kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年12月24日

名誉爵位とアイルランド人

U2のBonoが名誉爵位(honorary knighthood)を受ける、という報道が23日にあった。彼の、音楽活動および人道面での活動によるものだという。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/6206063.stm

駐アイルランド英国大使館によると、Bonoが受ける爵位は、honorary Knight Commander of the Most Excellent Order of the British Empire (KBE) である(一覧)。(この「大英帝国勲章」という名称は、この叙勲制度が始まった1917年に定められたものであり、いかにもアナクロニズムであるが。)

これが皮肉なのは、「ロックスターがKBEだって」ということによるのではなく、彼がかつてステージ上で白旗ぶん回したり、アイリッシュ・トリコロールといういわば「反英」精神のシンボル(トリコロールは、「反王室」=「共和主義」のシンボルである)を自分のものとして使っていたことによる。

しかし、いかにトリコロールを使っていたにせよ、彼は「IRAのシンパ」ではない。彼の1つ前の世代に属するジョン・レノン(アイルランド系イギリス人)が、心情的にIRAをサポートしていたのとは違って――ジョン・レノンは、ほかの多くのアイリッシュの芸能人と同様に、"power to the people" 的な意味で公民権運動を支持しただけでなく、リパブリカン・ムーヴメント(Republican Movement、つまりIRAとシン・フェインのこと)に共感を示していた。ただ、それがどこまで「本気」だったのかは別の話だが――、Bonoは「武装闘争」(へのロマンチックで能天気な支持)を明確に否定している。

U2 Ruttle and HumLet me tell you somethin'. I've had enough of Irish Americans who haven't been back to their country in twenty or thirty years come up to me and talk about the resistance, the revolution back home... and the glory of the revolution... and the glory of dying for the revolution. Fuck the revolution! They don't talk about the glory of killing for the revolution. What's the glory in taking a man from his bed and gunning him down in front of his wife and his children? Where's the glory in that? Where's the glory in bombing a Remembrance Day parade of old age pensioners, their medals taken out and polished up for the day. Where's the glory in that? To leave them dying or crippled for life or dead under the rubble of the revolution, that the majority of the people in my country don't want. No more!

大勢のアイルランド系アメリカ人が「レジスタンス」の話をする。20年も30年もアイルランドには帰っていないのに、祖国の「革命」を語りたがる。「革命」の栄光について、革命のために死ぬことの栄誉について、口にする。「革命」ね、ばかばかしい。「革命」の栄光を口にする連中に限って、「革命のために殺すこと」の話はしない。寝ている人をベッドから引きずり出して、妻子の前で射殺する、その何が「栄光」だと言うのか。老人の戦没者追悼パレードを爆弾で攻撃することの、何が「栄光」だと言うのか。「革命」とやらの瓦礫の下で、人が死んでゆく、あるいは手足を失う、身体が麻痺する。そんなことを望んでいる人間はアイルランドではわずかだ。もうたくさんだ。

-- 1987年11月、エニスキレンでのIRAの爆弾テロ(最終的に12人死亡、63人負傷)当日のライヴ会場でのBonoの発言より


Bonoのこの発言は波紋を広げた。特に「IRAの武装闘争は汚いテロ攻撃ではない、民間人は殺さないように配慮している」というプロパガンダ(あれを信じている人もいるだろうけど、あれはプロパガンダです。「人道的な戦争」というのと同様の)を撒き散らす側は怒り狂ったらしい。彼がIRAのヒットリストに載せられたという話もある。

だが、彼は(というかU2は)、最初から「武装闘争」を否定していた。「帝国主義の圧制」によって殺されていく人々の血と屍を前にしても、「自分は銃を手に取ることを拒否する」と宣言している。
Broken bottles under children's feet
Bodies strewn across the dead-end street.
But I won't heed the battle call
It puts my back up, puts my back up against the wall.

...

And the battle's just begun
There's many lost, but tell me who has won?
The trenches dug within our hearts
And mothers, children, brothers, sisters
Torn apart.

-- "Sunday Bloody Sunday" (1983)

Sunday Bloody Sundayは、直接的に、1972年1月30日のデリーの出来事のことと、1920年のダブリンでの出来事のことをテーマにしているという。つまりは「占領者の圧倒的暴力にさらされた被占領者」の苦しみが、何度も何度も繰り返されること(How long must we sing this song?)と、共感と忘却のスピード(And today the millions cry, we eat and drink while tomorrow they die.)についての詩。だからこそ、この曲はやたらとリアルなのだ。

現在、手に見えない血が染み付いた世界の大富豪や政治指導者(ブッシュ、ブレア、シラクら)と並んでにやにやしているボノを見るたびに私は軽く吐き気に襲われるが、それは、「IRAの武装闘争」の真実をここまで明らかにしてみせた人物が、「人道主義的な配慮をすることができる文明社会・民主主義世界の指導者たち」については何ら見ようとしていない(少なくともそう見える)からだ。あの態度は、非常に容易に、21世紀はじめの「文明の衝突」論、つまり「キリスト教文明と、イスラム教という非文明の衝突」という文脈に取り込まれ、それに寄与する。(そもそもあの論の視野に入ってさえいない仏教徒、それも「葬式仏教」徒としては、「わたしの居場所がありません」って感じなのだが。)

特に何か言いたいことがあってこれ書いてるわけではないんだが、(今回の叙勲とは関係ない話で)「アイルランドの反乱」と「U2」をあまりに安易に結びつける言説をネットでたまたま多く見かけたので何となく書いてみたくなった。「ブラッディ・サンデー」のことを「IRAのテロ」と書いてしまうくらいにものすごい事実誤認まであっても不思議じゃなくて、それも気になってた(あれは英軍が非武装の民間人に発砲した事件で、IRAが民間人を攻撃した事件ではない)。『麦の穂をゆらす風』のロードショーも、東京ではそろそろ終わるだろうし。(あの映画が、まだsettleしない。どう解釈すればいいんだか。「時代劇という形式で現代を描いた」? あのようなことが欧州の一角で行われていたということは、そこまで知られていないんだろうか。)

ああそうそう、エドマンド・バークの「反フランス革命」の思想(「保守主義」といわれるもの)は、バークがアイルランド人だったこと(アングロ・アイリッシュだが)を考慮に入れた上で見なければ。フランス革命の中核にあった「国王を廃す」という思想は、ほかのどこの誰よりも、「英国の一部」としてのアイルランドを保とうとする人たちにとっての、大きな脅威であったはずだ。



ついでなので英国の爵位について。

KBEは、MBE(リンゴ・スターは確かMBE)やOBE(デイヴィッド・ベッカムがOBE)、CBEよりも上で、Sirの称号がつく位だが、Bonoはアイルランド人で英国籍を持っていないので、Sirの称号は、正式には、つかない。ただ、正式な言い方ではなく冗談めかして言うようなときに、「サー」をつけて呼ばれることになるかもしれない。

ミック・ジャガーもKBEで、彼は英国籍なので名前の表記はSir Michael Philip Jagger, KBEが正式となる。

※この記事は

2006年12月24日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 14:49 | Comment(2) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Bono joins Geldof as an honorary Dublin knight
Henry McDonald, Ireland editor
Sunday December 24, 2006
http://observer.guardian.co.uk/uk_news/story/0,,1978535,00.html

The U2 front man follows his compatriot Bob Geldof, who received the same award. The writer of 'Sunday Bloody Sunday' - the song dedicated to the Derry civilians shot dead by British paratroopers in 1972 - will become an honorary Knight Commander of the Most Excellent Order of the British Empire.

The award is in recognition of Bono's services to the music industry and his humanitarian work. It will be bestowed by David Reddaway, the British ambassador to Ireland, in Dublin on New Year's Day.

とのことですが、Sunday Bloody SundayはもともとはThe Edge(ギタリスト)が作詞・作曲したものなので、ヘンリー・マクドナルドのその部分の記述は微妙です。

ちなみに、ナイトの爵位を授与されていても英国の臣民(より正確にはコモンウェルスの国民)ではないために「サー」の称号がついていない人には、ビル・ゲイツとか、ジュリアーニ(元ニューヨーク市長)とか、スティーヴン・スピルバーグとかがいます。ガーディアンの記事ではサイモン・ウィーゼンタールの名前もありますね。

ボブ・ゲルドフ(アイルランド人)も、UKのメディアでは「サー」つきだったりしますが、正式には「サー」なしです(英国の臣民ではないから)。
Posted by nofrills at 2006年12月26日 23:36
この件についてのブログを見ていたら「エリザベス女王が爵位を授与」という記述(報道からの引用)がけっこうたくさんあったので、ちょい説明。

もちろん爵位を授与できるのは国王だけなのですが、実際に授与の式典をするのは、国王(エリザベス2世)の代理としての駐アイルランド共和国英国大使です。ひとつ上のコメントに引用したガーディアン記事参照。(というか、「国王が爵位を授与」ってほとんど意味のない記述なんだけどね。国王じゃなければ授与できないものなのだから。「埼玉県で選挙が行なわれた」というときに「埼玉県で埼玉県民によって選挙が行なわれた」とか言わない。)

それと、「英国人ではないので『サー』にならない」ことについても補足。

これは残念なこととかじゃないのですよ。ナイト(騎士)は君主に仕えるものであり、「サー」の称号はそのしるし。つまり「サー」は英国の国王に忠誠を誓わなければならない。しかるに、アイルランド人とか米国人とか日本人とかは、英国の国王に忠誠を誓う必要はないし、誓ってはならない(自国のほうが重要です)。

だからアイルランド人が正式な「サー」になるなどということはありえない。少なくともまったく別の国として独立した後は。

この点については、「英国の国民(citizen)ではないから」ではなく、「英国の臣民(subject)ではないので」と説明すべきところですが、英語記事でもcitizenで説明しているものがけっこうありますね。
Posted by nofrills at 2006年12月27日 10:23

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼