に「敵性戦闘員」として捕らえられてしまうのだが、それは彼らがそこにいたからだったのかもしれないし、「白人」ではなかったから――パキスタン系だったからだったのかもしれない。少なくとも、彼らが武器を持って戦っていたからではなかった。

アフガニスタンで米国側から「敵性戦闘員」と決め付けられた彼らは、アフガニスタンの拷問拘置所を経てグアンタナモに移送され、そこで裁判を受ける権利(起訴され弁護士をつける権利)も奪われたまま、「アルカーイダとつながっているのだろう」と自白するまで拷問(公式用語では「苛烈な尋問」)を受け、2004年3月に起訴されることなく解放されるまでの2年あまりをグアンタナモで過ごすことを余儀なくされた。なお、身柄拘束の事実が家族に伝えられたのは、実際に彼らがアフガニスタンで拘束された数ヵ月後だった。

映画公開に先立って、アムネスティ・インターナショナル日本とヒューマンライツ・ナウが、実際にこの「グアンタナモ送り」を体験したご本人たち2人を招いた催しを行なう。1月12日(金)の午後6時開場、場所は東京の青山学院大学・青山キャンパス。要事前申し込みとのことで、興味がおありの方は下記ページから。(もう定員埋まってしまってたらすみません。)
http://secure.amnesty.or.jp/cgi-local/news.cgi?vew=1

さて、この映画は、通常の「映画館で封切り」→「数ヵ月後にDVD発売」→「しばらくしてテレビで放映」という公開方法を取らず、最初にテレビで放映し、その翌日に通常のロードショー(映画館)とDVDのリリースとオンラインでの配信とを同時に行なった。つまり英国での公開に際しての製作者の意図としては「とにかく多くの(英国の)人に見てもらいたい」ということだ。

個人的には「ウィンターボトム映画、日本では『トリストラム・シャンディ』はすっ飛ばしてしまうんでしょーか〜?」という不満があるのだが、ともあれ、映画館で字幕つきでこの映画が見られるのは歓迎だ。(字幕なしでもいいから今すぐに見たいという人は、適当に検索してみればネット上で見つかるはず。)

さて、この映画にはとんでもない後日談がある。

この映画は、2006年春のベルリン映画祭で銀熊を受賞した。それだけなら「ふむふむ」で済むのだが、ベルリンでの上映の場に出席した主演俳優と「ティプトン・スリー」ご本人たちが、ベルリンから英国に戻った際に、ロンドンの空港のイミグレで別室送りとなり(根拠はテロ法)、英国の法執行機関のオフィサーに罵られ、弁護士への連絡も許可されず、「イスラムの大義を追究するために俳優になったのか」と質問される、という悪質などっきりカメラのような事態が発生した(詳細は昨年2月の当ブログ@旧URLにて)。

イミグレでの「別室送り」は、あまり当たり前のものではないにせよ、そう珍しいものではない(ご禁制の品の持ち込みの嫌疑がある場合などを含む)。だが、『グアンタナモ』の映画の俳優らを「別室送り」にするとは、仮に「どっきり」だとしてもあまりに下品だ。英国名物のブラックユーモアにも程度というものがある。いや、事実としてはあれは「どっきり」ではなく「ガチ」だったのだから本当にタチが悪い。

彼らがパキスタン系英国人(移民2世:国籍は英国)でなければ――もっと言えば「白人」だったならば――、自分のパスポートで自分の祖国に入国しようとして、「テロ法」で引っ張られる、ということなどなかったに違いない。

ちなみに、「別室送り」になった俳優のひとりRizwan Ahmed(プロモ用のプロフィール)は、オックスフォード大学卒(哲学、政治学、経済学のディグリー持ち)であり、俳優としての活動のほかに、"MC Riz"として音楽活動も行なっている。
http://www.myspace.com/rizmc

MC Rizの'THE POST 9/11 BLUES' という曲はMTVやラジオが放送してくれないとのこと。彼が自分でYouTubeにアップしているので見るべし。
http://www.youtube.com/watch?v=AKTsJpfC0IQ (3分43秒)


なお、グアンタナモに拘置されていた英国人(英国籍を持つ人たち)は、「ティプトン・スリー」を含めて、全部で9人。2004年3月に「ティプトン・スリー」3人とほか2人の計5人が起訴されずに解放され、2005年1月に残る4人も起訴されずに解放されて、グアンタナモの英国人は全員、自由の身となっている。(英国政府は「国民」の生命についてはかなり真剣に動く。つい数週間前も、グアンタナモとはまったく関係がないが、パキスタンで死刑判決を受けた英国人が、英国政府の必死の働きかけののち、死刑執行まであと数日という段階でパキスタンから国外退去となり、英国に戻るという出来事があった。)

ただし英国籍を持っていない英国在住者(「レジデント」のステータスの人たち)は、まだ拘置されたままである。

次の記事では、グアンタナモの英レジデントについての最新のニュースを。(たぶんアップは9日。)

※この記事は

2007年01月08日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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