kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2006年12月07日

「トルコのEU加盟」と「人権問題」とキプロス

つい数日前に買った本・・・手嶋龍一さんと佐藤優さんの対談本で、幻冬舎の新書(<新たに創刊。都心の大型書店では大きなポップが立っているし、住宅街の小規模な書店でもものすごい勢いで並べられている)。

4344980115インテリジェンス 武器なき戦争
手嶋 龍一 佐藤 優
幻冬舎 2006-11

by G-Tools


著者も版元もアクが強いし、中身もアクが強いけれど、とりあえず読んでみる価値はおおいにある。めっぽう面白い、不思議な本だ。(某大型書店で下記の新刊と並んでいたのだが、財布の中身の関係でとりあえずは新書のみ購入。下記もパラパラと見てみましたが、ちゃんと読んでみたい本です。)
4022502452ナショナリズムという迷宮―ラスプーチンかく語りき
佐藤 優 魚住 昭
朝日新聞社出版局 2006-12-05

by G-Tools


さて、『インテリジェンス 武器なき戦争』から引用(p.131):
佐藤 ……そもそもチェチェン問題というのは、1999年まで、「チェチェン独立派対モスクワ」という対立の構図でした。しかし98年頃から、アルカイダがチェチェン共和国に入ってきます。……ここまで盛り上がると、モスクワとしては断固として平定に乗り出さざるをえません。そこで……当時ロシア首相だったプーチン以下、情報機関も軍も「国際テロリズムが存在する。これは国境を越えたネットワークで、イスラムの帝国をつくろうとする本格的な武装原理主義運動だ」と主張したわけです。これに対して、アメリカやイギリスは「嘘だ。そんなものは存在しない。ロシアの人権弾圧や民族自決の抑圧の口実にすぎない」と主張し、ロシアと西側が対立したんです。

もちろん、チェチェンには「武装主義原理運動」か「ロシアの人権弾圧(人権蹂躙)」かのいずれかだけが存在している、という話ではないのだけれども、どのような「対立」がいかにして生じたかを短くまとめると、こういうことになるのだろう。(「そんなものは存在しない」としていたイギリスのスタンスは、2000年ごろのテレグラフの記事でも見てみると、よくわかると思う。たぶん、コソヴォ問題との兼ね合いがあったんではないかとは思うのだが、どうだろう。)

つまり、「人権問題」が政治的な何かとして用いられたときの図式。「西側」の価値観としての「人権」。

さっきBBCで「トルコ」についての記事を見かけたとき、何となくこの記述を思い出した。特に直接関連しているわけじゃないのだが。

Europe diary: Island isolation
7 December 2006
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/6215410.stm

BBC EuropeのMark Mardellがキプロスに行き、現地の人に話を聞いて書いた記事。もっとちゃんと説明すると、ギリシア側(南)とトルコ側(北)に分断されたキプロスの、トルコ側(the self-declared Turkish Republic of Northern Cyprus)からのレポートだ。ちなみに南は、「キプロス共和国」として2004年にEUに加盟した(ポーランドとかチェコとかリトアニアと同じときに)。

記事の目的を述べた部分から、引用:
Turkey is facing a crisis in its talks about joining the European Union precisely because of its stubborn insistence on ending this isolation. The world's governments regard the north of Cyprus as an illicit state, an indirect consequence of Turkey's invasion of the island in 1974 - or the "peace operation" or "intervention" as they call it this side of the border.


トルコについて、特に「EUへの加盟の是非」という点で「問題」とされてきたものには、文化的問題と、経済的問題と、政治的問題がある。文化的問題とはトルコが「キリスト教ではなくイスラム教が主流の国である」こと。経済的問題とは、トルコがEUに加盟したら、「域内の人の移動の自由」により、非常に多くの「事実上の経済難民」が西欧諸国にやってくるのではないか、ということ。(参照:ウィキペディアとか。)

また、EU加盟には明文化された政治的条件(下記太字部分)があり、トルコはそれを満たしていないという議論がある。これが「政治的問題」で、それを語る上でクローズアップされてきたのが「人権問題」だ。

http://jpn.cec.eu.int/union/showpage_jp_union.enlargement.php
EUに新規加盟するための基準は1993年のコペンハーゲン欧州理事会で決定され、「コペンハーゲン基準」と呼ばれています。 コペンハーゲン基準は加盟のための要件として、加盟申請国が以下の諸条件を満たすことを定めています。

民主主義、法の支配、人権および少数民族の尊重と保護を保証する安定した諸制度を有すること(政治的基準)
・市場経済が機能しておりEU域内での競争力と市場力に対応するだけの能力を有すること(経済的基準)
・政治的目標ならびに経済通貨同盟を含む、加盟国としての義務を負う能力を有すること(EU法の総体の受容)

つまり、国内法に置き換えられたEU法が適正な行政・司法機構によって効果的に施行されていくよう、行政改革を通じて統合に必要な条件を整えることが要求されているのです。

「トルコのEU加盟」には「人権問題」の解決が必要とする論は、国際政治のレベルでは、トルコでは上記の「政治的基準」が満たされていないという主張とつながっている。(なお、アムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチなどの人権団体が「トルコにおける人権蹂躙」を告発することについては、個人的に非常にレスペクトしている。AIやHRWをけなす意図は私にはまったくない。念のため。)

だがトルコについては、もうひとつ、大きくかつ微妙な「政治的問題」がある。それがキプロスだ。

日本語の記事:
http://news.goo.ne.jp/article/kyodo/world/20061127a3950.html
キプロス問題で協議決裂 トルコEU加盟に影響必至
2006年11月27日(月)22:43 共同通信

 【パリ27日共同】フィンランドからの報道によると、欧州連合(EU)議長国フィンランドのトゥオミオヤ外相は27日、EU加盟交渉を進めるトルコがキプロス国家承認を拒否している問題で、キプロスを承認するよう同外相が説得したがトルコは譲歩せず、協議が決裂したことを明らかにした。トルコのEU加盟交渉への影響は必至。

……

フィンランドはトルコ側に対し、港や空港をEU加盟国であるキプロスに開放することなどを求めていた。トゥオミオヤ外相は27日、トルコ、キプロス両国の外相とフィンランドのタンペレで個別に会談。内容は明らかにされていないが、トゥオミオヤ外相は会談終了後「フィンランドが議長国を務める間に合意に達することはできないとの結論に達した」と述べた。


http://news.goo.ne.jp/article/jiji/world/061207092353.7rpyo3w0.html?C=S
キプロスへの港湾開放に同意−EU加盟目指すトルコ政府
2006年12月7日(木)19:07 時事通信

【ブリュッセル7日】トルコ政府は7日、南北に分断する東地中海の島キプロスの南側に位置するギリシャ系のキプロス共和国の船舶や航空機に対し、自国の港湾を開放することに同意した。……

トルコ当局は欧州連合(EU)の議長国であるフィンランド政府にこの旨の決定を伝えた。EU加盟を目指すトルコがキプロス共和国に対して港湾を開放するのを拒否したことから、EUの欧州委員会は先週、加盟交渉の一部凍結を勧告していた。

……


さて、BBCの記事だ。キーワードは「孤立」。

BBCの記事の冒頭、記者のマーク・マーデルは、エルカン空港(トルコ側)の管理責任者、マフムート・ニハットと冗談を交わしている。12月だというのに海水浴ができそうな日差しのなか、空港職員が「暑いですねぇ」と言う。記者は「こんなに暖かいのに、この国では楽しむこともできないですね。孤立していて」と応じる。職員は「いやまったくそうです、孤立していて、ここでは何とも」と応じる。

観光地として大きな魅力のあるキプロス島だが、南北を分ける線の北側(トルコ側)は事実上の経済封鎖の状態。北側を「国家」として承認しているのはトルコだけなので、トルコとしかつながりがなく、ニハットさんの空港はトルコと往復する便しか発着しない。陽光はさんさんと降り注いでいるのに、昼間でも離発着は数時間おきで、職員は世界各地の空港の人たちと情報交換することもできない。ということを話しているときに、ニハットさんの近くに蝿が寄ってきた。それを見て彼は「蝿がきた、私は孤立していない」とかすかに笑う。こういうユーモアのセンスにBBCの記者は注目する。そして彼のこの悲しいユーモアのセンスがいつまで必要とされることになるのか、に。

ところ変わってファマグスタの港(地図を参照)。港には、カンボジアの旗をたなびかせたルーマニアの船舶が荷おろしの作業をしている(木材)。インド人の航海士は、黒海からレバノンへ何も問題なく航行してきたと言う。甲板の水夫たちはアラビア語で会話している。記者が港の管理責任者に、フィンランドが提案していた「開放」について質問をする。管理責任者は次のように答える。
"It's nothing. They would have opened the port for us but the port is open and active and has been since 1974. We are buying from all over the world."

つまり、港を開放しようがしまいが何がどうという話ではない。

ではその「港を開放」という案はどういうことか。
... the semi-official view seems to be that "opening up" would be equivalent to giving the port back to the Greek Cypriots and at the added price of the military having to move out of the area.


北キプロスは港ではなく空港の開放を望んでいるようだ。商工会議所の所長は次のように述べている。
The president of the Turkish Cypriot chamber of commerce, Erdil Nami, joins us on the dockside. He confirms that the real prize would be the airport. He says: "The plan was unbalanced from the beginning and balance would mean including the airport in the package. We're not a country that produces much. We rely on services, like tourism and educating university students, and for this we need a normally functioning airport."


それとは別に、南北の分断はトルコのEU加盟にとって大問題となっている。トルコは南キプロスを認めておらず、島の南北の国境は封鎖されている。南はすでにEUに加盟している。つまり、仮にトルコがEUに加盟した場合、域内の移動は自由であるはずのEUで、大きな矛盾を生じさせる。とりあえず、トルコが港を南に開放することに合意したことは、政治的には意味はあるだろうが、それが北側の人たちのためであるとは言えない状況だなあ。

島の北側とトルコについて、BBC記事には次のようにある。
Turkey sees itself as the protector of people who believe they should have their own space, even if no-one else agrees with them.

「誰も彼らに同意していない(no-one else agrees with them)」として、トルコだけが「人々を守っている」と考えているのだと書いている。

「トルコ系」のキプロス人とは何か、ということも重要なのだが、この点はwikipediaなど参照。
http://en.wikipedia.org/wiki/Cyprus#Demographics
Greek and Turkish Cypriots share many customs but maintain separate ethnic identities based on religion, language, and close ties with their respective motherlands. Greeks comprise 77% of the island's population, Turks 18%, while the remaining 5% are of other ethnicity.

After the Turkish invasion of 1974, about 150.000 Turks from Anatolia were transferred or decided to settle in the north. This number also includes many Kurds. This has changed the actual demographic structure of the island.


なお、実際には、現在のキプロス問題は「大英帝国」の遺産のひとつだ。ウィキペディアから。
エジプトの植民地化を進めていたイギリスはこの島の戦略的価値に目をつけ、1878年、露土戦争後のベルリン会議でオスマン側に便宜を図った代償にキプロス島の統治権を獲得。さらに1914年、同年勃発した第一次世界大戦でオスマン帝国が敵対したのを理由に正式に併合した。

第二次世界大戦後、ギリシャ併合派、トルコ併合派による反イギリス運動が高まったため、1960年にイギリスから独立。しかし1974年にギリシャ併合強硬派によるクーデターをきっかけにトルコ軍が軍事介入して北キプロスを占領し、さらにトルコ占領地域にトルコ系住民の大半、非占領地域にギリシャ系住民の大半が流入して民族的にも南北に分断された。

南北キプロスの間では国際連合の仲介により和平交渉が何度も行われ再統合が模索されているが、解決を見ておらず、北キプロスのトルコ系住民は、1983年以来、トルコのみが承認する「独立国家」北キプロス・トルコ共和国として南との分離を主張している(詳しくは、キプロス問題を参照)。

こうして分断されたキプロスでは、北は南を承認していない(自分たちこそが正当なキプロスの政府であるとしている)。南は北を承認していない。分断線は国連の緩衝地帯だ。だが、地図のなかに英軍基地を確認すれば、これがどういう話なのか、考えをめぐらすことは難しくないだろう。(イラク戦争などでもこの基地は重要な役割を果たしている。最も近いニュースでは、今年夏のレバノン・イスラエル紛争のときに、レバノンから脱出する英国人をキプロスの基地経由で英国に送っていた。)

BBCの記事は、とても興味深く読んだのだが(記事の最後に北の政府の大統領へのインタビューがある)、「英国にとってキプロスとは何か」という点については触れられていない。

もちろん、「キプロス問題」には、1974年のトルコ軍の介入をどう評価するか、それに至るまでの「民族対立」(というよりもギリシア系がトルコ系を「二級市民」として扱っていた社会、というほうが正確なのかもしれない)をどう見るか、といった点も関わっていて単純な話とは思えないし、私もほとんど知識はない。

なお、「キプロス(Kypros)」はギリシア語読み(ほんとは y はアクサンつき)。トルコ語読みでは「キブリス(Kibris)」となる(ほんとは i はトルコ文字)。Cyprusは英語表記で、英語読みすると「サイプラス」(語強勢は第一音節)。日本語での「現地読みにしたがう」という表記基準で「キプロス」となっていることそのものが、トルコ側の否定でもあるのかもしれない。

ところで、紛争の時期に旧宗主国である英国に移住したキプロス人はけっこういるんだが、ロンドンの「キプロス人コミュニティ」では、基本的に、双方が互いにいがみ合ったりはしていない。私はギリシア系のキプロス人が多い地域に少し滞在していたことがあるが、ギリシア食品店の隣はトルコ系のパン屋、向かいはギリシア系のパン屋、その並びはアイリッシュ・パブとカレーのテイクアウトの店(<どちらも、どこにでもある)という具合で、街にあった銀行はギリシア系のキプロス銀行と英国のバークレイズ銀行だった。ギリシア系の人の所有する物件にトルコ系の人が住んでいたりもする。ただし、まったく対立がないとまでは言えない微妙な雰囲気はあったかもしれないな、と思う。ただそういうちょっとした「区別」の意識が、暴力的なレベルにまで高まるような要素は、そこにはなかった。ただし02年のワールドカップのあとには、「トルコ系」の人たちの間での小競り合いがあったと聞いているが。
http://www.bbc.co.uk/london/content/articles/2005/05/27/cypriot_london_feature.shtml

なお、74年の軍事介入の数ヶ月前にキプロスをひとりで旅行された方の手記が、下記にある。(パート30からあと。)
「70年代英国ヨーロッパ一人旅行記」@ウェブログ「Jun's my Taste」さん
http://ninosan.cocolog-nifty.com/blog/cat1841060/index.html

※この記事は

2006年12月07日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 22:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

この記事へのトラックバック





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼