kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2012年02月05日

「嘘を嘘と……」ということについて。

【2月6日夜、重要な追記あり。エントリ末尾参照】

こんなページを見かけた。屋内で、石の床の上に広がった真っ赤な液体(普通に見れば「血だまり」)を、自在箒のような道具で掃除する子供の写真だ。(血が苦手な人は見ないほうがいいです。)
http://strangesanum.tumblr.com/post/7530271635/nemxys-gaza-the-face-expression-of-a

そこにはこんなキャプションがつけられていた。


日本語にすれば、「ガザ:イスラエルの砲撃によって殺されたきょうだいの血を掃除するパレスチナ人の子供の顔の表情。タフな子である」、「子供がこのような経験をすべきではない」。

私も「これはひどい」と思ったのだが、originally posted byのリンクにポインタを合わせてみると……あれ? URLには……
palestinian-kid-at-family-run-slaughterhouse-by-rj
家族経営の屠場でのパレスチナ人の子供、by RJ


このoriginally posted byのリンクをクリックしても、現在は削除されていますとのメッセージが出るだけで詳細は確認できない。そこでGoogleの画像検索で探してみたところ、下記のページが出てきた。

http://heavy-water.tumblr.com/post/4603403293/psychedelicbitchtits-taweela-palestinian-kid



こちらのキャプションは、「家族が所有するラマラに隣接する屠場で掃除を手伝うパレスチナ人の子供」。

こちらの画像はflickrにリンクされているが(なので、おそらくこちらが上で見たtumblrより前に転載された画像なのだろうと思う)、そのflickrのページが既に削除されている(ユーザーがアカウントを削除したとのメッセージが出る)。削除されたFlickrのユーザーネームで検索すると写真サイトも出てくるが、どうも同じ人の撮影とは思えない(いわゆる「ばかちょんカメラ」的な撮影で、のんびりした家族のスナップ写真だったり、風景写真だったり)。撮影者についても何も調べられなさそうだ。

この写真の撮影地点は「ガザ」なのか「ラマラ」なのか、この血は軍事攻撃で殺されたきょうだいのものなのか、食肉加工される動物のものなのか(合掌)。

そもそも、この写真は本当に「パレスチナ」で撮影されたものなのか。この子供は本当に「パレスチナ人」なのか。

ロイターやAPなどの配信した報道写真であれば、多くの場合、Googleの画像検索で撮影者クレジットまでかなり簡単にたどり着けるのでその方法を試してみたが、この写真の場合、Google画像検索のページを何ページか見てみても、撮影者の手がかりはない。英語・フランス語・スペイン語など世界的に話者の多い言語でTumblrやBloggerに転載され、英語で「ガザ:イスラエルの砲撃によって殺されたきょうだいの血を……」というクレジットのつけられたものが延々と続き(検索結果の3ページ目で上述の「ラマラの屠場」のクレジットのつけられたTumblrが1件出てくるが)、やがて言語は北欧の言葉やロシア語やアラビア語も入ってくるが、ずうっと見ていっても撮影者が誰なのか、有益な手がかりは得られそうにない(ひょっとしたらロシア語やアラビア語など、私が読めない言語で何か手がかりがあるのかもしれないが)。日本語でブログに転載されている例も1件だけあるが、家屋取り壊しの写真、(おそらくオペレーション・キャストレッドのときの)砲撃後の写真や、そのほかコンテクストのわからない「死」の写真と一緒に掲載されていて、それぞれの写真についての解説は添えられていない。(見た人の印象は書かれているが。)

画像のExif情報もなく、つまり、この画像からは私には何もわからない。

結局、この血は何の(誰の)血なのか。撮影地はガザ地区なのか西岸地区なのか。

私が見た2種類のキャプションの少なくとも一方は「嘘」なのだが(両方とも「嘘」ということだってありうるのだけれども)、「嘘」を「嘘」と見抜くことは、そんなに簡単ではない。

(ただ、床面に血の塊のようなものが広がっていることからも、「屠場の掃除」のように私には思えるが。)



【2月6日、トラバを受けて、追記】
id:tonmanaanglerさんからトラバをいただいた。「血だまりと自在箒と子供」の写真について、私が調べきれなかったことを引き続き調べてくださった。(多謝)

2012-02-05 ■Family Run Slaughterhouse
http://d.hatena.ne.jp/tonmanaangler/20120205/1328437948

例の写真が元々誰の撮影によるものかまで突き止められているので、上記URLクリックして是非お読みいただきたい。

撮影者(エルサレム在住のアマチュア・フォトグラファーのようです。だからガザへのアクセスはないはず)のキャプション:


※500pxのサイトへのアップロードは2011年12月、撮影は2010年3月で、その間にflickrにアップされていた時期がある(現在はflickrアカウント削除)、ということですね。

(いやあ、はてなユーザーからのトラックバックって有益だなあ。ね、近藤さん!

当方の当エントリの「このoriginally posted byのリンクをクリックしても、現在は削除されていますとのメッセージが出るだけで詳細は確認できない」の記述に対して:
アーカイブに格納されてますね。

⇒Private Thought(血だまりの画像閲覧注意)
http://outlandplasty.tumblr.com/post/7548505389/palestinian-kid-at-family-run-slaughterhouse-by-rj

おお。確かに、アーカイヴにある。昨年の7月12日。



(すぐに見つかったのは、このTumblrの人の投稿数が少ないのと、昨年8月に更新が停止しているのとで助けられた面が大きい。)

このoutlandplastyの人は、居住地などはわからないが、若いムスリマのようだ。彼女のTumblrは、「ネット上で見かけた心に残った言葉や画像・映像を貼り付けておくスクラップ・ブック」としては何の変哲もないし、notesの数も、少なくはないがそんなに際立って多いわけでもない(数十から300くらいが多い)。たぶん、ネット上でゆるーくつながってる人たちが大勢いる、というカジュアルなTumblrユーザーの1人なのだろう。Tumblrを見る限りでは、政治的関心は高くない(2011年の「アラブの春」への言及がほとんどない。2万件近くreblogされているリビア連帯のGIFなど、何点かの画像が貼ってあるだけ)。最初の投稿から1年もしないうちに更新が停止されている。

(ちなみに、ずーっと前に登録するだけして単にflickrのフィードかまして放置状態の私のtumblrは、誰とも「つながって」いないので、noteは全部ゼロである。)

ともあれ。

問題の「血だまりと自在箒と子供」の写真(notesの数は1,747)をoutlandplastyの人がたんぶらに取り上げたのは、2011年7月12日。そのキャプションは:
Palestinian Kid at Family Run Slaughterhouse by RJ Stitt
(家族経営の屠場でのパレスチナ人の子供 by RJ Stitt)

The facial expression of a Palestinian Kid assists with cleaning at his families slaughter house next to Ramallah Palestine
(パレスチナ、ラマラに隣接する場所で、家族が経営する屠場で掃除を手伝うパレスチナ人の子供の顔の表情)

http://outlandplasty.tumblr.com/post/7548505389/palestinian-kid-at-family-run-slaughterhouse-by-rj

当エントリ本文でも見た部分だが、outlandplastyの人が書きとめておきたかったのは、「床の血」ではなく、「(いやな仕事をお手伝いさせられている)子供の表情」なのだろう。しかもこの子、自分の足に向かって汚れを掃き集めている。(これでは次に一歩踏み出したときに汚れを広げてしまう。)

しかしなぜかここに、妙なタグがつけられている。最後の1つ。


自分のアカウントで、使い慣れないTumblrのわかりづらいインターフェースを触ってみて確認したのだが、「タグ」は投稿者本人にしかつけられないようだ。ということは、いずれかの時点で、このoutlandplastyの人も「イスラエルの砲撃、ガザ」云々をどこかで見て、そのように投稿したのだろうと推測できるが、はっきりしたことはわからない。

(あまり政治的ではなく、土地勘のない子が、「パレスチナ」は認識していても「ガザ」と「ラマラ」の違いは認識していない、ということは、ありがちなことではあると思う。というか少し前にそういう事例に接したことがある。パレスチナの中の人たちや周辺国の難民キャンプの人たちと、完全に在外の人たちとの間で共有しきれていない「感覚」というか、そういうもののひとつなような気はした。)

さて、outlandplastyのページで確認できるこの写真の投稿後のreblogの状況は:



このように、「すごい写真だ」(実際、すごい写真だ)と述べてお祈りしたり、「これ見たら、私がやだやだと思ってることなんか何でもないような気がしてきた」と述べたりといった反応で、「戦争」云々の反応はない。

様子が変わるのは、その少し後だ。上のキャプチャ画面で一番最後(一番上になっている)のismilejust4youさんの少し上(後)のキャプチャ。(ちなみにこれらのキャプチャ画像の中のテクストは、上に行くほど新しい。)



nargenie reblogged this from mynameisgoddess and added:
The face expression of a palestinian child...brother, killed by Israeli shells . He is so...

つまり、nargenieの人が、mynameisgoddessからreblogしたときに、「きょうだいがイスラエルの砲撃で殺された」云々と書き足したということだ。

nargenieの人のアーカイヴで確認すると日付は7月12日。この人のTumblrも「若いムスリマのスクラップ・ブック」だが、明らかにティーンエイジャーという感じのoutlandplastyよりキャピキャピ度は低い。落ち着いた性格なのか、10年前の問題(911やグアンタナモ)への言及もあることから考えて、少し年齢が高いのだろう(20代前半という印象)。全体的にセレクトされているものから見て、米国在住の感じがする。



http://nargenie.tumblr.com/post/7539231503/gaza-the-face-expression-of-a-palestinian-child


※このページ、kwoutでキャプチャできないようになっているので手動でキャプチャした。その際、画面が暗すぎて文字が判読できないので、コントラストをさわった。

GAZA: The face expression of a palestinian child cleaning the blood of his brother, killed by Israeli shells . He is so tough.

No child should have to go through this

It breaks my heart.

(Source: outlandplasty)
Reblogged 6 months ago from mynameisgoddess (Originally from outlandplasty) 1,747 notes

これは、この人(nargenieの人)の作文か? あるいはどっかから回ってきたのを(「善意」で)付け足したのか? いずれにせよ、outlandplastyのところから写真を転載する際にnargenieの人がつけたしたことは、ログに残っている。(いずれかの時点では、outlandplastyのところにもこういう文言があったのかもしれないが。)

nargeniが転載したmynameisgoddessも、outlandplastyと同じく「若いムスリマ」の「すてきな写真や言葉」を集めたスクラップ・ブック的たんぶらのようだが、1日に5件も10件も投稿する感じで今も更新が続いており、この写真にたどり着くのは正直大変だった。投稿日はかなり遅れて7月24日になっている(んー、時系列が……)。(この写真にたどり着く過程で、どうやらイングランド在住らしいということが把握できたが……昨年の8月暴動での投稿が非常に多く、その内容がいかにも「現地」っぽい。)



上の記録を見ると、nargenieが「きょうだい」云々を書き加えたように読めるが、mynameisgoddessのところで確認すると:
http://mynameisgoddess.tumblr.com/post/8038553269/love-tells-all-strangesanum-nemxys-gaza


mynameisgoddessが転載しているのは、love-tells-allによる「これは屠場ですよ(家畜の血ですよ)」という説明。love-tells-allはnemxysの「きょうだい」云々(それをstrangesanumが転載している)を、明確に否定している。

nargenieの人は、この中からわざわざ、love-tells...が否定しているnemxysの言葉だけを拾ってコピペしたのだろうか。

……ということは、やっぱりこの nemxys っていう人の言葉(このエントリの冒頭参照)がぐるぐる回ってるっぽいよね。(nargenieの人のも回ってるかもしれないけど……にしても、一字一句同じなんだよね。)

しかしこのnemxysっていう人は、消えてるんだよね。
http://nemxys.tumblr.com/

(あの界隈をうろちょろして長いと、明らかにハスバラ、って思うのだけど、わからん。)

mynameisgoddessの人も、たぶん最初はnemxysの「きょうだい」云々を真に受けて、それを転載(リブログ)していたのだろうと思う。じゃなければnotes-of-the-selfの「こんな経験をしてるなんて、胸が痛みます」というコメントが出てくるはずはないだろう。

その後の、別の枝(poeticislam筋)から派生しているlivelifewithtruthの「この人たちが被害者ではなく加害者と見られるなんておかしい」というコメントも、nemxysの「きょうだい」云々が元にあるのだろう。

ではこのnemxysとは、ということで検索してみると……



このデマゴーグ(と断定するが)については何もわからないのだけど、なんかでっかい魚が、うはー……。今まさに現在進行形で虐殺が発生しているシリアの写真だというデマで、超大物が……
この件、詳細は別エントリに

イランの画像デマはわかりやすかったし(真冬に半袖っすか、など)、バーレーンもわかりやすかったけど(どう見てもフォトショです、など)、これはちょっと大変……。

ともあれ、outlandplastyでのreblogのログをもう少し……。連続で3件のキャプチャ。

3件中一番新しい:


3件中二番目に新しい:


3件中一番古い:


この調子で、忘れたころにぽつんぽつんと「ガザで、イスラエルの砲撃で殺されたきょうだいの」云々が、いちいち付け加えられて、reblogされているのが確認できる。

上の3件のキャプチャの少し後の部分:



こんなデマのバラマキを、誰がやってるのかはわからない。確認しようと思えばできるのかもしれないが、そのリソースは、残念ながら私にはない。

※この記事は

2012年02月05日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 13:00 | TrackBack(1) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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Family Run Slaughterhouse
Excerpt: ⇒tnfuk [today’s news from uk+]: 「嘘を嘘と……」ということについて。 私も「これはひどい」と思ったのだが、originally posted byのリンクにポインタを..
Weblog: 国家鮟鱇
Tracked: 2012-02-05 19:35





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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