kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年06月28日

フットボールのかげでものすごい対決が――パックスマン対クールター!

スラオさん経由で今日知ったのだが、20日にBBCのNewsnightでものすごい対決が行われていた。

スタジオのジェレミー・パックスマンが、衛星回線で対峙したのは、あのアン・クールター。

導入部(アン・クールターの人物紹介)から対決まで、全部で7分半ほど。
http://www.youtube.com/watch?v=4aiHbUplz3k

非常に簡単に言えば、アン・クールターは「アメ保守のバービーあるいはパリス・ヒルトン」で、ブロンドでスリムな美女。ルックスだけ見てると、通販番組でトレッドミルとか特別のシャンプーとかシワ取りクリームとかを紹介している、年齢のわりには若く見えるおばさんのような人だ。でもこの美人、石原慎太郎も裸足で逃げ出すんじゃないかというくらいに「過激」。彼女が「リベラル」と見なした人物や考え方はすべてたたく。徹底的にたたく。しかも根拠が「私の意見は多くの人に支持されているのだから」。まったく、考え方といい、ルックスといい、ポピュリストの見本だ。

一方のジェレミー・パックスマンはBBCの名物、相手が政治家となるとファイティング・スピリットが倍増、鋭いツッコミを入れまくることで知られる。ただしその「鋭いツッコミ」の質や内容はさまざまで、「ツッコミのためのツッコミ」になることもある。

さて、この両者の対決、本気でやればポルトガル対オランダ並みの事態になりそうなものだし、普通にやってもスイス対ウクライナ並みの内容は期待される。

が、実際には、パックスマンはクールターにしゃべりたいだけしゃべらせて、「あとは視聴者のみなさんが判断してください」というような戦略をとった。

BBCのエディターのblogからリンクされているEC 1 Cruise Controlというblogは、パックスマンのこの戦略を「1−0で負け」と判定している。

確かに、導入部で「クールターは言う、『問うべきは、すべてのムスリムがテロリストなのか、ではない。すべてのテロリストがムスリムなのか、である』。ジェリー・アダムズならどう答えるだろうか」(<ネタバレ回避策を施してあります)と、あさっての方に入れているツッコミの鋭さは、対決本編では見られない。

もったいないことを。

アン・クールターみたいなのは、「あのBBCであのパックスマンを相手に」を勲章みたいに騒ぎ立てるに決まってるじゃないか。(アメリカで「BBCのパックスマン」が知られていないことはさておき。)

パックスマンはゴージャス・ジョージにしつっこく絡んだときのように、同じことを何度も問い、ねちねちとツッコミを入れるべきだった。だってアン・クールターはこんだけしゃべってるのに何も言ってない。おそろしいほどの論理の不在。しかし、彼女に何か言わせ、それをたたかなければ「対決」の意味がない。

残念なことに、おかしな発言を「見世物」として展示すればメディアの役割は終わり、という牧歌的な時代ではなくなっているのだから。

まさにメディアのそういう態度こそを、クールターのような人々は、「リベラル」のものとして否定している。ツッコミ屋が自分から進んでツッコミ材料を提供してどうする。

5年前なら、クールターのおかしな発言は、嘲笑の対象にしていればよかったのかもしれないけれど、今はそれでさえ、まともに相手にしていかなければならなくなっている。パックスマンがそのことに自覚的であるかないか(それを自覚した上であえてああいうふうにしたのか)まではわからないけれど、少なくとも、枠に行くシュートの1本や2本は欲しいところじゃないか。

※この記事は

2006年06月28日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 09:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼