kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年11月09日

ラム爺更迭キターーー。

「更迭」じゃなくて形式は「辞任」ですが。

Rumsfeld replaced after poll loss
http://news.bbc.co.uk/2/hi/americas/6130296.stm

BBCも「特別大きなニュース」のレイアウトです。

Rumsfeld replaced after poll loss
※画像クリックで原寸表示。

ガーディアン:
Rumsfeld pays price as US sends message to Bush
http://www.guardian.co.uk/midterms2006/story/0,,1942974,00.html

テレグラフ:
Rumsfeld resigns after Democrat victory
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2006/11/08/uelect107.xml

まあ、このへんはどれを読んでも同じでしょう。

一方で一歩先に行っているのが、ベネズエラのチャべス大統領・・・

Bush should resign, Rumsfeld should go to jail - Chavez
09 November 2006
http://www.stuff.co.nz/stuff/0,2106,3855414a12,00.html

「小泉劇場」なんてケチくさいものを「劇場」なんて呼んでたらいかん。本物の「劇場」はこれです。先日の「元気なカストロ議長」の劇場っぷりもなかなかのものがありましたが。(しかし確かアディダスのジャージだったよね。キューバの国旗の色の。)

でもチャベスさん、チェイニーのことはうっかり忘れているのかな?

話を元に戻して、ラムズフェルドに対しては、今年に入ってから、米軍内部や元米軍高官といった立場の人たちからも、かなりオープンな批判がありました。ブッシュ政権としては準備は進めてきたことでしょう。

解説記事、というか政治家としてのドナルド・ラムズフェルドのオビチュアリーとしては、たぶんテレグラフがいいと思うんで(ある意味ね)、URLだけ。(まだ読んでません。)
Rumsfeld a casualty of his own 'war on terror'
By Toby Harnden in Washington and Philip Sherwell in New York
Last Updated: 6:59pm GMT 08/11/2006
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2006/11/08/urumsfeld108.xml

アメリカのメディアの記事はまだ何も確認していませんが、とりあえずあとでChristian Science Monitorくらいは見てみることにします。

記事は下記にクリップしていく予定。
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/Donald%20Rumsfeld/

(4月半ばを最後に「ラムズフェルド」のタグを付け忘れていることに今気づいた。)

※この記事は

2006年11月09日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 07:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼