kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年09月17日

「先人の言葉の引用ですが」

さて、話が前後しちゃうけれど、さっきベネディクト16世の講演のトランスクリプト(英訳)について書いたときに、「問題」となった部分を全体のコンテクストに置いて、読み直してみた。すなわち、この講演は「理性と信仰」というテーマであったこと、およびその引用はミュンスター大学の教授の最近の出版物からのものだったこと。

で、現段階、私にはまだ「なぜわざわざあの言葉を引用したのか/しなければならなかったのか」がわからないでいる。

「遺憾」声明でも、次のように、一般論としての「宗教と暴力との関係」について述べたものだった、としている。
He simply used it as a means to undertake - in an academic context, and as is evident from a complete and attentive reading of the text - certain reflections on the theme of the relationship between religion and violence in general, and to conclude with a clear and radical rejection of the religious motivation for violence, from whatever side it may come.


根本的な問題は、「信仰と暴力」を一般論として述べるのであれば、何も他の宗教を引き合いに出さずとも、自分たち(カトリック)の歴史で使える例はいっぱいあるじゃん、ということだ。十字軍もそうだし、異端審問も、フランスでのユグノー弾圧も、ピサロも、あるいはフランコも、カトリックの歴史にはあるではないか。フランコだとびみょーかもしれないし、十字軍はブッシュのおかげであまりにホットなものになってしまったのでアレかもしれないが、異端審問とかユグノーとかなら十分に「歴史」になっているのだから、「信仰と暴力」の話をしたいのなら、それらを引き合いに出せばいい。何もよその宗教を持ち出すまでもない。

だがその点については、「ドイツの大学の教授が最近本を出した」+「法王はドイツの大学で話をすることになった」→「聴衆が聞いてくれるように、その本を引き合いにだした」、なおかつ、その教授の本というのがマヌエル2世の対話をまとめたものだった、という事情ではないかと推測すれば、一応、辻褄は合うような気がする。

しかしそれでもなお、である。

「信仰と暴力」について一般論を述べたいのなら、一般論を述べればいい。実在した神聖ローマ帝国の皇帝がイスラム教について「あのように暴力的に布教するものではない。布教するときは暴力に訴えるのではなく理性に訴えるべきだ」と述べた部分(実際にはもっと激烈な言葉が用いられている)を引用する必要はない。

カトリック教会のトップであるローマ法王というお立場にあられる方であればなおさら、「暴力的に布教をした」のはムハンマドだけではない、というだけでいくらでもツッコミ可能なことを話のネタとして選んだ時点で、考えが浅いんではないかと私は思う。たとえ「最近すばらしい仕事をなさった教授」へのご祝儀的に、その本から引用をするにしても。

ただこの点も、ベネディクト16世は、それなりに配慮はしていたらしい。根本的にそれを引用するという選択自体がどーよ、というのはちょっと度外視して、法王の「慎重さ」を表す部分を、「こころ世代のテンノーゲーム」さんの16日記事で知ったCNN記事から引用:
"... He said, I quote, 'Show me just what Mohammed brought that was new, and there you will find things only evil and inhuman, such as his command to spread by the sword the faith he preached.'"

この、He said, I quote, 'Show me ... のI quoteは「引用です(=私の言葉ではありません)」という強調だ。

この部分が、BBCおよびガーディアン掲載の英訳では、
... he addresses his interlocutor ..., saying: "Show me just what Mohammed brought that was new, and there you will find things only evil and inhuman, such as his command to spread by the sword the faith he preached".

となっている。このsayingというのも「引用です(=私の言葉ではありません)」という内容だが、I quoteほどの強さはない。というか英訳がこぎれいなのだ(he addresses ..., saying ... となっている)。CNNの方はhe saidが主文にあるので、sayingを使うと不恰好だから、I quoteにしたのかもしれないし、または意図的によりはっきりとした表現にしているのかもしれない。

なお、ドイツ語での教皇の講話は:
http://www.sz-online.de/nachrichten/artikel.asp?id=1268725
にあるのだが、これはところどころ省略されている。それ以前に私はドイツ語はまったく読めないので、省略されているのがどの部分なのかすらわからず、ましてやBBCとガーディアンが saying, としCNNが I quote, としている部分を特定することもできないし、よしんば特定できたとしても、それの「だいたいの意味」は辞書でわかるかもしれないが「どのくらい強い表現であるのか」はまったく判断がつかない。よって、BBCとガーディアンにあるテクストが「よい訳」なのかどうか、CNNが「よい訳」なのかどうかはわからない。

なお、BBCとガーディアンにある英文は、ヴァチカンの発表した英文と同じである。

話がぐるぐるするが、ベネディクト16世は「先人の言葉の引用ですが」と断って、非常に問題含みのことを述べた。ということは、それを「引用ですが」と強調せずに述べたらどういうことになるかを意識していたということになる。

これもなあ・・・そこまで考えるんだったら、引用そのものを考え直せなかったんだろうか、という気がする。だってイスラム教徒たちが怒っているマヌエル2世の発言は、ベネディクト16世の講話の「信仰と理性」という主題とは関係ない。

あの講話では「ギリシア的ロゴスとキリスト教との関係」が論じられていて、その「ギリシア的ロゴス」について、ビザンティンの皇帝の言葉から考える、というかたちがとられているのだが、「ギリシア的ロゴスとキリスト教との関係」を考えるときの具体例なんて、あの皇帝ひとりじゃないでしょ。

ウェブログ「eirene」さんの15日記事には、CNNの記事を根拠として(?----eireneさんの記事の該当部分が「補足」となっていて、それがどこまでかがわからないのではっきりと「CNNが根拠」とはいえないのだが、おそらくはこのCNNが根拠)
イスラム教の指導者の中には、suicide bombing を「ジハード」と言うような過激派がいる(←これは周知の事実である)が、教皇はその種の人々をたしなめるために、マヌエル2世のことばを引用したらしい。

とあるのだが、私にはCNNの
In a speech at Regensburg University, Benedict made an unusual reference to jihad, or holy war -- a concept used by today's Islamic extremists to justify suicide bombings and other attacks.

という記述から「自爆など各種攻撃をジハードとして正当化するようなイスラム過激派」をたしなめるため、ということは読み取れない。CNNのこの部分は、単に「大学でベネディクトはジハードについて言及したがこれは例外的なことだ」ということと、「ジハードという概念はイスラム過激派に利用されている」ということしか書いていないのだから。

しかし、ベネディクト16世の発言が、暗示的にイスラム過激派に向けられたものであった可能性は、あると思う。

個人的には、あれがイスラム過激派に向けられたメッセージであったとすれば、あの発言は論戦上の挑発か、あるいは挑発に類するものであると思う。論戦したいのなら論戦の場を設けて相手と直接向かい合って論戦すればよい、というかすべきだろう、と思うが。もし本気でこんにちのイスラム過激派に向けてメッセージを発したいのならば、14世紀の、ニコポリス十字軍の時代の、今はもう消滅している帝国の皇帝の発言で語るという衒学的な方法がよい方法であるとは言えないと思うが、そこらへんは人の考え方だから。(昔は日本の人も自分の考えを相手に知らせるときに、唐の時代の漢詩を引用したりしていたしね。)

・・・と思ったら、ガーディアンの人が「論争好きの教皇」について、かなり激烈な記事を書いている。

After a quiet first year as pontiff, God's Rottweiler shows his teeth
John Hooper in Rome
Saturday September 16, 2006
http://www.guardian.co.uk/pope/story/0,,1873926,00.html
The German commentator Wolfgang Cooper had cautioned before Benedict's election that the new Pope was an academic who "prefers intellectual discussions". And, indeed, by the time the papal jet touched down near Munich last Saturday, Karol Wojtyla's snappy soundbites were no more than a fond recollection in the collective memory of the Vatican press corps.

選出前にウォルフガング・クーパーというドイツの評論家が、今度の教皇は「知的な討論を好む」学者であると警告していたし、実際にヴァチカンからは既に前教皇のわかりやすい言葉は消えている、という内容。

この部分に続けて、"How did he try to reach out to the crowd? Initially, by talking about the medieval theological compendiums known as summae - not exactly a topic of burning currency in pious, rural southern Germany."、つまり「当初は中世の神学大綱について話すつもりだったが、信仰心が篤い田舎であるドイツ南部ではウケない話題なのでやめた」とある。

ああそうか、ドイツ南部か。。。(こういう閉鎖性こそが「us or them」的な二項対立の根っこにあるということを、もっと言ってほしいと思うんだけどね。)

記事の別の部分、今回の発言についての記者の分析。
However, he more or less apologised in advance for the "startling brusqueness" of the emperor's remark that Muhammad brought "only evil and inhuman" things. That suggests he was fully aware of the impact it could make.

What is more, it is clear from the passage that followed that the Pope fully supports, if not the emperor's language, then certainly his underlying contention - that holy war is at odds with reason.

There are two further motives for thinking Benedict is ready to upset the believers in other faiths rather than shrink from what he believes needs to be said (or not said).

First, he has done it before. At Auschwitz, in May, he appalled many Jews by passing up what they saw as a historic opportunity for a German pope to apologise for the Roman Catholic church's conduct in the second world war. The second factor is that Pope Benedict has signalled clearly that he favours a tougher line in his church's dealings with Islam.

引用した部分の後半(2パラ分)はちょっと断定しすぎじゃないかという気もしなくもないが、これを書いている人はその人なりに根拠を固めてこれを書いている。詳しくは原文を参照。(ここに引用した部分のあとの部分についても。)

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■日本語の記事:
「思考の壁? ローマ法王のスピーチ」、「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」さん、9月16日
=15日夜の英国のテレビでの様子のレポートを含む。文中に引用されている毎日の記事でメルケル首相が「『宗教に名を借りたあらゆる暴力を断固として拒絶する内容だった』と評価した」とあるけれども、これは微妙。だって問題の箇所は、he addresses his interlocutor with a startling brusqueness on the central question about the relationship between religion and violence in general, saying: "Show me just what Mohammed brought that was new, and there you will find things only evil and inhuman, such as his command to spread by the sword the faith he preached".で、the relationship between religion and violence in generalというのは法王自身の言葉であり、その論拠として(=マヌエル2世が中心的問いとしていたのは宗教と暴力の関係一般である、ということの具体例として)、「ムハンマドのしたことといえば云々」という発言を、書籍から引用しているが、これは論理不整合だと思う。つまり、引用者(=法王)の「一般」という前提の付与と、引用された者(=マヌエル2世)のある特定の宗教を名指しにしていることとが一致していない。ただしその後の部分に出てくるGodが、キリスト教とイスラム教では共有されている、ということを見れば、これは「宗教に名を借りたあらゆる暴力」を非難していると解釈することもできよう。(つまり「宗教」とはそのGodへの信仰とその実践である、とすれば。)

「ローマ法王発言の波紋 TODAY放送分から」「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」さん、9月17日
=16日のBBC Radio FourのTodayの内容。
http://www.bbc.co.uk/radio4/progs/listenagain.shtml
で今ならまだ聞くことができる。カーディフ大司教とタリク・ラマダンをゲストとして招いて話を聞いている。

んで、これを拝読して思ったのだけれども、やっぱりこの教皇のスピーチは挑発だよ。次の箇所、「暴力による改宗は神の理に反している」、「マヌエル2世にとってはそれは自明のことだった(とこの本の編者は述べている)」、「しかしイスラム教では神は絶対的に超越しており、人間の理性の枠組に縛られない」(つまり人間が合理的に行動しているかしていないかなど神には関係ないとする)と進んでいる。
The decisive statement in this argument against violent conversion is this: not to act in accordance with reason is contrary to God's nature. The editor, Theodore Khoury, observes: For the emperor, as a Byzantine shaped by Greek philosophy, this statement is self-evident. But for Muslim teaching, God is absolutely transcendent. His will is not bound up with any of our categories, even that of rationality.

さっき読んだときは「ギリシア的ロゴスとキリスト教の信仰」という流れにすっかり気をとられていたけれど、これは明らかに、「キリスト教」イコール「文明」、「イスラム教」イコール「非文明」とする立場の論ではないか?

布教の過程で流血を伴った宗教を「unreasonableな非文明」と見なし、「私たちの宗教はそうではなかった」ことを前提として(i.e.問うことなく)私たちの側は「reasonableな文明」と見なすことは、コロニアリズムの思考回路そのものと言ってよい。

そしてそれを、自分(たち)が「unreasonableな非文明」と見なす者たちのいないところで、まったく自明の前提として(つまり「スルーして」)、別な話(=ビザンチンの皇帝の有するギリシア性について)へと進めていくことは、誠意のある論の立て方とは到底言えない。

これについて「イスラム教を攻撃していたわけではないし、それが目的ではなかった」と言うことは、詭弁であるか、あるいは限りなく詭弁に近い。あるいはナイーヴに過ぎる。

こういうので「言論の自由が奪われる」とかって言い出す連中は、2月の戯画騒動ではきまって右翼(「わが国のわが国らしさを守れ」主義)だったのだが、そういう連中は「reasonableなあたくしたちとunreasonableな非文明的な連中」との二項対立の図式が批判されている、ということが受け入れられない。なぜなら「あたくしたちはreasonableなのだから、そのreasonableなあたくしたちが批判されるなんてunreasonableだわ!」というループ思考にはまってしまうから。あるいは「文明対非文明」という図式がどんなもので、どういうふうに利用されてきたかすら知らないから。

これがどういうことか想像しづらければ、5年後とか10年後の日本を想像してみればよい。これから「美しい日本」を作るというキャッチフレーズが一人歩きして(「郵政民営化」のときのように、あるいはそれ以上に)、5年とか10年のうちには「日本は美しいものなのだ」という前提ができあがる。そのときに「日本は美しいのに、その日本を批判する某国や某国はおかしい」という言説が、説得力を持って歩き始める。俗な言い方をすれば「また○○か!」という言い方でいろいろと納得してしまうことが、一般的になる。もちろん現在以上に。これもわかりづらいな・・・そうだ、アメリカだ。

「アメリカは自由と民主主義の国である」という前提が、「自由と民主主義の国、アメリカを攻撃するとは、自由を憎む非民主的な連中め!」という安易な怒りに結びつく。これはこの5年で実際にうちらがニュースなどを通じて目にしてきたことだ。

私はアメリカ人に対して「私はアメリカには特に興味はない」ということを意思表示したことがある。すると「あなたがアメリカに興味がないということについて私は残念です」という反応が戻ってきたこともあるが、「アメリカに興味がないなんて、あなたは変な人ですね(頭おかしいんじゃないの)」という反応が戻ってきたこともある。あるいはあらかじめ、私がアメリカに興味があると決めてかかってきた(まったくの悪意なく)人もいる。それもおそらくは、私が英語を使える(ようにするための努力を過去においてした)ということから、アメリカ好きと短絡したのだ。(英語はEnglish、すなわちイングランドの言語であり、私はイングランドに興味があるのだが。)

そういうちょっとした体験も、たぶん、「自由と民主主義の国、アメリカを攻撃するとは、自由を憎む非民主的な連中め!」論とつながっている。ループ思考は、思考停止よりタチが悪い。なぜならループ思考している本人は、一応「考えて」いるつもりだから。

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★当ブログ内でのこの件の関連記事は「マヌエル2世引用」のタグをつけてあります。

※この記事は

2006年09月17日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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