kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2006年06月18日

「武器をよこしたのはおまえらだ」(ルワンダ、ブルンジ内戦)

"You white people you are the ones that supplied all the weapons," he yelled at her. "Now you are going to feel what it is like."
_
「武器をよこしたのはおまえらだ、おまえら白人がな。」男は彼女に向かって声を張り上げた。「それがどんなもんか、思い知らせてやる。」


2000年12月、ルワンダからブルンジの首都に向かっていたTitanic Expressというバスが、フツ過激派のFNL(the Forces for National Liberation; Palipehutu-FNL) に襲撃された。バスに乗っていたのはボランティアの活動家たち。その中に英国人、シャーロット・ウィルソンさん(当時27歳)がいた。

ウィルソンさんは科学(理科)の教諭で、ルワンダでもボランティアとして科学を教えていた。ルワンダ政府からも「ぜひともわが国のレベル向上にご尽力いただきたい」と頼りにされていた。

バスの乗客に向かって発射された銃弾は963発。ウィルソンさんを含む21人が殺された。

ウィルソンさんの弟のリチャードさんは事件を調査し、1冊の本(タイトルはTitanic Express)にまとめた。襲撃で生き残った人のうち3人がリチャードさんにそのときの様子を語った。

生存者の証言では、FNLは「ハレルヤ」と叫んで襲撃してきた。彼らはまずツチとフツを分け、フツの人は逃がした。

「武器をよこしたのはおまえらだ、おまえら白人がな。」襲撃をかけたFNLのリーダーは、ウィルソンさんに向かって声を張り上げた。「それがどんなもんか、思い知らせてやる。」

バスを襲撃したFNLの一団は、バスに乗っていた人々の時計や衣類、香水や酒を奪って去った。

FNLは欧州にネットワークを持っており、調査の過程で、リチャードさんはベルギーにいるFNLメンバーから「当方、そんなに遠いところにいるわけではないですよ」と脅迫された。

ブルンジの内戦の死者は、300,000人にも達している。

FNLのリーダーは、ブルンジ当局から追及されることもなく、和平交渉の当事者の一員となっている。

英外務省は(テレグラフの取材に対し)、ブルンジ政府にはシャーロット・ウィルソンさん殺害について「常に問題提起している」、「加害者に法の裁きをと求めている」と述べた。

リチャードさんは、英外務省は関わりを持つつもりがないのだと非難し、FNLリーダーに対する国際手配を求めている。

'Why is my sister's killer feted at peace talks?'
By Thomas Harding
(Filed: 17/06/2006)
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2006/06/17/wburundi17.xml

British woman shot dead in Burundi bus massacre
By Thomas Harding
(Filed: 30/12/2000)
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2000/12/30/wbur30.xml

参考資料:
http://en.wikipedia.org/wiki/Burundi_Civil_War

http://en.wikipedia.org/wiki/Titanic_Express_massacre

リチャード・ウィルソンさんのサイト(ブログ):
http://agathonrwasa.blogspot.com/

--------------------------

私がこの記事についてブログで書こうと思ったのは、「武器をよこしたのはおまえら白人だ」というフツ・パワー武装勢力の言葉を書きとめておきたかったからです。それはリチャード・ウィルソンさんの問題意識(「姉をはじめとする21人を殺した人物に法の裁きを受けさせるべき」)とは、ずれています。それでも、テレグラフのハーディング記者が「武器をよこしたのはおまえら白人だ」を記事の中に書いていることに、私は何らかの「意味」があるような気がします。キャット・シャノン@戦争の犬(フォーサイス)的なものと通じるかもしれない。

ナイロビの蜂 上巻 ナイロビの蜂 下巻 the constant gardener

しばらく前になりますが、映画『ナイロビの蜂』を映画館で見てきました。私は原作を先に読んでいたので、「なるほど、こういう語りにしたのか」と感心したのですが、原作者のジョン・ル・カレが描こうとしていたのは、「支援活動」とか「多国籍企業」といったことであるというよりむしろ、「英国」であると思っていたので、映画は映画でとてもよいんだけど、別物だな、と思いました。というか、潔いほどに別物で、こういう解釈・描写の仕方があるのかとほんとに感心しました。

映画はストーリー運びも原作と比べてずいぶんとあっさりしていて、ラストがまったく違っていて(ジャスティン・クエイルがどうなるかを除いて)後味もよいし、いい映画だと思うし、映画でなければできないことをたくさんしていたし、多分あと1度は見る映画になると思います。それでもしかし、原作にこれでもかこれでもかと描かれている「英国」の濃さが映画ではかなり薄められていることは、このような記事を読むと、残念に感じられます。

シャーロット・ウィルソンさんが殺されたこの事件のことは、私は2006年6月のテレグラフ記事を読むまで知りませんでした。が、事件の後の英外務省の対応――リチャードさんがwashing its hands(関わりを絶った)と批判している対応――には、『ナイロビの蜂』の原作において、テッサ・クエイルの書いたレポートを外務省は結局どうしたのか、といったことを考えずにはいられないのです。

--------------------------

関連するんだかしないんだか。
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/peace%20process/

※この記事は

2006年06月18日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 10:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

この記事へのトラックバック





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼